相対論講義録2006年度第10回


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7.3  4元ベクトルの前に:3次元ベクトルの回転の復習

 次の節で4次元時空内でのベクトルを考える。ローレンツ変換は4次元時空間での「回転のようなもの」と解釈できるので、4次元に行く前に3次元空間にお け る回転を復習しておく。
 3次元の座標xi(i=1,2,3)を回転させる座標変換は、

x′1
x′2
x′3

=
A1 1
A1 2
A1 3
A2 1
A2 2
A2 3
A3 1
A3 2
A3 3

x1
x2
x3

(7.10)
のように行列で書ける。
 これをテンソルで書けばx′i = Ai jxj) となる。Aには具体的には例えば
cosθ
sinθ
0
−sinθ
cosθ
0
0
0
1


のような行列が入る。
 このように座標系が回転した時、3次元空間のベクトルVi(i=1,2,3)は、

V′1
V′2
V′3
=
A1 1
A1 2
A1 3
A2 1
A2 2
A2 3
A3 1
A3 2
A3 3

V1
V2
V3

(7.11)
(テンソルで書けば V′i = Ai j Vj ) のように、同じ行列を使って回転される。そし て、二つのベクトルVi,Wiがあった時、その内積

(V1 V2 V3



W1
W2
W3

=ViWi=V1W1+V2W2+V3W3は 保存する。そのことは、行列Ai jの性質

A1 1
A2 1
A3 1
A1 2
A2 2
A3 2
A1 3
A2 3
A3 3

A1 1
A1 2
A1 3
A2 1
A2 2
A2 3
A3 1
A3 2
A3 3
=
1
0
0
0
1
0
0
0
1

(7.12)
からわかる。 この式をテンソルで書けばAi jAi kjkで ある。この式の左 辺の掛け算は、Ai jの前の足どうしが同じ添字で足し上げられていること に注意。つまり行列の掛け算ルールに即するためには前の方を転置せねばならな い(上の行列での表現もそうなっている)。
また、回転の行列ならばこのような性質を持っていることは、ベクトル
1
0
0
),

0
1
0
),

0
0
1
をこの行列で回転させると
A1 1
A2 1
A3 1
),
A1 2
A2 2
A3 2
),
A1 3
A2 3
A3 3
となることからわかる。

7.4  4元ベクトル

 3次元のベクトルV=(Vx,Vy,Vz) は座標変換の時に、座標x=(x,y,z)と同じ行列で変換される。その時二つのベクト ルの内積が不変量であった(内積のもともとの定義は二つのベクトルの長さと、その間の角のcosの積である。回転によって長さと角度は不変)。
同様に、4成分のベクトルVμ(μ = 0,1,2,3)を考える38
座標がローレンツ変換(x′μμ νxν)さ れた時、このベクトルはV′μμ νVνと同 様のローレンツ変換を受けるとしよう。このような変換にしたがうベクトルを4元ベクトルと言う。後で出てくる4元速度、4元加速度、4元力などは全て4元 ベクトルである。二つの4元ベクトルVμ,Wμを考える。では、このようなベクトルによって作られる、座標 変換(この場合ローレンツ変換)の不変量はどのようなものだろう。
この二つのベクトルの内積を3次元でと同じようにV0W0 + V1W1+V2W2+V3W3と 定義したとすると、これはローレンツ変換で保存しない。保存するのは、
ημνVμ Wν=−V0W0 + V1W1+V2W2+V3W3
(7.13)
である。これを4次元的な内積と考えよう。4次元の内積がローレンツ変換で保存することは、
ημνV′μ W′ν = ημναμ ρVρ αν λWλ=

ημναμ ραν λ
ρλ 
Vρ Wλ = ηρλVρ Wλ
(7.14)
からわかるし、そもそもVと同じ変換をするxで作られたημνxμ xνが不変量で あったことからもわかる。
 このように4元ベクトルどうしの「内積」を取る時にはημνWνという組み合わせがよく出てくるので、
Wμ = ημνWν
(7.15)
という量を定義する。上付きの添字を持つベクトルを「反変ベクトル」、下付きの添字を持つベクトルを「共変ベクトル」という。ημνの 内容を考えれば、W0=−W0, W1 = W1, W2=W2,W3=W3と いうことである。つまり、WμとWμの違いは第0成分(時間成分)の符号だけである。このようにミンコフス キー空間の直線座標系では反変ベクトルと共変ベクトルの差は時間成分の符号だけで、大きな差はないが、曲線座標系などではそうではなくなるし、特に一般相 対論では大きな差になる。この講義ではそこには触れない。
ημνの逆行列をημνと書くことにする。つまり、
ημνηνρμν    (δμν はμ = νの時1でそれ以外0という記号)
(7.16)
ということである(注:この二つの行列の中身は同じ)。この時、
Wμ = ημνWν
(7.17)
も成立する。つまり添字はηを使って上げたり下げたりできる。そういう意味でも、この二つのベクトルは中身は同じであって、表現が違うだけである。
 共変ベクトルのローレンツ変換は、
W′μ = ημν W′ν = ημν αν ρWρ = ημν αν ρηρλ Wλ
(7.18)
となるので、その変換行列はημν αν ρηρλで ある。よくみるとこれはαν ρの添字をηを使って上げたりさげたりしていることになるので、
ημν αν ρηρλ = αμ λ
(7.19)
と書く。この記号を使えば、共変ベクトルのローレンツ変換はB′μ = αμ νBν となる。
 共変ベクトルも反変ベクトルも、「αの後ろの添字とベクトルの添字をそろえて和を取る。この添字は一方が上付きならもう一方は下付きである」と考えれば 変 換ルールを覚えやすい。
 また、 ημναμ ραν λρλか ら、
αμ ραμ λ = δρλ
(7.20)
ということもわかる。
 座標と同じ変換をする方が「反」変で、少し違う変換をする方が「共」変なのは気持が悪いが、数学では微分演算子の方が基本 的 な量なので、こういう命名になっている。つまり微分演算子[∂/(∂xμ)]は共変ベクトルなのである。以下でそれを示そう。
 まず、微分のchain ruleを使って計算すると、


∂x′μ
= ∂xν
∂x′μ


∂xν

(7.21)
のように微分演算子が変換することがわかる。一方、ここで現れた [(∂xν)/(∂x′μ)] という行列は、

∂x′μ
∂xν
= ∂(αμ ρxρ)
∂xν
= αμ ν
(7.22)
という行列の逆行列である。つまり、

∂xν
∂x′μ

∂x′μ
∂xρ
ν ρ   あるいは   ∂xν
∂x′μ
αμ ρ = δν ρ
(7.23)
である。これと(7.20)を見比べると、 [(∂xν)/(∂x′μ)] = αμ νとい うことであるから、


∂x′μ
= αμ ν
∂xν

(7.24)
が成立するのである。これは微分演算子が共変ベクトルであるということを示している。
 反変ベクトルAμと共変ベクトルBμの内積のローレンツ変換は
(A′)μ(B′)μ = Aν

αμ ν αμ ρ
νρ 
Bρ = Aμ Bμ
(7.25)
である。つまり、反変(上付き)添字と共変(下付き)添字が足し上げられていると、ローレンツ変換した結果、それぞれのローレンツ変換が消し合って、まる で最初から添字がついていないかのごとく変換を受けない。つまり添字の意味がなくなっている。それゆえこのように添字が足し合わされている状況を「つぶれ ている」と称するのである。

 共変ベクトルと反変ベクトルがあるのはなぜですか?
 あるベクトルが共変ベクトルか反変ベクトルかというのは、物理的には何の 違いもありません。上で書いたように通常、座標は反変ベクトル、座標の微分は共変ベクトルで表しますが、これは習慣です。座標を全部共変ベクトルで表して もいい。その時は微分が反変ベクトルになります。
 あるベクトルを共変ベクトルで表すか、反変ベクトルで表すかというのは、 座標系を右手系を使うか左手系を使うのと同様に、convention(取り決め)の問題です。単なる取り決めですが、共変ベクトルと反変ベクトルを組み 合わせて始めて不変量が作れるので、両方を使うことになります。もちろん、「オレは共変ベクトルなんか使いたくない」という人がいたら、全部反変にして、 いちいちημνを使うようにすればいいだけのことなのです。
 なお、Cμν,Aρλτ,Dτ σμνのように 添 字を複数個もち、上付き(反変)添字がαμ νで、下付き添字がαμ νで 変換されるような量を「テンソル」と言う。反変ベクトルは上付き添字が一つのテンソル、共変ベクトルは下付き添字が一つのテンソルである。
 複数個の添字のあるテンソルは、その添字の一個一個にαがかかっていくように変換される。 例えば
(D′)τσμν = ατ τ′ασ σ′αμ μ′αν ν′Dτ′σ′μ′ν′
(7.26)
のように変換される。ημνμνあるいはδμ νは 添字が二つあるテンソルの例でもある。ημνμνμ νは 座標変換で変化しないので、不変テンソルと呼ぶ39
 なお、このことからも、[∂/(∂xμ)]は共変ベクトルでなくてはならないことがわかる。なぜなら、 [∂/(∂xμ)] xνμνという式が成立している。 xνが反変ベクトルなのだから、それとかけてδμ νというテンソルにな る[∂/(∂xμ)]は共変ベクトルである。

7.5  不変性と共変性

 すでに述べたように、物理においては「座標系によらない量」がたいへん大事である。また、「座標系によらず成立する式」も同様に大事である。逆に言えば 「特定の座標系でしか計算できない量」や「特定の座標系でしか成立しない式」には意味がない。
ある物理量が「ローレンツ変換に対して不変である」ということは、ある座標系での量φ(x)が、別の座標系での同じ地点での量φ(x′)と
φ(x)=φ(x′)     スカラーの変換性
(7.27)
という関係を持つ、つまり座標系を変えても同じ値であることを言う。このような性質を持つ量をスカラーあるいは「ローレンツ・スカラー」と呼ぶ40
 不変性と同時に重要な概念が「共変性」である。ある方程式が共変であるとは、たとえばAμ=Bμ、あるい は Cμν=Dμνのように、方程式の両辺がローレンツ変換に対して同じ変換をすることを言う。たとえばAμ=Bμを ローレンツ変換すると、
αμ νAν = αμ νBν
(7.28)
のように、左辺と右辺が同じ変換をして、結局は(A′)μ=(B′)νという、同じ形の式になる。この場合 「この方程式は共変である」と言う。
 たとえば、Eμ=FμνGνという形の方程式は共変である。座標変換すると、
αμ νEν = αμ ραν λFρλαν σGσ
(7.29)
となるが、すでに述べたように、 αν λαν σλ σと いう関係があるので、
αμ νEν = αμ ρFρλGλ
(7.30)
となる(「つぶれている」添字であるμに関しては変換を受けない、と考えても良い)。
結局、左辺と右辺で共変ベクトル(下付き)や反変ベクトル(上付き)の添字が同じ形になっていれば、両辺が同じ変換をするので方程式は共変となる。
 たとえば
Aμ=Bμ
(7.31)
のような式には共変性がない。たまたまある座標系で成立していたとしても、ローレンツ変換したら成立しなくなってしまう。
 物理法則は座標系によらず成立すべきであるから、当然ながらその物理法則は共変な式で書かれていなくてはならない。物理法則をテンソルで書く利点は、こ の 共変性が明白になるということである。テンソルで共変に書かれた方程式(つまり左辺と右辺で添字の形があっている方程式)は、ある座標系で成立するならば 別の座標系でも成立する。これが、相対論的に考える時にテンソルを使う大きな利点である。
 実はニュートンの運動方程式F=m[(d2 x)/(dt2)]はその意味では物理法則失格である。この方程式は3次元 ベクトルで書かれており、4次元的な意味ではまったく共変ではない。
 次の章では、ニュートン力学をローレンツ変換にたいして共変になるように書き直す。これによって、力学はまったく新しいものに生まれ変わることになる。

 物理法則ってみんなテンソルで書けるんですか?
 スカラーかテンソルで書けます。例えば解析力学の最小作用の原理は、スカ ラーで書けてます。マックスウェル方程式は、書き直すとベクトルの式になります。運動方程式もそう。
 一般相対論で出てくるアインシュタイン方程式は添字が2個あるテンソルの 式です。

 シュレーディンガー方程式はどうですか?
 あれはスカラーですね。もっとも、シュレーディンガー方程式は相対論的な 式ではないので、ローレンツ変換では不変でなくて、ガリレイ変換で不変になるようにできてます。


お知らせ

 この授業は8月1日までやります。試験は8月8日です。毎年追試をやって ましたが、過去の例を見ると追試をしてもあまり成績が変わらないので、今年からは追試をしないことにしました。一発勝負ですが、みなさんちゃんと一回で通 るようにしましょう。


Footnotes:

38少し前から使って いるが、i,j,k,…などのアルファベットは1,2,3(3次元空間)の添字として、μ,ν,ρ,…などのギリシャ文字は0,1,2,3(4次元時空) の添字として使う、というのが相対論の本でよく使われる約束である。
39この他に不変テン ソルとしては、完全反対称テンソルεμνρλがある。
40これまでは「スカ ラー」と言えば単に「1成分の量」という意味合いで使っていた人も多いかもしれない。相対論におけるスカラーの定義は「座標を変えても変化しない量」とい うことである。


学生の感想・コメントから

 テンソルがまだわからない(多数)。
 と言っている人もいますが、

 やっとテンソルで座標変換する楽さがわかってきた(複数)。
 という人もちらほら。慣れてしまえば「なんだ、簡単じゃん」と思えるはず です。まだ慣れない人は、手を動かして計算してみましょう。

 上付きや下付きで頭がごちゃごちゃしてきた。
 これも慣れの問題で、少し計算すれば「この表記を考えた人ってえらい」と いう気分になると思います。

  最 近解析力学を解いていたのですが、運動方程式で解くと大変だったが、オイラー・ラグランジュ方程式で解くと自分が好きな座標系がとれて簡単だった。オイ ラー・ラグランジュ方程式は今日やった共変という奴なのかな、と思った。
 オイラー・ラグランジュは共変です。その元になる「最小作用の原理」はス カラーの方程式なので、不変です。だから座標変換に強いのです。

 Fμ=dPμ/dτとありますが、これは力積と運動量の関係の式に似てますね。
 力積と運動量の関係を「4次元化」したのがこれです。

 授業の最初でおっしゃってた、「(最初は慣れなくてわからないテンソルとか4次元的考え方と かが)ある非突然わかるときが来る」と言葉、数学や他の授業でも言われたことがありますが、実感て押してあったことはないということは・・・・まだ足りな いのか。。。。。
 もう少し頑張りましょう。あきらめずに頑張ればいつかきっとあります。

  ημνVμ Wν=− V0W0 + V1W1+V2W2+V3W3が4次元の内積ということは、 3次元の内積は ημνVμ Wν=V1W1+V2W2+V3W3ということですか?
 そうなんですが、3次元の場合は添字が1,2,3だけの和なので、μやν を使わず、iやjを使います。また、その場合ηじゃなくてクロネッカーのδを使えばいいので、 δijVi Wj = V1W1+V2W2+V3W3のように書きます。

 共変ベクトル と反変ベクトルが物理的意味が同じだというのは、4次元距離を

-(ct)2+dx2+dy2+dz2

と書いても、

(ct)2-dx2-dy2-dz2

と書いても変わらないのと同じでしょうか。
 ちょっと違うかもしれませんが「どっちで書いても物理的内容に違いはな い」という点では同じですね。

 テンソルの計 算自体はパズルみたいで楽しいのですが、物理的意味がまだついてきてないと思うので、なんか演習でもした方がいいのかなと。何かいい演習書あります?
 相対論の演習書ってのはあんまりないから「いいの」は思いつかないなぁ。 自分で問題考えてやってみてください。

 アインシュタ イン方程式 Rμν-1/2 gμνR = κTμνってのは何を表す式なんですか?
 左辺は時空間の曲がり具合を表す式。右辺は物質のエネルギーと運動量を表 す式です。つまり物質があれば時空間が曲がるよ、という式なんです。

 反変は共変ほ ど意味がないんですか?
 どっちも物理的意味は同じです。だから、どっちも同じだけ意味がある。


 

File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 27 Jun 2006, 11:05.