素粒子物理学(Elementary Particle
Physics)とは?
素粒子物理学の研究の目的は、自然界に存在する全ての物質の構成要素である素粒子(Elementary
particles)の物理的性質や力学を解明することです。また、素粒子が存在するために必要な入れ物の役割を果たす時間や空間(総称して、時空(Space-time)という)の物理的な理解も目指しています。古代ギ
リシャの哲学者デモクリト
ス以来、近代の化学や物理による分子や元素の発見をへて、我々はすべての物質はそれ以上分割できない最小の基本的なもの、原子(Atom)、から構成されているという考えに到達しました。さらに原子は電子(Electron)と原
子核(Nucleus)から成り立っています。1932年に中性子(Neutron)
が発見
され、すでに存在が知られていた陽子(Proton)と中性子が何個
か強く結合して、
原子核ができていることもわかりました。
1950年代以降次々と建設された巨大加速器のおかげて、素粒子物理学は急速に進歩しました。例えば、陽子や中性子と非常に性質の似た素粒子がた
くさん発見されたのです。これらの素粒子は短距離で強い相互作用(Strong
interaction)をす
ることで特徴づけられ、今ではまとめてハドロン(Hadron)と
呼ばれています。さらに不思議なことに、これらのハドロンは実はもっと少数の基本粒子、クォーク(Quark)、の複合系であることがわかりました。現在、クォークは
6種類あること
が知られています。例えば、陽子(p)は、2個のアップ・クォークと1個のダウン・クォークの結合状態で、p = (u u d)と表せます。一方、電子やニュートリノのように、電磁相互作用や
弱い相互作用はするが強い相互作用をしないレプトン(Lepton)
と呼ばれる素粒子
群があって、こちらも6種類あることがわかっています。つまり、現段階では物質
の基本構成要素である素粒子は各々6種類のクォークとレプトンであると考えられていますが、今後の研究でこれらよりもっと基本的な構成要素が発見される
可能性も否定できません。しかし、いずれにしてもすべての物質は素粒子から構成されているわけですから、素粒子の物理的な性質や振る舞い、それに他の素粒
子と
の結合の仕方などを解明すれば、我々の世界に存在する物理法則や物質の性質も理解できる可能性があるわけです。
では、物資の最小単位である素粒子はど
ういった物理的な振る舞いをするのでしょうか? また、素粒子は全部で何個あるのでしょうか? どれくらいの大きさや質量を持っているのでしょう? 「時
間」や「空間」とは一体全体何なのでしょうか? SFによく登場するタイ
ムマシンやワープなどが本当にできるのでしょうか? 宇宙はどうやって創られ、これからどうなって行くのでしょうか? すべての物理法則を統一する理論、究極理論(Theory of
everything)、は存在するのでしょうか? 太古の昔から多くの人たちによって考えら
れ
てきた、こういった深遠で魅力的な問題に対して、これまでは宗教や哲学が各自思い入れの強い意見を与えてきましたが、現代では科学的な解答を素粒子物理学
が提供してくれると期待されているのです。何とすばらしい状況ではないでしょうか!
現代の素 粒子物理学は場の理論(Field theory)の枠組み の中で定式化されています。場の理論の中でもっとも重要な役割を果たしているのが、ゲージ場対称性や繰り込み理論の概念です。これらの概念を用いると、素粒子間に働く力である、 相互作用の構造を 明らかにできるとともに、素粒子の持つ質量や電荷の値、散乱振幅などが正確に計算できることが知られています。実際、現在の素粒子物理学の理論である素粒子の標準理論は場の理論の 枠組みの中で構成されています。また最近では、場の理論の概念は素粒 子物 理学だけでなく、物性物理学、数学の位相幾何学、代数幾何学などの非常に広範囲な領域に対しても応用可能であることがわかってきています。例えば、4次元 の多様体の微分構造を分類する指標であるドナルドソン不変量(Donaldson invariants)は、非可換ゲージ理論(Nonabelian gauge theory)に現れるインスタントン(Instanton) 解の存在が重要な役割を演じています。
これまでに知られている素粒子間に働く力、つまり相互作用には、重力相互作用、電磁相互作用、強い相互作用、弱 い相互作用の4 つがあります。電磁相互作用とはおなじみの電気力と磁力のことで、これら2つの力は、1984年にイギリス人のマックスウェルによって実は1つの力である ことが証明され、今では電磁相互作用と呼ばれています。強い相互作用とは物質を構成する素粒子(クォーク)間に働く力で、弱い相互作用とは ベータ崩壊等に関係する弱い結合の力のこ とです。どちらも原子核の大きさ程度の非常に短距離で働く力ですので、我々の普通のサイズではお目にかかることはほとんどありません。重 力以外の3つの相互作用は我々の世界とはかけ離れた大きなエネルギースケールで統一されていることがわかっています(大統一理論)。重力に ついては繰り込み不可能な理論のために、古典論(アインシュタインの一般相対性理論)から量子論(量子重力理論)へ移行する段階で発散が現れて、従来の摂 動理論の範囲では矛盾が生ずることがわかっています。そのため、場の理論の枠組のなかで統一的な理解がまだなされていないのが現状です。
また素粒子の統一理論の他に、ニュートリノの質量、超対称性を
含むゲージ理論、超弦理論、量子重力、ブラックホール、そして素粒子論的宇宙論等
の諸々の基礎的な物理の問題が研究され、同時に場の理論の様々な非摂動論的効果の研究がなされています。 もっと素粒子物理学のことについて知りたいと
思ったら、子供にも理解できるように解説されたKEKのサイト http://www.kek.jp/kids/class/index.html
をご覧ください。
ゲージ対称性(Gauge Symmetry)
理論にゲージ対称性なるものを課すと、ゲージ粒子と呼ばれるスピン1のベクトル粒子が出現し、そのゲージ粒子が他の物質場の相互作用の仲介の役割を演じ
るという理論が出来上がります。このようにゲージ対称性は理論に強い制限を与え、それと同時に(繰り込み可能性や局所性などの他の基本原理を課すと)相互
作用の形をほぼ一意的に決めるという美しい性質を持っています。 このゲージ対称性に基礎をおいた理論を総称してゲージ理論と呼び、具体的にはレプトン(電子やニュートリノ等)間の相互作用を記述する電弱理論(ゲージ粒子は光子)、クォーク間の相互作用を記述する量子色
力学(QCD)(ゲージ粒子はグルーオン)等がありま
す。
素粒子の標準理論(Standard
Model)
この理論は、ゲージ対
称性、繰り込み理論、自発的対称性の破れというキーとなる概念に基づいて作られていて、現在までに知られている4つの基本的相互作用(重力相互作用、電
磁相互作用、強い相互作用,弱い相互作
用)のうち、重力の相互作用を除く3つの相互作用を記述する理論です。上のゲージ対称性のところで述べた電弱理論と量子色力学をゲージ群SU(3)×SU
(2)×U(1)の直積群で統一した形になっています。標準理論には、12個の相互作用を運ぶゲージ場(8個のグルーオン、3個のウィークボゾン、それに
光
子)と12個のレプトン、36個のクォーク、それに数個のヒッグス粒子が存在します。これらの粒子がうまく相互作用して、標準理論は現在のいろいろな実験
結果をうまく説明しているわけです。しかし、標準理論は完全な理論とは呼べない欠点もあります。特に、重力を含んでいないこと、そして、理論に存在する約
20個のパラメーターをこの枠組み内で計算できずに外から手で持ち込まなければならないという2つの欠点は有名です。そのために、現在多くの理論物理学者
は標準モデルを超えるような新たな統一理論を創ろうとしているわけです。
ニュートリノの質量
(Neutrino's Mass)
素粒子の標準理論を構成する素粒子の1つに、ニュートリノがあります。標準理論の枠組みでは、ニュートリノは質量を持つ
ことができないことが知られています。しかし、ニュートリノが質量を持つ可能性は以前から指摘されていました。例えば、太陽から地球に届くニュートリノ
(Solar
neutrino)の数は、
ニュートリノに質量がないすると説明が難しいことが知られていました。最近、神岡でなされたニュートリノの実験から、ニュートリノは非常に小さな質量を持
つ
ことが検証さ
れたのです。ではなぜニュートリノにはほんの
少しだけ質量があるのでしょう? 理論物理学者はいろいろな説明をしていますが、まだ決め手になる理論的な説明は与えることができていませ
ん。ニュートリノの詳しい説明は次の東大宇宙線研究所のホームページをご
覧ください。
統一理論(Unified Theories)
初めから自然界には4つの基本的な相互作用があることが分かっていたわけではありません。物理学が進歩する過程で、様々な
自然現象を統一的に理解しようとする試みの帰結として、この4つの基本的相互作用に辿りついたのです。果たして、4つの基本的相互作用を1つの基本的な理
論から統一的に理
解することができるのでしょうか?
素粒子物理学者は、今までの経験を踏まえて可能だし、また統一理論は存在するだろうと信じていますが、実験的裏付けに乏しいために、まだ満足できる理論
ができていないのが現状です。し
かし、神岡に備え付けられた巨大な水槽の
中で、陽子が崩壊したときに出る信号がキャッチされれば、統一理論の一つの検証にはなります。
超対称性(Supersymmetry)
超対称性とは、整数スピンを持つボソンと半整数スピンを持つフェルミオンの入れ換えの下での対称性です。この対称性を局所化してできる理論が超重力理論(Supergravity theory)です。
超対称性を持つ理論では、量子効果を考えた場合、ボゾンからの寄与とフェルミオンからの寄与が相殺され、従来の理論より発散の程度が軽減されることがわ
かっています。普通の局所的な場の理論では、超対称性は高エネルギー領域、即ち短距離での発散(Ultraviolet
divergences)を除去することが期待されていましたが、超弦理論では低エネルギー領域、即ち長距離での発(Infrared
divergences)を除去するのに必要とされています。もちろん、まだ実験的にはこの超対称性は確認されていません。
超弦理論(Superstring)
重力(一般相対論)は場の理論の枠組みでは扱えないので別の定式化が必要になります。弦理論とはそうした定式化の一つで、点粒子の概念を弦(線)
に拡張した理論です。これに超対称性を課して弦理論の困難を克服したものを超弦理論と呼びます。超弦理論が重力を自然に含む理論であると考える根拠は、閉
じた弦について調べるとスピン2で質量ゼロの状態が存在し、この中にグラビトン(重 力子)が含まれていると考えられることです。超弦理論の簡単な説明は私がいくつかの大学で話をした次のPDFファイルをご覧下さい。
量子重力(Quantum Gravity)
4つの相互作用のうち重力を除く3つは、場の理論でうまく説明でき、観測ともうまく一致しているとみて良いでしょう。ところが、重力を場の理論で
扱おうとすると問題が出てきます。量子化の問題やくりこみ不可能といったことです。その根本的問題を解決し、場の理論の立場で正しい重力理論を作ろうとす
るのが量子重力の分野です。
ブラックホール(Black Hole)
光の速さでも脱出できない程の強重力圏があると、外部から入射した光は反射されないため、まるで何も無いように見えます。これが、ブラックホール
です。宇宙観測から、幾つか存在していると信じられています。地球が直径1cm以下に圧縮されれば、ブラックホールになります。