波動論2007年度第15回(補講)


7.5 最後に---量子力学への橋渡し

「波動論」の締めくくりとして、波動の性質のうち、3年になって量子力学を勉強する時に大きく関係する部分について解説しておく。

7.5.1 分解能と不確定性関係

テキストの順番ではこっちが先だったが、実際にはこれは後に回した。

kenbikyo.png

「波である光が直進する(ようにみえる)のは干渉により直進しないような光が消されてしまうからである」ということを述べた。「直進しないような光が干渉により消される」と言っても、完全に消えてしまうというものではなく、多少は残る。光にも小さいとはいえ有限の波長があるので、ある程度干渉によって消されずに残る部分があるのはしかたがない。日常生活ではそれが目に見えるほどになることはないが、例えば光の波長程度より小さいものを見ようとする時には、この光の広がる性質が邪魔をすることになる。

P点から出る光をレンズで集め、スクリーンで見るとする。光を直線的に進んでいく光線のように考えるならば(このような考え方を「幾何光学的な考え方」と呼ぶ)、レンズの中心の真下P点から出た光はちょうどその真上にあたるA点に到達する。また、レンズの真下より少し離れた点Q点から出発した光は、Aより少し離れたB点に到着する。スクリーン上のどこに光がきたかによって、光がどの場所から発せられたかがわかる(カメラであればこの場所にはフィルムがあり、フィルムに塗られた感光物質が化学変化を起こす。目であれば視覚細胞が反応する)。カメラにしろ人間の目にしろ、このようにして光の到着点から「光がどこから来たか」を判断しているわけである(レンズがなくてただ光を感じるだけであったなら、明るさは判断できても物を見ることはできないのである)。

光を「光線」ではなく「波動」だと考えた場合、P点から出た波がA点に到達する理由は上とは違ってくる。波はいろんな方向に伝播する。A点ではP点から来たいろんな光の位相がぴたりと揃い、互いに強め合う。これがA点から出た光がP点に到着する理由である(このような考え方が「波動光学的な考え方」である)。光の位相が揃う理由は、レンズ中では光速が遅くなるからである。一見遠回りしているかに見えるレンズ周辺を通ってきた光と、直進して近道を通ったかに見えるレンズ中心を通ってきた光は同じ時間をかけて伝播している。それゆえ、P点でこれらの光の位相はぴったり同じになる。逆に、P点以外の場所にやってくる光は、位相がずれているために消し合ってしまう。

ここで注意すべきことは、P点より少し離れたQ点から出発した光も、図に書いた二つの光線(破線で表した)の光路差が一波長程度までしかなかったなら、Aに到達することができることである。この場合も光は干渉によって消し合うが、完全に消えてしまうことはない。このため、A点に光が到達したとしても、図の\Delta x程度はどこから来たのかを判定できなくなる。近似をつかってくわしい計算をするとこの\Delta x{\lambda \over 2\sin\phi}となる。\Delta xを「離れた2点を分離していると認めることができる能力」という意味で、「分解能」と呼ぶわけである。

分解能は光の波長程度の大きさを持つから、光を使って物を見る限り、光の波長より小さいものを見ることはできない。一点から来た光が広がりを見せるので、像がぼやけてしまうのである。分解能を小さくする(小さいものを見る)ためには、波長を小さくするか、\sin\phiを大きくする。

レンズが光を集める様子のアニメーションは、ここ

しかし、どんなにがんばっても\Delta x={\lambda \over 2\sin\phi}を半波長よりも小さくすることはできない。つまり、光を使って物を見る限り、波長よりも小さいものは見えないと思って良い。これがウィルスが顕微鏡では発見できなかった理由である*1。原子のサイズは光の波長以下なので、「原子の写真」を取ることも不可能である。

これは「波」というものを使って何かの位置を測定しようとする時、避けられない測定誤差となる。量子力学では全ての物質が波の性質を持つが、それゆえに物体の位置の測定には避けられない不確定性が伴うことになる。量子力学ではこれが「不確定性関係(または不確定性原理)」として出現する。

レンズをどんどん大きくしたり、波長をどんどん短くすれば、いくらでも精度は上げられるのではないですか。

その通りなんですが、そうやると場所の精度はあがるんですが、別のところに犠牲が来ます。レンズが大きくなると、「レンズのどこを光が通るか」という情報が減るし、波長を短くすると、光のエネルギーが大きくなって、光があたった物体が動いてしまったりします。これは量子力学の不確定性関係の話ではいつでも出てくるんだけど、位置を決めると運動量が決まらなくなり、運動量を決めると位置が決まらなくなる。

電子のレンズってどういうものですか?

電場や磁場を使って曲げます。外側ほど電磁場を強くするとかして、一点に集中するようにします。

7.5.2 フェルマーの原理と最小作用の原理

光の経路を決定する法則として、フェルマーの原理と呼ばれる法則が知られている。それは「光は最短距離を通ろうとする」という性質である。

波動として光を考えた時、このフェルマーの原理はいったいどこからくるのだろうか??

実は「光が最短距離を通る」という現象は、「光の波の位相が極値を取る」ということに対応している。

今、ある時空点(x_1,t_1)から(x_2,t_2)へ、いろんな経路をたどって波が到達したとする。(x_2,t_2)において観測される波は、そのいろんな経路をたどった波の和である。経路によって、波はいろんな位相を取る。そしてそのいろんな位相の波の足し算が行われることになるが、この時足される波それぞれの位相差が大きすぎると、波が互いに消しあってしまう。位相が極値を取るというのが重要なのではなく、極値を取るところでは変化が小さい、ということが重要なのである。変化が小さいところの足し算は、位相が消し合うことなく残る。それに対して位相が大きく変化しているところの足し算は、足し合わされて消えてしまうのである。

keiro.png

つまり、いろんな経路を伝わって波がやってくるが、実際にその場所にやってきた波の主要部分は、位相が極値を取っているような波だと考えることができる。これは前の章でやったホイヘンスの原理の数式的表現を考えれば納得できるだろう。e^{\i k|\vec x-\vec x'|}を積分することで波がどのように進行するかを考えることができたのだが、計算の中で激しく位相(この場合、k|\vec x-\vec x'|)が変化するような部分については、積分してもどうせ答は0と考えてよかった。

sindo.png

この波の重なる様子を具体的に考えるのは難しいので、だいたいのところどういう状況なのかを理解するために、簡単な積分の場合で変化のゆるやかな部分だけが生き残る例を示しておく。右のグラフは(x^2-2x+2)\cos 100x^2のグラフである。この関数は、x=0付近以外では非常に激しく振動している(位相が100x^2という式であることを考えればわかる)。この積分を行うと、ほとんどx=0付近だけの積分と同じになる。つまり、x=0 付近以外の寄与は、結果にまったくといっていいほど影響されないのである。これと同様のことが、波動力学における波の重ね合わせでも起きている。ゆえに位相が極値となるような経路(古典力学的にはEuler-Lagrange方程式の解となっているような経路)が主要な波の経路であると考えてよい。古典力学と波動力学はこのようにつながる。

屈折の法則の場合で、位相が極値が実現する経路であることを示すアニメーションは、ここ

ド・ブロイが物質波というものを考えた背景には光学がある。光学においても幾何光学という立場と、波動光学という立場がある。幾何光学では「光線」を考え、光線がどのように進んでいくかを計算する。一方波動光学では「波」を考え、空間の各点各点に発生する波の重ね合わせによって波の運動を計算する。この二つのどちらを使っても光がどのように進行するかを考えることができる。

さて、光を記述するには、粒子的(光線的)に考えてフェルマーの原理を使う方法と、波動と考えてホイヘンスの原理を使う方法があるが、この二つは実は同じ現象を別の記述をしただけのものであることがわかる。波長の短い波では「粒子的振る舞い」が主に見え、波長の長い波では「波動的振る舞い」が主に見える。

波長の短い光はあまり回折せず、直進する傾向を持っていた(ニュートンが光の本質を波ではなく粒子的なものだと考えた理由はまさにこの直進性にあった)。同じ電磁波でありながら、テレビやラジオなどの電波と光はその進行の仕方において、全く違う性質を持つ。

ここで「波長が長い/短い」を分ける基準は、もちろん状況によって違う。光は日常生活(長さのスケールが数センチから数メートル)ではじゅうぶん粒子的である(直進するように見える)。しかし、顕微鏡でウィルスを発見しようというような時には、波動的な性質が大きくなりすぎて、ウィルスの像を写すということは不可能になってくる。物理現象のスケールによって、波の起こす現象は全く違うのである。

さて、ここまで諸君らが勉強してきたのは「古典力学」と呼ばれる「量子力学以前」の力学である*2。古典力学において、波動論におけるフェルマーの原理に対応するのは、解析力学における最小作用の原理である。

フェルマーの原理では「光が進むのにかかる時間」あるいは「光の位相」が極値を取るが、解析力学において極値を取るのは「作用」である。

波動(光など)がどのように進行するかは、フェルマーの原理で考える(幾何光学)こともできるし、波の重ね合わせを使って考える(波動光学)こともできる。考えているスケールに比べて波長が短い場合(日常現象における可視光の場合など)は幾何光学を使う方が簡単である。逆に考えているスケールに比べ波長がcomparable*3であるか大きい場合は、波動光学を使わねばならない。

力学でも粒子の進行を、最小作用の原理を使って考えることができる。最小作用の原理に対応するのがフェルマーの原理すなわち幾何光学である。では波動光学に対応するものは何か???---ド・ブロイはこのような考え方から物質の波動説に到達し、自身のこの考え方を「波動力学」と呼んだ。

波長が短い場合波長が長い場合
光学の世界幾何光学(フェルマーの原理)波動光学
力学の世界古典力学(最小作用の原理)波動力学

ド・ブロイは解析力学を作っていた段階では、ただ「作用が極値を取るような運動が実現する」としか考えられていなかった「作用」という量に「物質波であると考えた時の位相に対応するもの」という意味を与えたのである。位相が極値を取るような経路の波は干渉で消えずに残る。同様に作用が極値をとるような運動が実現する。これが、我々がこの世界で古典力学が成立している(そして、最小作用の原理という物理法則がある)と`錯覚'した理由なのである。

落体の運動の場合で、位相が極値が実現する経路であることを示すアニメーションは、ここ

ド・ブロイの大胆な考えは、やがて実験的支持を受けて、現代物理の根幹であるところの量子力学の基礎となる。

電子に波動性があると言ったが、その波動性はなかなか発見されなかった。それはもちろん、電子の波の波長があまりに小さく、(昔ニュートンが光を粒子と見誤ってしまったように)粒子的振る舞いばかりを顕著に示すからである。電子の波長は光よりもさらに短いのである。

じゃあ、物質が波になってすり抜けてしまうってことはあるんですか?

ありますよ。アルゴンに電子を当てる実験で、遅い電子、つまり波長の長い電子が散乱されない、という実験があって、原因がわからなかったんですが、ド・ブロイの説の証拠になりました。

じゃあ、人間が壁を通り抜けることできますか?

すくなくとも人間を物質波と見た時の波長が壁より大きくならないといけないけど、それはものすご〜く小さい運動量だから、ものすご〜くゆっくり動かなくてはだめですね。たぶん、宇宙の年齢ぐらいかけても壁に到着しないほどに。

授業中は説明ここまでにしたが、人間全体の運動量が小さくなればいいというものではなく、人間を構成している粒子一個一個の運動量も小さくなってないと壁を通り抜けるほどに広がれない。

それが電子をあてて電子の反射を調べることで物体の形をさぐる機械、いわゆる「電子顕微鏡」が光よりも小さいスケールを見ることができる理由である。そのあまりに短い波長ゆえ、電子の波動性はなかなか発見されなかった。

「光は粒子なのか波なのか」という論争は物理の中で何度も繰り返されてきた。それに「波と粒子の性質を両方持つ」という結論が与えられた直後「電子のような物質もやはり波と粒子の性質を持つ」ことがわかった。

このような意味で、波動現象を理解することは現代物理を理解するのに欠くことができない。

というわけで、半年続いた授業もこれにて終わり。最後はいろいろな質問も出て、楽しい授業でした。と同時に3年で習う量子力学について、恐怖も感じさせてしまったかもしれない。3年なったらがんばってね。

学生の感想・コメントから

最近、朝永振一郎「光子の裁判」を読みました。今日の講義と重なる部分がありました。光子の運動について、二つの窓を同時に通る時は光子は姿を現さないという記述がありました。その時の光の運動はどのようなものか、すごく気になりました。

気になりますね・・・。その時は光子は「波」として存在している、というふうに考えます。

波動関数の収縮がわからない(多数)

これについては3年になったらゆっくりと悩みましょう。

物質がホイヘンスの原理みたいに広がるけど、極値を取るところが実現するというのは不思議です。本当にそうなっているのか証明されているんですか?

量子力学習うといろいろ実例が出てきますが、例えば一個の電子が二つの場所を同時に(波として広がって)通過する、なんて例がちゃんとあります。その時どんなふうに通過するかを計算する方法として、シュレーディンガー方程式(一種の波動方程式)があります。広がる波として計算して、ちゃんと粒子の運動が予言できます。また、量子力学には(学部の間は勉強しないと思うけど)「経路積分」という、「いろんな波を積分して足し算していく」という計算法があって、これももちろん実験的に正しい答を出します。

量子力学は起こることを理解するのがたいへんそうだと思いました。(似たような感想多数。しかし「面白そうだ」という感想も多数)

たぶんそうだと思います。でも現代物理では一番大事なところですから、がんばりましょう。

電子が波であるおかげで、ゆっくりとした速度だと通り抜けるという話が不思議だった。

古典的な考え方していると、全く理解できないことが、この世では起こってます。この世の成り立ちがそうなっているので、仕方ないと思ってください。現実は、結構人間の直感に逆らうものなのです。

超紐も波ですね?

普通の量子力学では、粒子が波になっているわけですが、超紐理論では紐が波になってます。

頭の中の粒子という概念が波の群に変わったのが今日得られた大きな収穫でした。

やっぱり補講やっといてよかった。

物質が波なのに通り抜けないでつかまえることもできるのが不思議に思いました。この時、波は定常波に変えているのですか?

う〜ん。それに近いイメージですね。

物質波は運動していなくても波なんですか?

量子力学的に考えると「運動してない」という状態はあり得ないんです(波ですから)。我々が「止まっている」と思っている物体も、波としては振動を続けているのです(群速度0の波になってたりするわけですが)。

物理は奥が深いなと思った。大学に入って物理がどんどん面白くなって好きになりました。

こういうことを言ってくれるとほんとにうれしい。だから私も物理が大好きです。

物理が終わる日は来ないと思った。

そりゃ、終わらんでしょう。

すべての物質が全部波だというのは、まだ理解できないけどこれを理解できるのがとても楽しみです。量子力学も前野先生だといいなと思いました。

小田先生も、なかなか面白い先生なので、みんなでどんどん質問しながら授業を盛り上げていってください。量子力学を理解することはとても難しいけど、それだけ勉強しがいがありますよ。


*1 光ではない、もっと波長の短いものを使って物を見るという方法はもちろんある。電子顕微鏡は電子を使って物体の形を知る。
*2 物理の世界で「古典(classical)」というのは「古い」という意味ではない。「量子力学ではない」という意味である。
*3 comparableは「比較することができる」という意味。つまり同程度の大きさであることを表す言葉。

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Last-modified: 2016-07-23 (土) 16:22:43 (753d)