科学と非科学(その2)

〜科学とオカルト


琉球大学理学部物質地球科学科 前野 昌弘




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なぜ物理学者は幽霊を研究しない?

 今回は幽霊だの超常現象だのに関する、科学からのアプローチについて説明していきましょう。

実は物理学者が心霊研究に没頭した、という例はある。

クルックス(クルックス管など、放射線の研究で有名)など
後で説明するファラデーのコックリさんの研究も有名。


近代の心霊術


 1848年のこと、マーガレット(当時8歳)とケティ(当時6歳)のフォックス姉妹が、自分たちの寝室で不思議な現象が起きている、と言い出しました。それはどこからともなく聞こえてくるコツコツという音です。その音はやがて、質問に対して「イエス」なら音一回、「ノー」なら無音で答えるようになりました。
 後にはアルファベットの数だけ音を出すことで単語を伝えることができるようになり、自分は31歳の時に殺された男の霊である、と打ち明けました。姉妹はこの交霊術を一種の見せ物として興業しました。一晩で150ドル(当時は大金)集まったこともあるそうです。
ではこの時、学者による調査はあったのでしょうか。
学者による調査は、もちろんありました。

 1851年にはすでにバッファロー大学のフリントたちが何度か検討を行い、「音は関節の動きで出されている」と結論しているのです。その後のペンシルバニア大学の実験では、マーガレットの足を固定すると音が全く出なくなることが報告されています。


ではこれで騒ぎは収まったかというと…

 次々に「自分は霊を通信できる」という交霊術師が現れ、大流行状態になりました。そしてすっかり浸透していくのです。先述のクルックスたちが心霊術の研究に没頭するのもこの頃です。クルックスは交霊術をほんものだと信じていたようです。
 後に、フォックス姉妹はこの音が自分の足の関節を鳴らして出していた音だ、ということを認めました。最初はふざけ半分でやっていたのに、近所中で評判になったものだからいまさらインチキとはいえなくなってしまった、と言うのです。これで「なんだデタラメか」となってしまわないのが人間というものの面白いところで、へンリー・ニュートンという人物などは


ラップ音が足の関節で出せるという発想自体が馬鹿げている。彼女自身の交霊会についての発言だとしても、これは嘘である。なぜなら、私自身も、信頼できる社会的地位にある多くの人々と共に、彼女たち姉妹のすることを実際に見ているからである。あれがインチキだなど、断じてあり得ない
〜〜〜『ニッケル博士の心霊謎解き講座』(望月美英子訳)

とまで言っています。人間がいかに自分がだまされていたことを認めたがらないかということを、このへンリー・ニュートンの言葉は教えてくれます。今度はフォックス姉妹は、「関節で音が出せる」という実験会を各地で開催しました。そうやって少々儲けた後、今度は「あの告白はでたらめだった」と宣言し、また同じように心霊術の興業をやっていたそうです。
 以上、実は心霊術というものがその始まりからかなりうさんくさいものであったことがわかると思います。

 ところが、現在でも出版されている本の中には、この幽霊が立てたとされる音のことを「ラップ現象」などと、いかにも根拠があるかのごとく紹介しています。TVなどでフォックス姉妹の話が紹介される時は、(おそらく意図的に)フォックス姉妹本人が後にトリックだと認めたことには触れられないことが多いです。TVのような、よりセンセーショナルに演出しようとする媒体から得られる情報には、こういうフィルターがかかっている可能性があることに注意する必要があります。

「面白おかしく」語ろうとするメディアは信用しないように。

もう一つの注意

 このフォックス姉妹はインチキではないか、という指摘に対し、彼女らのような純真な子供が嘘をつくとは思えないという弁護が見られたことです。ところが、実際にはこういう幽霊や超能力が関与する騒動では、子供が嘘をついて(純真な?)大人がだまされた、というケースの方が圧倒的に多いのです。
 告白よりも前に、学者たちによるインチキであるという研究結果が発表されていることにも注意してください。ところがこういう報告があっても、すでに信じてしまった人には全くきかなかったようです。

 先週も強調したように、
人間の「直観」では正しい結論が得られないことが多いにある。
ことに注意しましょう。

ファラデーによるコックリさんの研究

 次に、心霊現象に対して、物理学者が詳細な分析をした霊を紹介しましょう。
 日本では「コックリさん」という名前で親しまれている、心霊を呼び出して質問をすると答えてくれるという遊び(?)ですが、英米ではテーブルターニングという名前で行われています。日本のコックリさんが10円玉などを使うのに対し、テーブルを使います。数人でテーブルを囲んで座り、両手をテーブルの上に乗せていると、テーブルが動いたり傾いたりし、テーブルの足が床をたたいたりします(これが霊の通信だというわけです)。

 1853年、マイケル・ファラデー(電磁誘導の発見などで有名な物理学者。『ろうそくの科学』という本で有名)がこのテーブルターニングを研究し、何が原因でこの現象が起るのかをつきとめています。
 ファラデーはこのために、種々の実験を行いました。まずファラデーがもっとも確かめるべきだと考えたことは、果たしてテーブルが自発的に動くのか、テーブルに置かれた手がテーブルを動かしているのかです。もちろん、テーブルターニングを実行していた人はみな
私は力を加えていない。単にテーブルを真下に押しているだけなのだが、テーブルが勝手に動く
と主張していました。

どうすればこの主張を崩せるかな?
 ファラデーはいろんな装置を使って実験をやっているのですが、特に重要な実験は、実際にテーブルにどんな力が働いているかがわかるような目印をテーブルにとりつける、ということです。目印を見せないようにしてテーブルターニングをさせると、テーブルは動きました。ところが、実行する人にその目印を見せると、テーブルはけっして動きませんでした。つまり、テーブルターニングをする人が「私は下にテーブルを押しているだけなのに、テーブルは勝手に動く」と思いこんでいた、その思い込みの部分を正確な測定によって排除してみせたわけです。
 ファラデーはこう言っています。
目に見える動きなどで手の動きを知らせてくれる何らかの表示器がなければ、まっすぐ下に向けて押すことや固定された障害物に逆らって一定方向に押すことがいかに困難なことか、また単に、実際にそのように押しているかどうかを知ることだけでも、どれほど困難であるか、人々は知らないのである。
「コックリさんの実験的研究」ファラデー(秦一訳:『超能力・トリック・手品』板倉聖宣・佐藤忠男ほか著に所収)

 日本でも明治時代に日本でコックリさんが流行ったころに、井上圓了(妖怪などの研究で有名)が同様の結論を出しています。

これも人間の直観はあてにならない例でしょう。

利口な馬ハンス---実験条件が大切さを示す例

 人間が絡む実験では注意しないと落とし穴に落ちてしまう、という例をもう一つ述べましょう。

 利口な馬ハンスの騒動は、20世紀の始めに起りました。ハンスは「はい」と「いいえ」を頭の動きで伝え、数字は前足を打ち鳴らすことで伝えていました。たとえば「3足す5は?」と質問すると、8回前足を打ち鳴らしたわけです。このハンスの飼い主はフォン・オステンといい、高等動物である馬は人間同様思考力を持っているに違いないと信じ、ハンスを訓練したのです。約2年間の訓練ののち、ハンスは足し算引き算掛け算割り算はもちろんのこと、分数を少数に直したり、「7時半から5分たったとき、短針と長針はどの数字のところにあるか」という質問に答えたりすることができるようになりました。
 オステンによるトリックであろうと考えた人達が、オステンがいないところでハンスに質問をしてみましたが、全く同じようにちゃんと正解を答えます。当時、この利口なハンスのことは大評判になるとともに動物学者たちの間で大きな波紋を呼びました。最初、ハンスを調査した動物学者や心理学者たちからなる委員会は「トリックはどこにもない」という報告を出したため、ますます大騒動になりました。確かに、何のトリックもなかったのです。しかし、プングストがこの馬のやっていることと馬の知性とは全く関係ないことを、二つの方法で証明しました。


どうやったのかな?

プングストのやったこと

 プングストはまず、その場にいる人の誰も質問の内容がわからないようにハンスに質問をしました。するとハンスは全く答えられなくなりました。
 その時のハンスの様子を見たプングストは、何かを待っている、と感じました。それは質問する人の無意識の頭の動き、または表情の変化だったのです。例えば「3+2は?」と質問するとします。すると、ハンスがコツ、コツと床を叩きます。5叩いたところで、質問者はそこで緊張を緩めてしまい頭や胴体にその緊張の緩みが現れてしまうのです。ハンスは敏感にそれを感じ取っているだけで、計算しているわけではなかったのです。プングストは確認のために、質問をしたあと、わざと適当な数のところで緊張を解いてみせました。するとハンスはそこで床を叩くのをやめました。
 オステンや他の実験者はみな、ハンスに合図を送ろうとしていたわけではありません。もともと馬は、動くものを察知することにかけては人間よりも遥かに敏感なのだそうです。後から聞いてみれば「なあんだ」と思うようなつまらない話ですが、この話は動物心理学の世界に大きな波紋を呼び起こすと同時に、これ以後の動物実験のやりかたを深く考えさせるきっかけとなりました。
 新薬のテストなどをする時、比較のために被験者を2グループにわけ、一方にはその薬を、もう一方には全く薬効がない薬(単なる小麦粉とか)を与えておくのが普通です。小麦粉を飲んでも「薬を飲んだ」という思い込みだけで効いて、病気が直ってしまうことがあるからです。これをプラシーボ(偽薬)効果といいます。さらに気をつけるべきこととして、「薬を与える時、その薬が本物か偽物か、与える人自身もわからないようにして与えなくてはいけない」と言われています。渡す時の態度で、「効く薬か効かない薬か」がわかってしまって効果に差が出ることがあるからだそうです。このような方法を「二重盲検法」(double blind test)といいます。ハンスの場合も、二重盲検法が必要だったと言えます。特に動物実験では、実験の対象だけでなく、実験する人にも十分な配慮が必要なのです。

科学的思考の大切さ
---何物も安易に信じてはならない

 物理学の発展の歴史において、「直感から来る思い込みの排除」がいかに大切な作業であったか、ということは、前回も強調しました。心霊学や超能力の『研究』においても同じことが言えます---いやそれどころか、より慎重にならなくてはいけないでしょう。
 物理現象には悪意はありませんが、世の中で心霊現象と呼ばれているものの中には、その裏に幽霊の仕業だということにしてだましてやろうという悪意が存在している可能性があるからです。物理学者が心霊や超能力を研究したがらない理由は、単に原子や分子や天体を相手にしているのに比べ、こういう余分な面倒が多すぎるせいもあります。それでもその面倒なことに気をつけながら、物理学者による心霊研究もされてきてはいるわけですが、これまで評価に値するだけの霊現象に肯定的な成果は一つもあがっていません。さらに否定的結果を発表しても、世間はおもしろがってくれず、無視されてしまうのですから、なおさら物理学者は霊現象の研究などしたがらないわけです。

科学者である為にわかっておいて欲しい事

 念のために付け加えておきますが、「幽霊なんて非科学的」という決めつけは「幽霊は絶対に存在する」という決めつけ同様、科学的根拠のないものです。ファラデーが行ったような、現象をいろんなレベルで切り分けて解析していくという作業が必要になるでしょう。
 歴史を見る限り確実に言えることは、「人間が介在する実験は安易に信用してはならない。間違いや思い込み、あるいは悪意からくるごまかしが実験結果に悪い結果をおよぼさないよう、細心の注意が必要である」ということです。その切り分けができないうちは、何物も安易に信用してはいけない、と歴史は教えています。

今日のショートレポート

テレビで「私は超能力者である」と自称する人が、手を触れないで人間をはじき飛ばす、という実演をしていました。ほんとに超能力ではじき飛んだのか、飛ばされた人が自分の力で飛んだのか、を判定するための実験を考案してください。
 ただし「自分が飛ばされてみる」というのは禁止です。こういう自称超能力者は「あなたに信じる心がないので私の超能力が邪魔されている」という言い訳を使います。
 思いつかないという人は「自分の体験した超常現象かもしれないこと」を書いてくれてもいいです。

今後の授業計画

10月23日:科学と疑似科学

  • 科学を装っているが科学ではない「疑似科学」とその問題点について考えます。


10月30日以降は田原先生の担当回になります。