チェックテスト

 今日もまずはチェックテストです。皆さんの実力を測るためのテストですが、この問題の結果と成績とは関係ありません。

【問い2-1】

 下の図は、爆撃を行っている爆撃機の写真である。

 下の図は写真の状況を模式的に表したもの(爆弾は代表して三つのみ描いた)である。

 三つの爆弾それぞれに働いている力を(●が作用点)を使って、速度をを使って矢印で表し、上の図に描き加えよ。

【問い2-2】

 無重力の宇宙空間内を宇宙船がA地点からB地点まで等速直線運動してきた。このままなら宇宙船はC地点に到着するところだったが、ロケットエンジンを噴射したため、宇宙船はD地点に到着した。D地点でロケットは噴射をやめた。宇宙船のB地点からD地点、およびその後の運動の軌跡を図に描き込め。

 解答および説明は次のページに
【問い2-1】の解答状況

【問い2-1】の解答状況

 まず【問い2-1】の速度について。

 大きく分けて、

のような3種類の解答であった(左斜め下も1人だけいた)。

 人数分布は以下の通り

速度が右向きで一定:8名
速度が右向きで下ほど遅い:5名
速度が下向きで一定:2名
速度が斜め右下向きで一定:11名
速度が斜め左下向きで一定:1名
解答なし:3名

 3種類の解答(細かく分けるともっと種類は多い)が出るのは面白いところなので、しばらく隣近所の人と議論してもらった。

 それぞれの意見の人に根拠を主張してもらったところ、

(右向きの人)飛行機が右向きに進んでいたのだから、その速度の力が残ると思う。
(下向きの人)電車のときと違って外に出ているから力も速度も下向きで右向きはないのではないか。
(斜め右向きの人)どっちもあるような気がする。

という感じで、「速度の向き」と「力の向き」がごっちゃになってしまっている解答が多かった。

 解答は、下の動画を用意した(見終わったらブラウザの戻るボタンで帰ってきてください)。

 正解を図解しておくと、

のように、右斜め下で、右向き成分は変わらないままに下向き成分が増えていく、という絵が描ける。

 つまり、今回厳密な意味での正解者はいない(斜めに速度を書いている人も、一定の大きさと一定の角度で描かれていた)。

 力の方は

が正解である。しかしこれも、

のように存在しない「右向きの力」を描いている解答がかなり多かった。

 人数分布は以下の通り

下向きの力のみ(正解):15名
上・下・右の三つの力:6名
下・右の二つの力:4名
下・左の二つの力:1名
下・右・斜め右下の三つの力:2名
上・下の二つの力:1名
下・右の二つの力だが、右の力は下に行くと消える:1名

 このような間違いは「MIF誤概念」と名前がついている、非常に強固な「直観的な思い込み」によって起こる。

 MIFとは「motion implies force」で、つまり「運動があれば力がある」という間違いである。人間の直観はMIF誤概念をサポートする方向なので、「ちゃんと物理を勉強してない人」は皆この誤概念にハマると思っていい。

 では誤概念にハマらないためにはどうすれば、ということで、こういうときの標語を一つ。

困ったときは「原理」に戻れ!

 力学においての原理とは運動の3法則であり、今ここでは運動方程式$\vec F=m{\mathrm d\vec v\over\mathrm dt}$を思い出したい。

 この式が主張しているのは「力は速度の変化に比例する」ということ。「力が速度に比例する」のであれば、$\vec F=m\vec v$という式になってしまうけど、これはアリストテレス的な考え方で、これを破壊するところから現代物理が始まる。アリストテレス的力学はガリレオが現れるまで千年以上信じられていたほどに強固であるが、ガリレオやニュートンによる実験と観察のおかげで物理法則はアリストテレス的でないことが示されたわけである(現代人である我々は先人が作ってくれた原理を拠り所にして考えていくことができる)。

 運動方程式$\vec F=m{\mathrm d\vec v\over\mathrm dt}$を信じるなら(もちろん信じていいのだ!)、力が働かない水平方向の速度は変化しない。あるいは逆に、水平方向の速度が変化してないと観察されることから、水平方向の力はないとわかる。

 水平方向の速度ってほんとに変化してないでしょうか?---若干変化してたりしませんか??
 「若干」って言葉の定義による(実際のところ、空気抵抗があるわけだし)けど、それは確かに変化することもあるでしょうね。ところがここでは最初に

という写真から話が始まっているよね。ここでもし、爆弾の水平方向の速度が爆撃機に比べて変化してしまっていたら、こういうふうに爆弾と爆撃機が縦一列に並んだりしない。つまり水平方向の速度は変化していたとしても「目に見えるほど」ではないことがわかる。
チェックテスト 【問い2-2】の解答状況

【問い2-2】の解答状況

 一番多かった解答は

であった。これだとBD間も直線運動している(噴射してない?)。さらにBで急激に速度が変化していることになる(${\mathrm d\vec v\over\mathrm dt}=\infty$?!)(←このあたりも原理に戻って考えるとおかしいのだ)

 また、以下のような図もあった。

 噴射が終了すると、まるで噴射していた間のことが「なかったこと」のように運動が元に戻っている。これも、運動方程式が「速度が変化するのは力が働いたとき」という主張であることをちゃんと理解していれば起きない間違いである。

 正解は

である。力が働いていないAB間とD以降は等速直線運動、BD間は加速のある曲線運動で、しかもBとDではスムーズにつながらなくてはいけない。

 曲線になるところはあっているのに、なぜか噴射をやめると「運動を忘れる」答え(↓)もあった。

 回答の分布はこんな↓感じ。

 正解は10名いたとはいえ、残念ながら正解は半分以下であった。物理を理解するということは、、「どういう運動をするのが物理法則に即しているのか」が判断できることから始まる。「運動方程式を解いて計算できる」ということは二の次なのである。

【問い2-1】の解答状況 今日のショートレポート

今日のショートレポート

 最後に以下のような問題でショートレポートを書いてもらって今日の授業は終了。次回(来々週)は皆さんのレポート内容を紹介するところから始めます。

問い1
 チェックテストで自分がやった間違いについて、「何が原因で間違えたか」を自己分析せよ。
なお、謝罪は不要である(むしろ謝罪は有害である)。

問い2
 将来、児童生徒にこの辺りを教えるときに、何に注意して教えればよいか、アイデアを出せ(アイデアは具体的であるべし)。
【問い2-2】の回答状況 ショートレポート回答

ショートレポート回答

【問い2-1】の速度に関して

速度が水平になっちゃったことへの自己分析

 まず、爆撃の問題で、速度を水平にしていた人による自己分析から拾ってみよう。同じような分析については省いてある(以下同様)。

 物体のもつ速度と物体の運動は別であると思っていたことがあげられる。放物線を描くように落下するとは想像したが、速度がそれを表すとは思っていなかった。
 「速度の向き=運動の向き」(というのがそもそも速度の定義の一部)なのですが、実際にどう運動しているかとは別に「速度」なるものがあるという誤解もあるようです。
 速度に関して、重力の速度を考慮してなかった。
 「重力の速度」なんてものはありません(100歩譲って「重力の加速度」ならまだわかる)から、この人はまだ間違えたままです。
 球には右向きの力のみが働いていたから速度も右向きだと思っていたことだと思う(重力を無視していた)。
 この人はまだ「右向きの力が働いていた」という誤解を持ったままなのでは?と心配になります。
 慣性の法則を考えすぎた。運動方向を真横と考えた理由は、速度という言葉をしっかりと理解できていなかった。運動方向は斜め下と考えていたが、速度は横向きに一定ではないかと考えた。実際横向きの力は一定である。「速度=力の向き」という誤概念があった。
 この人は「慣性の法則を考えすぎた」と言ってますが、ここで慣性の法則の出番は本来ありません。この人にも「速度」と「運動方向」が別のものになっているという誤解があるようです。
 右向きの速度は考えていたが重力は考えてなかった。
 こう書いているこの人が、答案を見ると力は下向きにちゃんと書いてあるのが不思議です。
 飛行の速度が右だけに働いていると思って間違った。飛行機の進行速度部分の速度しか加わっていないと思ったから。
 速度はそもそも「働いて」いたり「加わって」いたりするものではないので、言葉から直そう。言葉使いは大事にしないと自分も間違えるし、間違った言葉で教えられる生徒は可哀想。
 運動方程式を視野に入れてませんでした。そもそも「図示しなくていい」と思っていました。なぜかというと、落としたら下に落ちるのは”あたりまえ”だし、そこは考えなくていいでしょ、と自己完結していました。
 「あたりまえ」のことを表現することが物理目標だし、「あたりまえ」のことを数式で表現したのが運動方程式であり、運動の法則です。あたりまえのことを物理の言葉で語れるようになろう。
 力と運動の向きの区別ができてなくて、真横に速度を書いてしまった。また飛行機による右向きの力が空気抵抗で減速すると思っていたが、その作用は無関係であった。
 「飛行機による右向きの力」はそもそも存在しない(飛行機から離れたら爆弾には飛行機からの力はもう働かない)のですが、そこは大丈夫かな??
 イメージだけで考えていて、原理であるf=maを意識して考えてなかった。
 これはもうちょっと「どういうイメージで考えたのか」を自己分析して欲しい。その分析が自分が教えるときに役立ちます。

速度が真下に向いてしまったことへの自己分析

 重力しか考えてなかったので真下に速度があると思ってしまいました。
 力は重力しかなくても、速度があるというところが大事ですね。
 爆撃機から爆弾が離れるときに、爆弾に与えられる速度を考えてなくて、爆弾が自由落下するだけだと考えたのが間違いだった。
 そうだとすると、写真のようにならないんですね。

速度が右下向きだが、一定だったことへの自己分析

 重力を考慮してませんでした。
 だとすると実は斜めになっているのも変。
 鉛直下向きに力が働いているのだから下向き速度を増加させなければいけないことに気づいてなかった。
 速度の増加までちゃんと考えた回答がなかったのは残念でした。

 なるほどこういう誤解もあるのか、と私が驚いたのは運動の方向と速度の方向は別だと思っていたというものです。速度の定義のところから誤概念が入っていたわけですね。MIF誤概念は「力の方向」と「運動の方向」を同じものと考えてしまう誤解ですが、本来同じものである「運動の方向」と「速度の方向」を別だと思ってしまうという誤概念も存在することがわかりました。

【問い2-1】の力に関して

右向きの力を描いてしまったことへの自己分析

 重力は下向きだから、右方向の力が働いていれば右斜め下に進むと思った。
 こう分析している人が一番多かった。つまりはMIF誤概念そのまま、ということですね。
 右向きの力は慣性の法則を考えてしまった。
 こういう人も何人かいました。慣性の法則を「動いている物体は等速直線運動しようとする」という言い方をすることがありますが、この「しようとする」というのが「その方向に力が働いている」というイメージを作ってしまうのではないかと思います。慣性の法則により「同じ運動を続けようとする」ときには、そのために力なんてものはいらないのですが、「しようとする=そういう力を(誰が?)出している」と誤解してしまっている人は多いようです。

その他、力に関して

 空気抵抗を難しく考えすぎた。
 試験問題などだと常道である「空気抵抗は考えないものとする」をあえて書いておかなかったのですが、考えても別にいいのです。ただ、実際に起こっている現象を見ると「空気抵抗はあまり重要な影響を与えてないな」と気がつくことは重要です。

【問い2-2】に関して

Bで突然速度が変わっていた人の自己分析

の回答

 だんだんスピードが上がるということに気づかず、直線にしてしまった。
 一瞬でスピードがあがるということは、加速度∞、という感覚を持とう。
 直線になると加速度が0になるということがわかってなかった。
 このあたりも「加速度」の意味がわかっていればこうならないということのようです。

Bで突然速度が変わり、また戻っていた人の自己分析

の回答

 AからBまで等速直線運でBからDはロケットが噴射しているからと単純に考えたのでBのところに角度をつけた直線を書き、D地点以降は噴射してないとあったので元の運動に戻ると思った。
 。
 ロケットの軌道を考えるときに運動方程式なんて気にも留めなかった。
 運動方程式はもちろんですが「自然でこんな角のある動きは起こらない」という感覚はもっていてほしいですね。

Bからちゃんと加速度運動したが、Dで元に戻ってしまった人の自己分析

の回答

 Dに到達した後は噴射が終わるので運動が元に戻ると考えてしまったので間違えた。
 ロケットは「噴射前どうだったか」を覚えてられない。より正確に言えば、「噴射前」などというある程度より長い時間だけ前の状態は、この後の運動に影響を与えられません。影響を与えうるのは「直前の自分の位置と自分の速度」、それその瞬間に働く力のみ(これがつまり運動方程式の意味)。これは力学に限らず、いろんな自然現象で成り立つことです。
 無重力だから運動し続けるが、元に戻ると思ったため。
 「無重力だから」というのは「元に戻る」理由にはならないですね。

 ともあれ、皆さんの中にあるいろんな誤概念が明らかになってよかったです。「なるほどこんなのもあるのか」と私も勉強になりました。正直な自己分析を書いてくれてありがとう。

何に注意して教えればいいか

 いろんな回答がありましたので、抜粋しつつ同じようなものが近くに並ぶようにして載せます。

 児童から質問されそうなことは前もって準備しておくことが一番重要で、そのために物理法則がどどんなふうに働いているかをしっかり理解しておく。
 またなぜそう思ったかを聞いて、間違った認識を解くための例を上げたりして、自分自身にも考えさせ、間違いに気づかせることが重要だと、今日の授業では思った。
 実際に物を使って教えるべき。例えば自分が手にお手玉を持って走りながら落としてみる。
 実際に走ってやらせてみたり、ラジコンなどを使って爆撃機の再現をしてみる。走りながらスーパーボールを落とせば前にはねると思うのでそれで慣性を説明する。
 今日のような映像を生徒に見せるのは効果的であると思う。考えるときにイメージすることは非常に大切なので。
 ↑のように、「実際にやってみる」が有効というアイデアがたくさんあった。確かにその通りで、かつ「実際に起こったこと」と「理論的説明(運動方程式など)」をどう結びつけていくかが大事。
 力の作用と運動速度または運動方向が必ずしも一致するわけではないことを教えていくことは重要だと思う。
 まず加速度に力は依存するということを教えてからこういう例を考えさせなければならない。
 ↑それらはすでにやっていること(みんなもそう教わったはず)。それだけでは足りないから工夫がいる。
 「速度がある方向には力がある」という考えを持たせないためには、そうでない例を多く見せる必要がある。よく見られる誤概念については教師が先にその例をあげ、生徒の前で間違っていることを証明する必要がある。その証明に実験を用いる。
 前もって注意というのは大事でしょうね。
 慣性の法則が働いていることと、重力加速度はどんどん大きくなるということを教えなくてはいけないと思いました。
 力はあくまで変化を起こすもので、力が止まっても戻るわけではないということにも注意しなければならない。
 重力加速度は大きくならない。重力加速度により、下向きの速度がどんどん大きくなる。こういう用語の間違いをしていると生徒に正しいことが伝わらない。「力はあくまで変化を起こすもの」の方は正しいし重要。
 慣性の法則により横向きの力はずっと同じ大きさで、同じ大きさではたらくということは法則(原理)をあてはめればよい。
 ↑この人自身が慣性の法則を誤解している。慣性の法則は「横向きの力はずっと同じ大きさ」と言ったりはしてない。
 力という言葉を、普段から使っているような「力持ち」だとか「力を貸す」のような意味ではなく、「加速度と質量の積」という物理的な式の値を名付けているような意識をもってもらうことも大事だと思います。
 生徒の持っている「イメージ」や「フィーリング」に頼ってはいかんということですね。
 爆弾のときに先生がみせてくださったアニメーションが本当にわかりやすかったので、ああいうふうに視覚的にわかりやすいものを使いたいです。今まで文字と静止画だけで教わってきたので、頭の中で全然イメージできなくて困っていました。
 最近はああいう動く教材がいくらでもあるので、活用していきたいところです。生徒の頭の中にイメージができることが大事です。

 これは「こうすればOK!」のような便利な処方箋はない問題なので、いろいろ考えてみてください。

今日のショートレポート 受講者の感想・コメント

受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

 主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。


MIF誤概念を持っていたことを知り、改善しなければならないと痛感した。物理がわからず、苦手だと感じていたが、概念を理解できてなかったことに原因があるのではないかと思う。
物理の一番難しいところは「概念を身につける」ところです。

今日の解答は自信があったが、MIF誤概念を知ってショックだった。知識を自然現象にフィードバックできるような考え方を今日から持っていきたい。
概念を身につけるには、「普段から自然を考える」ことです。

教える立場になったときに、MIF誤概念をなくさせることが大切ではないかと思いました。
「概念を伝える」ことができる教員になりましょうね。

映像を見るとなるほど、となるので、自分で考えるときにもっとイメージして考えないといけないなと思った。
そうです。イメージできることが大事。

もしかして爆弾の問題って、爆弾単体でみたら「崖の上から速度$V_0$で水平方向に打ち出した」みたいな問題と同じなのでしょうか。だとしたら受験のときに何度もやったの全然活用できてなくてショックです。
同じ問題ですね。本当の意味で「物理がわかる」ってのは「練習問題が解ける」とはちょっと違うようです。

誤概念は、教科書を読み合わせるだけの授業・勉強だと解くのは難しいと今回の授業で感じました。
ですね。いかに誤概念がなくなるように考えさせるか、が大事です。

自分はMIF誤概念はなかったのでよかった。
次は「誤概念がなくなるように教える」方法ですね。

教室にいるほとんどの人が物理の単位をとっているはずなのに、結構な人が問題を間違えていたのに(僕も含めて)驚きました。物理って式を立てるまでがたいへんだと高校の先生がよく言ってました。
そうですね。実は「自然法則の概念をつかむ」ところが一番大変なんです。

物体に働いている力は下向きの重力だけなのに、斜めの速度になるのは直感ではわかりずらいと思った。
直感に頼りすぎてはいけないところですね。

「運動している=力が働いている」というMIF誤概念は持っていなかったが、それを他人に納得させることができなかった。「変化」という言葉、考え方を使って説明するべきだった。
「どう説明すればわかってもらえるか」を普段から考えておくことが大事です。


ショートレポート回答