初等量子力学2006年度講義録第10回


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第7章 シュレーディンガー方程式と波動関数

プリントでは手違いで「第6章」となってました(^_^;)(;_;)。何 やってんだか。

7.1  シュレーディンガー方程式

いよいよ我々は、量子力学の基本方程式と言って良いシュレーディンガー方程式に到達する1
量子力学の初期段階において、量子化という作業の手がかりとなったのは、プランクの関係式からアインシュタインが光量子のエネルギーの式として出した
E=hν
(7.1)
と、ド・ブロイの関係式
p= h
λ

(7.2)
である。この2式は光や物質で一般に成立する。
ところで、振動数νで波長λをもち、x軸の正方向へと伝播する波は
ψλ = e2πi([x/λ]−νt)
(7.3)
という式で表すことができる。この指数関数の肩に乗っているものが[i/hbar]×(古典力学的作用)であり、解析力学とつながりのあるものであることはす でに述べた。シュレーディンガーもこのつながりをヒントに方程式の形を決めている。
(7.3)で表される波は平面波であって、宇宙の端から端まで同じ振幅で振動している波である。実際にこの 世に存在している波はこれらの波のいろんな波長のものを足し算したもの(結果として、特定の部分だけに局在する)になるであろう。
今から作る方程式は線形方程式(変数に関して1次の量のみを含む方程式)であることを要求する。線形であれば、解の重ね合わせができる。つまり、Aという 解とBという解を見つけたならば、αA+βB(α,βは適当な定数)も解である。したがっていろんなλに対してψλ を求めれば、その重ね合わせでさらにたくさんの解を作ることができるであろう。これを「重ね合わせの原理」(principle of superposition)と呼ぶ。電磁場や、音などの波には重ね合わせの原理が成立する2。ここまで考えてきたことからすると、重ね合わせの原理は量子力学でも成立して いて欲しい。
逆に重ね合わせの原理が満たされているならば、複雑な波も簡単な平面波の重ね合わせで表現できるということになるので、とりあえず平面波をとりあげて考え ていけばよいことになる。
というわけで一つの関数ψλ=e2πi([x/λ]−νt)を考えるわけだが、この前では

p= h
λ

−i h



∂x
=−ihbar
∂x


(7.4)

E = hν
i h



∂t
= ihbar
∂t


(7.5)
という置き換えができる。つまり、

−ihbar
∂x
e2πi([x/λ]−νt)
=
−ihbar × 2πi
λ
e2πi([x/λ]−νt) = h
λ
e2πi([x/λ]−νt)

(7.6)

ihbar
∂t
e2πi([x/λ]−νt)
=
ihbar×(−2πi ν)e2πi([x/λ]−νt) = hνe2πi([x/λ]−νt)

(7.7)
となる。このように(演算子)×(関数)=(値)×(関数)となるような関数を「固有関数」、右辺に出てくる(値)を「固有値」 と呼ぶ。固有関数を考えることの意味については、後で述べる。
 古典力学においては、エネルギーはハミルトニアンH(p,x)として、運動量や座標の関数として表された。量子力学におけるエネルギーE=ihbar[∂/∂t] も、同様に運動量や座標と関係付けられるはずである。その関係を、波動方程式の形で表したものがシュレーディンガー方程式なのである。
非相対論的な古典粒子の場合、E=H=[1/2m]|p|2+V(x) であるから、そのような粒子を表す波は



ihbar
∂t

Eを表す部分 
ψ =


( hbar2
2m

( 2
∂x2
+ 2
∂y2
+ 2
∂z2
) +V(x) )

Hを表す部分 
ψ
(7.8)
のような方程式を満たすであろうと考えることができる。これがシュレーディンガー方程式である。このψは複素数で表され、「波動関数」と呼ばれる。

 V(x)がxの関数ですけど、その場合でもe2πi([x/λ]−νt)とい う式でうまく行くんですか?
 うー ん(←
内心、痛いところをつかれたと思っている)。

 実際にV(x)のような関数になっている時はこんな単純な平面波解にはな りません。ここでの話はあくまでも雰囲気だと思ってください。実際に関数であるようなV(x)がある場合にどう式を解いていくかは、後の方でちゃんとやり ますから。

【以下長い註】この部分は、最初に勉強する時は理解できなくともよい。
余談ではあるが、相対論的にはエネルギーと運動量の間には、
E2 = |
p
 
|2 c2 + m2 c4
(7.9)
という関係式が成立する。シュレーディンガーは最初この方程式を波動方程式に焼き直して

( hbar2 (
2
∂t2
+c2 2
∂x2
+c2 2
∂y2
+c2 2
∂z2
) +m2 c4 ) φ = 0
(7.10)
という式を作ったそうである。ところがこれを使って電子の運動を計算してみると、実験にあった答えが出なかったので、いったん書き上げた論文を撤回して、 非相対論的な式である(7.8)を作った。
この相対論的な方程式(7.10)は後に電子ではない、別の粒子に対する波動方程式として使われ、クライン・ゴルド ン(Klein-Gordon)方程式と呼ばれている。1階の微分方程式であるシュレーディンガー方程式と違って、クライン・ゴルドン方程式は2階の微分 方程式である。後で述べるが1階であることとψが複素数であることは関係があるので、クライン・ゴルドン方程式の場合はφが複素数である必要はない。電子 の相対論的方程式としてはディラック(Dirac)方程式という、全く別の式があり、相対論的な計算ではそちらを使う必要がある。クライン・ゴルドン方程 式は電子に適用すると実験に合わないと上で述べたが、ディラック方程式はぴったり実験に合う。

【長い註終わり】
より一般的には、解析力学の手法にのっとって、一般化座標qiとそれに対する運動量piを使ってハミルトニ アンH(pi,qi)を書き下し、pi = −ihbar [∂/(∂qi)] と置き換えたうえで
ihbar
∂t
ψ = H ( −ihbar
∂qi
,q ) ψ
(7.11)
としたものが波動関数となる。一般化座標qiには、x,y,zの他、θ,φのような角度座標も入ってくる。たとえば直交座標での作 用と極座標での作用は

dt ( px dx
dt
+py dy
dt
+pz dz
dt
−H ) dt ( pr dr
dt
+pθ
dt
+pφ
dt
−H )
(7.12)
のように書ける。[i/hbar]×(作用)が波動関数ψのexpの肩に乗っていると思えば、φに対する運動 量である角運動量pφは、−ihbar[∂/∂φ]のように置き換えられることになる。その他の一般座標も同様であ る。曲線座標に対する運動量の中には単純に−ihbar[∂/∂X]と表すことができない場合があるが、それに関してはまた後で述べ よう。
この考え方からすると、ボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件\ointp dq = nhは、以下のように考えることができる。p=−ihbar [∂/∂q]であり、波動関数がei(位相)という 形でかけていると思えば、pはすなわち、hbar[∂(位相)/∂q](−iとiが掛け算されて消えた)である。これにdqを かけて一周積分すれば、

\ointhbar ∂(位相)
∂q
dq = hbar×(一周の位相差) = nh    →    一周の位相差 = 2nπ
(7.13)
という式になる。すなわち、任意の道を一周した時に、波動関数の位相が2πの整数倍だけ変化するということを示している。e2πi=1 であるから、波動関数の値は変化してないことになる。つまり、ボーア・ゾンマーフェルトの条件は、波動関数の値が一価(一つの場所に一つの値しかないとい うこと)であれという条件なのである。

7.2  波動関数の意味

これで方程式ができたが、ではこの方程式の解となる、ψとはいったい何なのか。
光のヤングの実験(第1章を参照)の類推から考えよう。ヤングの実験では、光すなわち電磁波が重ね合わされた結果の干渉により、干渉縞ができる。電場E1と電場E2が 重なるとE1+E2と いう電場ができる。この電場の持つエネルギー密度は

1
2
ε0 (
E
 

1 
+
E
 

2 
) 2
 
= 1
2
ε0 (
E
 

1 
) 2
 
+ 1
2
ε0 (
E
 

2 
) 2
 
+

ε0
E
 

1 
·
E
 

2 

干渉項 

(7.14)
となる。最後の項が二つの電場が重なったことによって強めあったり弱めあったりする効果の表れる項である(磁場に関しても同様の式が成立するが省略し た)。古典電磁気学で考えれば、この干渉項がプラスとなる部分は強い光となり、マイナスとなる部分は弱い光となる。この電場や磁場はたくさんの光子によっ て作られているものである。この「古典力学的描像」であるところの電場・磁場と、「量子力学的描像」であるところの光子とは、いったいどのような関係にあ るだろうか?
まず、電場Eや磁場B は光子の数とは直接に結びつかない。電場・磁場はどちらもベクトル量(向きや正負がある)であり、光子の数という、負にならないスカラー量とは結びつかな い。
ここで、光子は一個あたりhνというエネルギーを持っていたことを思い起こそう。 光の場合、エネルギー密度はρhνというふうに、光子の個数密度ρ と光子一個あたりのエネルギーhνの積として書くことができるだろう。一方、電磁場の持つエネルギー密度は古典力学的には1/2ε0 (電場)2 + 1/2μ0(磁場)2 であった。この量が光子の個数を結びつく。
つまり、電磁場の場合は電磁場のうちある振動数を持つ成分について、

1
2
ε0 (電場)2 + 1
2
μ0(磁場)2 ∝ (光子数の密度)
(7.15)
のような関係が成立している。
この式は、光子がたくさんある場合について、その密度と古典的な電場・磁場の関係を示した式となる。しかし、光子が一度に1個ずつしかこないような状況で も、ヤングの実験の結果は干渉が起こっている状態を示した。上の式を文字通り「光子がたくさんある場合の数密度」と解釈すると、このような実験の結果は説 明できないことに注意しよう。一個だけの光子を使ってヤングの実験を行ったとしよう。そうすればスクリーンの上には一個だけ感光する点が現れるだろう。こ の場合の古典的電磁場は何を表すのだろう?-光子の数密度ではない。
そこで、光子が一個しかないような場合に1/2ε|E|2+1/2μ0|B|2という量は「光子がその場所に来ている確率」に比例していると考える (光子がたくさんいるならば、この量は数密度に比例していることはもちろんである)。
我々はたまたま光については波動的描像を先に知ったし、電子については粒子的描像を先に知った。実は光も電子も両方の性質を持っているのだから、電子の波 動的描像を表す実体が必要となってくる。それが波動関数である。
光と物質粒子(たとえば電子)の、粒子的・波動的描像での表現をまとめると以下の表のようになる。

粒子的描像 波動的描像
光子(エネルギーhν) 電場、磁場(E,H)
物質粒子(エネルギー1/2mv2+V) 波動関数(ψ)

この対応関係を信じて、波動関数ψと粒子の数密度の間には、電磁場の場合の式(7.15)からの類推 で、
(ψの実部)2 +(ψの虚部)2 ∝ (粒子の数密度)
(7.16)
のような関係が成立するだろうと考える。電場Eや磁場Bが光子の数と直接結びつかなかったことと同様に、ψそのものを粒子数密度と考えることはできな い。ψはプラスになったりマイナスになったり(どころか複素数にもなったり)する関数であるから、粒子数という絶対負にならない実数と直接に結びつかな い。実際電子波の散乱実験で「電子が干渉によって消し合う」という現象が起きていることを思い起こそう3
(ψの実部)2 +(ψの虚部)2はψ = ψR+iψIRIは どちらも実数)と書けば ψ*R−iψIなので、
ψ* ψ = (ψR + iψI)(ψR − iψI) = (ψR)2 + (ψI)2
(7.17)
となって、ψ*ψと書くことができる。これは複素数ψの絶対値の自乗になっている(ψ = Reと書い たならば、ψ*ψ = (Re−iθ)(Re)=R2)。 あとでこの量がちゃんと保存量になっていることを確認する。


 今日説明できたのはこの辺りまで。以下の辺りは次回予告として少しだけ話 した。説明としてはとても中途半端で終わってしまったので、皆さんテキストをよく読んでおいてください。
波動関数の絶対値の自乗|ψ|2も、「粒子がたくさんいて、そのたくさんいる粒子の密度を表すもの」と考えるのは実験にそぐわな い。粒子が一個しか存在しない場合でも、|ψ|2にはちゃんと物理的意味があるのである。その証拠に、実際に一個の粒子を見つけよ うとすると、どこか一点に見つかる(ヤングの実験であれば、スクリーンのどこか一カ所だけが感光する)。そして波動関数はその粒子が見つかる確率を表して いるのである。ヤングの実験において「明」となるポイントは見つかる確率が高い(波動関数の絶対値の自乗が大きい)。「暗」となるポイントは見つかる確率 が低い(波動関数の絶対値の自乗が小さい)。光に対するヤングの実験の場合の波動関数に対応するのは電場と磁場である。つまり、光を電磁波と考えた時、電 場と磁場が強くなっているところは「光子が到着する確率が高い場所」なのである。


Footnotes:

1歴史的にはもちろ ん、もっと紆余曲折がある。特にこのテキストではハイゼンベルクの行列力学の流れについては完全に省略している。
2たとえば浅い水の表 面にできる波など、方程式が線形でなく重ね合わせの原理が成立しない場合もある。
3何度も書いているが もう一度確認しておく。このような干渉が起こったところを見て「エネルギーが保存してない」などと思ってはいけない。波は常にある程度の広がりを持ち、そ の広がりの中である場所が弱め合うなら、他に強め合う場所が必ずある。トータルのエネルギーは決して増えも減りもしない。電子などの粒子の数に関しても同 様である。


学生の感想・コメントから

 わから〜〜〜ん(多数)。
 ええ、その気 持ちはわかります。話ながら「これはきついだろうな」と思ってました。

 今月号の「ニュートン」という雑誌は量子論について書かれており、この授業の先週までの話の 流れがあり、とてもよかったですよ。
 私も読みました。なかなか面白かったし、図がきれいでよかった。

 波動関数の自乗が粒子の存在確率に比例するが、波動関数は測定できない値というのが、さっぱ りつかめなかった(これまた多数)。
 そのあたりの話は、来週以降に何度も出てきます。

 シュレーディンガー方程式で何が知りたいんですか?
 粒子の確率密 度を知ることができます。さらに、「こういう状況ではどんな波がそこに存在できるか」などもわかります。

 
  ψλ = e2πi([x/λ]−νt)で、2πがかかっているのはなぜ?
 [x/λ]−νtは、波の個数を表します。

位相2π=波が一個

と考えてください(関数が2π周期で振動する)。



p
−ihbar
∂x



ということでしたが、=で結んでいいんですか? 対応しているということですか?
 対応しているという意味です。


p
−ihbar
∂x



E
  ihbar
∂t


という置き換えができるということですが、演算子が物理量を表していいのでしょうか?
 いいのです。古典力学で「物理量」である運動量やエネルギーなどの情報 は、量子力学では全て波動関数ψの中に含まれていることになります。これらの微分演算子は、ψの中から運動量やエネルギーという情報を引っ張り出す役目を しているのです。

 エネルギーや運動量を微分演算子に書き直す理由がわかってよかったです。たいていの教科書に はただ作用させるとしか書いてなかったので。
 ややこしい話 なので「とりあえずこうなのだ」ということにしてまず計算に慣れる、という書き方をしている本もありますね。実際説明しようとすると長くなってしまうんで す。

 |ψ|2だけが物理的意味があるという話でしたが、ψ自体に物理的意味を与えなければいけなくなるということは今 後起こりえるのでしょうか?
 二つのψが重ね合わされる時、同符号なら強め合い、異符号なら弱め合いま す。このような干渉の時にはψ相互の値の関係が効いてきます。それ以外の場合は、ψ自体にはほとんど意味はありません。絶対値の自乗の形にして始めて観測 と対応する話ができます。

 シュレーディンガーさんは方程式を試行錯誤で出したんでしょうか? 今日の話を聞いていると ボーアさんのようなインチキくさいやり方に見えます。
 実は解析力学でのハミルトン・ヤコビ方程式というのを知っていると、今日 の式の導出はけっこう素直な変形だったりします。でもみんな知らなそうなので、回避して説明しました。中身は前に説明した、最小作用の原理との関連を使い ます。

 去年の初頭量子力学よりも、今年の方がプリントも講義も詳しくて分かりやすいと思います。
 まぁ、改良はいろいろしているのでそうなるのかもしれません。でもわかりやすいのは、あなたが聞くのが2回めだからかも。


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 30 Jun 2006, 14:42.