熱力学2015年度第5回

最初に---あやうしKelvinの原理

 今日の授業の枕。平和鳥(「水飲み鳥」という名前もあるようだし、今回使った奴の商品名は「DRINKING LUCKY BIRD」)を持っていって動かしてみた。

 この鳥、周囲からエネルギーを取り出してサイクル運動をしているように見える。ではKelvinの原理はどうなったのか?

 Kelvinの原理は

系のする仕事$W_{\rm cyc}$が0以下になる、というものであった。

 この鳥のおもちゃの作動原理は、

  1. 頭部が湿っていて、水の蒸発により温度が下がる。
  2. 温度が下がると内部の頭部付近に閉じ込められた気体(ジクロロメタン)が液化する。
  3. 内部の液体が頭部に向かって登り、頭部が重くなり、倒れる。
  4. 倒れたことでくちばしが水につかり、頭部が湿る。

というサイクルである。ここで大事なのは「温度が下がる」という過程が入っていること。

 つまりこのおもちゃは、頭部と胴体部の温度差のおかげで動いているので、Kelvinの原理の「等温環境で」という部分に当てはまっていない。よってこのおもちゃが動き続けても、Kelvinの原理には反しない。

 ここで教訓として覚えておいて欲しいのは、正の仕事ができるかどうかにとって大事なのは「温度差があること」だということ。熱機関というと(ガソリンを燃やすなどで)高温部分を作って動くものを思い浮かべてしまいがちだが、このおもちゃの場合は水の蒸発で低温を作ることで動く。

 「熱機関は温度差が大事」ということはこの後でもまた出てくる。

ヘルムホルツ自由エネルギーの復習&理想気体の場合

 力学的エネルギーを決めるとき「基準点」を考えて「その基準点に持っていくまでにできる仕事」でエネルギーを決めたのと同様に、「等温操作をしつつある基準点まで変化させるときの最大仕事」で「ヘルムホルツの自由エネルギー」を定義する。

$F[T;X]=W_{\rm max}(T;X\to X_0(T))$

というのが、前回やったヘルムホルツの自由エネルギーの定義。

 ただし、この定義では「一定温度$T$」の場合しか述べてないので、温度が変わったとき(というのは「環境の温度を変えて操作をやり直したとき」という意味)にヘルムホルツの自由エネルギーがどう変わるかについては何も述べてないことに注意(もちろん、変わる)。

 $F[T;V,N]\to F[T;V+\Delta V,N]$という変化において

$\lim_{\Delta V\to0}{F[T;V+\Delta V,N]-F[T;V,N]\over \Delta V}=\lim_{\Delta V\to0}{-W_{\rm max}\over \Delta V}$

と書ける(仕事にマイナスがつくのは、分子の引き算が(変化後)ー(変化前)という方向で、上の$F[T;X]=W_{\rm max}(T;X\to X_0(T))$と逆だから)。

 さらに、$W_{\rm max}=P\Delta V$と書けるから、$\left({\partial F(T;V,N)\over\partial V}\right)_{T,N}=-p(T,V,N)$($p(T,V,N)$は圧力)がわかる。

 理想気体に対して$W_{\rm max}$を計算するとどうなるか、ということは先週もやったがもう一度計算しておこう。$p={NRT\over V}$を代入して、

$\left({\partial F(T;V,N)\over\partial V}\right)_{T,N}=-{NRT\over V}$

を積分して、

$F[T;V,N]=-NRT\left[\log V\right]_{V_0}^V=-NRT \log\left({V\over V_0}\right)$+($V$に依存しない部分)

と求められる($V$に依存しない部分は後で考えよう)。

 前に「環境から熱の形でエネルギーを受け取れるなら、無限に仕事ができますか?」という質問を受けて「それは無理」と答えたが、上の式を文字通りに解釈すると、$V\to\infty$で$F\to -\infty$なので、ある意味無限のエネルギーが隠れていることになる。実際には$V$が大きくなると$P$が反比例して小さくなるので、無限に押し続けることはできない(外気圧に負ける)し、無限に広がる気体を等温に保つのは現実には無理だから、これはあくまで式の上でのことである。

第4章 断熱操作とエネルギー

断熱操作

 ここまでは「等温操作」を考えてきたが、この章ではもうひとつの重要な操作である「断熱操作」を考える。

 教科書ではまだ「熱」を定義していないが、「断熱」という言葉は「仕事以外のエネルギーの出入りがない」という意味だと定義することにする。

 等温操作のときと同様に、示量変数の組が$X$で指定される状態から、$X'$で指定される状態に変化させる(とりあえず$X$の例として体積$V$を考えて、「膨張させたり圧縮したりする」という操作だと思っておけばよい)。この変化を

$(T;X){{\rm a}\atop\longrightarrow}(T';X')$

のように書こう(aはadiabaticのa)。

 等温操作と同様にすばやくやったりゆっくりやったりといろいろな操作がある。等温操作では定義により最後は環境と同じ温度で平衡状態になるのを待ったが、断熱の場合はそうではない(平衡になるまで待つのはいいが、断熱されているので環境と等温にならない)ので、操作の仕方により到着点の温度は違う。

 重要なこととして、等温操作と断熱操作では、温度$T$の変数としての意味が違うことを指摘しておきたい。

 等温操作では$T$は環境の温度、つまり「これから実験を始めようというときの実験室の温度」であって、実験を始める時に人間が手で(エアコンの調節をして)制御できる量である。つまり、等温操作での$T$は「独立変数」である。

 一方、断熱操作では$T$は操作のしかたによって変わる量であり、人間の手で直接操作できない(人間は体積$V$を操作し、結果として$T$が変わる。つまり、断熱操作での$T$は「従属変数」なのである。

では「断熱操作」において$T$の替りとなる独立変数はないのか?---ということは、今後の楽しみに置いておこう。

 $X$に含まれる体積$V$はどちらの場合でも独立変数である。

 なお、先週授業終わった後、体積$V$ではなく圧力$P$の方を独立変数にしてはいけないのか?という質問を受けたが、もちろんそうする方法もある。気体にかける圧力が定数になるようにして実験する場合は、その方が都合がよい。その場合、また別の物理量が「仕事によりその分だけ増減する量として定義される量(「エネルギーのようなもの」)」として現れる。

 等温操作のときと同様に、これに「準静的に変化させる」という制約を加えた操作を「断熱準静操作」と呼び、

$(T;X){{\rm aq}\atop\longleftrightarrow}(T';X')$

と書く。(これも等温操作と同様に)準静的だと逆が可能なので、矢印が双方向になる(この場合の$T'$は1つに決まる)。

温度を上げる断熱操作の存在

 等温操作では示量変数が元に戻るように操作すると(温度も等温操作の定義により元と同じだから)、その操作はサイクルになった。ところが断熱操作では示量変数$X$が元に戻っても、温度は一般に元に戻らない。つまり、

$(T;X){{\rm a}\atop\longrightarrow}(T';X)$

という操作で、$T\neq T'$である。実際に起こる現象を考えると、実は$T\leq T'$である(準静的に行って帰った場合のみ等号が成り立つ)。

 この「温度を上げる断熱操作は常に可能」ということも要請(教科書の「要請4.1」)とする。

 この喩え話は沖縄では実感が湧かないのだが、寒い時に手をこすると手を温めることができる一方、暑い日に何をしても身体を冷やすことはできない(むしろ動けばもっと暑い)。

断熱操作の存在

 上の例(温度を上げる操作はあるが、下げる操作はない)でもわかるように、断熱操作は常に存在できるわけではない。しかし、$(T;X)\to (T';X')$と$(T';X')\to (T;X)$のどちらかは1つは実現できる。

 ここで、$(T;X)\to (T'';X')$という断熱準静操作を考える。もし、$T'$>$T''$なら、あとは温度を上げるだけなので、要請4.1で存在を要請された温度を上げる断熱操作をすれば$(T';X')$に到着する。

 もし$T'$<$T''$なら、その時は要請により$(T'';X')\to(T';X')$は必ず存在する。そして$(T;X)\to (T'';X')$という断熱準静操作は(準静的なので)逆が存在するから逆をたどればよい。こうして、どちらの操作も可能になる。

両方が可能になることは?
その場合は最初から断熱準静操作でつながっていた場合だね。
両方が不可能なことはないんですね?
一方がダメなときはもう一方が大丈夫、ということを証明したので、両方不可能になることはないです。

熱力学におけるエネルギー保存則と断熱仕事

 断熱操作は「仕事以外のエネルギーの出入りがない」状況を考えているので、エネルギーはちょうどした仕事の量だけ増減する(等温操作ではそうではなかったことに注意)。

 そのためにはもちろん、(力学で位置エネルギーが定義できる条件がそうであったように)「はじめの状態と終わりの状態が決まればその間にする仕事は1つに決まる」という条件が成り立っていなくてはいけない。力学の場合、系が質点や剛体でできていて摩擦や空気抵抗がなく保存力しか働かないならこれは導くことができる定理になる。しかし熱力学ではこうなることも要請(教科書の要請4.3)にしておく。

 この、「最初$(T;X)$と最後$(T';X')$が決まれば途中経過によらず決まる仕事の量」を$W_{\rm ad}\left((T;X)\to (T';X')\right)$と書いて「断熱仕事」と呼ぶことにする。断熱仕事は最大仕事と同様に、示量性と相加性を持つ。

エネルギーの定義と基本的性質

 断熱仕事により増減する量として「内部エネルギー$U(T;X)$」という量を

$U(T;X)=W_{\rm ad}\left((T;X)\to (T^*;X^*)\right)$

または

$U(T;X)=-W_{\rm ad}\left((T^*;X^*)\to (T;X)\right)$

として定義する。$T^*,X^*$は$U$の基準点で、$U(T^*;X^*)=0$と決められているものとする。

 定義が二つあるのは、$(T;X)\to (T^*;X^*)$という断熱操作が常に可能とは限らないからで、その場合は$(T^*;X^*)\to (T;X)$という操作を使って定義する。

 別の書き方をすれば、

$W_{\rm ad}\left((T;X)\to (T';X')\right)=U(T;X)-U(T';X')$

ということ(ただしこう書けるのは$(T;X)\to (T';X')$という断熱操作が可能な時に限る)。

 $U$の定義は上のようになっているから、この定義から「$U(T;V,N)$を$T,N$を一定にして$V$で微分する」ということはできない(温度$T$が変化している式しかないから)。

 ここまでで、$W_{\rm max}$を使って定義されたヘルムホルツの自由エネルギーと、$W_{\rm ad}$を使って定義された内部エネルギーの二つが出てきた。この二つは状況が違うが、どちらも「どれだけの仕事ができるか」という量になっている。状況の違いは一言で言えば「熱の関与」だから、この二つの差を考えていくことで「熱」の意味がわかってくる。

 では、次回はもう少し断熱操作を考えた後で、二つの操作を使っていこう。

受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

今の講義ではケルビンの原理とヘルムホルツの自由エネルギーの復習をして、等温操作、断熱操作について勉強した。しっかり整理したいと思います。
この後、断熱操作と等温操作を組み合わせることでいろんなことを証明していきます。

断熱操作で仕事のさせかたで温度が変わることがわかった。振り子の鳥?? 欲しくなりました。
最近は「ドリンキング・バード」という名前で売ってるようです。

ヘルムホルツの自由エネルギーをきちんと自分の言葉で説明できるようになりたいです。等温操作と断熱操作で混乱してしまったので、復習して理解したいです。
「自分の言葉で説明できる」というのはとても大事なことです。普段から心がけるようにしましょう。

授業の最初でHelmholtzの自由エネルギーの説明をするようにあてられたときに、ポイントを押さえて正確に自分の言葉で説明できなかったので悔しかった。復習の際にノートに自分の言葉でわかりやすい説明を書くように心がけたい。
普段から「ヘルムホルツの自由エネルギーってなんだっけ?」と考えておくようにしましょう。

等温操作と断熱操作で温度$T$が独立であるか従属であるかという違いを認識できるようにしたい。エネルギーの保存も双方では変わってくるのでその辺も注意する。
それぞれの操作の前提を理解して考えるとちゃんと認識できると思います。

水飲み鳥すごいですね。見ていたらいつのまにか終わってました(ノートはちゃんと取りました)。いつまでも見ていたい気がします。
ノートはともかく、話はちゃんと聞きましょう。

断熱操作について学んだ。ふたつの状態があるとき必ずどちらかの方向に変化させる方法があることがわかった。
(準静的な場合を除いて)どちらかしかないというのが面白いところです。

仕事以外のエネルギーの出入りがない中、AができないときはBができる(逆も可)ということがわかった。
どちらかはできることでエネルギーが定義できます。

第一回めの授業で、でてきた内部エネルギーとヘルムホルツの自由エネルギーの違い、二つを区別して考えなければいけない理由がやっとわかった。
この二つの区別が大事なのです。

熱力学の逆が可能でない操作(身体を温めるゴシゴシはあるが冷やすことはできない)におもしろみを感じた。
逆があるとは限らないのが熱力学の面白いところですね。

断熱操作で出た「出発到着が同じならどのような過程でも気体のする仕事は等しい」という理k偽悪の素直なポテンシャルのような考えが、ヘルムホルツの自由エネルギーよりわかりやすかった。
力学に近いのでわかりやすいのですが、それだけでは熱力学にならないのが辛いところ。

等温操作と断熱操作の違いについて学べた。等温なのか断熱なのかに注意して勉強していきます。
この二つの違いが大事です。

ある系の示量変数$X(V,N)$が変化して最大仕事$W_{\rm max}$が得られる時、ヘルムホルツの自由エネルギーが$F=W_{\rm max}$で定義できるということがわかった。断熱操作の時の仕事$W_{\rm ad}$のadは、断熱のadiabaticの頭文字の2文字を取っているということでいいんですか。
はい、adiabaticのadです。

系が周りの環境と仕事以外のエネルギーをするかどうか(等温なのか断熱なのか)を考えヘルムホルツの自由エネルギーと内部エネルギーを区別して考えるということがわかった。
その区別をちゃんとつけながら考えていきましょう。

断熱変化のときの変化の様子を学んだ。
来週、理想気体の場合でどうなるかをやります。

物理の分野は全部つながっていて、ひとつ気になると他のもつながって気になるので質問するより先に自分で調べた方が見につきそうなので、なるべくそうしていきたい。
もちろん自分のペースで自分流にやっていいですが、質問があったらいつでもどうぞ。

断熱操作の時は等温操作の時とは違い準静的に動かしても元に戻らないし、到着点が同じなら。それまでの動きは関係なく仕事が同じだと知った。
いや、準静的なら元に戻りますよ。

独立変数と従属変数の大事さを確認できた。
この先の計算でますます大事になってきます。

内部エネルギーが定義できる話がおもしろかった。
うまいことできてるでしょ。

またしても、あっという間に終わってました。授業とは関係ないのですが、楽しい授業をするコツって何なのか、もしよろしければ教えてください。あ、ちなみに致着ではなく到着ですよ。
楽しい授業をするコツは「自分でストーリーを持って語ること」でしょうか。黒板で漢字間違えてましたか、なんかおかしい気はしてたんだけど。

あんな当たり前の要請から内部エネルギーが定義できたのがとても素晴らしいと思った。熱という量がいかにして導かれるか楽しみです。
熱の導入まではあとちょっとです。割りと、素直な導入です。

断熱操作も加わってきたので、もう一度等温操作のときに満たす条件、断熱操作の条件を整理する。偏微分がこの授業では初めて出てきたので使えるように復習しておく。
熱力学では偏微分は使いまくりますよ。

断熱操作と等温操作、準静的かどうかを意識して考えることが大事だと、今更ながらわかってきました。
どっちも大事なポイントです。

等温と断熱、二つの操作の違いをはっきりさせて、条件などを間違えないようにしたいです。
どうして違いが出てくるか、をじっくり考えてみてください。

内部エネルギーについて復習したい。断熱操作もしっかり勉強しようと思った。
これからこれらの概念を使って先へ進んでいきます。

これから内部エネルギーを習っていく前に、ヘルムホルツの自由エネルギーを理解しておきたいと思います。
両方の定義の仕方と、それからどういう違いが出てくるかを、じっくりと理解しましょう。

前回休んでしまったので少しわからないところがあったので、土日で復習したい。
学問は積み重ねなので、抜けた分のフォローはちゃんとやっておかないと、どんどん遅れますよ。

前回欠席した分の復習が不十分なので、理解できるまで勉強したいと思います。
休んだ分は自分でしっかりやっておきましょう。

等温操作も断熱操作も準静的でなければ元の状態に戻せないことがわかったときに、やっぱり準静的を自然環境で表す?のはとても難しいんだと改めて感じました。
自然を記述するには、ある程度の単純化を行っていかないといけない、ということなのでしょう。

こんがらがりそうだけどよく見ると簡単なことを行っているように見えるので復習して自分の中に落とし込もうと思います。
はい、簡単なんです。自分のまとめ方でまとめてみてください。

授業の最初の先生の質問に答えきれなかったので、しっかり復習してきます。
いろんなことを自分の言葉で説明できるようになることがとても大事です。

なんとなくは理解できた。復習して理解を深めたい。
「なんとなく」から「なるほど」になるまで、頑張ってください。

今日の後半の内容は忘れやすそうなので、何回も復習したいと思います。
これからも出てきますよ、今日の内容は。

断熱操作は等温とは違うところが多いので注意したい。
両方の特徴をよく考えて理解していきましょう。

力学とは異なり不可逆な変化の多い熱力学でのエネルギーの定義の方法が面白かった。
不可逆が入ってくるのが熱力学の面白いところです。

ヘルムホルツと内部エネルギーの違い、等温操作と断熱操作の違いがわかりました。
大事なところです。

断熱の方が外とのエネルギーのやりとりがない分、等温より理解しやすいと思いました。$W_{\rm ad}$=一定の話しがとてもしっくりきました。
断熱と等温、両方とその違いを理解して、勉強を進めていってください。