今日は先週予告したように、ルジャンドル変換と、その熱力学への応用について。まず「完全な熱力学関数」から復習しよう。
この授業で最初に出てきた「完全な熱力学関数」はヘルムホルツ自由エネルギー$F[T;V,N]$である。何が『完全』かというと、$F$を知っていれば、 $$ S=-{\partial F[T;V,N]\over\partial T},~~~ P=-{\partial F[T;V,N]\over\partial V},~~~ \mu=-{\partial F[T;V,N]\over\partial N} $$ のように微分することで、$S,P,\mu$が求められる。熱力学で大事な変数は$T,S,V,P,\mu,N$であるが、このうち半分の三つ(この場合$S,P,\mu$)が残り三つ(この場合$T,V,N$)で$F$を微分するという操作で得ることができる。
これに対し、$U(T;V,N)$は「完全な熱力学関数」ではない。この関数からは、例えば$S$や$P$は求められない。特に理想気体の場合、$U=NcT$となるが、この関数から$S$や$P$に対する情報は得られない。
ここで「あれっ。$\Delta U=-P\Delta V$じゃなかったっけ?」と思う人がいるかもしれない。だがこの式は「断熱操作では」という条件付きのものであった。つまり、「断熱操作においては$P=-{\partial U\over\partial V}$という式が成立しそうなのである。
しかし$U=NcT$を$V$でも微分しても$P$が出てくる気配はない。それは「断熱」という条件が満たされないからである。ここで断熱とは「$\mathrm dS=0$」であったことを思い出すと、「$U$を$T$の関数ではなく$S$の関数だと考えて、つまり$U[S,V,N]$と考えて$S,N$を一定にして偏微分すると$P$が得られるのでは?」と期待したくなる。
もともと、$F$は等温準静操作におけるエネルギーとして定義し、$U$は断熱操作におけるエネルギーとして定義した。つまり、$F$においては$T$が独立変数あるいは「人間の手でコントロールできる変数」であり、$U$においては$S$が独立変数なのである($S$はコントロールできるとは言い難いが、「断熱準静的にすれば増加しないようにできる」という程度にはコントロール可能)。
このように「$T,V,N$の関数である$F$から、($S=-{\partial F\over\partial T}$で変数$S$を導入して)$S,V,N$の関数である$U$を作る」という手順が「ルジャンドル変換」である。実は$U=F+TS$なので、 $$ U=F-T\overbrace{\partial F\over\partial T}^{-S} $$ という計算をしている。一方、逆に「$S,V,N$の関数である$U$から($T={\partial U\over\partial S}$で変数$T$を導入して)$T,V,N$の関数である$F$を作る」という手順もルジャンドル変換である。$F=U-TS$なので、 $$ F=U-S\overbrace{\partial U\over\partial S}^T $$ という計算をしている。
実はこれに近い計算は解析力学でもしていて、$L(\dot q,q)$から、$p={\partial L\over\partial \dot q}$で新しい変数$p$を導入してから、 $$ H={\partial L\over\partial \dot q}\dot q-L $$ で新しい、$(p,q)$の関数であるハミルトニアン$H(p,q)$を作っている(これは上の計算とは引き算の向きが逆である)。
後はルジャンドル変換に関する一般論をを見ながら説明した。
ルジャンドル変換をしたおかげで、 $$ P=-{\partial U[S,V,N]\over\partial V} $$ と $$ P=-{\partial F[T;V,N]\over\partial V} $$ が両方成立する。つまり$U$を使っても$F$を使っても、$P$という量を求めることができる。$F$という関数がもっていた「圧力$P$」の情報を失うことなく$U$の中に入れるために、ルジャンドル変換が必要なのである。
最後にを説明した。
以上をまとめると、完全な熱力学関数とその微分は $$ \begin{array}{ll} U[S,V,N]&\mathrm dU=T\mathrm dS-P\mathrm dV+\mu\mathrm dN\\ F[T,V,N]=U-TS&\mathrm dF=-S\mathrm dS-P\mathrm dV+\mu\mathrm dN\\ H[S,P,N]=U+PV&\mathrm dH=T\mathrm dS+V\mathrm dP+\mu\mathrm dN\\ G[T,P,N]=U-TS+PV&\mathrm dG=-S\mathrm dT+V\mathrm dP+\mu\mathrm dN \end{array} $$ となる。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。