今日の講義の内容

復習

 最初にもう一度、ここまでのまとめ。エントロピーの定義まで考えた後で、内部エネルギー$U$とヘルムホルツ自由エネルギーの定義についてまとめよう。

定義微小変化
$U$ 「断熱(こちらには「準静的」は入らない)操作でした仕事の分減るエネルギー」 $\mathrm dU=T\mathrm dS-P\mathrm dV$(断熱なら第1項は消える)
$F$ 「等温準静的作でした仕事の分減るエネルギー」 $\mathrm dF=\fbox{?}\mathrm dT-P\mathrm dV$(等温なら第1項は消える)

 さて、この$\fbox{?}$については後で考えよう。

Clausius流の視点

 等温操作において、熱が$\Delta Q$だけ流入するときに $$ \Delta S={\Delta Q\over T} $$ のようにエントロピーが変化する、というのがClausius流のエントロピーの定義である。一般の操作においては、それを微小な等温操作と微小な断熱操作の繰り返しと考えて $$ \Delta S=\int {\mathrm dQ\over T} $$ のように極限では積分になると考える。

 この考え方においてはエントロピー増大則は以下に述べるように「熱は高温から低温に流れる」という法則になる(熱力学第2法則はKelvinの原理やPlanckの原理として出てきたが、三つめの表現としてこれがある)。

 上の図のように、温度$T_1$の系と温度$T_2$の系($T_1 < T_2$)が接触し、熱の移動により最終的に温度$T_f$になったところで平衡に達したとしよう。

 微小な(まだ温度が変化しない程度の)熱移動を考えると、そのとき左の系のエントロピーは${\Delta Q\over T_1}$だけ増加する。一方右の系は$\Delta Q$の熱が出て行ったから、エントロピーが${\Delta Q\over T_2}$だけ減少する。結果として全系のエントロピーは $$ {\Delta Q\over T_1}-{\Delta Q\over T_2}=\Delta Q\left({1\over T_1}-{1\over T_2}\right) $$ だけ増加する($T_1 < T_2$だから、この式は正である)。

 つまり、「エントロピーは増大する」ということは「熱が高温から低温へ移動する」というある意味「あたりまえ」のこと(経験則)を表現していることになる。

 こう考えると、温度差があると平均化されてしまう、というのがエントロピー増大則だ、とも言える。宇宙全体がエントロピー増大則をそのまま適用して考えると、最後は宇宙の全てが等温、等質になって、面白いことが何も起きなくなる(宇宙の熱死)。

複合系のエントロピー

 系が$(T;X)\to(T';X')$のように変化するときに断熱操作ならエントロピーは減らない、ということはここまででみた。では系がいろんな温度の系の集合(複合系)であった場合にもエントロピーは減らないのだろうか、ということを考えておく。

 図のような複合系の変化が断熱変化で起こりえるかどうかは、 $$ S(T_1;X_1)+S(T_2;X_2)+S(T_3;X_3)+\cdots $$ と $$ S(T'_1;X'_1)+S(T'_2;X'_2)+S(T'_3;X'_3)+\cdots $$ の大小を比較すれば(大きくなっているなら可能、小さくなっているなら不可能と)わかるだろうか?

 それを判断するには、それぞれの状態から断熱準静操作だけを使って温度を調整した、以下のような状態を考える。

 上の段と下の段は断熱準静的操作でつながっているので、エントロピーは変化していない。そして、下の段は温度は均一なので、 $S$と$S'$を比較して$S < S'$なら可能な操作だと結論できる。こうして、上の段に関してもエントロピーの大小で可能な操作かどうかが判断できる。

 ここまでで、熱力学の根幹部分の説明は終了。後はまとめつつ、応用を考えていこう。

ヘルムホルツ自由エネルギーの微分

ヘルムホルツの自由エネルギー$F[T;V,N]=U(T;V,N)-TS(T;V,N)$を$T$で微分してみる。

$$ {\partial F[T;V,N]\over\partial T}={\partial U(T,V,N)\over\partial T}-S(T;V,N)-T{\partial S(T;V,N)\over \partial T} $$

となる。

 ここで行っている微分($V,N$を一定として$T$で偏微分)は$V,N$を固定して(系を動かさないようにして)、環境の温度を変えることを意味している。

 すでに示したように、${\partial U(T,V,N)\over\partial T}=T{\partial S(T;V,N)\over \partial T}$だから、

$$ {\partial F[T;V,N]\over\partial T}=-S(T;V,N) $$

である。つまり、$F$を$T$で微分すると$S$が求められる。

 $F$は「等温操作でした仕事」を使って定義されているのだとすると、$F$の$T$微分ってわからないのではないですか。
 大事なところを突く、いい質問です。前回$S={U-F\over T}$で$S$を定義したときに「断熱準静的操作では$S$は変化しないようにしよう」ということを決めました。それを決めたときに$F$の$T$微分がどうなるべきかも決まった、ということです。

 具体的に$S$の定義式を微分して確認しよう。独立変数を$S,V$にすることにして、 $$ S={U(S,V)-F(T(S,V),V)\over T(S,V)} $$ と書く。ここで$S,V$を決めると$T$は決まるから$T(S,V)$のように書いた(つまり$T$は従属変数であって独立変数ではない)。

 偏微分を行なうときは「独立変数は何と何?」をきっちりと把握してやらないと間違えるので注意。しかも時と場合によりどれを独立変数にするかが違ってくるからますます注意が必要。u

 我々の考えたいのは断熱操作だから$S$を一定にして$V$で微分する(断熱して膨張させるということだ)。

 「$S$を一定にして」の微分だから左辺は0となり、 $$ 0={\left({\partial U(S,V)\over\partial V}\right)_S-\left({\partial F(T,V)\over\partial T}\right)_V\left({\partial T(S,V)\over\partial V}\right)_S-\left({\partial F(T,V)\over\partial V}\right)_T\over T(S,V)}-{U-F\over T^2}\left({\partial T(S,V)\over\partial V}\right)_S $$ となる。$F(T(S,V),V)$を微分するとき、$V$が2箇所にあることと、最初にある$V$を微分するときは合成関数の微分になるので「$F$を$T$で微分して、さらに$T$を$V$で微分したものを掛ける」という計算になることに注意。

 ここで、$\left({\partial U(S,V)\over\partial V}\right)_S$と$\left({\partial F(T,V)\over\partial V}\right)_T$はどちらも$-P$だから消せて、 $$ 0={-\left({\partial F(T,V)\over\partial T}\right)_V\left({\partial T(S,V)\over\partial V}\right)_S\over T(S,V)}-{U-F\over T^2}\left({\partial T(S,V)\over\partial V}\right)_S $$ となり、これを整理すれば$\left({\partial F(T,V)\over\partial T}\right)_V=-{U-F\over T}=-S$を得る。

 以上、ちょっとややこしい計算をしたので、もうちょっと楽な考え方を示しておこう。 $$ \mathrm dU=T\mathrm dS-P\mathrm dV $$ と$F=U-TS$から$\mathrm dF$を求める。まず $$ \mathrm dF=\mathrm dU-\mathrm dT S - T\mathrm dS $$ である。これに$\mathrm dU=T\mathrm dS-P\mathrm dV$を代入するとあっさりと、 $$ \mathrm dF=-S\mathrm dT - p\mathrm dV $$ が出る。

受講者の感想・コメント

受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

 主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。


断熱操作と等温操作のエネルギーの差が熱になることがわかった。
それは実はずっと前に終わった話で、今日復習で出てきただけなんだけど。

熱力の核へと近づいた感じがした。
今日の話で、ほぼ核に到着しました。

エントロピー原理と宇宙の熱的死が面白かった。
熱力学の肝です。

難しくなってきたので、復習がんばります。
ここまでで熱力学の大事な部分が終わったので、まとめておきましょう。

感動した。
それはよかった。

エントロピーを決めるとヘルムホルツ自由エネルギーの温度依存が明らかになるということがはっきりわかった。
エントロピーが断熱準静操作で変わらないということが、いろいろ決めてくれます。

あれ、偏微分できてない…。
こっから先は偏微分やりまくります。

昔部屋が片付いてない理由でエントロピー増大の法則で言い訳して親にたたかれたのを思い出した。
今日の話のように、エントロピーは局所的には減らせますからね。

$\mathrm dU=T\mathrm dS-P\mathrm dV$と$\mathrm dF=-S\mathrm dT - p\mathrm dV$が簡単な関係で面白い。
あの関係がルジャンドル変換です。

最後の計算が3行で終わってびっくりした。
後でやりますが、あれがルジャンドル変換です。

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