今日の講義の内容

 Kelvinの原理と最大仕事の復習から。

 その後、最大仕事が準静的なときであることの証明をもう一度やった後、最大仕事は「行き」と「帰り」が逆符号であること $$ W_{\rm max}(X_1\to X_2)=-W_{\rm max}(X_2\to X_1) $$ 段階を分けた最大仕事の和はいっきに行った場合の最大仕事に等しいこと $$ W_{\rm max}(X_1\to X_2)+W_{\rm max}(X_2\to X_3)=W_{\rm max}(X_1\to X_3) $$ を、「もしこれが成り立ってなかったらKelvinの原理を破ってしまう」ということを手がかりに示す方法を考えてもらった。

 たとえば、$X_1\to X_2\to X_3\to X_1$という「巡回」を考えると、そのときの仕事は$W_{\rm max}(X_1\to X_2)+W_{\rm max}(X_2\to X_3)-W_{\rm max}(X_1\to X_3)$になるけど、これが正だったらKelvinの原理に反する。もし負だったら、(準静的なので)逆の過程を考えると仕事が正になってやっぱりKelvinの原理に反する。Kelvinの原理に反しない(つまり第2種永久機関が作れない)ためには$W_{\rm max}(X_1\to X_2)+W_{\rm max}(X_2\to X_3)-W_{\rm max}(X_1\to X_3)=0$でなくてはいけない。

 なぜこんな性質を示すことをきっちり考えていくかというと、以上の性質が満たせないような仕事では、「仕事からエネルギーを定義する」ということができないからである。

 力学における「エネルギー保存」とは、

 エネルギー$U_1$の状態からエネルギー$U_2$の状態に変化すると、そのエネルギー差の分仕事$W$ができる。 $$ W=U_1-U_2 $$ であった。

 熱力学の等温操作における「エネルギー保存」に対応するものは、

 ヘルムホルツの自由エネルギー$F_1$の状態からヘルムホルツの自由エネルギーが$F_2$の状態に変化すると、そのときできる最大仕事$W_{\rm max}$は、そのヘルムホルツ自由エネルギー差の分である。 $$ W_{\rm max}=F_1-F_2 $$ となる。この$F$はエネルギーとはちょっと違うので「ヘルムホルツの自由エネルギー」と呼ぶことにする。

 重要な「違う点」は「最大仕事」という、変化の経路の中でも特別な経路(準静的操作)の場合の仕事で定義されていること。しかしこうしないとエネルギーが状態量になってくれない。
 「ヘルムホルツの自由エネルギー」って、なにが「自由」なんですか?
 む、それはちょっと困るけどいい質問だ。「仕事という形で外に取り出せるエネルギー」という意味あいが入ってます。等温状態でできる仕事で定義しているので。

 体積が変化する場合については、仕事が$P\Delta V$になる。

エネルギー保存の式を書き直すと、 $$ P\Delta V=F[T;V,N]-F[T;V+\Delta V,N] $$ である。この式を$\Delta V$で割ってから極限を取ると、 $$ P=\lim_{\Delta V\to0}{F[T;V,N]-F[T;V+\Delta V,N]\over \Delta V}=-{\partial F[T;V,N]\over\partial V} $$ である。これから逆に、$P$が分かれば$F$を積分で求めることができる。

 バネの位置エネルギーは、力$F=-kx$を積分して$U={1\over 2}kx^2$になったけど、同様の考えかたで、圧力$P$を$V$で積分すると$F$になる。

 バネのとき、$\Delta x$と$kx$の積はエネルギーで単位ジュールですけど、$P$と$V$でもそうなっているんですか??
 いい質問ですね、なってます。これは圧力$P$が面積あたりの力で、体積変化は断面積×ピストンの移動距離と考えると、$P={F\over S},\Delta V=S\Delta x$で、$S$が消し合う。
 この「$P$と$V$が相棒」になっているのは、解析力学で「$p$と$\dot x$が相棒」だったのと似た関係になっている。

 理想気体の場合、状態方程式$PV=NRT$より$P={NRT\over V}$で、積分の結果は $$ F[T,V,N]=-NRT\log V+C $$ である。

 ここで、$F$のイメージをつかんでもらうために、

と、

でしばらく遊んでもらった。$F$のグラフの傾きが圧力を意味していることに注意。

 これでヘルムホルツの自由エネルギーが定義できた、と言いたいところだが、実はこの段階では「$V$の変化によってどう変わるか」という部分しか定義されていない。FはT,V,Nの関数だから、TやNについてどのような関数になるかも知らないといけない。特にTが大事だが、それがわかるのは授業がもう少し進んでから。

 というわけでこれで「等温操作におけるエネルギー」がわかったので、次は「断熱操作におけるエネルギー」をやろう。

受講者の感想・コメント

受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

 主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。


先生はアメリカのドラマ見たりしますか? 私は最近プリズンブレイクにはまってます。
最近はあまり見てないです。LOSTとかDr. HOUSEとかは見てたな。

ヘルムホルツの自由エネルギーは地学系では今まで使ったことがない(はず)。内部エネルギーは気象で取り扱うが、定義がまだあいまいなので、次回でしっかり押さえていきたいと思う。
自由エネルギーも内部エネルギーも、大事な概念なんで、どちらもしっかり理解してください。

ヘルムホルツさんは前野先生よりも面白い人ですか?
会ったことないんで面白いかどうかはわかりませんが、ヘルムホルツさんの方がえらいのは間違いないです。

$P=-{\partial F\over\partial V}$になるのは感動の嵐だった。
このあとも、偏微分が大活躍します。

最初に配られた「熱力学チャート」のプリントが上の3分の1くらい理解できるようになってうれしい。
授業も3分の1の時間終わっちゃったけど、内容的にはこの後の方が濃いなぁ。

熱力学というわりにはTがあまり活躍してない気がする。
まだ温度の定義すらしてないからね。そういう意味では「熱」も未定義。

$F=-NRT\log V+C$の式を、原理から覚えられるように復習します。
この式は「原理から出せる式」なので、覚えなくていいですね。「出せる」ようにしましょう。

眠かったです。
それは困った。大事なところなのに

教室寒かったですね。
う〜ん、しゃべっていると気が付かない。

エネルギーがやっと定義できた。なんだかタイムスリップして、昔の熱力学者の仕事を一つ一つ順を追って見ている感じがしました。実際にKelvinの原理→最大仕事→Helmholtzの自由エネルギーの順で世に現れたかはわからないけど…。
もちろん歴史どうりというわけにはいかない(実際はもっと紆余曲折)。でも「流れ」を理解するのは大事。

力学と熱力学のエネルギー保存則の内容が違うのは、少し困惑しました。二つを間違えないように気をつけたいです。
使い所が違います。

ギッブスの自由エネルギーはGなのに、ヘルムホルツの自由エネルギーはFなんですね…。
free energyのFでしょうかね。あとF,Gで、さらにHも出てくるので続きになる。

ハミルトニアンの話の$p$と$\dot x$もペアとなって積がエネルギーとなるというのは気づいていなかったので、他の分野もいろいろ見直してみたい。
変数を取り替えるみたいなところでこういう「ペア」が出てきますね。

次回以降やるであろう「断熱操作」の「断熱」という言葉がよくわからない。「等温」のように温度が一定というものではなく「熱を断る」というがもやもやする。
それは、次回からじっくりやりましょうか。

体積Vと圧力Pが共役な変数となることが興味深かった。解析力学ではLegendre変換で$\dot x$と$p$が入れ替わったのを考えると、同様にLegendre変換でPとVも入れ替わり得ることがわかり、そこがHelmholtzとGibbsの自由エネルギーの相違だと思った。 
そこまで行くのはだいぶ先ですが、そういうことです。
授業の内容