今日の講義はイントロなので、熱力学全体で「何をやるのか?」の紹介を兼ねつつ話をした。
まず一つの問いから始める。
答は以下のような感じ。
残念ながら、どれも「熱」の説明としては間違い。
まず最初の「あったかかったり冷たかったり」というのはむしろ「温度」の説明だろう。
残りのは少しはかすっているが、まだ少しずれがある。
以上のような答えを見ていると、「熱」という言葉はなんらかの「変化」が起こったときに使われているのがわかる。なんらかの「状態変化」があったときに、出たり入ったり伝わったりする量が「熱」なのである。何より、
というポイントが大事である。今日出た答えはすべてこの点が曖昧になっているので正解とは言えない。
物理量にはstockとflowの2種類があり、この区別がつかないままで話をするのは、非常に危険である。
上の図は一般的なstockとflowの関係を示した。最初に$S_{\rm before}$というstock(貯蓄)があり、$f_{\rm in}$という流れ込みがある一方、$f_{\rm out}$という流れ出しがあれば、stock(貯蓄)の値が$S_{\rm before}+f_{\rm in}-f_{\rm out}$になる。$S_{\rm before}$を貯金額、$f_{\rm in}$を預入額、$f_{\rm out}$を引き出し額と考えれば「10万円貯金持っていて5万円預け入れたが3万円引き出した。現在の貯金額は$10+5-3=12$万円」という状況である
状態量(stock)は名前の通り、「ある状態」に対して定義されているもの。流れ(flow)の方はある状態から別の状態へと変化する際にその系から流れ出たりその系に入ってきたりしたもの。「熱」は流れ(flow)として定義されているものである。「分子運動のエネルギー」という答は、stockとして説明されているので、正しくない。
Stockとflowの例
stock | flow |
貯金 | 預入/引出額 |
力学的エネルギー | 熱、仕事 |
運動量 | 力積 |
熱は「エネルギーというstock」に対するflow(の一つ)であるが、もともとは「仕事」というflowに対応するstockとして力学に現れた。
ここで、
という疑問に戻ってみよう。
ちなみに、エネルギーが最初に登場するのは中学校の理科。つまりこれに答えられないと中学校の理科の教員免許は厳しいぞ!!
こちらも、曖昧だったりなかなかぴったりした答が返ってこないことが多い問いであるが、具体的な答えとしては、エネルギーとは下の図のように「仕事をされたことによって増減する物理量」ということになる(下の図こそがエネルギーの定義である)。
ゆえに、エネルギーが定義できるためにはまず仕事が定義できていなくてはいけない。とりあえず、仕事がちゃんと定義できて、かつその仕事が下の図に示すように、ある系Aがある系Bに仕事$W$をしたときは、系Bは系Aに仕事$-W$をする、という関係になっていたとしよう。
この結果、仕事をした方(系1)は$W$だけエネルギーを失い、仕事をされた方(系2)はエネルギーが$W$増える。よって一方で$-W$、もう一方で$+W$だけエネルギーが変化して、全体のエネルギーは保存するというのがエネルギー保存則の導出である。
注意して欲しいのは、「エネルギー保存則があるから」ではなく、こうなるような量として「エネルギー」を定義し求めたがゆえにエネルギーが保存するようになったということである。たとえば運動エネルギー${1\over2}mv^2$、重力の位置エネルギー$mgh$、バネの弾性エネルギー${1\over2}kx^2$、その他いろんなエネルギーは全て「仕事をしたらその分だけ増減する量」となるように定義され計算されている(たとえば動いている物体は何かにぶつかって押すことで仕事ができるが、止まるまでどれだけ仕事ができるかを計算するとちゃんと${1\over2}mv^2$になる。これについては後でもう少し説明するが、ここで「そうだっけ?」と思った人は力学の本を読み返しておこう。
力学というと主役は「力」かと思いきや、エネルギーの話をする時には主役は力そのものではなく、それに移動距離を(内積の意味で)掛算した「仕事」になる。それはなぜだろう??
実は小学校で習うように「力は道具を使って大きくできる」からである(
どうやって?と聞くとすぐに答えが出てこなかったが、これは小学校の理科だぞ!
たとえば「てこの原理」である)が、仕事は大きくできないのである(仕事の原理)。たとえばテコや動滑車などの道具を使うと、力を増幅することはできる。しかし、仕事は「道具による増幅」ができない。だからこそエネルギーを考えるときは力学の主役は「仕事」になるのである。と、ここまでいかにも当然のように「エネルギーは保存する」という話をしてきたが、実は実際に見られる物理現象を見ていると、エネルギーが保存するようにはちっとも見えない。
たとえば物体を落下させると床にあたり跳ね返るが、けっして元の高さまで戻ってこない(位置エネルギー$mgh$がどこかへ行ってしまった)。これを「物体が原子・分子でできていること」に注意して考えると、
のように説明ができる。↑にアニメーションがあるので眺めてみて欲しい。
さて、以上のような説明を聞いて、
と、思う人もいるかもしれない。ところが、そうではないのである。ここで分子運動の話をしたのは、あくまで熱力学の背後にある物理を「ちょっと覗いてもらう」為である(いわば「カンニング」なのだ)。どちらの場合も「分子を見る眼」があれば「エネルギーは散逸する(広範囲に広がっていく)だけでなくなってはいない」ということがわかる。しかし、分子などというものの存在が確立するのは熱力学ができてからずっと後である。熱力学は分子運動のエネルギーという「隠れたエネルギー」の存在を仮定して成り立つものではない。
では熱力学の考え方はどうかというと、そういう細かいことを考えるのではなく、目に見える現象だけを追いかけて物理をしよう、というところになる。分子運動のエネルギーをちゃんと計算して物理現象を知ろう、というのは「統計力学」の方の守備範囲である。
熱力学ではエネルギーをstockとしたときのflowとして目に見える(測定できる)「仕事」の他に「熱」を考えていく。ではどのようにその「熱」なるものを定義し計算していくのか・・・というのは次回から。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。
主なもの、代表的なもののみについて記し、回答しています。