「ガリバー旅行記」という本の中で主人公のガリバーは巨人の国や小人の国に行きます。このような巨人または小人は空想の世界ではよく出てきますが、実際に実在したという話は(少なくとも信頼できる話は)ありません。なぜ、巨人や小人は存在しないのでしょうか。
そこで、大きさが変化した時、いろんな量がどのように変化していくかを考えてみます。最初から人間で考えるのは難しいので、まず下の図のような立方体で考えます。
さて、この図を見て、長さ、面積、体積がどのように大きくなっていくかを次の表に書き込んで見ましょう(体積は、立方体の数を数えるといいです)。
長さの倍率、面積の倍率、体積の倍率がそれぞれ違っていることがわかるはずです。ここでは立方体を用いて考えましたが、この比率は、どんな形の立体を使っても同じように計算されます。物体のスケールが変っていった時、体積や面積はそれにつれて変化しますが、同じスケールで変化するのではなく、面積はスケールの2乗に比例して、体積はスケールの3乗に比例して変化していきます。
倍率 | 長さ | 面積 | 体積 |
1 | 1 | 1 | 1 |
2 | 2 | ||
3 | 3 |
次の節ではこのことを使って、巨人が存在できない理由を考察してみます。
普通の人間と、その2倍の身長を持った人間が二人いたと考えてみましょう。とりあえず簡単のためきりのいい数字をとって、普通の人間(Aさんと名付けましょう)の方を身長2メートル、体重100キロとします。2倍の身長を持ったBさんは、身長4メートルとなります。では体重はいくらでしょう?---体重は体積に比例すると考えられるので、2倍ではなく8倍となり、800キロあることになります。一方、Bさんの力はAさんの力の何倍でしょう---2倍ではありません。8倍でもありません。力の強さは、実は筋肉の断面積に比例します(筋肉を「バネ」のようなものだと思うと、「バネの本数」が出せる力に比例すると考えるとわかりやすいでしょうか)。面積に比例ですから、4倍の力が出せます。
体重は8倍、力が4倍。もちろんBさんの方が力持ちなのですが、体重が8倍になっているのに比べて力が4倍にしかなっていないので、Bさんは自分が動く時に非常に苦労することになります。
さて、ここでAさんとBさんがどれぐらいの物体を持ち上げることができるかを考えてみます。Aさんは身長2メートル、体重100キロの大男です。鍛えれば200キロぐらいの重りを持つことができるでしょう(重量挙げの選手なら400キロぐらいの重りを持ち上げることもできます)。Aさんの筋肉と骨格は、自分の体重と合わせて300キロぐらいまでの重さに耐えることができると思われます。Bさんの力はAさんの4倍なので、1200キロの重さに耐えることができます。しかし、自分の体重が800キロですから、実は400キロの重りしか持つことができません(ここではBさんの筋肉のつき方などはAさんと同じだとしています)。
同様に、身長と体重、および持ち上げ可能な重さのグラフを書いてあげるとこのようになります。
身長6メートルを越えたあたりで、持ち上げ可能な重さより、自分の体重の方が大きくなってしまいました。力が体重と同じ比率で大きくなっていかないため、人間の大きさはどこかで限界ができることになるのです。この考察は非常に単純化して行ったものではありますが、実際、現存する2足動物で身長6メートルを越えるものはいません。
つまり、「巨人になったら力持ちだろう」と単純に考えてはいけない、ということです。フィクションの中の巨人はたいてい力持ちですが、むしろ自分の腕を持ち上げるのにも苦労する、という可能性もあるわけです(もちろん、フィクションであればそもそも筋肉の出来も全然違う、ということで説明はつくかもしれません!)。
ちなみに、巨人というと日本ではまず「ウルトラマン」なのですが、初代ウルトラマンは身長40メートル、体重3万5000トンということになっています。さっきのAさんからすると、身長は20倍なのに体重は35万倍(スケール通りなら8000倍のはずなのに!)、ということになり、計算上は重すぎます。ウルトラマンは宇宙人なので、地球上の動物の計算が当てはまらないのでしょう(それにしても重すぎるけど)。
なお、最近流行している漫画「進撃の巨人」に出てくる巨人には「巨体に比べ意外なほど体重が軽い」のだそうです(だから、ここでの考察通りには当てはまらない)。
現実の動物の場合についても、上の計算通りには行ってません。なぜなら、動物は大きくなると体格も変化するのが普通だからです。
上の図は虎と猫のシルエット(当然、実物は虎の方が大きい)をサイズが同じぐらいになるように調整したものですが、虎の方が足も身体も太くなっています。つまり、大きい動物は実際のスケール以上に「太くなる」傾向があります。3乗に比例して重くなる体重を支え動きまわるために、それだけの筋肉や骨格が必要となり、2乗よりも脚の面積の大きくなり具合が大きくなっているわけです(猫のシルエットのままで虎のサイズになると、動けなかったり、脚が折れやすくなったりします)。
逆に小さいもの、例えば昆虫の脚はとても細いですが、あのままでサイズが大きくなったら、折れてしまうでしょう(映画によく出てくる「巨大化した昆虫」は、実は怖くないのです)。となると、逆に身長が小さい方が自分の体重に比べて大きな力が出せることになります。たとえば蟻は自分より大きな虫の死体を一匹で引っ張っていくことができます(だから「蟻は力持ち!」などと書いてある本がありますが、それは単に小さいからであって、巨大蟻は力持ちとは限らないのです)。では、小さい方が有利なんでしょうか。ところが逆に小さい方が不利なこともあります。
その一つの例が体温の保持です。哺乳類や鳥類は自分の体温を一定に保つ必要があります。ところが、熱は人間の表面からどんどん抜けていきます。発生する熱を考えると、細胞一個から同じだけの熱が発生すると考えると体積に比例します。一方、出ていく熱は面積に比例しますから、(面積)÷(体積)が大きいほど、その物体はよく冷める(温度が速く下がる)ことになってしまいます。つまり、小さい生物ほど、体温を維持するためにたくさんのエネルギーが必要になってしまうのです。
ハチドリという世界で一番小さな鳥は、1日に自分の体重と同じぐらいの食事を取ります。これは体温を維持するためのエネルギーがたくさん必要だからだと思われます。
このように、生物の大きさはあまり巨大でも、あまり小さくても困ります。
背が低い人と背が高い人が陸上競技をしたら、必ず背の高い方が勝つでしょうか?
例として垂直跳びを考えます。スケール変換を単純に適用すると、身長が高くなpるとジャンプできる高さも高くなりそうです。しかし、出せる力、体重などのこともちゃんと考える必要があります。
極端な場合として、身長が2倍の人間がどれだけ垂直跳びできるか、と考えてみます。まず、身長が2倍の人は体重が8倍になります。すると、同じ高さまでジャンプする時に必要はエネルギーは8倍必要になります。いっぽう、力は筋肉に比例するので4倍にしかならないはずです。すると、この人は普通の人の半分の高さしか飛べない、という結論が出そうです。でもこれって、直観には反しますね。実は上の考察では一つ、見逃していることがあるのです。そこで次の図を見てください。人が垂直跳びをするために、まず腰をかがめて、次に足を伸ばし、足が地面から離れるところまでを書いています。この後二人はジャンプするわけですが、さて、二人のジャンプする高さはどうなるでしょうか。ただし、ジャンプする高さというのは、足が地面に離れた状態から一番高いところまで行った時、足がどの高さまで来ているか、で決めます(空中で足をすぼめたりはしない)。
左の普通の人(Aさん)と、右の身長2倍の人(Bさん)のジャンプの様子を比べて見てください。右の人は4倍の力を出してジャンプしています。では、他にこの二人の違いはないでしょうか。
実は一つあるのです。足の長さの違いから、「力を出す距離」が変ってくるのです。実は、力を出した時、物体に伝えられるエネルギーの大きさは(力)×(力を出して動かした距離)で計算される(仕事)という量に比例しますもちろん、日常用語の「仕事」とは無関係です。。つまり、同じ力を出しても「力を出している間にどの程度動いたか」によって得られるエネルギーは違ってくるのです。そのため、ジャンプした時の「仕事」を考えると、Bさんの仕事はAさんの仕事の8倍となります。ところがBさんの重さもAさんの8倍です。物体を持ちあげる時のエネルギーは(重さ)×(高さ)で決まります。エネルギーも8倍、重さも8倍だから、高さは変化なし、というのが正解になります。
意外に思われるかもしれませんが、実は垂直跳びでは身長の高低の有利不利はありません。このことは、象のジャンプ力と蚤のジャンプ力を比較してみると、なんとなく納得できるんではないかと思います(象と蚤はだいぶ形が違いますが)。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。