充填スクッテルダイトの多極子物性
物質科学の基礎研究の一つの方向性として、ある指導原理の下で
より複雑な物質を合成し、その中から新現象や新機能を見出そう、
というものがあります。本研究の対象である
スクッテルダイト系は、まさにこうした流れの中から生まれた
新物質群の総称で、サッカーボール状の籠分子内に
希土類イオンが封じ込められたユニークな結晶構造で特徴付けられます。
近年、スクッテルダイトの基礎物性に関する集中的な
研究が行われ、籠分子や内包されたイオンを入れ替えることで、
超伝導、半導体、磁性、多極子秩序など、新奇で多様な
性質が現れることが分かってきました。
特に、PrOs4Sb12という物質が示す秩序と超伝導は、
その謎めいた性質から多くの研究者の興味を集めています。
本研究は、スクッテルダイトの籠分子の中に、
プラセオジウム(Pr)イオンを導入することにより、
新奇な多極子効果が現われることを示したものです。
本論文の特徴は、Prイオンの電子状態に対して、
仮想的なスピンを用いた記述法(擬スピン法)を考案し、
スピン代数を駆使した理論展開を行ったことにあります。
それによって、PrOs4Sb12の磁場中の秩序状態が
四極子の秩序であることを、様々な角度から証明すること
に成功しました。また、籠の形状の珍しい対称性が
多極子に与える影響についても詳しく調べ、それらが
実験結果の解釈において大変重要であることを指摘しました。
さらに、Prスクッテルダイトには、より高次の多極子が
存在し、新しい型の秩序状態を形成しうることを予言しました。
PrOs4Sb12の超伝導に関しては、現在、
四極子の揺らぎを媒介にした電子ペアの形成が有力になっており、
本研究は、その解明の足掛かりを提供しました。
また、Prスクッテルダイトの中に、より高次の
多極子の秩序が見つかり、本論文の予言の一部が裏付けられています。
[1] R. Shiina and Y. Aoki:
J. Phys. Soc. Jpn. 73 (2004) 541-544.
[2] R. Shiina:
J. Phys. Soc. Jpn. 73 (2004) 2257-2265.
[3] 椎名亮輔: 固体物理 43 (2008) 249-263.