初等量子力学講義録2005年第14回

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9.2  古典力学と量子力学の対応

シュレーディンガー方程式によって表された量子力学は、我々のよく知っている古典力学と関係づけられたものでなくてはならない。以下は、ハミルトン形式で書いた古典力学と、シュレーディンガー方程式を使った量子力学42との対応関係を表にしたものである。


座標 運動量 エネルギー 力学変数 方程式 極値を取るもの
古典 x(t)p(t) Hx(t),p(t)
dx(t)

dt
=
∂H

∂p
dp(t)

dt
= -
∂H

∂x
∫(
p
dx

dt
−H
) dt
量子 < x > < −ihbar[∂/∂x] > < H > ψ(x,t)
ihbar


∂ t
ψ = Hψ
∫( dx

λ
−νdt)

この表についていくつか注釈を加えておく。 < A > は具体的には

ψ* A ψdx
(9.12)
という積分によって計算される。座標xや運動量pの期待値についてはすでに述べたが、一般の物理量(たとえばエネルギーや角運動量)はxとpの関数として書けるので、同様の計算が成立するはずである。
4つめの欄の「力学変数」というのは今考えている理論の中で時間発展していくものである。古典力学では物体の位置や運動量そのものが時間によって変わって行くが、シュレーディンガー形式の量子力学ではxやp=−ihbar[∂/∂x]は時間変化せず、波動関数ψ(x,t)が変化することによってその期待値が変化していく。

 ここにあった量子力学と古典力学の力学変数の違いの説明は、前回済ませている。
なお、上の表ではスペースの都合でシュレーディンガー方程式をihbar [∂/∂t]ψ = Hψと略記したが、もちろんこのHは古典力学におけるハミルトニアンH(x(t),p(t))ではなく、p→ −ihbar[∂/∂x]という置き換えを行った後の量子力学的ハミルトニアンH(x,−ihbar[∂/∂x])である。
 古典力学において「物質の位置がxで運動量がpで」というふうに考えて計算していったが、量 子力学の観点に立つと、このような計算はある意味「幻想」である。波動関数というのは常にある程度の拡がりを持つから「物質の位置」などというものは「だ いたいこのあたり」というふうにしか指定できない。ただたいていの場合、我々の行う観測の観測誤差の方が波動関数の拡がりよりも大きいので、この拡がりは 問題にならない。しかし、状況によっては、波動関数の拡がりというものが物理現象に目に見える形で入ってくるのである。

9.3  期待値の意味で成立する古典力学・交換関係

 前節で説明したように、量子力学においては力学変数がψ(x,t)であることに注意しよう。つまり量子力学においては物理法則(この場合シュレーディン ガー方程式)にしたがって時間発展していくものはxやpではなくψである。そして、物体の位置だの運動量だのは、ψの状態から導かれる2次的な量である。
 つまり、波動関数の中には「座標」「運動量」「エネルギー」など、古典力学ではおなじみの(比較的目で確認しやすい)物理量が埋め込まれているわけであ る。古典力学では目で見えていた「座標」が量子力学では「期待値」に置き換えられてしまう。古典力学での`運動'は、「xやpの値が変わる」ということで あったが、量子力学での`運動'は、「ψの形が変わることによってxやpの期待値が変わる」ことの結果として表れる。
 では、期待値 < x > はどんな"運動"をするのだろうか。それを調べるために、時間微分[d/dt] < x > を計算してみよう。8.3節でもハミルトニアンが[(p2)/2m] +V(x)である場合について計算して、m[d/dt] < x > = < p > という結果を得た。今度はより一般的なハミルトニアンの場合で計算してみる。この時微分されるものはxではなく、ψである(時間の関数になっているのはψ である)。シュレーディンガー方程式ihbar[∂/∂t]ψ = Hψと、シュレーディンガー方程式の複素共役である−ihbar[∂/∂t]ψ*=(Hψ)*を使いつつ計算を行うと、


d
dt

ψ*(x,t)xψ(x,t) dx =


( ∂ψ*(x,t)
∂t
x ψ(x,t) + ψ*(x,t)x ∂ψ(x,t)
∂t
) dx
=

1
−ihbar

( ( Hψ(x,t) )* xψ(x,t)−ψ*(x,t)x ( Hψ(x,t)) )

(9.13)
ここで、ハミルトニアンが

(Hφ(x,t))*ψ(x,t) dx = φ*(x,t) Hψ(x,t) dx
(9.14)
という性質を持っていると仮定する(ψ,φは任意の関数)。Hはx微分を含む演算子であるから、これは自明な関係ではない。このような性質を「Hはエルミートである」と言う。実際物理的な状況で出てくるハミルトニアンはエルミートになっている43
この仮定を使うと、


d
dt

dx ψ*(x,t) x ψ(x,t)
= 1
ihbar

dxψ*(x,t)(x H−Hx)ψ(x,t)

(9.15)
という形に式をまとめることができる。ここで気をつけなくてはいけないことはxH−Hxは0ではないということである。なぜなら、たいていの場合、Hは[(p2)/2m]を含んでいるが、pは−ihbar[∂/∂x]のような微分演算子であるからである。
以後の計算で、xH−Hxのような演算子の順番を変えて引き算したものがよく出てくる。そこでこれを
[A,B]=AB−BA
(9.16)
のように記号で書いて「AとBの交換関係」(commutation relationまたはcommutator)と呼ぶことにする。[A,B]=0の時、すなわちAB=BAの時、「AとBは交換する」と言う。
 まずxと[∂/∂x]の交換関係を計算しよう。任意の関数をfとして、
[x,
∂x
]f = x
∂x
f −
∂x
(xf) = x ∂f
∂x
(
f+ x ∂f
∂x
) = −f
(9.17)
となるので、演算子の部分だけを取り出すと、
x
∂x

∂x
x = −1
(9.18)
と書くことができる。時々、この式を見て、「第2項が−1になるのはわかるが、第1項はどうすればいいのだろう?」と悩んでいる人がいるので注意しておく が、この式は演算子に対する式なので、後ろに「演算されるもの」が(なんでもいいから)存在していないと意味をなさない。したがって第2項の頭にある微分 [∂/∂x]は、後ろのxだけではなく、「さらにその後ろにある何か」も微分する。その部分が第1項とキャンセルするのである。(9.18)は、(9.17)から本来存在していたfを省略したものであることを忘れてはならない。
交換関係の記号を使って書くと
[x,
∂x
] = −1
(9.19)
である。これから
[x,p]=[x,−ihbar
∂x
] = ihbar
(9.20)
である。このxとpの交換関係は量子力学において非常に重要な式である44



[問い9-3] 交換関係に関する、以下の公式を証明せよ。
  1. [A,B+C]=[A,B]+[A,C]
  2. [A,BC]=B[A,C]+[A,B]C
  3. [A,Bn]=nBn−1[A,B]     (ただし、[A,B]がBと交換する場合)
  4. [A,f(B)]=[df(B)/dB][A,B]     (ただし、[A,B]がBと交換する場合)



以上のような公式を使うと、量子力学の計算を少しずつ簡単にしながら実行することができる。
上の問題の第2問の式[A,BC]=B[A,C]+[A,B]Cについては、「積BCと何か(今の場合A)との交換関係を取るときは、前にあるもの(今の 場合B)を前に出して後ろにあるもの(今の場合C)を交換関係の中に残したものと、後ろにあるもの(今の場合C) を後ろに出して前にあるもの(今の場合B)を前に出したものになる」と覚える。「前にあるものは前に、後ろにあるものは後ろに出す」ことが大事。こうしな いと演算子の順番が狂う。
[A,BC]=B[A,C]+[A,B]C
では、xH−Hx=[x,H]を公式を使って計算していくと、
[x,H(x,p)] = [x,p] ∂H
∂p
=ihbar ∂H
∂p

(9.21)
となる。 これを代入すれば、

d
dt
< x > = <  ∂H
∂p
>
(9.22)
が成立する。これは正準方程式のうち一方が、期待値の意味で成立していることを示している。



[問い9-4] 同様に[d/dt] < p > を計算し、もう一方の正準方程式も期待値の意味で成立していることを示せ。



一般の物理量演算子は、A(p,x,t)(時間にもあらわに依存している)のようにx,p,tの関数として書けるので、この演算子の期待値 < A > を考えることができる。その時間微分[d/dt] < A(p,x,t) > は

d
dt
< A(p,x,t) > = <
∂t
A(p,x,t)+ 1
ihbar
[A,H] >
(9.23)
となる。
このようにして、古典力学の内容は(期待値の関係として)シュレーディンガー方程式の中に含まれている。よって波束の広がりが小さいという近似を考えれば 量子力学と古典力学は一致する。水素原子の問題などでは量子力学は古典力学では出せない結果を出す。つまり、量子力学は古典力学を全て含みつつ、より広い 範囲に適用できるのである。

9.4  演習問題

[演習問題9-1] ψ(x)=e3ix+eixという波動関 数(xの範囲は−π < x < π)を規格化した後、運動量の期待値を求めよ。
[演習問題9-2] ある演算子A(微分などを含んでいてよい)が任意の関数ψ,φに対し、

ψ* (Aφ) dx = (Aψ)* φdx
を満たすとき、エルミートな演算子であるという。
  1. 位置座標x
  2. 運動量p=−ihbar [∂/∂x]
  3. ハミルトニアンH=−[(hbar2)/2m][(∂2)/(∂x2)]+V(x)
がエルミートであることを証明せよ。ただし、xの積分範囲は(a,b)として、x=aとx=bではψ,φやその微分は0になっているという境界条件で考えよ。
[演習問題9-3] 交換関係に関する、以下の公式を証明せよ。

[A,[B,C]]+[B,[C,A]]+[C,[A,B]]=0   (この式をJacobiの恒等式と呼ぶ)
[演習問題9-4] (9.23)を証明せよ。
[演習問題9-5] AB+BAを{A,B}と書いて「反交換関係」と呼ぶ。反交換関係についての以下の公式を証明せよ。
  1. {A,B+C}={A,B}+{A,C}
  2. {A,BC} = −B[A,C]+{A,B}C
  3. [A,BC] = −B{A,C}+{A,B}C

Footnotes:

42わざわざ「シュレーディンガー方程式を使った量子力学」と書いたのは、量子力学の表現形式としてもう一つ、ハイゼンベルクの形式があるからである。この講義では取り上げない。
43「エルミート」はもともとは人名。フランス人数学者でつづりは『Hermite』(フランス語なのでHが発音されない)。英米人は『ハーマイト』と読んだりするので注意。
44物理の各分野で「もっとも重要な式を選べ」と言われたとする。力学ならニュートンの運動方程式f=ma、電磁気ならマックスウェル方程式、熱力学ならdU=TdS−PdV、統計力学ならS=klogWであろうが、量子力学ならば[x,p]=ihbarがもっとも重要な式といえる。この式の重要性は、量子力学をある程度勉強していくうちに実感していくだろう。


 以上で、前期の初等量子力学の講義は終わりです。試験は1週間後、8/5に行います。

 ちなみに、追試があるとしたら8/12です。

 さらに、追試でも合格に至らなかった人は、9/26〜29に補習を行います。それを受けた後に、9/30の追々試を受けてください。
 なるべくならそこまで行かずにみんな合格してくれるとうれしいです。


学生の感想・コメントから

 テストがんばります(多数)
 がんばりましょう。

 計算しているとついうっかりとHx-xH=0としてしまいそうだ。
 よくやる間違いですが、気をつけていきましょう。

 力学の正準方程式が期待値の意味で成立しているのに驚きました。
 量子力学は解析力学を下敷きにして作られているのです。

 線形代数でも固有値を求める問題があったが、こっちは微分するだけなので楽だな、と思った。
 楽な場合もありますが、関数の方がたいへんな計算になる場合もあります。そこは後期のお楽しみに。

 超難しかったです。いろんな本を読んで、積極的に勉強していく姿勢がないとけっしてわからないということがわかりました。
 3年にもなるといろいろ難しくなってたいへんです。是非、積極的姿勢を身につけてがんばってください。それが一番大事です。

 交換関係の法則は、行列と似てますね。
 行列などの線形代数は、量子力学のいろんなところで使いますよ。

 簡単なテストにしてください。
 そうしたいのはやまやまなれど、あまり簡単ではテストにならない。

 [f,g]のようにどちらも関数の時はどうなるんですか?
 [f(x,p),g(x,p)]のように両方がx,pの関数だとすると、「fの中のxとgの中のpの交換関係」と「fの中のpとgの中のxの交換関係」にわけて考えます。


[f(x,p), g(x,p)]=
∂f

∂x

[x,p]
∂g

∂p

+
∂f

∂p

[p,x]
∂g

∂p
のような結果になります。

 エルミートの話を聞いて、行列と関係ありそうだなと思いました。ハイゼンベルクの形式というのがそれでしょうか?
 そうです。ハイゼンベルク形式の量子力学ではxやpが全部行列になります。

 量子力学は今と比べものにならないぐらい難しいんですか?
 もっと難しいですが、比べものになる程度の難しさです。

 実験の測定は確率で表されることは知っているが、理論でも実はそうなっていたことがわかった。
 実験の測定が確率的になる理由は
(1)古典力学的に説明できるもの
(2)量子力学的なもの
の二つがあって、(1)は実験を工夫することで小さくできる可能性がありますが、(2)は不確定関係の分以上には小さくできません。

 線形代数で Ax=λxを見たことがあるけど、量子力学との関係はどうなっているのでしょうか。
 その式はベクトルに対する式ですが、それを関数ψに関する式に拡張したのが量子力学での固有関数の方程式です。

 [x,p]=ihbarは不確定性関係と何か関係があるんですか?
 はい、あります。交換しないような演算子の期待値に対しては不確定性関係を導くことができます(後期に具体的にやります)。


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.(TTHの出力を手で編集してます)
On 22 Jul 2005, 14:25.