第1回へ 初等量子力 学・量子力学(2005年)の目次に戻る 第3回へ

 先週の質問の中に「質量のない光がどうして力を出したりエネルギーを持ったりするのかわからな い」というのが見られたので、今週の授業内容に入る前に「力を媒介するものは何なのか」という話をした。せっかく量子力学を学ぼうというのだから、ミクロにものを考えていこう。巨 視的に見たら物体どうしが接触して押し合っているように見えていても、実は原子を構成している粒子各々の間はすきまだらけであり、接触によって力が働いた りはしない。むしろ原子核や電子の電磁的相互作用こそが力の源泉である。光はその電磁相互作用を媒介する電磁場そのものなのだから、むしろ光が力を出した り、エネルギーを持っていたりするのは当然である。
 逆にニュートリノなどは、質量はあるけど、電磁的相互作用をしないため、たいていの物質を通り抜けてしまう。
 じゃあ、ニュートリノってどうやって関知するんですか?
 電磁力は働かないけど、弱い力というのが働く。「弱い力」というのは固有名詞で、文字通り弱い力なので、ほとんどの場合何の影響もない。今も太陽から ふってきて 、私達の体を通り抜けて行ってます。

第2章 光の粒子性の発見-黒体輻射

 20世紀初頭の物理学者たちがいかにして「光は粒子でもある」という認識を得るにいたったかを説明するために、この章では、プランクが1900年に発表 した黒体輻射の研究について述べよう。これが量子力学の始まりなのである。

2.1  黒体輻射と等分配の法則

黒体輻射のグラフ 19 世紀末、プランクが研究していたのは黒体輻射もしくは空洞輻射と呼ばれる現象である。空洞輻射の研究はもともと溶鉱炉の中がどの温度でどんな色に見えるか という疑問から始まった。実際どうなるかというと、低温では赤く光るのだが、温度があがるにしたがって橙、黄、白と白っぽくなっていく。そしてさらに温度 があがると今度は青白くなる。これは実は恒星の色と温度の関係とほぼ同じである。右のグラフがこの輻射のスペクトルである。可視光は振動数が3.9×1014 から7.9×1014Hz である。5000Kのグラフを見ると、この範囲では、グラフはおおむね右下がりになっている。これは振動数の低い(波長の長い)成分の方が多いということ であり、赤い色であることがわかる。これがなぜ問題なのかというと、当時の常識にしたがって計算すると、決して赤い色は出ないのである。

 黒体輻射の色とスペクトルを見るjavaアプレットはここ
 統計力学(ただし、古典統計力学)では等分配の法則という法則がある
「熱平衡状態にある物質には、1自由度あたり1/2kT のエネルギーが分配される」
という法則である。k=1.38×10-23J/Kで、ボルツマン定数と呼ばれる。
 二原子分子の回転たとえば単原子分子の理想気体では分子一個あ たりの持つエネルギーは3/2kTとなる(動く方向が3つあるので3倍される)。また2原子分子であれば、5/2kT となる(単原子分子の場合に比べ、2方向に回転できる)。もちろん1/2kTなどの値は平均値もしくは期待 値である。実際の原子はいろんなエネルギーを持っているが、その分布の平均がこの大きさになる。また固体分子の場合、一定点を中心に振動を行っていると考 えることができるが、その振動の位置エネルギー(1/2kx2)に対しても同様に一 つの自由度あたり1/2kTのエネルギーが分配され、全自由度は6となり、1分子あたり3kTのエネルギー を持つ。
実際に分子がこのようなエネルギーを持っていることは、比熱の測定から確認できる。上で述べたことから、二原子分子の気体の温度を1度あげると、1分子あ たり5/2kだけエネルギーが上昇する。ということは、温度1度上昇させるには5/2k× (分子数)が必要である。固体の場合は、温度を1度上昇させるには3k×(分子数)のエネルギーが必要である1。この値は、実測とだいたい一致する。
 原子はさまざまな形態のエネルギーを持っている。そのさまざまな形態のエネルギー、たとえば回転のエネルギーにも並進のエネルギーにも振動の位置エネル ギーにも、等しく1/2kTずつのエネルギーが分配されているのだから、この法則が普遍的なものであろうと 考えるのは理にかなっているように思われる。
 まだ統計力学は勉強してないと思うが、ここではとりあえず「等分配の法則」というものがあるということだけ知っておけばよい。しかし,なぜこんな法則が 成立するのか、雰囲気だけでもつかむために、以下のようなたとえ話で考えよう。
 6個のリンゴを3人でわける分け方を考える。3人に2個ずつ、と平等にわける分け方は何種類だろうか。まず最初の一人に2個渡す方法が6C2=15 通り。次に残った2個をもう一人に渡す方法が4C2=6通り。最後の一人には残ったものを渡すしかないか ら、1通りだけ。結局「平等にわける」場合の数は90通りとなる。
A君 B君 C君  場合の数
6 0 0 1
5 1 0 6
4 2 0 15
4 1 1 30
3 3 0 20
3 2 1 60
2 2 2 90
 では、特定の一人に6個あたえて、他の二人には与えない場合はというと、これは1通りしかない。3人のうち誰でもいいから一人に6個与えて他には与えな いという場合でも3通りであり、平等にわけるよりもずっと場合の数が少ない。いろいろな分けかたについて場合の数がいくらになるか、ざっと計算したのが右 の表である(A君B君C君の入れ換えで実現できるものは省いた)。より平等にわければわけるほど、場合の数が大きくなるのがわかるだろう。
 たとえば気体を箱につめてしばらくほっておいたとすると、互いに気体分子が衝突しあってエネルギーのやりとりを行うだろう。エネルギーをリンゴに、気体 分子をA君B君C君に見立てる。気体分子が激しくエネルギーのやりとりを行っているという状態は、A君B君C君がリンゴを投げあっているような状態であ る。その時、状態は刻一刻と変化を続けているだろう。しかし、その変化がでたらめに起こるとしたら、やはり数の多い(90通りもある)「平等にわける」状 態が一番多く実現するに違いない。これがすなわち等分配の法則である。今リンゴ6個で3人、という少ない数で話をしたが、実際の気体ではどちらもアボガド ロ数程度のものであって、ますます「平等なわけ方」の割合が大きくなる。
 統計力学の基本は「場合の数が多い方が勝つ」 である。これに「平等にエネルギーを配った方が場合の数は多くなる」という事実を加えると、「全ての自由度に平等にエネルギーが分配される(なぜならば、 その場合の数が一番多いんだから)」という「等分配の法則」が出てくるのである。等分配の法則の厳密な導出過程などについては統計力学の授業で勉強して欲 しい。ここではとりあえずの雰囲気を理解し、かつ、この法則が成立していることが実験事実であるということを覚えておこう。たとえば一つの空気中の酸素と 窒素は、分子一個の質量は違うにも関わらず、だいたい同じ平均エネルギーを与えられている。これは実験的に確かめられていることである。
 以上の話からもわかるが、等分配の法則が成立するためには、各自由度が平等になるように、エネルギーのやりとりがスムーズに行われる必要がある。黒体輻 射の場合、その前提が(量子力学のおかげで)崩れることになる。どう崩れるのかを理解するために、等分配の法則を使って黒体輻射を考えるとどのような結果 が出るのか、まず説明しよう。

2.2  箱に閉じこめられた電磁波

 等分配の法則が、溶鉱炉の中にある光(電磁波)の場合にも適用できるとしよう。溶鉱炉の壁が温度Tを持っているとすると、壁を作っている分子も一個あた り3/2kTの運動エネルギーを持って分子運動している。そして、そのエネルギーを壁の中の電磁波とやりと りする。激しいやりとりの末に、各自由度ごとに1/2kTずつのエネルギーを持った状態になると平衡に達す るであろう。その状態では電磁波の振動の1自由度ごとにkTのエネルギーが分配されることになる(固体の振動と同様、1自由度に対して運動エネルギー+位 置エネルギーを考えるため、1/2kTの2倍になっている)。そのような考え方をすると、溶鉱炉内部はどん な色になるだろうか。
 この考察のためには、溶鉱炉内の電磁波がどれだけの「自由度」を持っているのかをまず考えねばならない。とりあえず話を簡単にするため、溶鉱炉の中はか らっぽとし、壁で電磁波が固定端反射していると考える。空洞輻射という名前がつけられているのはそういう意味がある。「黒体」というのは光を反射しないと いう意味である(空洞は当然黒体である)。実際の炉ならば中に入っている物質の種類によって色に差が出るはずであるが、まずはそのような物質の種類によら ずに計算できるよう、内部を空洞とし、両端で電磁波が完全に反射するとしたわけである。
腹の数 波長 波数 振動の様子
n=1 2L
π

L
n=1の波
n=2 L


L
n=2の波
n=3
2L

3



L
n=3の波
n=4
L

2


L
n=4の波
 まず1次元の空洞の中の電磁波を考えることから始めよう。両端を固定された振動であるから、ギターや琴の弦の振動と同じように考えることができる。その 振動の様子を描いたのが上の図である。

 アニメーションで1次元の空洞内の電磁波を見るjavaアプレットはこ こ
 端から端までの長さをLと考えると、n=1,2,3,…と腹の数が増えていくにしたがって、波長は2L,L,2L/3,L/2,… と短くなっていく。
 なお、実際に振動しているのは電場と磁場であるので、上の、弦が振動しているかのごとき図はあくまでイメージである。n=1,n=2の場合の電場の様子 を矢印で示して図に書くと
電磁波のn=1,n=2
のようになる。
 上の波を式で表せばsin[(π)/L]x,sin[(2π)/L]x,sin[(3π)/L] x,…のように書ける。このようにsinで書ける関数のsinの中身のことを「位相」と呼ぶ。位相がxの1次関数である時、xの前の係数を「波数」と呼 ぶ。別の言い方をすると、この式をsinkxとまとめた時にkにあたるものが波数である。すなわち、波数とは[(2π)/波長]のことである。今後、この 波数を使って波を分類することが多い2。 波数で分類すると都合がいいのは、上の例であれば波数kはk=[(nπ)/L]という形になって、nに比例して増えていくからである。
 なお、実際に振動が起こる時は、図に書いたようなきれいな振動が起こるとは限らない。むしろこ れらがまざりあったような振動が起こる。これはギターの弦を鳴らした時に「倍音」が出るのと同じことである。倍音が出なければギターの音も琴の音も、音叉 の出す音のような味気ないものになってしまう。
 以上は1次元での考察であった。実際には3次元の箱の中の振動を考えなくてはいけないが、3次元の振動は図に書きにくいので、その前に2次元の振動を図 示しながら考えていこう。2次元の場合、空間座標をx,yの二つとすると、この二つのそれぞれの方向についてnx個、ny個 の腹ができているような波を考えることができる。図で表すならば
いろんな振動モード
となる。
 ↑の図のアニメGIFバージョン。

nx=1,ny=1 (1,1)
nx=2,ny=1(1,2)
nx=1,ny=2(2,1)
nx=2,ny=2(2,2)

式で表すならば、
sin nx π
L
x sin ny π
L
y
(2.1)
となる。
 図ではn=2までを書いたが、実際にはn=∞まで、任意の数を取ることができる。そして、現実に起こる振動はこれらの振動(振動モード等と呼ばれる)の 適当な和である。
モードが重なった波
 黒体輻射の場合、まわりの壁とエネルギーをやりとりすることによって、振動の様子は刻一刻と変 わっていく。実際に起こる振動はこれらのうちのどれかというわけではなく、いっせいに起こる。実現するのはいくつかの波の重ね合わせである。古典力学的に 考えれば、波のエネルギーは任意の値をとることができるので、いろんな振幅の波の足し算が実現可能である。右の図は(nx,yy)= (3,5)の波と(nx,ny)=(2,4)の波の重なった状態である。
 では次に、3次元の場合を式で示そう。空洞を一辺Lの立方体とすれば、中に存在できる電磁波の波数は3つの方向それぞれごとにn[(π)/L]のよう に、[(π)/L]の整数倍になる。つまり電場は
E = E0 sin nxπx
L
sin nyπy
L
sin nzπz
L

(2.2)
のように、3つの自然数(nx,ny,nz)を使って表される。

2006.1.13補足

  上の計算は、ベクトルである電場をスカラーのように1成分の量と扱ってしまっていること、境界条件をいいかげんに処理していること、の2点で正しくない。
 実際の電場の境界条件は、x=0,x=Lの壁においてはExに対しては自由端境界条件、EyとEzに 対しては固定端境界条件を置く必要がある(yやz方向の壁についても同様)。ゆえに、Exに対しては


Ex = Ex0 cos nxπx
L
sin nyπy
L
sin nzπz
L

のようになる。




ということは、空洞内に存在できる電磁波は、(nx,ny,nz) の取り得る数だけの自由度がある、ということになる。すなわち、無限大である。そして、この「自由度」一つずつにkTのエネルギーが与えられることにな る。もし、どんなに短い波長の電磁波でも(つまり「どんなに大きな波数の電磁波でも」)存在できるとすれば、空洞の持っているエネルギーは無限大になって しまう3。実際にはグラフにあるよう に、ピークを過ぎると短い波長(高い振動数)の電磁波は少なくなっていくので、エネルギーが無限大という状況は避けられている。
では、いったい何が高い振動数の光へのエネルギー分配を妨げているのであろうか。それを考えるために、もう少し、振動数ごとにどれだけのエネルギーを持つ べきかの計算を続けよう。



[問い2-1] 上で求めた定常波解は時間依存性を持つので、
E(x,y,z,t) = sin nx πx
L
×sin ny πy
L
×sin nz πz
L
×f(t)
と書ける。真空中の電場の満たす式

(
2
∂x2
+ 2
∂y2
+ 2
∂z2
- 1
c2

2
∂t2
) E(x,y,z,t)=0
からf(t)を求め、この電磁波の振動数がν = [(c√[((nx)2+(ny)2+(nz)2)])/2L] であることを示せ。



 ↑この問題は今日 の宿題。

 ここから下の説明がちょっと失敗した。わかりにくかったようなので、再来週(来週4/29は祝 日)はここ以降をもう一度解説する。宿題をちゃんとやっておいてくれると以下の説明は理解しやすくなるはず。
nの格子空間  右図は(nx,ny)の分布を表す図である(本来はnzも いれて立体的な図にするべきだが、ややこしくなるので省略した)。格子点(+の場所)一つ一つが、空洞内に存在する電磁波のモード一つ一つに対応する。こ の空間で原点を中心とした一つの球面の上にあるモードは、同じ振動数を持つ。図に書かれたように、ある程度の振動数の幅の中(νからν+Δνまで、あるい はν'からν'+Δνまで)にある格子点の数は、νが大きいほど大きい4
 振動数がνからν+Δνの間にある格子点の数(電磁波のモードの数)を勘定してみる。問い2.2から、ν = [(c√[((nx)2+(ny)2+(nz)2)])/2L] であることはわかっているので、逆に考えると振動数νならば、nxの最大値は [(2Lν)/c]に近い自然数となる。(nx,ny,nz) の空間で考えると、この空間内の体積1の立方体一つごとに格子点は一個あるので、体積を計算すれば格子点の数を概算できる。振動数がνからν+Δνの間に ある格子点の数は、半径[(2L(ν+Δν))/c]の8分の1球と、半径[(2Lν)/c]の8分の1球の体積の差をとって、

1
8
×
3

( 2L(ν+Δν)
c
)
3

 
- 1
8
×
3

( 2Lν
c
) 3

 

(2.3)
となる。これから、モードの数×kTがエネルギーになるとする(つまり等分配の法則が成立するとする)と、単位体積あたり、単位振動数あたりのエネルギー は
E(ν)= 8πkT
c3
ν2
(2.4)
で表される(この式はレイリー・ジーンズの公式と呼ばれる)。



[問い2-2] (2.3)から(2.4)を出す計算を実行せよ。ただし、電磁波(光)が偏光を持つことにより、モードの数を2倍になること を忘れないように。



 ↑この問題は再来週、宿題とします。

  こう考えていくと、高い振動数の波は、(それだけ格子点の数が多くなるから)よりたくさんの自由度を持ってお り、むしろ高い振動数の方がエネルギーは大きくなりそうに思われる。ところが実際の分布ではグラフには山があり、振動数の大きい光はエネルギーが減ってし まう。5000Kぐらいでは赤っぽい色になるが、それは可視光内で波長の短い青の部分がグラフの山より右にあたり、赤の光の方が大きなエネルギーを持って いるからである。
  以上のように等分配の法則は成立していない。しかし一方で、波長の長い部分(振動数の小さい部分)つまりグラフの左側部分に関しては等分配の法則は非常に よく成立している。したがって等分配の法則が完全に間違いだとも言い切れない。

2.3  等分配の法則の破れの原因-光のエネルギーの不連続性

  では、等分配の法則が高い振動数の領域で崩れてしまう理由は何だろうか?-プランクはこの理由を以下のように考えた。
  電磁波の持つエネルギーはどんな値をとってもよいのではなく、hν(νは振動数)の定数倍に限るとする。すると振動数が大きい光は、エネルギーの塊の単位 が大きいということになる。等分配の法則はエネルギーをkTずつ分配しようとするが、kT < hνとなっていると、エネルギーが分配されにくい。その分高い振動数の光に与えられるエネルギーが少なくなってしまう。
  高い振動数の光は「大きな塊(hν)のエネルギーをよこせ」と要求するが、そのエネルギーが等分配の法則によって分配されるエネルギー(kT)より大きい ので、それだけの分け前にあずかることができないのである。これに対して低い振動数の光はエネルギーの単位hνが小さいので、この単位でkT÷hν個分の エネルギーを受け取ることができる。
  たとえて言えば、高い振動数成分の光は「5000円あげよう」と言われたのに「万札でよこせ」 と言っているようなものである。これでは1円ももらえない。低い振動数の光は「100円玉でください」と言うので、50枚の100円玉をもらうことができ る。よって、低い振動数では等分配の法則が成立する。結局、「強欲すぎるとかえって分け前は小さい」ということである。念のため再確認しておくが、これは 実際の光の振動モード一個一個がちょうどこれだけエネルギーを持っているというのではなく、これより多いものもこれより少ないものもいるのだが、平均をと るとこうなるのである。だからhν > kTであっても、分け前0になるわけではない。
  プランクは実際に光のエネルギーがhνの整数倍であるという条件のもとにスペクトルを計算してみた。その計算は統計力学の知識が必要となるので省略し答え だけを記すと、単位体積あたり、単位振動数あたりのエネルギー密度が

8πhν3
c3

1
e[(hν)/kT]-1

(2.5)
になるというがプランクの答である。分母のe[(hν)/kT]のおかげで、νが大きくなると分母が急激に大きくなり、エネルギー 密度が下がる式になっていることがわかる。これが「高い振動数の光が欲張りなために分配が減る」という効果の顕れである。
 この式は実験で得られた値とぴったり一致した。ただしそのプランクも、この時点では光が粒子性を持つ、というところまでは考えてはいない。ただエネル ギーが不連続であることを指摘したのみである。
 空洞輻射と同じように、エネルギーの分配が等分配則を満たさない例としては、低温での比熱の問題がある。たとえば上で述べた「2原子分子であれば分子一 個あたりのエネルギーは5/2kT」 という議論は、温度が低くなるとくずれてしまう。固体の比熱でも同様のことが起こる。低温では、分子の回転運動のエネルギーの平均がkTよりも小さくなっ てしまっているようなのである。これは光だけではなく、物質にも「エネルギーの単位」があることの証拠であり、回転運動の方がエネルギーの単位が大きいの であろうと推測できる。

 なお、実際の歴史は上に書いたのとは少し違う。ま ず、レイリー・ジーンズの式はプランクよりも後に出ている。つまり、プランクは「古典論のレイリー・ジーンズは実験に合わないから、量子論を考えよう」と いう筋道で考えたのではない。レイリーやジーンズは自分たちの式が実験にあわないのを見て、「等分配の法則が成立してないのか?」「まだ平衡に達してない だけじゃないのか?」と疑問を感じている。
 また、上で、プランクが「光のエネルギーがhνの整数倍である」という条件をつけたと書いている が、実はそうではなく、「光が周囲とやりとりするエネルギーがhνの整数倍である」と考えている。プランク自身は空洞内の電磁場はちゃんとマックスウェル 方程式に従っているのだと思っていたようだ。
 次に話すが、アインシュタインはレイリー・ジーンズの式を(実はジーンズより早く)出して古典論 がうまくいかないことを確認した上で光量子仮説を立てた。アインシュタインの仮説は「そうではなく、光そのもののエネルギーがhνなのだ。それどころか光 自体が粒子なのだ」という主張をした点で大胆かつ斬新なのである。(2005年7月7日追記)

2.4  演習問題

[演習問題2-1] 以下の表を見て、各物質の1分子あたりの定積比熱を計算し、3/2k および5/2kと比較し考察せよ。

水素 窒素 アルゴン ヘリウム 水蒸気 ベンゼン
1グラムあたりの定積比熱(J/gK) 10.23 0.740 0.313 3.152 1.542 1.250
分子量(g/mol) 2 28 40 4 18 78
[演習問題2-2] 酸素分子一個の運動エネルギーが3/2kTであるとして、酸素分子がだい たいどれぐらいの速度で走り回っているかを計算せよ。結果を音速(340m/s)、および脱出速度(11.2km/s)(11.4となっていたのは間違い)と比較して、その物理的意味を述べよ。
[演習問題2-3] 真空中のマックスウェル方程式
div
E
 
=0,   div
B
 
=0,   rot
E
 
= -
∂t


B
 
,   rot
H
 
=
∂t


D
 

(2.6)
と、真空中ではB=μ0 H、D=ε0Eであることから真空中の電場E が満たすべき方程式を導け。
ヒント:ベクトル解析の公式
rot(rot
A
 
) = grad(div
A
 
)-Δ
A
 

(2.7)
(Δ = [(∂2)/(∂x2)]+[(∂2)/(∂y2)]+[(∂2)/(∂z2)]) を使って、なんとかしてE以外の変数(D,H,B )を消去してしまおう。
[演習問題2-4]


E
 
= E0
e
 

y 
sin
k
x- 1




ε0μ0
t




(2.8)
が演習問題2-3で出した方程式の解であることを示せ。この式はどのような速度で伝播する波を表している か。MKSA単位系で計算せよ。ε0=8.854×10-12Fm-1、μ0=1.257×10-6NA-2で ある。答えの数字に見覚えはないか?
[演習問題2-5] プランクの出した式 [(8πhν3)/(c3)][1/(e[(hν)/kT]-1)] を振動数0から無限大まで積分すると、黒体輻射の持つ単位体積あたりのエネルギーが計算できる。その答えはT4に比例することを示 せ(この関係をステファン・ボルツマンの法則と呼ぶ)。ただし、公式




0 
dx x3
ex -1
= π4
15

(2.9)
を使え。
[演習問題2-6] プランクの出した式 [(8πhν3)/(c3)][1/(e[(hν)/kT]-1)] を、νが小さいとして、あるいはhが小さいとして近似5す ると、レイリー・ジーンズの式[(8πkT)/(c3)]ν2に等しくなることを確かめよ6

学生の感想・コメントから

 格子点の説明がわかりにくかった(多数)
 うーん、ちょっとしんどかったですね。再来週もう一度、ここからやりましょう。

 「黒体輻射」ってなんですか?
 すいません、テキストには書いてあったんですが、説明するの忘れました。「黒体」というのは光を 反射しない物質のことで、そこから出る輻射が黒体輻射です。
 でも、わからないことがあったら即座にその場ですぐ質問してください。他にも「等分配がわかりにくかったのでもう一度説明してください」と最後のアンケートで書 いてくる人がいたけど、その場ですぐ、「わからん」と言ってくれた方が説明もしやすくて効率がいいです。

 なぜ
sin nx π
L
x sin ny π
L
y
のような積になるんですか。重ね合わせなら和になるべきだと思う。(似たような 質問多数)。
 重ね合わせなら、そうです。でもこれは重ね合わせじゃないんですよ。問い2-1を解いてみるとわ かると思いますが、微分方程式を変数分離した結果です。

 2原子分子の回転運動が2方向に限られるのはなぜでしょう?(数人)
 2原子分子の軸のまわりの回転は、回転しても分子の位置に変化がないので、運動エネルギーをもて ません。

 金属にエネルギーを与えていくと、金属から紫外線が放出されたりするんですか?
 充分温度があがれば、もちろん放出されます。


Footnotes:

1これをデューロン・ プチの法則と言う。
2「波数」という言葉 から「波の数」と勘違いする人がいるが、定義からわかるように、波数は「単位距離あたりの位相の変化」である。「単位距離あたりの波の数」ならば[1/ (λ)]で計算できる。波数はこれの2π倍。
3これは、空洞を作っ て有限温度の物体を接触させると、熱平衡に達するまでの間に空洞が無限の大きさの電磁エネルギーを吸い込むことができるということである。もちろんこんな 現象が起こるはずはない。
4ここまでの計算では 光が横波であることを無視していた。実際には光には二つの振動成分(進行方向と垂直な方向が二つあるから)があるので、最後にエネルギーを2倍にする必要 がある。
5νが小さいという条 件は、振動数が低いところでは二つの式が同じ結果を出すことを示している。一方、hが小さいという条件は、量子力学的な効果が小さい、つまり古典力学的計 算をしていることに対応する。
6たまにこういう問題 を見て「νは小さいから、小さいものの3乗であるν3は 無視できる。よって分子はゼロ」とかやってしまうあわてものがいる。物理では確かによく「小さいから無視できる」とやるが、無視できるのは「(大きいも の)+(小さいもの)」のように大きいものと足し算されている小さいものである。100万円持っている人は100円を無視してもいいが、100円しか持っ ていない人は100円を無視できない。

第1回へ 初等量子力 学・量子力学(2005年)の目次に戻る 第3回へ


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 21 Apr 2005, 10:26.