初等量子力学講義録2005年度第3回


第2回へ 初等量子力学・量子力学(2005年)の目次に戻る 第4回へ

 まず始める前に前回の復習として、黒体輻射の各モードの振動の様子のアニメのjavaアプレットを見せた。

第3章
光の粒子性の確認-光電効果とコンプトン効果

 プランクが光のエネルギーの不連続性を指摘したからと言って、即座に「光は粒子だ」という認識に至ったわけではない16。光の粒子性が確認されるまでには、他にいくつもの実験、そして理論的研究が必要だったのである。この章では「光が粒子である」という認識が確立されるに至るまでを述べる。

3.1  光電効果

 光 のエネルギーが離散的であることを、黒体輻射に比べより直接的に証明する実験が光電効果である。光電効果はヘルツによって1887年に発見された。ヘルツ は光が放電現象を引き起こすことを見つけたのだが、1899年にはトムソンにより、金属に光をあてることによって金属中から電子が飛び出したのだというこ とが確認された。金属中には「自由電子」がたくさんいるのだから、飛び出してくること自体は別に不思議なことではない。不思議なことには、1902年にレ ナルトが発見した、「飛び出してくる電子のエネルギーは光の強さとは無関係である」という事実である。また、ある一定の振動数より低い振動数の光ではこの効果が起きないこともわかっていた。
 光電効果を「光の電場によって、金属内の自由電子がゆらされ、その結果外に飛び出す」と考えると、振動数が低くても振幅が大きければ飛び出してもよいと思 われるし、逆に振動数が高くても振幅が小さければ飛び出さないだろうと考えたくなる。しかし現実はそうではなく、飛び出すか飛び出さないかは振動数だけで 決まるし、出てきた電子のエネルギーは振幅によっていない。
 具体的な計算は章末の問題を解いてもらいたいが、光電効果という現象において大事なことは、 光を波と考えた場合と粒子と考えた場合で、そのエネルギーが金属に与えられるときに連続的に与えられるのか、不連続な塊で与えられるのかという大きな違い がある、ということである。
 連続的にやってくるエネルギーならば、時間がたった後でなければ電子は飛び出さない。しかし実 験は、ただちに電子が飛び出すという結果をみせている。光を波だと(連続的に広がった状態で金属にやってくるものだと)考えるならば、金属の中に、(どん なものなのか想像もつかないが)「広がってやってきた光のエネルギーをかきあつめて電子一個に与えるメカニズム」があることになる。もちろんそんなものは なく、光電効果は、光が「光子」というエネルギーの塊として降ってきていることを示しているのである。
 アインシュタインはこのような現象は、光が「光量子」(light quantum)という粒で出来ていると考えれば説明できる、という「光量子仮説」をとなえた(1905年)。アインシュタインは「プランクが考えた光のエネルギーの単位hν は光量子一個分のエネルギーである。電子は一個の光量子に衝突されてそのエネルギーを吸収し、外に出てくるのだ」と考えたのである。こうすると確かに、光 が強いということは光量子が多いということであるから、電子一個のエネルギーは変化せず、出てくる電子の数が増えることになる。アインシュタインは電子が 金属外に出るときにW(仕事関数と呼ぶ)だけエネルギーを消費すると考えると、金属から出てきた時に電子の持っているエネルギーは
E=hν−W
(3.1)
で表されると結論した。もし、hν < Wであれば電子は外に出てくることができない。

 hν < Wの時はエネルギーは戻るんですか?
 いや、そんなことはないです。hνのエネルギーはどっちにしろ電子に行きます。それで電子は走り出すんだけど、金属の外には出られない、とそう思ってください。
 しかしこの時点では飛び出してきた電子のエネルギーを正確にはかることはできていなかった。1916年にミリカンがこの式を実験的に導き出し、光量子仮説の正しさを実証することになる17
 光電効果(後であげるコンプトン効果も)の意義は、光が実際に粒子的形態を取っている(ことがある)ということを示したことにある。プランクが「光のエネルギーはhν の整数倍である」と言った時点では、まだそこまでの主張はされていない。実際、1905年に出たアインシュタインの論文に関しては、多くの批判がされてい る(光量子など使わなくても古典的に説明できるのではないかと四苦八苦しているのである)。当時の物理学者にとっては「光のエネルギーが不連続である」と いう主張以上に「光は粒子である」という主張は衝撃的であったことがわかる。

3.2  光子の運動量

箱の中の電磁場  光 が粒子であると考えると、プランクが考えたような空洞の中では、光子がとびまわっていると解釈できる。分子でできた気体がそうであるように、光にも圧力が ある。光子の圧力があることは電磁気学から理論的に導くことができるし、実験的にも確認されている。気体に圧力があるのは分子が運動量を持つからである。 したがって光子にも運動量があることになる。運動量は(質量)×(速度)のはず、と考えてしまうと「なんで光に運動量があるの?」と不思議だろう。しか し、そもそもの運動量の定義は運動方程式[(dp)/(dt)]=Fで あると考えたらどうだろう。こう考えれば、「力あるところには運動量の増減あり」ということになる。「光が力を出すの?」と不思議に思う人もいるかもしれ ないが、光は電磁波、すなわち電場と磁場の波である。電場や磁場がクーロン力やローレンツ力という力を生み出すことを考えれば、光が力を出すことも当然で ある。

 以下の註の部分は授業ではとばした。電磁気の復習にもなるのでできたら読んでおいてください。

【以下長い註】この部分は、最初に勉強する時は理解できなくともよい。
 あるいはこう考えることもできる。電磁場中の電荷はクーロン力やローレンツ力を受ける。これに よって電荷(当然質量を持っている)は速度すなわち運動量を変化させる。運動量は保存するのだから、電荷の運動量が変化したのと同時に、「電磁場の運動 量」がちょうど逆に変化して、トータルの運動量が保存されなくてはいけない。
 電荷qには力qE + qv×Bが働く。電荷の運動量pqは[(dpq)/(dt)]=qE + qv×Bにしたがって変化する。この時、電磁場の運動量pemは[(dpem)/(dt)]=−qEqv×Bにしたがって変化するだろう(pq + pemが一定であるために)。マックスウェル方程式を使ってこの式の右辺を変形していくことで、pemを計算することができる。細かい計算は省略18して答えを述べると、電磁場の持つ運動量は単位体積あたり、


p
 

em 
=
D
 
×
B
 

(3.2)
となる。
 電磁場は当然、エネルギーも持つ。「力を出せるものは運動量を持つ」のと同様に「仕事ができる物はエネルギーを持つ」からである。これもマックスウェル方程式を使って計算することで、電磁場の持つエネルギーは単位体積あたり
Eem= 1
2
ε0 |
E
 
|2 + 1
0
|
B
 
|2
(3.3)
となることがわかる19。以上の式から、電磁波の場合のエネルギーと運動量の関係を導くことができる。真空中の電磁波の一例は



E
 

=
E0
e
 

x 
sink(zct)

(3.4)



B
 

=

E0
c


e
 

y 
sink(zct)

(3.5)
である。この場合、エネルギーは

1
2
ε0 (E0)2 sin2(k(zct))+ 1
0


E0
c

2

 
sin2(k(zct)) = ε0 (E0)2 sin2(k(zct))
(3.6)
となり、運動量の大きさは
ε0 (E0)2
c
sin2(k(zct))
(3.7)
となる(方向はz向き)。このことから、電磁波の運動量はエネルギーをcで割った大きさを持つ20
光子は光すなわち電磁波そのものなのだから、光子のエネルギーがhνなら、その運動量はこれをcで割って、[(hν)/(c)]=[(h)/λ]となるだろうと考えられる。

【長い註終わり】
光の運動量を知るために、まず光すなわち電磁波の持っている力を計算する方法もある。一般に、真空中に電場Eがある時、単位体積あたりにエネルギー1/2ε0 E2が分布し、電場の方向には単位面積あたり1/2ε0 E2の引っ張り力が、電場と垂直な方向には単位面積あたり1/2ε0 E2の圧力が発生する(3つとも同じ式であるが、単位体積あたりのエネルギー、単位面積あたりの引力 、単位面積あたりの斥力、と物理的内容は違う)。これは磁場についても同様である。ただし磁力に対しては式が1/2μ0 H2に変わる。
電磁力とマックスウェル応力
 これをマックスウェルの応力と呼ぶ。この力はなじみが薄い人が多いかもしれないが、クーロン力やローレンツ力など、電磁力はすべてこの力であると解釈できる。
 この力の性質は「電気力線(磁力線)はなるべく短くなろうとする。またとなりあう2本は互いに 離れようとする」とまとめることができる。そうなる理由は結局「エネルギーを下げる方向に力が働く」ということで理解できる。電気力線が短い方が、あるい はより拡散した方がエネルギーが小さくなるのである。



[問い3-1] 電荷±Qがためられた、面積Sの平行平板コンデンサー(極板間は真空)の間の引力はF=1/2[(Q2)/(ε0 S)]である。単位面積あたりの力が1/2ε0 E2となることを確認せよ。
[問い3-2] 極板間距離をdとすると、コンデンサーにたまるエネルギーは1/2[(Q2d)/(ε0 S)]である。単位体積あたりのエネルギーが1/2ε0 E2となることを確認せよ。
[問い3-3] このコンデンサーの極板間距離を微少量∆xだけ大きくしたとする。この時必要な仕事を、
  1. (力)×(距離)で
  2. エネルギーの変化で
それぞれ計算し、二つの結果が一致することを確認せよ。



マックスウェル応力  いま、ある方向に電場(電気力線)が走っているところを思い浮かべよう。この電気力線が6つの方向(±xyz)の及ぼす力のうち、2方向は引力、4方向は斥力である。今電磁波が壁のなかであっちへこっちへと飛び回っていると考えると、電気力線もいろんな方向に伸びるだろう。この時にある一つの方向に働く力を考えると、1/3の確率で引力、2/3の確率で斥力となる。結局全体の平均をとれば1/3の斥力が残ると考えられる。つまり、圧力はエネルギー密度の1/3である。 この圧力は1892年にレベデフによってはじめて実験的に確かめられている。

 この後、これを使って光子の運動量がh/λであることを確認する、、という流れなのだが、ここで時間切れ。

3.5  演習問題(ここまでで関係する部分のみ)

[演習問題3-1] 光が波のように連続的であると仮定して100Wの電球から5メートルの位置にある金属の原子が電子を飛び出させるだけの エネルギーをため込むのにどれだけの時間がかかるかを計算せよ。ただし、100W の電球は文字通り、1s間に100Jのエネルギーをすべて光の形で放出するとし、そのエネルギーは等方的に広がるとせよ。金属の原子の半径を10−10mとして受け取るエネルギーがどれくらいになるかを考えればよい。なお、電子は5×10−19J程度のエネルギーをもらって飛び出すとせよ。


学生の感想・コメントから

 仕事関数Wは一定値ですか、平均値ですか。
 最小値です。金属から脱出するのに最低必要なエネルギーを表します。

 電気力線の前にも後ろにも引力が働くのはなぜですか?
 +電気とー電気がひっぱりあっているところを想像してください。どっちも引っ張るでしょ?

 光電効果で電子を失った金属はどうやって電子を補充するのでしょうか?
 +に帯電してしまうので、まわりの電子をひっぱります。

 光は波としてのエネルギーと、粒子としてのエネルギーを両方持っているのですか?
 いえ、一つのエネルギーが、2通りに解釈できます。

 電磁波の媒体は結局何なんですか? 箱に入っている光子が媒体ですか?
 前にも書いてますが、電場と磁場です。空気も水も必要ありません。そういう意味では「光子が媒体」と言ってもいいかもしれません。

 光による圧力の計算は、気体の圧力計算とほぼ同じですか?
 来週やりますが、だいたい同じです。



Footnotes

16アインシュタインが光量子仮説を唱えた1905年の時点では、プランク本人を含めてほとんどの物理学者は光自体は連続的なものだという考えを変えておらず、エネルギーが不連続になることの重要性に気づいていない。自然に対する認識を変化させるには時間がかかるものである。
17 現在では光の粒子には「光量子(light quantum)」という言葉は使われず、「光子(photon)」と呼ばれている。
18実際にこの計算を遂行すると、電磁場間に働く力などもでてくるのでけっこうたいへんである。
19この計算の詳細もここでは述べない。気になる人は電磁気学の本、たとえば砂川重信「理論電磁気学」(紀伊國屋書店)などを読んで勉強しよう。
20まだ相対論の講義がそこまですすんでいないので解説しないが、一般に質量mの粒子に対しては、エネルギーEと運動量の大きさpの間にE2p2c2 = m2 c4という式が成立する。光子はこの質量mが0なのである。たまに「光子は質量が0なのになぜエネルギーがあるんですか」と質問する人がいるが、エネルギーと質量の関係がE2p2c2 = m2 c4であることを考えれば、不思議なことは何もない。

File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 6 May 2005, 18:26.