初等量子力学講義録2005年第9回

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第6章 不確定性関係と、波の重ね合わせ

この章では、量子力学における大事な関係式である不確定性関係について述べる。不確定性関係は「不確定性原理」と呼ばれることもある。不確定性関係は、物質(光を含む)の波と粒子性によって必然的にもたらされる性質である。

6.1  γ線顕微鏡の思考実験

 ハイゼンベルク(Heisenberg)は電子をガンマ線を使った顕微鏡で見るという思考実験 から、不確定性関係を説明した。彼がこのような説明を思いついたのは、「原子核の周りをまわっている電子は波として広がっていてどこにいるかわからないと 言うけど、X線か何かを使って場所をつきとめることはできないのか?」という疑問に答えようとしてであった。
ガンマ線顕微鏡
 普通の顕微鏡では電子を見ることはできない。顕微鏡あるいはカメラなどの光学系には分解能というものがあり、だいたい光の波長よりも小さいものは見ることができないのである。その理由はだいたい、以下のように考えることができる。
 横から光(この場合、光子という粒子と考える)を当てて、その反射をレンズで集め、スクリーン で見るとする。光を直線的に進んでいく光線のように考えるならば(このような考え方が「幾何光学的」)、レンズの中心の真下P点から出た光はちょうどその 真上にあたるA点に到達する。また、レンズの真下より少し離れた点Q点から出発した光は、Aより少し離れたB点に到着する。スクリーン上のどこに光がきた かによって、光がどの場所から発せられたかがわかる(カメラであればこの場所にはフィルムがあり、フィルムに塗られた感光物質が化学変化を起こす。目であ れば視覚細胞が反応する)。
 光を波だと考えた場合、P点から出た波がA点に到達する理由は上とは違ってくる。波はいろん な方向に伝播する。A点ではP点から来たいろんな光の位相がぴたりと揃い、互いに強め合う。これがA点から出た光がP点に到着する理由である(このような 考え方が「波動光学的」)。光の位相が揃う理由は、レンズ中では光速が遅くなるからである。一見遠回りしているかに見えるレンズ周辺を通ってきた光と、直 進して近道を通ったかに見えるレンズ中心を通ってきた光は同じ時間をかけて伝播している。それゆえ、P点でこれらの光の位相はぴったり同じになる。逆に、 P点以外の場所にやってくる光は、位相がずれているために消し合ってしまう。
 ここで注意すべきことは、P点より少し離れたQ点から出発した光も、図に書いた二つの光線 (破線で表した)の光路差が一波長程度までしかなかったなら、Aに到達することができることである。この場合も光は干渉によって消し合うが、完全に消えて しまうことはない。このため、A点に光が到達したとしても、図の∆x程度はどこから来たのかを判定できなくなる。近似をつかってくわしい計算をするとこの∆xは[λ/2sinφ]となる。∆xを「離れた2点を分離していると認めることができる能力」という意味で、「分解能」と呼ぶわけである。

 このあたりの様子をアニメーションでみるjavaアプレットを授業では見せた。アニメを見ながら納得してください。



[問い6-1] xを具体的に計算せよ。




 くわしい計算をしなくてもλに比例することと、φが大きければ小さくなることはすぐ理解できる。λが大きければ光路が大きくても干渉による消し合いが少なくなり、∆xは大きくなる。また、φが大きいとそれだけたくさんの光を集めたことになるので、干渉によって光が消される条件がよりシビアになり、∆xが小さくなる。
 たとえば実際にはP点にだけ光源があったとして、この光源から連続的に光が出ているとしよう。 この光は主にA点に到着する。理想的にはA点だけに像ができるべきなのだが、だいたいB点ぐらいまでは干渉によって消しきれない光がきてしまうため、像に 広がりがあるのである。しかも今考えている場合、光は連続的ではなく、一個の光子がやってくるところしかわからないので、A点やB点に光子一個が到着して も、P点から出たともQ点から出たとも判定がつかないことになる。
では、この∆xを可能な限り小さくするためにはどうすればよいだろうか。一 つはφを大きくする、つまりレンズを大きくすればよい(天体望遠鏡が大きな口径のものほど性能がよくなる理由はこれ)。もう一つの方法は波長λの短い光 (もしくは光でなくても、スクリーン部分で感知可能な波であればよい32)を使うことである。ハイゼンベルクは電子を見るための仮想的な機械をγ線顕微鏡と呼んだが、それは知られている限りもっとも波長の短い電磁波を使うことを考えたからである。
Δp  ところがここでp=[(h)/λ]を思い出すと、λが短いとい うことは運動量が大きいということに他ならない。つまり、あまり波長の短い光を使うと、位置を確かめようとしていた物体がどこかへ飛んでいってしまうこと になる(ガンマ線の危険性を思い起こせ)。

 電子を何かで固定しちゃだめなんですか?
 今考えているのは原子核の回りの電子がどこにいるかとか、そういう問題だから電子を固定するのはまずいなぁ(これに関しては下でもう少し説明)。

 また、φが大きいということは、その時光がどの方向に反射したかが測定できない、ということである。我々はA点 もしくはB点のような、スクリーン上でのみ光を測定する。それゆえ、レンズのどの部分を光が通ってきたのかを特定することはできない。特定しようとするな らば、それは小さいレンズを使え、と言っているのと同じことになる。
 真横から光があたったとする。この時、電子がどれだけのx方向の運動量を持つかを計算してみよう。光子(γ線)の運んでくる運動量は[(h)/λ] である。そして衝突後の光子の運動量のx成分は光が図の実線矢印方向に反射した場合ならば[(h)/λ]sinθであり、破線矢印方向に反射した場合ならば、−[(h)/λ]sinθである。電子の持つ運動量のx成分は[h/λ]−[h/λ]sinθ から、[h/λ]+[h/λ]sinθ までの範囲にある、ということになる。つまり、電子に光を当てた結果、電子の持つ運動量に不確定さ∆pが生じてしまう。この運動量の不確定性は∆p=2[h/λ]sinθとなる。この時、∆xと∆pの積を計算すると、
xp = h
(6.1)
という式が出る。この式は、∆xを小さくしようとすると∆pが大きくなる、ということを表している。つまり、この電子の位置の測定を精密にやればやるほど、電子の運動量が大きな幅で変化してしまうことになる。
 ハイゼンベルクは以上のような思考実験(実際にガンマ線顕微鏡を作って実験したわけではない)によって、不確定性関係を説明した。∆xや∆pは上で求めたよりも大きな値になることもあり得る。そして理想的な場合の最小値でも、この積は[\hbar/2]=[(h)/4π]であることが計算できる(具体的な計算は後で行う)。よって
xp \hbar
2

(6.2)
というのが一般的法則である。
 結論として、我々が何かの物体の位置と運動量を測定しようとした時、その両方を確定的に決めることはできず、位置には∆xぐらいの、運動量には∆pぐらいの不確定さが存在し、その間に(6.2)が成立する。一方を小さくするともう一方が必然的に大きくなってしまう。
 このような不確定性は、ガンマ線顕微鏡(あるいは光学的顕微鏡でも同じ)だけで起こるものではなく、ありとあらゆる観測機器についてまわる一般的な問題である。

6.2  不確定性関係の意味

 不確定性関係は非常に神秘的な関係式と思えるかもしれないが、ド・ブロイの式p=[(h)/λ]を認めて、「物質は波動性を持つ」ということを考えれば、実はしごく当然の関係式である。
 今、一個の粒子が箱に入っているとする。話を簡単にするために1次元で考えて、この箱の端から端までLとしよう。この粒子の位置を観測しなかったとすると、箱のどの位置にいるのかわからないので、この粒子の∆xLである。この粒子を波だと考えると、箱の中に定常波ができている状態だと考えられる。すると、その波の波長は最大でも2Lである。「波長が最大で2L」ということはすなわち、「運動量が最小でも[(h)/(2L)]」ということになる。実際には(定常波状態になっているので)箱の中には最低でも、 [(h)/(2L)]の運動量を持った粒子(正方向に進む波)と−[(h)/(2L)]の運動量を持った粒子(負方向に進む波)が入っている、ということになる。つまり∆p=h/Lである。ここでも∆x ×∆phが成立している。より一般的には、もっと波長の短い(運動量の大きい)波が入ってもいいので、∆pがもっと大きくなる可能性はある。
 箱を押して大きさを小さくしていったとしよう。Lが小さくなるので∆xは小さくなるが、∆pの方は逆に大きくなっていく。つまり、粒子の位置を確定しようとすると運動量の幅が広がってしまう(逆も同様)。

 さっきの、「電子を固定したらどうなるのか?」という問いへの答えがここ にある。固定するということは電子のΔxを小さくするということ。結果として電子のΔpが大きくなる。つまり、γ線があたる前から電子が大きなΔpを持っ ていることになってしまうので、やはり不確定性があがってしまう。
 ガンマ線顕微鏡の例では「xを観測するとpが乱される」という 形での不確定性を論じた。そのために、不確定性の意味を「観測しようとすると乱されるから観測できない」という意味だと誤解する人が多いので、ここで強調 しておく。不確定性というのは観測する前の状態ですでに存在している。誰がどのように観測するか否かにかかわらず、∆xp > [((h/2p))/2]という関係は成立しているのである。∆x や∆pは測定誤差ではなく、「値の広がり」を表す。つまり、「粒子は∆xの幅のどこにいるのかわからない」というよりも「∆xの範囲に広がっている」と考えるべきである。「どこにいるのかわからない」という考え方をすると、測定手段(実験機器など)の責任で∆xが生じているような印象を与えるが、不確定性は、実験機器の責任によって生じるのではなく、物質の波動的性質によって必然的に生じるものと考えなくてはならない。
 現実において存在している粒子も、不確定性関係を守っている。我々は原子や原子核の大きさをこれくらい、と測定しているが、実際にその物質がそれだけのサイズを持っているというより、その粒子がだいたいそれぐらいの範囲の中に広がって存在している(∆xがその程度の大きさである)と判断せねばならない。

【補足】この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。
コンプトン波長[(h)/(mc)]が出てきた時、「質量mの粒子はコンプトン波長程度の広がりがある」という話をしたが、これもこの不確定性関係からくる。不確定性関係から、∆x ≅ [(h)/(mc)]になると、∆pmcぐらいになる。こうなると粒子の持つ運動エネルギーの不確定度は[((∆p)2)/(2m)] ≅ mc2ぐらいとなる。つまり、運動エネルギーの広がりが、粒子をもう一個作るのに必要なエネルギーmc2と同じ程度になってしまう。結果として、もし質量mの粒子を[(h)/(mc)]以下の領域に閉じこめようとすると、その大きな運動エネルギーによって粒子がもう一個生成されてしまう。一個の粒子が安定して存在するためには、[(h)/(mc)]以上の広がりを持って存在していなくてはいけないのである。

【補足終わり】


6.4  演習問題(ここまでに関係する部分のみ)

[演習問題6-1] 以下の二つの現象が不確定性関係に即していることを確かめよ。
  1. 原子を回っている電子はだいたい10eV程度のエネルギーを持っている。 原子の半径は10−10m程度である。
  2. 原子核内の核子は1MeV(=106eV)程度のエネルギーを持っている。原子 核の半径は10−14m程度である。
註:1eV=1.6×10−19J。電子の質量は9.1×10−31kg。核子の 質量は1.7×10−27kg。
  [演習問題6-2]
スリットを通り抜けた後の回折
  波動光学では「光は自分の波長と同じくらいの隙間を通り抜けた後、よく回折する」ということが知られているが、この現象も不確定性関係の顕れと考えることができる。
dのスリットを波長λの光が通り抜けたとする。この時、光子の存在位置は、∆x = dという不確定性を持って決められたことになる(ただし、決まったのはx方向、すなわち進行方向に垂直な方向)。このため、光子のx 方向の運動量は−[(∆p)/2] < p < [(∆p)/2]のような不確定さを持つ。∆pはどのくらいとなるか。光子の全運動量の大きさ(変化しないはず)と上の答を比べることにより、光子の進行方向の不確定性(光の進行方向に対する広がり角度)を角度の正弦の不確定性∆(sinφ)で求めよ。広がり角度が30度になるのはどんな時か。
[演習問題6-3]
電子によるヤングの実験 電子を使ってヤングの実験をしたとすると、電子を波と考えた場合の波長 λを使って[(Lλ)/(d)]で表せる幅の干渉縞ができる。こ れは光と全く同様の結果であり、一個の電子が両方のスリットを波の形で 同時に通過していると考えなくては干渉が説明できない。そこでどちらを 通過しているのかを測定してみたいと思ったとしよう。電子の質量をm とし、スリットに入る前は速度vで真横に進んでいたとして、以下の問い に答えよ。
  1. スリットの幅をdとする。電子がどちらを通ったかを測定するために、 横から光をあてて反射を調べるとする。光の波長がd より短くなくて は、電子がどちらを通ったか判定できない。この光は最低でもどの程度 の運動量を持つか。
  2. スリット通過時に電子に光があたったことにより、電子は光が持ってい た横方向の運動量の一部(どれだけであるかは実験するたびに違う)を もらってしまうので、電子の横方向の運動量に不確定性が生じる。スク リーンまでの距離をLとして、これにより電子の到達場所がどの程度ず れるかを概算せよ。
  3. 前問の答えを、光を使って場所を調べない場合にできる干渉縞の幅と比 較せよ。この結果、光を使って場所を調べた場合の干渉はどのようにな ると考えられるか。
[演習問題6-4]
二重スリット  二重スリットの実験(ヤングの実験)では、どちらのスリットを光が通ったかわからない、という話がある。
今図のように中央に光がやってきたとしよう。上のスリットを通った時ならば光はスリット部分で 下向きの運動量を与えられたことになるし、下を通ったならば上向きの運動量を与えられたことになる。運動量は保存するから、その分スリットが上下動するは ずだ。では、スリットの上下動を観測することで上のスリットを通ったのか下のスリットを通ったか判断できるのか?
光子の持つ運動量を[(h)/λ]として、この問題を考察せよ。
ヒント:スリットの上下動を観測するためには、スリット自体の運動量をどの程度正確に測定しなければいけないかをまず考えよ。
その時、スリットの位置はどの程度正確に測定できるかを考えよ。


学生の感想・コメントから

 先生が「不確定性原理」じゃなく「不確定性関係」という言葉を使う理由は何ですか?
 「原理」というと、「最初からそう決まっているからそうなんだ」という有無を言わさぬ雰囲気が出るけど、実際は物質が波動性を持つことから導かれるものだから、「関係」という言葉の方がいいような気がして、このテキストでは「不確定性関係」としてます。

 電子に波を当てると飛んでいってしまうと言いますが、波は実体がないようなものなのでぶつかるというのがわからないのですが。
 「実体がない」と思っちゃだめなんです。「波動性を持った粒子」というのが実体なのですから。

 自分たちの実験の時に測定結果が散るのは不確定性関係のせいでしょうか?
 その可能性もありますが、たいていの場合は測定機器の責任でしょう。

 勉強するたびに量子力学がよくわからなくなっていく気がする。。。。
 それはとっても正しい量子力学の勉強だといえます。

 望遠鏡を巨大にすればするほど、遠くの星がはっきり見えますか?
 理屈上はそうなりますが、光自体が弱くなっていくと、限界が来ますね(来るのはやっぱり光子なので)。それより先に宇宙が膨張している影響が来るかな。

 ∆x=[λ/2sinφ]との分母の2はどこから??
 宿題になってますからちゃんと計算しましょう。

 ΔxやΔpは、結局何を表しているのでしょう??
 我々(いや、誰であっても)の測定の精度には限界があること。そしてその限界は本質的なもので、避けようがないことを示しています。

 電子が一定の場所にいるわけではなく広がっているのなら、Δxを求める意味はあるんでしょうか?
 広がっているにしても、3キロに広がっているのか3マイクロメートルに広がっているのでは全然違いますから、求める意味はもちろんあります。

 h=6.6×10-34なので、ΔxやΔpが10-17ぐらいですが、こんな細かいところまで調べる必要があるのかと思った。
 原子の中を考えたりする時には必要があります。量子力学なしにはわからないことはいっぱりありますよ。

 なんかもう少し簡単に考えれないかと思った。
 気持ちはわかる。わかるがしかし、この世の中は人間が期待するほど簡単じゃない。しかし絶望するほどに複雑でもない。

 ΔxΔp>hは実験的にも示されているんですか?
 当然です!! ありとあらゆる実験の支持があります。

 まだ電子の位置はわからないんですか?
 「まだ」・・・・・・「まだ」ってあなた。
 「どんなにがんばってもわからないんですよ」という話を今日したんですが。

 pに広がりがあるという話ですが、-h/2L,0,h/2Lという値しか取れないということですか?
 0は取れません。また、これより大きいp(たとえばh/L,2h/Lとか)はとれます(今日考えたのはΔpが最小の場合なので入れなかった)。実際のpはnh/2Lでnが整数(0を除く)のいろんな値をいろんな確率でとります。

Footnotes:

32電子顕微鏡は電子波を使って微小なものを見る。電子波の波長は光よりはるかに短い。

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On 17 Jun 2005, 12:09.