初等量子力学2006年度講義録第8回

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第6章 不確定性関係と、波の重ね合わせ

 この章では、量子力学における大事な関係式である不確定性関係について述べる。不確定性関係は「不確定性原理」と呼ばれることもある。不確定性関係は、 物質(光を含む)の波と粒子性によって必然的にもたらされる性質である。

6.1  γ線顕微鏡の思考実験

 ハイゼンベルク(Heisenberg)は電子をガンマ線を使った顕微鏡で見るという思考実験から、不確定性関係を説明した。彼がこのような説明を思い ついたのは、「原子核の周りをまわっている電子は波として広がっていてどこにいるかわからないと言うけど、X線か何かを使って場所をつきとめることはでき ないのか?」という疑問に答えようとしてであった。
 普通の顕微鏡では電子を見ることはできない。顕微鏡あるいはカメラなどの光学系には分解能というものがあり、光の波長程度よりも小さいものは見ることが できないのである。その理由はだいたい、以下のように考えることができる。
 横から光(この場合、光子という粒子と考える)を当てて、その反射をレンズで集め、スクリーンで見るとする。光を直線的に進んでいく光線のように考える ならば(このような考え方を「幾何光学的な考え方」と呼ぶ)、レンズの中心の真下P点から出た光はちょうどその真上にあたるA点に到達する。また、レンズ の真下より少し離れた点Q点から出発した光は、Aより少し離れたB点に到着する。スクリーン上のどこに光がきたかによって、光がどの場所から発せられたか がわかる(カメラであればこの場所にはフィルムがあり、フィルムに塗られた感光物質が化学変化を起こす。目であれば視覚細胞が反応する)。
 光を波だと考えた場合、P点から出た波がA点に到達する理由は上とは違ってくる。波はいろんな方向に伝播する。A点ではP点から来たいろんな光の位相が ぴたりと揃い、互いに強め合う。これがA点から出た光がP点に到着する理由である(このような考え方が「波動光学的な考え方」である)。光の位相が揃う理 由は、レンズ中では光速が遅くなるからである。一見遠回りしているかに見えるレンズ周辺を通ってきた光と、直進して近道を通ったかに見えるレンズ中心を 通ってきた光は同じ時間をかけて伝播している。それゆえ、P点でこれらの光の位相はぴったり同じになる。逆に、P点以外の場所にやってくる光は、位相がず れているために消し合ってしまう。

 P点以外にくる波が消し合うことをアニメーションで見せるアプレットはこちら
 ここで注意すべきことは、P点より少し離れたQ点から出発した光も、図に書いた二つの光線(破線で表した)の光路差が一波長程度までしかなかったなら、 Aに到達することができることである。この場合も光は干渉によって消し合うが、完全に消えてしまうことはない。このため、A点に光が到達したとしても、図 の∆x程度はどこから来たのかを判定できなくなる。近似をつかってくわしい計算をするとこの∆xは[λ/2sinφ]となる。∆xを「離れた2点を分離し ていると認めることができる能力」という意味で、「分解能」と呼ぶわけである。
 くわしい計算をしなくてもλに比例することと、φが大きければ小さくなることはすぐ理解できる。λが大きければ光路が大きくても干渉による消し合いが少 なくなり、∆xは大きくなる。また、φが大きいとそれだけたくさんの光を集めたことになるので、干渉によって光が消される条件がよりシビアになり、∆xが 小さくなる。
 たとえば実際にはP点にだけ光源があったとして、この光源から連続的に光が出ているとしよう。この光は主にA点に到着する。理想的にはA点だけに像がで きるべきなのだが、だいたいB点ぐらいまでは干渉によって消しきれない光がきてしまうため、像に広がりがあるのである。しかも今考えている場合、光は連続 的ではなく、一個の光子がやってくるところしかわからないので、A点やB点に光子一個が到着しても、P点から出たともQ点から出たとも判定がつかないこと になる。
 では、この∆xを可能な限り小さくするためにはどうすればよいだろうか。一つはφを大きくする、つまりレンズを大きくすればよい(天体望遠鏡が大きな口 径のものほど性能がよくなる理由はこれ)。もう一つの方法は波長λの短い光(もしくは光でなくても、スクリーン部分で感知可能な波であればよい4)を使うことである。ハイゼンベルクは 電子を見るための仮想的な機械をγ線顕微鏡と呼んだが、それは知られている限りもっとも波長の短い電磁波を使うことを考えたからである。
 
 ところがここでp=[h/λ]を思い出すと、λが短いということは運動量が大きいということに他ならない。つまり、あまり波長の短い光を使うと、位置を 確かめようとしていた物体がどこかへ飛んでいってしまうことになる(ガンマ線の危険性を思い起こせ)。また、φが大きいということは、その時光がどの方向 に反射したかが測定できない、ということである。我々はA点もしくはB点のような、スクリーン上でのみ光を測定する。それゆえ、レンズのどの部分を光が 通ってきたのかを特定することはできない。特定しようとするならば、それは小さいレンズを使え、と言っているのと同じことになる。
 真横から光があたったとする。この時、電子がどれだけのx方向の運動量を持つかを計算してみよう。光子(γ線)の運んでくる運動量は[h/λ] である。そして衝突後の光子の運動量のx成分は光が図の実線矢印方向に反射した場合ならば[h/λ]sinθであり、破線矢印方向に反射した場合ならば、 −[h/λ]sinθである。電子の持つ運動量のx成分は[h/λ]−[h/λ]sinθ から、[h/λ]+[h/λ]sinθ までの範囲にある、ということになる。つまり、電子に光を当てた結果、電子の持つ運動量に不確定さ∆pが生じてしまう。この運動量の不確定性は∆p=2 [h/λ]sinθとなる。この時、∆xと∆pの積を計算すると、
∆x ∆p = h
(6.1)
という式が出る。この式は、∆xを小さくしようとすると∆pが大きくなる、ということを表している。つまり、この電子の位置の測定を精密にやればやるほ ど、電子の運動量が大きな幅で変化してしまうことになる。
 ハイゼンベルクは以上のような思考実験(実際にガンマ線顕微鏡を作って実験したわけではない)によって、不確定性関係を説明した。∆xや∆pは上で求め たよりも大きな値になることもあり得る。そして理想的な場合の最小値でも、この積は[((h/2p))/2]=[h/4π]であることが計算できる(具体的な計算は後で行う)。よって
∆x ∆p ≥ (h/2p)
2

(6.2)
というのが一般的法則である。
 結論として、我々が何かの物体の位置と運動量を測定しようとした時、その両方を確定的に決めることはできず、位置には∆xぐらいの、運動量には∆pぐら いの不確定さが存在し、その間に(2)が成立する。一方を小さくするともう一方が必然的に大きくなってしま う。
 このような不確定性は、ガンマ線顕微鏡(あるいは光学的顕微鏡でも同じ)だけで起こるものではなく、ありとあらゆる観測機器についてまわる一般的な問題 である。

6.2  不確定性関係の意味

 不確定性関係は非常に神秘的な関係式と思えるかもしれないが、ド・ブロイの式p=[h/λ]を認めて、「物質は波動性を持つ」ということを考えれば、実 はしごく当然の関係式である。
 今、一個の粒子が箱に入っているとする。話を簡単にするために1次元で考えて、この箱の端から端までLとしよう。この粒子の位置を観測しなかったとする と、箱のどの位置にいるのかわからないので、この粒子の∆xはLである。この粒子を波だと考えると、箱の中に定常波ができている状態だと考えられる。する と、その波の波長は最大でも2Lである。「波長が最大で2L」ということはすなわち、「運動量が最小でも[h/2L]」ということになる。実際には(定常 波状態になっているので)箱の中には最低でも、 [h/2L]の運動量を持った粒子(正方向に進む波)と−[h/2L]の運動量を持った粒子(負方向に進む波)が入っている、ということになる。つまり ∆p=h/Lである。ここでも∆x ×∆p ≅ hが成立している。より一般的には、もっと波長の短い(運動量の大きい)波が入ってもいいので、∆pがもっと大きくなる可能性はある。
 箱を押して大きさを小さくしていったとしよう。Lが小さくなるので∆xは小さくなるが、∆pの方は逆に大きくなっていく。つまり、粒子の位置を確定しよ うとすると運動量の幅が広がってしまう(逆も同様)。
 ガンマ線顕微鏡の例では「xを観測するとpが乱される」という形での不確定性を論じた。そのために、不確定性の意味を「観測しようとすると乱されるから 観測できない」という意味だと誤解する人が多いので、ここで強調しておく。
不確定性というのは観測する前の状態ですでに存在している。
 誰がどのように観測するか否かにかかわらず、∆x∆p > [hbar/2]という関係は成立しているのである。 ∆x や∆pは測定誤差ではなく、「値の広がり」を表す。つまり、「粒子は∆xの幅のどこにいるのかわからない」というよりも「∆xの範囲に広がっている」と考 えるべきである5。「どこにいるのか わからない」という考え方をすると、測定手段(実験機器など)の責任で∆xが生じているような印象を与えるが、不確定性は、実験機器の責任によって生じる のではなく、物質の波動的性質によって必然的に生じるものと考えなくてはならない。
 現実において存在している粒子も、不確定性関係を守っている。我々は原子や原子核の大きさをこれくらい、と測定しているが、実際にその物質がそれだけの サイズを持っているというより、その粒子がだいたいそれぐらいの範囲の中に広がって存在している(∆xがその程度の大きさである)と判断せねばならない。

【補足】 この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は 読んでおいてください。
 コンプトン波長[h/mc]が出てきた時、「質量mの粒子はコンプトン波長程度の広がりがある」という話をしたが、こ れもこの不確定性関係からくる。不確定性関係から、∆x ≅ [h/mc]になると、∆p ≅ mcぐらいになる。こうなると粒子の持つ運動エネルギーの不確定度は[((∆p)2)/2m] ≅ mc2ぐ らいとなる。つまり、運動エネルギーの広がりが、粒子をもう一個作るのに必要なエネルギーmc2と同じ程度になってしまう。結果と して、もし質量mの粒子を[h/mc]以下の領域に閉じこめようとすると、その大きな運動エネルギーによって粒子がもう一個生成されてしまう。一個の粒子 が安定して存在するためには、[h/mc]以上の広がりを持って存在していなくてはいけないのである。

【補足終わり】

 前回、あまりに「解析力学忘れました」という声が大きかったので、解析力 学のうち、量子力学に必要な部分を別の時間に講義しようと思います。皆さんに受講可能な時間を書いてもらったところ、今回の調査では、金曜日の5限(つま り、4限のこの授業終わって直後)なら可能というのが一番多かったので、来週から、

金曜日の16:50〜17:50
「量子力学のための解析力学」
理313にて

を始めます(単位はありません。希望者は誰でも受講可)。
 始める時間は初等量子力学終わってから40分開け、1時間で終わります。

 なお、残念ながら何人かの人の希望には添えませんでした。ごめんなさい。 どうしても受けたいが受けられない、という人は相談もしくはめーるください。

6.4  演習問題(今日の授業に関連する部分のみ)

[演習問題6-1] 以下の二つの現象が不確定性関係に即していることを確かめよ。
  1. 原子を回っている電子はだいたい10eV程度のエネルギーを持っている。 原子の半径は10−10m程度である。
  2. 原子核内の核子は1MeV(=106eV)程度のエネルギーを持っている。原子 核の半径は10−14m 程度である。
註:1eV=1.6×10−19J。電子の質量は9.1×10−31kg。核子の 質量は1.7×10−27kg。

[演習問題6-2] 波動光学では「光は自分の波長と同じくらいの隙間を通り抜けた後、よく回折する」ということが知られているが、この現象 も不確定性関係の顕れと考えることができる。
幅dのスリットを波長λの光が通り抜けたとする。この時、光子の存在位置は、∆x = dという不確定性を持って決められたことになる(ただし、決まったのはx方向、すなわち進行方向に垂直な方向)。このため、光子のx 方向の運動量は−[∆p/2] < p < [∆p/2]のような不確定さを持つ。∆pはどのくらいとなるか。光子の全運動量の大きさ(変化しないはず)と上の答を比べることにより、光子の進行方向 の不確定性(光の進行方向に対する広がり角度)を角度の正弦の不確定性∆(sinφ)で求めよ。広がり角度が30度になるのはどんな時か。
[演習問題6-3]
 
  電子を使ってヤングの実験をしたとすると、電子を波と考えた場合の波長 λを使って[Lλ/d]で表せる幅の干渉縞ができる。こ れは光と全く同様の結果であり、一個の電子が両方のスリットを波の形で 同時に通過していると考えなくては干渉が説明できない。そこでどちらを 通過しているのかを測定してみたいと思ったとしよう。電子の質量をm とし、スリットに入る前は速度vで真横に進んでいたとして、以下の問い に答えよ。
  1. スリットの幅をdとする。電子がどちらを通ったかを測定するために、 横から光をあてて反射を調べるとする。光の波長がd より短くなくて は、電子がどちらを通ったか判定できない。この光は最低でもどの程度 の運動量を持つか。
  2. スリット通過時に電子に光があたったことにより、電子は光が持ってい た横方向の運動量の一部(どれだけであるかは実験するたびに違う)を もらってしまうので、電子の横方向の運動量に不確定性が生じる。スク リーンまでの距離をLとして、これにより電子の到達場所がどの程度ず れるかを概算せよ。
  3. 前問の答えを、光を使って場所を調べない場合にできる干渉縞の幅と比 較せよ。この結果、光を使って場所を調べた場合の干渉はどのようにな ると考えられるか。
[演習問題6-4]
 二重スリットの実験(ヤングの実験)では、どちらのスリットを光が通ったかわからない、という話がある。
今図のように中央に光がやってきたとしよう。上のスリットを通った時ならば光はスリット部分で下向きの運動量を与えられたことになるし、下を通ったならば 上向きの運動量を与えられたことになる。運動量は保存するから、その分スリットが上下動するはずだ。では、スリットの上下動を観測することで上のスリット を通ったのか下のスリットを通ったか判断できるのか?
光子の持つ運動量を[h/λ]として、この問題を考察せよ。
ヒント:スリットの上下動を観測するためには、スリット自体の運動量をどの程度正確に測定しなければいけないかをまず考えよ。
その時、スリットの位置はどの程度正確に測定できるかを考えよ。

Footnotes:

4電子顕微鏡は電子波 を使って微小なものを見る。電子波の波長は光よりはるかに短い。
5∆x∆p > [hbar/2]は粒子の存在の広がりについての式であ る。観測することによって状態が乱されることによる不確定性については、∆x∆p > [hbar/2] とは少し違う関係式が成立することがわかっている。


学生の感想・コメントから

 光がレンズを通る速さとレンズの真ん中を通る速さが違うというのが、光速度不変という事実と 矛盾していて意味がわかりません。
 相対論でいう光速度不変は、真空中の話。レンズはガラスなので、そこを通 る時の光速は遅くなります。中心に近いほど、レンズが厚いのでその分光が遅れる。

 なんだかわか らない。難しい(多数)。
 ややこしいところに入ってきたのでわかりにくいかと思いますが、次でもう 少し整理します。

 ガンマ線用の レンズが作れないということは、波長が短すぎて屈折しきれないんですか?
 波長が短いので、粒子性と波動性では粒子性の方が強く表れるのです。だか ら屈折できない。たとえばガラス中で屈折するのは、ガラスを作っている物質が電磁波である光に反応して振動してまた電磁波を出すという現象のせいですが、 ガンマ線のような光ではそういう現象が起きない。

 箱の中で定常波になるのは、境界条件のせいですか?
 そうです。両端で反射するから、両方向の波が重なりあい、定常波になりま す。

 天体望遠鏡の口径が大きい理由は分解能のためだったんですね。光の量とかの関係だと思ってま した。
 それもあるかもしれませんが、やはり分解能を高めるという点が大きいです ね。天体の場合、φがとても小さいので。

 原子核の回り を回る電子の広がりは、いままでのイメージだとxy面だけみたいですが、z方向もあるのですか?
 もちろんあります。3次元的に広がってます。いずれそのあたりもちゃんと やります。

 波を観測する と縮んでしまうというのがよくわからなかった。
 これは「なぜ、いかにして」という点がまだわかってない問題ですから、わ からなくてもしょうがありません。事実として受け止めましょう。

 確定できない のは位置と運動量だけなのでしょうか?
 他にもエネルギーと時間の間に不確定性があったりします。

 不確定性関係にはΔtの入った式もありませんでしたか?
 ΔEΔt>hという式もありますが、今日の話とは別の式です。

 量子力学で電 子は波でもあるとわかったけど、物理を初めてやる時に粒子だという概念をうえつけるのは、その方が理解しやすいからですか? 最初から量子力学やれば、本 当のことがわかるのに、と思ったのですが。
 実際のところ「粒子でも波でもある」ということになりますから、いきなり それから説明しても初めての人は混乱してしまうんじゃないかな??

 陽子の広がりは考えなくてもいいんですか?
 考えなくてはいけないのですが、陽子は重い(質量が大きい)ので、ほんの 少しの動きで大きなΔpを作ることができます。そのため、電子に比べると広がり(Δx)が小さいのです。

 電子の位置を特定したらノーベル賞もらえますか。
 確実にもらえます。「できるものならやってみろ」と言いたいですね (^_^;)。




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On 9 Jun 2006, 18:13.