第1章 はじめに-なぜ相対論が必要なのか?
授業の始めに、この授業でどんなことをやるのか、どうしてそんなことを勉強しなくてはいけないのか、という点について、ざっと述べておく。
1.1 「相対論的」考え方
この授業の内容は名前の通り「相対論」である。相対論には特殊相対論と一般相対論があるが、こ
こで扱うのは特殊相対論の方である。「特殊」とつくから難しいと思ってはいけない。たいてい物理では「一般」とつくものの方が難しい。「一般」なものは解
くのが難しいので、問題を「特殊」なものに限って解きやすくするのは、物理の常套手段である。相対論の場合も同様で、特殊相対論の方が圧倒的に簡単であ
る。
「相対論」というのはどのような学問なのか。「相対」の反対は「絶対」である。相対論は「絶
対」の否定として生まれた。この場合の絶対とは、ニュートンの言う「絶対空間」「絶対時間」の「絶対」である。ニュートンはニュートン力学を作るとき、宇
宙には基準となる座標系が存在していると考えて、それを絶対空間と呼んだ。
ニュートンより少し前に、地球を中心とし、太陽がその回りを回っているという天動説から、太
陽を中心とし、地球がその回りを回っているという地動説への変換(コペルニクス的転換と呼ばれる)があった。これは、当時の人が考えていた「絶対静止」の
原点が地球から太陽へと移動したことに対応する。今では太陽は銀河系に属し、銀河系は回転しているし、さらに銀河系全体もグレート・アトラクターと呼ばれ
る大質量天体1に向かって落下していることもわかっている。もはや絶対静止の原点は太陽ではなく、銀河系ですらない。いやそれよりも、「絶対静止」などというものを考えてはいけない。むしろ、
世の中に「自分は絶対静止している」と主張できるものなどない
というのが相対論の主張である。
ここで、「宇宙で静止しているものは何かが判定できるか」という問題を考えてみよう。
話を簡単にするため、宇宙には地球とその表面の物体しかなく、地球は自転も公転もしていないと
しよう。この孤独な地球の上にあなたが住んでいて、今電車に乗っているとする。電車が加速も減速もせず曲がりもせずにスムースに走っている時、電車の中で
あなたがする行動(本を読んだりあくびしたり、あるいはすいていればキャッチボールだって)は、家の中での行動と同じように、何の支障もなくできるはずだ2。
この現象を「宇宙が止まっていて、電車が等速運動している」と考えることもできるし、「電車が止まっていて、宇宙全体が逆向きに等速運動している」と考え
ることもできる。どちらで考えても、電車内で起こる物理現象は同じである。つまり、どっちが静止しているのか、判断する方法はないのである。
ここで、「 でも電車はモーターで動かしているが、だれも宇宙を動かしてないではないか」
と思う人もいるかもしれない。だがそう思った人は、絶対とか相対とか言う前に、ニュートン力学の理解が足りない。物体が動くのに、力はいらない。物体の運
動を変化させる時(加速度がある時)に力が必要なのである。だから宇宙の全てが整然とある方向に等速運動している限り、誰も力を出す必要はない。整然とあ
る方向に等速運動している宇宙の中で、宇宙と同じ速度で動いていた(ということはつまり「駅に停車していた」ということだ)電車が止まる(ということはつ
まり、「宇宙に対して動き出す」ということだ)ためには力が必要なのである。もちろん現実の電車においてはまさつ力という「運動を妨げる力」が存在してい
るので、等速運動を続けるためにはモーターが力を出す必要がある。しかしこれは電車が止まっていて宇宙全体が動くとう考えても同様である。動き続ける宇宙
からまさつを受けて動き出したりしないように、電車を止め続ける力をモーターが出しているのだ、と解釈できるのである。
左図の図のような運動(電車を人間が押したら動き出した)を地球静止説に立って解釈すれば、
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静止している電車(質量m)のモーターがFの力をΔt秒間出した。
電車の速度はVになったとすると、運動方程式は
となる。
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となるだろう。
一方、同じ運動を、速さVで右に動きながら観測したとしよう。すると、今度は最初電車が左に速さVで走っていることになる。
この場合の解釈は、
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地球も電車も、最初-Vの速度で走っていた(マイナス符号は逆向きを表す)。電車のモーターはFの力をΔt秒出したので、電車は静止した。
という式が成立している。
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となるだろう。この二つの記述は結局は同じ式となり、等価である。だから、どちらを正しいかを判定することはできない。どちらも正しい のである。
どちらの記述でも同じになる理由は、運動方程式が「加速度」すなわち「単位時間あたりの速度の変化」で書かれているからである。
これに捕捉して、「時速300キロの新幹線の中で時速4キロで歩くと、速度304キロを獲得した
ことになるが、だからと言って時速304キロ分の大きな力が必要だというわけではない。時速を300→304に変える、その変化分の分だけ力が必要なので
あり、それは静止→時速4キロの時と同じ力である。つまり力は速度に比例するのではなく、速度の変化に比例する」という話をした。
この事実は、たいへんありがたいことでもある。力学の問題を解く時、いちいち「静止しているの
は何なのか」を見定めなくてはいけないとしたらどうだろう?-
運動方程式をたてるたびに、地球の自転公転、太陽の固有運動、銀河系の回転、銀河系の運動を全部考慮に入れなくてはいけないなんて、とてつもなくめんどう
なことになるだろう3。そういうことを気にせずに「座標原点を床の上に置いて」などと適当な位置に原点を設定できるのは、運動方程式が加速度で書かれているおかげである。
逆にこのありがたい性質のおかげで「地球は太陽の周りを回っている」ということが納得しづらいものになっているのである(慣性の法則を発見したガリレイが
地動説をとったことは偶然ではない)。天動説から地動説への転換の時、「太陽が動いているのではなく、地球が動いているのだ」ということが確立されるまで
に長い時間がかかったことを考えてみれば、二物体が相対的に運動している時、ほんとうに運動しているのはどっちかを認識するのがいかに難しいかということ
がわかるだろう。なお、より厳密に言えば、「太陽・地球」系で動かないといっていいのは太陽でも地球でもなく、この二つの重心である4。
ニュートンは太陽でも地球でもない、絶対静止の基準となる空間があるという仮定のもとにニュートン力学を作った。しかし実際には、ニュートン力学の成立の
ために絶対空間の仮定は必要ない。宇宙全体が平行に等速運動していたとしても、我々には力学的にそれを知る手段がないからである。より詳細な、数式を使っ
た考察は次章からに回すが、とにかくここまででわかることは、力学においては「絶対空間」は存在していないらしい、ということである。
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[問い1-1]
小学生から、
「電車の中で垂直にジャンプすると、ジャンプしたその場所の床におりてくる。でも、電車はジャンプしてからおりるまでの間にも走っているんだから、着地する場所はジャンプした場所より後ろになるような気がする。どうしてそうならないの?」
と質問されたら、あなたはどう答えるか?
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今日の宿題はこれ↑
1.2 電磁気学での「絶対空間」
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世紀終わり頃、物理学者は力学に「絶対空間」がないことには気づいていたが、電磁気学では「絶対空間」があるのではないかと考えていた。その絶対空間の指
標となるものが光の媒質である「エーテル」である。光が電磁波と呼ばれる、電気と磁気の波であることはマックスウェルによって発見された。波ならば媒質が
あるはずであり、媒質が運動すれば波の速度は変化すると考えるのはある意味当然である。つまり、音が風下の方に速く伝わるのと同様の現象である。しかしこ
の「エーテルの風」を検出しようという試みは失敗し、電磁気学にも「絶対空間」がない(あるいはあっても検出できない)ことがわかった。どのようにしてわ
かったのか、詳しい内容は後で解説する。とにかく、絶対空間は検出できなかった。「ならば全く絶対空間などないような理論を作ってしまえ。」というのが「相対論的」な考え方である。
ちなみに、16才の頃に「光の速さで動いたら、電磁波は波の形が静止しているように見えるのか?」と疑問に思ったことが、アインシュタインが相対論を作る
そもそものきっかけだったという話がある。アインシュタインはこの疑問を考え続けた結果相対性理論に達した(らしい)。
もう一つ、アインシュタインが疑問としたのはおなじみの電磁誘導をどのように解釈するかである。アインシュタインの考察した現象とは少し違うが、以下のよ
うな現象を考えよう。磁石にコイルを近づける(左図)、あるいはコイルに磁石を近づける(右図)、このどちらを行ってもコイルには電流が流れる。この二つ
の現象は、「相対的に」考えるならば、全く同じものである。というのは、左図の状態を、コイルと同じ速さで同じ方向に動いている人がみれば、まさに右図の
状態が見えるはずだからである。しかし電流の発生する原因の解釈は同じではない。
右図の場合、コイルに電流が流れる理由は、「磁束密度の変化によって渦を巻くような誘導電場が発生したから」(rot→E = -[(∂→B)/(∂t)])である。一方、左図の場合、電流が流れる理由は「磁場中を電子が下向きに動いたので、ローレンツ力によって電子が動かされたから」である5。
くわしい計算は後でもう一度実行するが、どちらの立場で計算しても流れる電流は同じになる。こ
のように、同じ現象のように見えるのに、違う物理法則によって起っているかのごとく、説明が2種類ある。これはアインシュタインにとっては受け入れがたい
ことであった。アインシュタインによる特殊相対性理論の最初の論文のタイトルは「運動する物体の電気力学について」(Zur
Elektrodynaik bewegter
Körper)という、どちらかというと地味なものであるが、それはこのような電磁気に関する疑問から話が始まっているからである。
以上のように、相対論の目指すことは、「どんな立場で見ても物理法則は同じである」というこ
とである。動いている場合と止まっている場合は区別できず、「動いている時のための物理法則」を別に用意する必要はない。前節でみたように、力学の法則は
そうなっているが、電磁気の法則はそうなっていない(ように見える)。
そこで、「
力学的に見ても電磁気的に見ても、絶対空間が存在しないような理論はどんなものか?」という問いが生まれる。今回は理論的な興味にしぼって話をしたが、実
験的にも電磁気学に絶対空間が存在しない(少なくとも、感知できない)ことがわかっている。電磁気学から絶対空間を消すことが必要なのである。そういう意
味で、電磁気学は相対論なしには不完全なのであって、上の疑問はなんとかして解決されねばならない。
具体的にどのように相対論がこの疑問に答えたのかはこの講義の中で明らかにしていく。とりあ
えずここまででわかるように、その理論は動きながら見ると磁場が電場に見えたり、その逆が起こったりと電場と磁場をまじりあわせるような、そういう理論に
なる。しかし最終的結果はそれだけにとどまらない。電磁気学から絶対空間がなくなるように理論を修正すると、結果として力学も修正されてしまう。それどこ
ろか、物体の長さを測る尺度というものが観測している人の状態によって変化しなくてはいけないことがわかる。具体的には「運動しながら見ると(あるいは物
体が運動すると)物体が縮む」のである。さらに、相対性理論は「絶対空間」のみならず「絶対時間」も否定することになる。立場が違えば時間すら、同じもの
ではないことがわかったのである。「運動していると時間が遅くなる」という結果も出るし、「ある人にとって同時に起こったことが、別の人にとっては同時で
はない」ということも起こる。
具体的にどのようにしてこのような(一見)不思議な結果が出てきたのかは後で詳しく述べる。
ここまでの話を聞くと、ずいぶんおかしな、突拍子もないことをやっているように思えるのではないかと思う。しかし実際には、相対論ができあがる過程は非常
に確実なものであり、一歩一歩理解していけば難しいところも論理の飛躍もない。ちゃんと講義を最後まで聞いていけば、あなた方も16才のアインシュタイン
の疑問に答えることができるはずである。今回だけ聞いて「わからない〜」と根をあげないように。
学生の感想・コメントから
光の速度が地球の運動に関係なく変化しないということは不思議だと思った。なぜそうなるのか知りたい。授業が進めばわかるんでしょうか(同様の感想多数)
不思議に思って当然です。私も昔は不思議でした。なぜそうなってしまうのか、あるいはそう考える
ことで何がわかるのかは講義の中で説明していきます。ただ一つ覚えておいてほしいことは「たとえ不思議だろうが、いかに直感に反しようが、実験で確認でき
たことは否定できない」ということです。疑問にも不思議に思うことにもいろんなレベルがありますが、結局最後は「いろんな実験のどれを見てもこうなってい
る」という形で納得してもらうことになるかもしれません。
音波の場合、音源が等速運動していても音速が変わらないのはなぜですか。
いったん音源を離れてしまった音は、その場所の空気の振動です。空気がどんなふうに振動するか
は、その場所の空気がどんなものか(重い空気か軽い空気か、あるいは圧力が高いか低いかなど)には関係しますが、「何が音を出したのか」ということとは関
係ありません(もはや音源とは接触もしていないのですから)。
今では「エーテル」はないと考えていいんですよね?
はいその通りです。
先生は一般相対論はどのくらい理解できますか?
だいたいわかってます。
特殊相対論の話は少しは聞いたことがあったが、電磁誘導は知らなくて、言われてみれば不思議に感じた。
実は相対論というのは電磁気学の延長上に作られているので、電磁誘導などの話から入るのが本筋なのです。
コイルと磁石を使った実験で、コイルが動く場合は、やはりコイル内を貫く磁束の量は変化すると思う。
もちろん変化します。問題は、マックスウェル方程式などの電磁気の法則が、「コイルが動いたせいでコイルを貫く磁束が変化しても電磁誘導が起こる」という形になっていないことです。rot→E = -[(∂→B)/(∂t)]という法則はあくまで「ある場所の磁場が変化した時に電場が発生する」という法則なのです。
磁石の動きと同じ運動をしている人が見ても磁場自体に変化が起こるから、相対論をひっぱりだしてこなくてもいいんではないんですか?
その磁場の変化というのは電流が流れることによって発生する磁場のことでしょうか?
だとすると「そもそも電流が流れるのはなぜ?」というところを説明できないといけませんし、それだけでは計算があいません。
レポートが多そうなので単位が取れるかどうか心配になってきた。
レポートとかをちゃんとやって計算練習をしておかないと、理解できなくて結局試験で点が取れなくなって単位がなくなります(これまでの私の経験上)。
力学も電磁気も不完全ということは、限られた条件のもとでしか使えないということですか?
ニュートン力学に関しては、物体の速度が光速より充分遅いという条件がないと使えません。電磁気は相対論と組み合わせて使えば完全です(古典力学としては)。
マックスウェル方程式がどんなだったか忘れてしまった。電磁気を勉強しないと(同様の感想多数)
電磁気学、そしてマックスウェル方程式は、物理の基礎ですから、たとえ相対論を勉強しなくても必須のものです。マックスウェル方程式などについては、相対論の授業の中でも触れていくことにします。
以前はなぜ絶対空間があると思っていたのかわからなくなった。やはり静止が物事の基本的な姿だと思っていたからかと思う。どのような環境(教育)に育っても自ずと絶対空間を信じてしまうのだろうかと思った。
難しい問題ですね。しかしやはり人間の素朴な感情としてはまず絶対空間が存在すると思ってしまうんじゃないかと思います(宇宙人がどうなのかまではわからない)。
光は電磁波なら、電気か磁気ってことなんでしょうか?
「電気か磁気」じゃなく、両方です。電場と磁場の両方が違いに影響しながら進んでいく波が電磁波。
ニュートン力学の考え方を崩していくように言ってましたが、そうすると今まで学んできた固定概念はない方がいいんですか?
一部の固定概念はひっくり返してもらわなくてはいけません。でも学んできた概念の大部分は相対論以後も使えるはずです。取捨選択しましょう。
ずっと若くいるためには、光と同じ速さで動いていればいいんですか?
光と同じ速さで動くと時間がたたないので、年もとりませんが何も経験できません。相対論で「年を取らない」という話は、実はその分経験できる時間も減っているので、得しているわけでは全然ないのです。
Footnotes:
1グレートアトラクターは、約2億光年向こうにある正体不明の天体で、近くの天体はこの天体に向かって移動しているらしい。
2電車が揺れている、などと言うなかれ。それは加速減速のうちだから、今はないとしている。
3厳密に考えると、自転公転などの回転運動は「遠心力」や「コリオリの力」などの効果を生むので、考慮する必要がある。
4ティコ・ブラーエは地球が静止して太陽がその回りを回り、その太陽の回りを地球以外の惑星が回るというモデルを唱えていたと言う。これは「地球が動いているとしたら、星の位置が変化するはずだ」と考えたからである
5左図の場合でも、
「コイルを通る磁束」が増加したから起電力が発生した、と考えて問題を解く場合があるが、それは右図と同じ結果が出ることを知っているからできることであ
る。左図の場合に実際に起こっている物理現象は、コイル内の電子がローレンツ力を受けて運動したということなのである。
File translated from
TEX
by
TTHgold,
version 3.63.
On 19 Apr 2005, 10:18.(TTHで出力したものをmozilla composerで編集しています)