相対論講義録2005年第5回

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4.2  電磁誘導の疑問

磁石とコイルの相対運動 
  第1章 で概要だけ述べた、電磁誘導に関する疑問について、ここでくわしく考えておこう。図のように、二つの現象を考える。左の図では、コイルが磁石に近づき、右 の図では、磁石がコイルに近づく。二つの現象は、見る立場を変えれば同じ現象であり、結果として「コイルに時計まわりの電流が流れる」という点でも同じで ある。しかし、その記述は同じではない。
右図の場合であれば、それはコイル内の磁束密度が時間変化するということからくると解釈される。すなわちMaxwell方程式のrotE = −[(∂B)/(∂t)] にしたがって、磁束密度が変化している場所には電場の渦が発生していて、その電場によってコイル中の電子が力を受け、電流となる。よく知られているように、この時に発生する電位差は、ファラデーの電磁誘導の法則V=−[(dΦ)/(dt)]によって求められる。ここでΦは回路内をつらぬく磁束であり、Vの符号はΦに対して右ネジの向きに電流を流そうとする時にプラスと定義される。



[問い4-1] rotE = −[(∂B)/(∂t)]からV=−[(dΦ)/(dt)]を導け。



磁場の変動による電場
 この時に起こっていることはあくまで「磁束密度の変化→電場の発生」という現象である。
 では左図はどう解釈されるか。この場合は各点各点の磁束密度は変化していないので、電場などは発生していない。
rotE=−[(∂B)/(∂t)]の右辺はまじめに書くと−[∂/(∂t)]B(x,y,z,t)であり、ある一点(x,y,z)にある磁束密度の時刻tでの値の時間微分×(−1)である。コイルの方が動く時、これは0である。「コイルを通る磁束は時間的に変化しているのではないか」と疑問に思う人がいるかもしれない。確かに変化しているが、この式のBは「ある点(x,y,z)の時刻tでの磁束密度」という意味なのであって、「コイルを通る磁束の磁束密度」という意味はないのである。

 コイルが動く場合で、レンツの法則とか使ってやるのは駄目ということですか?
 左図のような問題で、コイルが動く場合でも「磁束が変化するから」として右図と同じ計算ができる のは、見る立場を変えても大丈夫(左でも右でも同じ計算が成り立つ)ということを知っているからできること。ここではそれができるかどうかを確かめていま す。だから安心してレンツの法則使ってもいいけど、そのためにはこういう考察が必要だということ。
 ではコイルが動く場合にも電流が発生するのはなぜか。磁場中を電荷qが速度vで運動すると磁場とも運動方向とも垂直な方向にローレンツ力qv×Bを受ける。この力は電子がコイルをぐるぐるとまわすような方向に働くので、電流が流れる。つまりこの場合、電場などは発生していないが、磁場によって電子が力を受けることによって、電位差が発生したのと同じ効果があらわれて電流が流れていることになる。



[問い4-2]
コイル内の電子に働くローレンツ力   この考え方で、電子に働く力を計算し、電子が回路を一周する間にこの力がする仕事を計算せよ。この仕事を単位電気量あたりに直したものが、V=−[(dΦ)/(dt)]と等しいことを導け。
ヒント:磁場Bは真上を向いていないので、上向き成分Bと外向き成分Bに分けてみよ。電子に働く力に貢献するのは
Bの方であるから、Bを使って仕事を計算せよ。 一方、コイルが動いたことによってコイル内から出る磁束(=磁束密度×面積)がどうなるかを、図から計算してみよ。



 このように、マックスウェル方程式を使った計算では、どちらの立場にたっても同じ答が出てくる。これはたまたまうまく行っているなのか、それとも必然的にそうなっているのか?
 もちろん、「たまたま」などではなくこうなることには意味がある、というのが相対論の立場である。

4.3  マックスウェル方程式をガリレイ変換すると?

電磁波の発見者としても名高いヘルツ(Hertz)は、動いている人から見たらマックスウェル方程式はどのように変化するのか、ということを考えて、マックスウェル方程式をガリレイ変換した方程式を導いている。
3次元のガリレイ変換を
x'i = xivi t    または   xi = x'i+ vi t′,      t′=t
(4.5)
と置く。そして、この(x′,t′)座標系では普通のマックスウェル方程式が成立するとしよう。では(x,t)座標系ではどんな方程式が成立するだろう?
これは座標変換(xi,t)→ (x'i,t′)であるが、この時微分[∂/(∂xi)],[∂/(∂t)]はどのように変化しなくてはいけないかを考えてみる。一般的な微分の公式から



x'i
=

xj
x'i


xj
+t
x'i


t
=
xi


(4.6)




t
=

t
t


t
+xj
t


xj
=
t
+ vi
xi


(4.7)
がわかる。

 このあたりの計算がよくわからないという人もいるようなので、アインシュタインの既約などを使わずに書き下そう。 (4.6)は




x'i
=

x1
x'i


x1
+ x2
x'i


x2
+ x3
x'i


x3
+ t
xi


t
=
xi


(4.6')

を短縮して書いたものである。たとえばi=1であれば、
x1
xi

のみが1で、他は0である。つまり、

x1
だけが残る。i=2,i=3の場合も同様。よって


x'i
=

xi


となる。

 (4.7)の方は




t
=

t
t


t
+x1
t


x1
+x2
t


x2
+ x3
t


x3


(4.7')
であるから、




t
=



t
+ v1

x1
+ v2

x2
+ v3

x3


(4.7'')
となることがわかる。アインシュタインの既約を使ったテンソル計算が苦手だという人は、いちいちこのように展開して書いてみるとよい。そうすればどういう計算をやっているかもわかるようになるし、アインシュタインの既約のありがたみもわかるだろう。

微分の方向の図

 つまり、xによる微分とx′による微分は同じもので、tによる微分とt′による微分が変化する。座標はxが変化してtは変化していないのだから、奇妙に思えるかもしれない。しかし[∂/(∂t)] ≠ [∂/(∂t′)]であることは、[∂/(∂t)]が「xを一定としてtで微分」であり、[∂/(∂t′)]が「x′を一定としてt′で微分」であることを考えれば、納得がいくだろう。右図からわかるように、「x一定としてtが変化する」場合と「x′一定としてt′が変化」する場合では移動方向が違うのである。
逆に、[∂/(∂x)]が「tを一定としてxで微分」であり、[∂/(∂x′)]が「t′を一定としてx′で微分」であることを考えれば、この二つは同じものであることも納得できる。



[問い4-3] x'i=xivitに[∂/(∂t′)] = [∂/(∂t)]+vj[∂/(∂xj)]をかけると0になることを確認せよ。

この問題は授業中にやった。具体的に計算してみれば明白。



 では方程式を作っていく。ここで、電場や磁場の値は運動しながら見ても変化しない(どちらの座標系でも同じ値を取る)と仮定する。空間微分は変化しないから、divB=0やdivE=0はx′系でもx系でも同じ式である。時間微分を含む方程式であるrotE = −[(∂B)/(∂t)] などを考えていこう。
(x′,t′)座標系を「マックスウェル方程式が成立する座標系」と考えたので、たとえばz成分の式として、

Ey
x
Ex
y
= −Bz
t

(4.8)
が成立している。これをガリレイ変換すれば、


Ey
x
Ex
y

= −Bz
t
vx Bz
x
vy Bz
y
vz Bz
z


= −Bz
t
vx Bz
x
vy Bz
y
+ vz Bx
x
+ vz By
y


= −Bz
t
vx Bz
x
+ vz Bx
x
vy Bz
y
+ vz By
y


(4.9)
ここで、1行めから2行目では[(∂Bz)/(∂z)] = −[(∂Bx)/(∂x)] −[(∂By)/(∂y)]  (divB=0)を使った。
v×Bというベクトルを考えると、これのy成分が vz Bxvx Bz であり、x成分がvy Bzvz Byである。ゆえに上の式は

Ey
x
Ex
y
= −Bz
t
+
x
(
v
 
×
B
 
)y
y
(
v
 
×
B
 
)x
(4.10)
となる。 x,y成分に関しても同様の計算をすれば、この3つの式が
rot
E
 
= −
t


B
 
+ rot(
v
 
×
B
 
)
(4.11)
とまとめることができることがわかる。ここで、計算の途中でvと微分の位置を取り替えていることに注意。これはvが定数で、微分したら零だからできることである。Bと微分との順番は安易に取り替えてはならない。

【補足】この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。
ベクトル解析を使って計算するならば、




 
×
E
 

=−
t


B
 
+
v
 
·

 


B
 


=−
t


B
 
+
v
 
·

 


B
 
−(



 
·
B
 

=0 
)
v
 


(4.12)
と、0になる項を付け加えた後で、公式


P
 
×(
Q
 
×
R
 
) =
Q
 
(
P
 
·
R
 
)−(
P
 
·
Q
 
)
R
 

(4.13)
を使えばすぐに(11)を出すことができる。ただし今の場合はP=∇,Q=v,R=Bであるが、∇によって微分されるのはBだけだという点に注意しよう。

【補足終わり】
rotH = [(∂D)/(∂t)]+jの方は、

rot
H
 

=

D
 

t
−rot(
v
 
×
D
 
)+
j
 
+ ρ
v
 


(4.14)
となる。この計算は(4.11)を出したのとほぼ同様である。違いは符号と、divDが0ではなくρになるために最後の項がついてくることである。
 よって、x系で成立する方程式は

div
B
 
=0
     rot
E
 
=−

B
 

t
+rot(
v
 
×
B
 
)


div
D
 
     rot
H
 
=

D
 

t
−rot(
v
 
×
D
 
)+
j
 
+ ρ
v
 


(4.15)
となる。これをヘルツの方程式と呼ぶ。ここで、x′座標系での電場や磁場の値は、x座標系での値と全く同じであると考えて方程式を出していることに注意せよ。実際にこうなのかどうかは、実験的に検証する必要がある。
 この章の最初の疑問に対して、ヘルツの考え方はどのような答えを出すだろうか。4.1節では、(x,t)系がマックスウェル方程式が成立する座標系で、(X,T)系がその系に対して速度cで動いているとして、座標変換をX=xct(この逆変換はx=X+cT)と考えた。ヘルツの方程式の導出ではx′=xvtとして、x′系がマックスウェル方程式の成立する座標系(エーテルの静止系)であったから、対応((x,X)↔(xx))を考えると、ヘルツの方程式にあらわれるvv = (−c,0,0)であることがわかる。4.1ではエーテル静止系はとまっていて、観測者が速さcで右側に動いていた。逆に考えると、観測者から見てエーテル静止系が速さcで左側に動いている。一方、4.3では、観測者に対してエーテル静止系が右に速さvで動いている、と考えればわかりやすい。
 よって、(X,T)座標系での電磁場


E
 
=(0,E0 sinkX,0),    
B
 
=(0,0, E0
c
sinkX)
(4.16)
の満たすべき方程式は、ヘルツの式でv=(−c,0,0)とした方程式である。
v×Bを計算すると、
(
v
 
×
B
 
)X = 0,   (
v
 
×
B
 
)Y = E0 sinkX,   (
v
 
×
B
 
)Z = 0
(4.17)
となって、Ev×Bが等しいということになる。Bは時間によらないのだから、この電磁場は(4.11)を満たしている。 (4.14)も同様である。したがって、ヘルツの方程式が等しいとすれば、「止まっている電磁波」は存在することになる。



[問い4-4] 上で確認したのは速度vがちょうどcの時であったが、そうでない場合、電場や磁場はどんな式になるか。そして、それはヘルツの方程式を満足しているか。



4.4  エーテル-絶対静止系の存在

 こうして、マックスウェルの方程式とヘルツの方程式という、二つの方程式が出てきた。どのようにしてヘルツの方程式が出てきたかを思い出そう。互いにガリレイ変換x′=xvtで移り変わる二つの座標系を用意し、x′系ではマックスウェル方程式が成立すると考えて、x系で成立する方程式を求めた。これがヘルツの方程式である。つまり、宇宙には特別な「マックスウェル方程式が成立する座標系」x′があり、その特別な座標系に対して運動している座標系ではヘルツの方程式が成立する。そして、それぞれの座標系から見てマックスウェル方程式が成立するx′系がどう運動しているのかを示すのがvである。
 ここで、光同様に波である、音の場合を考えてみよう。音は「空気の静止系」では周囲に均等な速度で伝播する。しかし、「空気の静止系が速度vで動いているように見える座標系」つまり「風が速度vで吹いている座標系 」では、風に流される。つまり、音の伝播は「空気の静止系」とそれ以外の座標系では、違う法則にしたがうのである。それと同様に、「マックスウェル方程式が成立する特別な座標系」がどこかにあり、それ以外の座標系ではv ≠ 0のヘルツの方程式を使わねばならない。
エーテルの風?
 音に対する空気のように、光に対して「エーテル」と言う媒質を考えると、「エーテルの静止系」(今の場合x′座標系)でのみマックスウェル方程式が成立するということになる18
 空間はエーテルに満たされている。このエーテルの振動が光であり、エーテルの静止系ではマックスウェル方程式が成立する。音が空気の振動であるように、光はエーテルの振動だと考えたのである。そして、ヘルツの方程式にあらわれるvは、エーテルの運動速度である。エーテルが動いていれば、光はエーテルの運動方向には速く、逆方向には遅く伝わる。
 これがほんとうだとすると、マッハによってニュートン力学から追放されたはずの、「絶対空間」 が電磁気学の世界で復活してきたことになる。と同時に我々は電磁気の問題を解く時常に「エーテルの風は吹いているのか?」と問いかけなくてはいけないこと になる。エーテルの風の速さvがわからないと式がたてられないのである。



[問い4-5] x座標系では光の速度は方向によって違うため、静止した光源から出た光は光源を中心とした円にはならない。一方、x′座標系で見ると、光はどの方向にも均等に広がる。ではx′座標系で見た時、光の波の形が同心円にならない理由は何か?



 周期表で有名なメンデレーエフはエーテルに原子番号「0」を与えたという。エーテルがもし存在するとしても普通 の物質とは全く違う性質を持ったものであることは間違いない。まず光は横波であるから、エーテルは固体のように変形に対して元に戻ろうとする性質(弾性) を持っていなくてはいけない(液体や気体中は横波は伝わらない)。光が秒速30万キロという速いスピードで進むことは、エーテルが非常に固い物質であるこ とを示している。しかし、すぐ後に示すように、エーテルが満ちていると考えられる「真空」中を、物体は抵抗なく進むことができる。固いのに抵抗がないとは いったいいかなる"物質"なのであろうか?
 このように考えていくと、「光も波なのだから媒質となる物体が存在しているだろう」という素 朴な考え方が、むしろ非常識な結果を生むことがわかる。では実際にはこの非常識なエーテルなるものは存在するのか、それともないのか、それを決めるのは実 験である。そのための実験としてもっとも有名なのがマイケルソン・モーレーの実験の実験なのだが、これについては次章で述べるので、この章の残りの部分で はそれ以外の実験においてもヘルツの方程式を採用すべきか否かについてある程度の情報が得られることを示そう。

4.5  ヘルツの方程式の実験との比較

  時間がなかったこともあって、授業では、この節の内容のうちフィゾーの実験について触れ、「ほら、エーテルがあるとするとこんなに不思議でしょ、悩ましいでしょ」という話をしただけに終わった。

レントゲンによる実験 
 ヘルツの方程式が正しいかどうかを判定できる実験として、レントゲン(Röntgen)とアイフェンヴァルト(Eichenward)による、回転する誘電体の実験がある。図のように誘電体を半径Rの円筒形にして、軸方向に磁場をかけておいて回転させる。
 エーテルがこの回転する誘電体と一緒に運動しているとすれば、ヘルツの方程式の中のvには、各点各点の回転速度を代入すればよい(これで本当にいいのかは再考が必要)。磁場が一定だとしてヘルツの方程式(4.14)はこの場合、
rot
H
 
= −rot(

v
 
×
D
 
)

(4.18)
となるから、


H
 
= −
v
 
×
D
 

(4.19)
が一つの解である。この式にはrotをかけて0になる量を足すだけの自由度があるが、そんな項がついていたとしたら、H=−gradφで表すことができる静磁場が重ね合わされるということである。静磁場がない状況を考えているならばこの項はない。
 これにより、円筒が角速度ωで回っているとするならば、表面には大きさRωDの磁場が発生することになる。ところが実際に測定された磁場は[(ε−ε0)/ε]RωDであった(εは誘電体の誘電率、ε0は真空の誘電率)。ここではまだ書かないが、もちろん相対論を使った計算ではこの結果に一致する答えが出る。
ウィルソンの実験
 上で電場中で物体を回転させて磁場を作ったことの逆で、物体を磁場中で回転させて分極を作る実 験がある。この現象については、アインシュタインとラウプがローレンツ変換を使って磁場中で動く磁性体の分極を計算している(1908年)。W.ウィルソ ンとH.A.ウィルソンが実験で確認した(1913年)。この実験結果も、素朴にヘルツの方程式を適用した計算とは合わないが、相対論的計算ならば合う。
 ここでは「誘電体が回転している速度をヘルツの方程式のvに 代入する」という計算をやっているが、物体が動いてもその場所のエーテルは動かないのかもしれない。実は「物体が動くとその周りのエーテルは一緒に動くの か?」ということを定めるための実験は、すでに1851年にフィゾー(Fizeau)によってなされている。彼は水中の光速度が、水が流れている時にはど のように変化するかを間接的に測定19し、静止している水中の光速をuとすると、光の進む方向に水が速さvで流れているときは
u+( 1− 1
n2
) v
(4.20)
という速度で光が伝播することを見つけた20。もしエーテルが完全に引き摺られるのであればこの式はu+vになっただろう。まったく引き摺られないのならばuとなっただろう。
 この実験の結果から、エーテルは(もし存在するのなら)水の流速の1−[1/(n2)] 倍で引き摺られることになる。この1−[1/(n2)]をフレンネル(Fresnel)の随伴係数と言う。しかし屈折率nは 通常、光の振動数によって違うので、光の振動数ごとに別々のエーテルが別々の速度で動く、ということになる。これは音にたとえれば、ドの音を伝える空気 と、ソの音を伝える空気が違う速度で運動していることである。この「エーテルの引き摺り」現象はエーテルというものを実在のものと考えることを非常に困難 にする実験事実であると言えるだろう。 
 ここ以下は授業ではしゃべってない。

 ローレンツは「ヘルツの方程式の導出では、電場や磁場の値が座標系によって変化しないと考え ている」という点に異議を唱えた。ローレンツがこの点を改良したうえで、さらに、後で述べるマイケルソン・モーレーの実験を説明するための「ローレンツ短 縮」という現象なども取り入れるように作ったのがローレンツ変換である。 ローレンツ変換はマックスウェル方程式を不変にするので、ヘルツの方程式のような新しい方程式は出てこない。そのかわり、電場や磁場は



E
 
=


E
 
+
v
 
×
B
 


(4.21)



B
 
=


B
 
1
c2


v
 
×
E
 


(4.22)
のように、座標系によって違う値を取ると考えた(この式では(v/c)2のオーダーを無視している)。
ローレンツ力とローレンツ変換 
E′とB′は、x′座標系での電場と磁場である。二つの座標系は、x′=xv tで表される座標変換でつながっている。ローレンツは各種実験をちゃんと再現できるように考えてこの変換にたどりついた。この変換によれば、ある座標系では電場がなく磁場だけが存在していたとしても、その座標系に対して速度vで動くような座標系には電場と磁場の両方が存在する。ローレンツは磁場中を動いている電荷が感じる力は、その電荷が静止しているような座標系では電場が存在していて、その電場により力を受けるからだと考えられることを示した。その力こそqv×Bであり、現在「ローレンツ力」と呼ばれている。4.2節で考えた動くコイルの問題も、(4.22)式を考えれば、「動いているコイルから磁場を見ると、そこには電場もあるように見える」という考え方で解くことができる。
 ヘルツの方程式では説明が困難であった現象を、「マックスウェル方程式+ローレンツ変換」に よってうまく説明することができた。しかしこの時点でのローレンツ変換にはいくつか不明確な点や未完成な点がある。そのためここで説明するとかえって混乱 することになりそうなので、ローレンツ変換自体の説明は少し先に延ばす。歴史的には、ローレンツが試行錯誤の末にローレンツ変換を作りあげた後、アイン シュタインが特殊相対性原理という形で、その背後にある物理的内容を明確にしてくれた。現在の我々も、特殊相対性原理の考え方を使ってローレンツ変換を考 えた方がわかりやすい。
 以上からわかるように、エーテルの静止系でのみマックスウェル方程式が成立するという考え方 は、いろいろと実験的不都合を招く。その不都合の最たるものが次の章で説明するマイケルソン・モーレーの実験である。だが忘れないでいて欲しいのはマイケ ルソン・モーレーの実験だけがエーテルの存在(絶対空間の存在)を否定しているわけではないということである。ヘルツの理論(マックスウェル方程式+ガリ レイ変換)ではどうしてもうまく説明できない実験事実がいろいろとあったからこそ、アインシュタインを筆頭とする20世紀の物理学者達はガリレイ変換を棄 却してローレンツ変換を採用し、特殊相対論を展開させた。新しい物理というのは、一つの実験だけをきっかけに一朝一夕にできあがるようなものではないので ある。

学生の感想・コメントから

 ここの「電場など」の「など」が気になります。他にあるんでしょうか?
 具体的に思いつくものはありませんが、とにかく「力を及ぼすものは(磁場以外には)ない」ということで「など」をつけました。

 ヘルツの方程式は物数で証明したことがあります。でも使わない式だとわかってがっかりです。
 今では使わない式でも、出し方や考え方には勉強すべき点はたくさんあるので、がっかりする必要はないと思いますよ。

 ヘルツの方程式が成り立たないということは、マックスウェル方程式はどの座標系をとっても成り立つのでしょうか。
 その通りです。いかにしてそうなるのか、は今後のお楽しみ。

 (4.11)式のrotv×B)はどういう意味ですか?
 どういうもこういうも。vBの外積をとってからrotをとれ、という意味です。

 昔の人はエーテルやら訳のわからないものを信じてたんですね。(似たような感想多数)
 今の感覚からすると訳のわからないものではありますが、素朴に考えると「光だって波なんだから媒 質あるでしょ」ということなんでしょう。確かにおかしなものではあります。物理歴史ではいろんな「思いこみ」が実験データが蓄積したり理論的解析が進むこ とでだんだん解消されていくということがよくあります。

 t'軸とt軸が平行でないのはなぜですか?
 t軸は「xが一定な方向」に伸び、t'軸は「x'が一定な方向」に伸びるのです。図にx'=一定の線を書き込んでみてください。

 結局、エーテルというのは存在しないのですか?
 はい、存在しません。

 (フィゾーの実験に関して)なぜ、水が動くとエーテルが一緒に動くと考えたのですか?
 「考えた」のではありません。「実験して測定した」のです。物理的事実というのは、フィゾーだろ うが誰だろうが、考えたからこうなるというものではありません。「いったいどうなるんだろう?わからんから実験してみよう」というのが最初の一歩だったは ずです。結果は「屈折率に依存する速度で少し動く」というおかしなものだったわけです。

Footnotes:

18「エーテル」は麻 酔薬のエーテルとは同じ名前だが何の関係もない。アリストレテスが天を満たしている元素がエーテルであると言っていたのにちなんでいる。ちなみに綴りは Etherで、英語読みだと「イーサ」。ネットワークのイーサネットの「イーサ」はエーテルが語源である。
19フィゾーの実験では水中を通した光と空気中を通した光で干渉を起こさせて、干渉縞の変化から水中での光速度を推測している。このあたりの実験のやり方は後で出てくるマイケルソン・モーレーと似ている。
20後で「光速度は不 変である」ということを口が酸っぱくなるほど言うので、ここで光速が変化するという結果が出ていることに、後々違和感を覚えるかもしれない。しかしここで 述べているのは物質が満ちている空間における光速であり、「光速度が不変である」と言っている時の光速は真空中のものである。


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 24 May 2005, 15:02.