相対論講義録2005年度第7回


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第6章 光速度不変から導かれること - ローレンツ変換

 ここまでで、マックスウェル方程式がガリレイ変換で不変でないということを述べた。この解釈として、マックスウェル方程式は特定の座標系でしか成立しない方程式であると考えることもできるし、ガリレイ変換が正しくない と考えることもできる。しかし前者は実験により否定されてしまったので、後者を考える必要がある。マイケルソン・モーレーおよびそのほかの実験の結果とし て「光速はどのように動きながら測ってもcである」という事実がある。つまり、マックスウェル方程式は全ての慣性系で成立していると考えるべきなのである。だから、それにあうように理論を作らなくてはいけない。よってガリレイ変換の方を修正する必要が出てくるのである。
 アインシュタインは「物理法則は全ての慣性系で同じである」という要請を特殊相対性原理と呼んだ。この物理法則の中にマックスウェル方程式も入っているとすれば、これは光速度不変の原理を含んだ原理である。そしてこの原理が成立するためには、ガリレイ変換ではない座標変換を作らなくてはいけない。
 この章では、まず図的表現(グラフ)から「光速度不変から何が導かれるか」を示そう。

6.1  同時の相対性

静止している電車
 長さ2Lの電車を考える。ただし、今はこの電車は動いていない。中央に人間が立っている。前方の端(人間からの距離L)と後方の端(人間からの距離はL で同じ)に電光掲示板式の時計があるとする。今、ある時刻(図では0時0分0秒とした)を示す時計の光は、時間L/c後(図では1秒後として書いた)に中央の人間に到達する。つまりこの瞬間(図では0時0分1秒である)、中央の人はどっちの時計を見ても0時0分0秒という目盛を読めることになる。


javaアプレット(速度0の時)
 これもjavaアプレットを使って見せた。アプレットを起動させると、左の図のように電車の両端から光(●で表した)が出て、中央の人のいるところですれ違う。
 下の方にある「もう一度最初から」のボタンを押すと、また光(●)が出るので、何度でもやってみて欲しい。これは電車が静止した状態である。
 下の方のスライダーを動かすことで、電車の速度を変化させることができる。電車の速度を変化させ つつ、何度も光を出してみて欲しい。この光は常に同じ速度で動くので、電車が動いている状態では、人の前ですれ違わなくなるはずである。アニメーションを 見ながら実感してくれればいいが、そうなる理由の説明は以下の通り。


動いている電車
 電車の前方から後方へ向かう方向へと移動している観測者がこの現象を観測したとする。この観測者から見ると、電車は前方に向けて運動しているように見える。
 ガリレイ変換的な考え方(つまりは我々の直観に訴える考え方)からすると、前方から出た光 は、観測者の運動と同方向に伝播することになるので、観測者の速度の分遅くなる。同様に後方から出た光は観測者の速度の分速くなる。一方、光が到達するま での間に電車の中央は前方に移動する。それゆえ、結局は同時刻に出た光が同時刻に中央に到達する、ということになる。この二つの図は、どちらも同じ現象を 表しているのである。上の図は止まっている電車を見ている図で、下の図は止まっている電車をわざわざ走りながら見ている図である。
動く電車と同時に到着しない光
 しかし、実験事実はこのような(直観的に正しく思える)考え方を支持しない。実験によれば光 速度は一定であるから、「後方から出た光は観測者の速度の分速くなる」などという現象は起きない。では、左図のようになるのだろうか。だが、これもおかし い。なぜなら、この図では光が中央に到着するのは同時ではない。同じ現象を見方(観測者の立場)を変えて見ているだけであるということに注意して欲しい。 中央の人は「自分には同時に光が到着した」と思うはずだ。そして、その現象は電車の中の人が見ようが外の人が見ようが変り得ない。

 たとえば、電車の人が左を向いても右を向いても0:0:0の時計を見たら「OK」と手でサインする、と決めていたとしよう。電車内の人が「OK」を出しているのに外から見ると「×」を出しているように見える、なんてことはとてもありそうにない。

動く電車と同時に到着する光
 満足のいく解釈は、前方と後方で時間がずれていると考える他はない。つまり、「同時刻」という概念は観測者に依存するのである。したがって、動いている人にとっての時刻t′が一定になる線(1+1次元で考えているので線だが、3+1で考えていれば3次元超平面)は、時刻tが一定の線に対して「傾く」ということになる。

 javaアプレットの 下の方にある「同時刻のずれ」というチェックボックスをONにすると、光(●)の出るタイミングがずれて、ちょうと人のいる所で二つの光がすれ違うように なる。時間のずれがあるとうまく「人間の前を光が通る」という物理現象の同時性が回復するということに注意。その代わり、「光が出る瞬間」の同時性は犠牲 にされていることになる。なお、javaアプレットは右下にある「アニメ」のチェックボックスをOFFにするとアニメーションではなく時間経過を表す図を 見ることができるので、そっちも見て欲しい。その状態で「同時刻のずれ」のチェックボックスをONにしたりOFFにしたりすると、同時刻のずれがないとう まくいかないことがわかると思う。

電車と光の連続写真?

 先端から出た光が遅く出るんじゃなく、後端から出る光の方がずれてはだめなんですか?
 それは相対的な問題だから、どっちをずらしても同じことです。
 ガリレイ変換の時は、t軸(x=一定の線)とt′軸(x′=一定の線)は傾いたが、x軸とx′軸は同じ方向を向いていた。しかし、相対論的な座標変換においては、t軸もx軸も、両方が傾かなくてはいけない。そうでないと、光速度一定を満たすことができない。式で考えると、これはt′の式の中にx,tの両方が入ってくることを意味する。
交差する光(止まっている電車)
 ここでグラフを描きながら、t軸とx軸が傾くことを確認しよう。作図を楽にするために、縦軸はt,t′ではなく、これに光速度cをかけたct,ct′とする。こうすると、縦軸と横軸は同じ次元になると同時に、光の進む線がグラフの上ではぴったり45度の線になる(光は単位時間にc進むから)。以後、縦軸はct軸またはct′軸である。
まず、電車が静止している座標系での、電車の先端、中間にいる人間、後端のそれぞれの軌跡を図 に書くと、左のようになる。縦の3本の線は左から、電車の後端、人間、先端の軌跡であり、斜めに走る線は光の軌跡である。A点で電車の後端から出た光と、 B点で電車の先端から出た光が、M点で人間の目の前ですれ違い、C点とD点に至る様子を表している。
動く電車動く電車と、後端からの光
 次に、同じ現象を左向きに速さvで走りながら(つまり速度-vで走りながら見る)。電車の先端、真ん中の人間、後端は右の図のような動きをする。
 さて、この図の中にABCDMの各点を書き込んでいこう。まず両方の座標系の原点をAとするこ とにして、A を書く(どこかに座標系を固定しなくてはいけないのだから当然だ)。次にA点から光を出す。光はこの座標系では常に45度の方向に進む。そしてそれが人間 の軌跡と交わるのがM点。そこを通り抜けて電車の先端の軌跡に達する場所がD点である。
 では次に、先端から出た光の軌跡を書いてみよう。ここで大事なのは、この光はM点を通過しな くてはいけないことである。なぜなら、この光が0時0分0秒の時計の文字盤からの光だとするならば、この人はこの(M点で表される)瞬間、前を向いても後 ろを向いても、ちょうど時計が0時0分0秒を示さなくてはいけない。つまり「0時0分0秒という文字盤の光」が同時にこの人を通過しなくてはいけないので ある。今考えている座標変換というのは、見る人の立場によって物理現象がどう変わってみるかを式で表すものである。「この人がどっちを向いても0:0:0 が見える」という事実はどちらの座標系で考えても成立しなくては行けない、物理的事実である。よって、M点から右下と左上に45度の傾きの線を伸ばしてい く。結果が次の図である。
動く電車と二つの光 

これから、x'-ct'座標系(電車が静止している座標系)において「同時」であるA点とB点は、x-t座標系(電車が運動している座標系)においては同時でない。
なお、同時の相対性にずいぶんこだわっていろいろ図を書いて説明しているが、それはこの同時の 相対性こそが相対論を理解するのにもっとも重要な(そして、それゆえにとっつきにくい)概念だからである。この説明で「わかった」と思えた人は、相対論理 解という山の七合目までは来ている。

 電車の速さが光速になったら、x'軸とct'軸は重なってしまうんですか?
 重なっちゃいますね。だから、光速以上ではこの座標系は使えません。座標として意味をなさなくなっちゃうので。v≧cだと困るというのは、最終的な式を見ると納得できるはずです。h
同時刻の傾きのグラフ  では次に、どれくらい座標系が傾かなくてはいけないかを作図で示してみよう。
 図の(x′,t′)座標系が電車の静止系である。x′=0の線、すなわちt′= 0の線が電車の後端の軌跡に重なるようになっている。光が中央で出会ったのは時空点Mであるとする。電車の前端からも光が出てMに到達したわけだが、前端 から光が出たその瞬間の時空点をBとした。電車の静止系で見ると、前端と後端から光が出た瞬間(AまたはB)は同時刻である。ここで、B→Mと来た光がそ のまま突き抜けて、後端に達した時空点をCとする。また、A→Mと来た光がそのまま突き抜けて、前端に達した時空点をDとする。ACとBDは、どちらも同 じ電車の一部の運動を表しているので、平行線である。また、ABとCDは、どちらも電車にとっての「同時刻」線であり、電車は一様な運動をしているのだか ら、平行線である。よってABDCは平行四辺形なのだが、ここでM点でのACとBDの交わりを考える。この二つの線分はどちらも45度の斜め線であるか ら、直交している。対角線が直交する平行四辺形は菱形である。このことは、このグラフ上におけるx′軸とx 軸の角度が、ct′軸とct軸の角度と等しいことを意味する。つまり、この図はxctという取り替え(図で言うと、45度線を対称軸とした折り返し)で対称である。
ct′軸状ではxvt=0が成立するのだから、
x v
c
(ct)=0 ↔ ct v
c
x = 0
(6.1)
という対称変換をほどこすことで、x′軸の上ではctv/cx = 0が成立していることがわかる。
座標軸の傾き
 対称変換がわかりにくい人は、こう考えよう。(x,ct)座標系で見ると、ct′軸の傾きはc/vである(つまり、ct′軸上でx方向にv進むと、ct軸方向にc進む)。式で書けば、ct′軸は
ct= c
v
x     書き直せば   x= v
c
ct
(6.2)
なのである。 一方、x′軸とx軸の傾きは、ct′軸とct軸の傾きと同じ角度であることを考えると、x′軸は(x,ct)座標ではv/cの傾きを持つ。そう考えると、x′軸は
ct= v
c
x
(6.3)
となる。
x′=0がxv/cct=0に対応し、ct′=0がctv/cx=0に対応する ということから、

x
=
A(
x v
c
ct)

(6.4)

ct
=
B( ct v
c
x)

(6.5)
となることがわかる。

 「x′=0がxv/cct=0に対応」ということと、(6.4)のつながりがよくわかりません。
 対応関係からすると、座標変換の式にx=vtを代入したら、x'=0にならないといけない。そうなるような式として一番簡単なのが(6.4)。この条件だけなら、たとえば右辺が2乗されたり3乗されたり平方根取ったりしてもいい。でもこの下で説明しているように、1次式でないと座標変換としてはおかしいので、この形しかない、ということ。

碁盤の目?  ここで、この座標変換が一次変換に限るということを説明しておく。 (x,ct)座標系は図のような碁盤の目で表すことができるだろう。これに対して傾いている(x′,ct′)座標系は、やはり傾いた平行四辺形で作られた碁盤の目で表すことができる。(x′,ct′)座標系での碁盤の1マスを塗りつぶして表した。 (x,ct)の関係と(x′,ct′)の関係が1次式でなかったら(たとえば2次式だったりすると)、(x′,ct′)座標系で見た時の碁盤の1マスの大きさが、(x,ct)座標系で見ると一様でない、ということになってしまう。つまりx′座標系での1メートルが、場所によって違う長さでx座標系に翻訳されてしまう。しかし、今考えている座標変換では、x'座標系のどの場所も同じような比率でx座標系と関連づけられているはずである。つまり図で書いたように、違う場所での「(x′,ct′)座標系での1マス」はx座標系で見て同じ大きさ、同じ形のマスになるはずである(これが一様だということ)。そうなるためには、(x,ct)と(x′,ct′)の関係は1次式でなくてはならない。
 さらに、どちらの座標系でも光速がcであるということからA=Bであることがわかる。なぜならば、x座標系で原点から右へ進む光の光線上では、x=ctが成立する。この式が成立する時、x′座標系ではx′=ct′ が成立しなくてはおかしい(光速度不変)。(6.4)と(6.5)に、x=ctx′=ct′を使うと、

A( ct v
c
ct)
=
B( ct v
c
ct)

(6.6)
となる。つまり、A=Bでなくてはならない。ここまでの結果は、

x
=
A( x v
c
ct)

(6.7)

ct
=
A( ct v
c
x)

(6.8)
である。相対論以前の`常識'に従えば、A=1と言いたいところである(A=1ならば、x′の式に関してはガリレイ変換と一致することになる)。しかし、そうはいかない。このAの値を決めるにはいろいろな方法がある。その一例が、次の節の内容である。

 意外に時間がかかり、Aを決めるところまでいかなかった。以下来週。

 今日の話は、なかなか簡単には納得できないと思います(私もそうでした)。逆に簡単に納得されても困る。図を描いたり式をいじくったりしながら、いろいろと悩んだり、友達と議論したりしてみてください。


学生の感想・コメントから

 納得できるようなできないような、、、、(こういう、もやもや感の残るコメントが一番多かった)
  悩んでください。すぐにこれを納得できる人の方が少ないと思います。

 x’座標系において、ローレンツ短縮は起こらないのですか?
(他にも同様の質問有り)
 起こってます。その話は来週に。

発進する電車 電車が静止した状態で時計を合わせた後に、電車が光速度の何10%かの速さで動くと、中の人には時計はずれて見えるようになるのですか?
 いい質問ですね。この現象をグラフに書くと図のようになります。これを見ると、t<0の時に電車の先端と後端の時計がそろっていたとしても、「走り出した後の同時」で考えると先端の時計の方が遅れていることになっているのがわかると思います。

 光速に近い速度で動いている人と静止している人では座標系が違ってしまうなんて不便ですね。
 「不便」と思うかもしれませんが、逆に便利な点だとも言えます。それはこんなふうに座標変換するおかげで、どの座標系でも同じ物理法則が成立しているからです。

 同時に連絡を取り合う手段はあるのですか?
 超光速の通信ができるか?という意味なら、できません。なぜそう考えられるのかについてはまたそのうちに説明します。

 外から見た人が光を見た時に進んでいる方向から出る光が遅れて出てきているのがよくわからない。あれは実際に起こっていることではないですよね?
 いいえ、実際に起こることです!!!

 光速が不変であること、どんな観測者から見てもマックスウェル方程式が成立していることは実験事実であり、そうなるためには「同時の相対性」は重要です。

 光速度はどうして不変なんでしょうか?
 それは謎です。現在のところ、「この世の仕組みがそうなっているから」とか「実験してみたらそうだったから」としか言いようがありません。いつかその理由がわかるかもしれませんが。


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On 7 Jun 2005, 14:32.