懸垂線

紐を2点を固定してつりさげた時の形を考えてみる。

授業では黒板に下のようなチェーン(風呂の栓用のを100円ショップで買ってきたを貼り付けて説明しました。

この形はどういう線に見える?
放物線・・ですか?
うん。ぱっと見えるそう見える。しかし右のように両端を近づけた形を見てみると、放物線に比べると広がりが小さい(両端の部分は放物線よりも傾きが大きくなっている)のがわかる。実は放物線に似ているがちょっと違う線になっている。というわけでどのような線になっているかを微分方程式を解いて求めていこう。

一番下の部分を原点として、下の図のように座標系を張る。

紐にか\かる張力は(垂直に垂らした時と同様に、上の方ほど大きくなるはずだから、図のように微小部分を考えた時、下端には${T}$、上端には${T}+\mathrm dt$の力が働く。紐は直線状ではないからこの張力の向きも(微小に)違う。働く力はこの他に重力がある。微小部分の紐の長さは$\sqrt{\mathrm dx^2+\mathrm dy^2}$だから、これに単位長さあたりの質量$\rho$と重力加速度$g$を掛けた分の重力が下向きに働く。

この微小部分に働く張力の水平成分は等しいはずである。よって、

\begin{equation} {T}{\mathrm dx\over \sqrt{\mathrm dx^2+\mathrm dy^2}}=T_0~~~(T_0は定数)\label{suiheiteisuu} \end{equation}

が成り立つ。ここで$T_0$は、$\mathrm dy=0$の時の張力だと思えばよい(図を見ると、それは最下点すなわち原点である)。

次に垂直成分を考えると、${T}$の垂直成分の増加がちょうど重力によって打ち消されればつりあいが保たれるから、「${T}$の垂直成分の微分」が、その微小部分にかかる重力に等しくなる。式で表現すれば、

\begin{equation} \mathrm d \left( {T}{\mathrm dy\over \sqrt{\mathrm dx^2+\mathrm dy^2}} \right)=\rho g \sqrt{\mathrm dx^2+\mathrm dy^2} \end{equation}

が成り立つということである。

上の式から、${T}=T_0{\sqrt{\mathrm dx^2+\mathrm dy^2}\over \mathrm dx}$として代入して、

\begin{equation} \mathrm d \left( T_0{\mathrm dy\over \mathrm dx} \right)=\rho g \sqrt{\mathrm dx^2+\mathrm dy^2} \end{equation}

となる。$T_0$は定数だから微分の外に出して、右辺は$\mathrm dx$をルートの外に出し、

\begin{equation} T_0\mathrm d \left({\mathrm dy\over \mathrm dx}\right)=\rho g\sqrt{1+\left({\mathrm dy\over \mathrm dx}\right)^2}\mathrm dx \end{equation}

とした上で、${\mathrm dy\over \mathrm dx}=V$と考えれば

\begin{equation} \mathrm dV= {\rho g\over T_0}\sqrt{1+V^2}\mathrm dx \end{equation}

という変数分離可能な微分方程式になる。$\sqrt{1+V^2}$という形が出てきたので、$V=\sinh {t}$という置換積分($\mathrm dV=\cosh {t} \mathrm dt$となる)を使って計算して、

\begin{equation} \begin{array}{rll} {\mathrm dV\over \sqrt{1+V^2}}=&{\rho g\over T_0}\mathrm dx &{V=\sinh {t}として} \\ {\cosh {t} \mathrm dt\over \cosh {t}}=&{\rho g\over T_0}\mathrm dx &{積分して} \\ {t}=&{\rho g\over T_0}x+C~~~&(Cは積分定数) \end{array} \end{equation}

であるから、

\begin{equation} V={\mathrm dy\over \mathrm dx}= \sinh \left({\rho g\over T_0}x+C\right) \end{equation}

となる。これをさらに積分して、

\begin{equation} y= {T_0\over \rho g}\cosh \left({\rho g\over T_0}x+C\right)+D~~~(Dは積分定数) \end{equation}

が解となる。最初に図で設定したように$x=0$で$y=0,{\mathrm dy\over \mathrm dx}=0$とすれば、$C=0,D={-{T_0\over \rho g}}$となり、最終的な答えは

\begin{equation} y= {T_0\over \rho g}\left( \cosh \left({\rho g\over T_0}x\right)-1\right)\label{kensui} \end{equation}

となる。このような曲線($\cosh$で表される)を「懸垂線」と呼ぶ。最初「放物線?」と思った人がいたが、計算結果は$\cosh$である。しかし

\begin{equation} \cosh x =1+{1\over 2}x^2 + {1\over 24}x^4+\cdots \end{equation}

という展開であることを考えると、$x$が小さい範囲ではこの式は$y=ax^2$とほぼ同じである。

ここでついでに、「逆向きの懸垂線」になる物理現象としてニュートンビーズを見せた。

鎖をポットのようなものに入れて上の部分を外に垂らすと、鎖が落ちていくときに写真のような形を描く。この図形も(ここでは示さないが、同様に微分方程式を立てて解いていくと)上下逆になった懸垂線になることがわかる(実際にやると振動しながら落ちるので、懸垂線であることを納得するのは難しいかもしれない)。
肉食動物と草食動物の連立微分方程式

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肉食動物と草食動物の連立微分方程式

草食動物(兎)と肉食動物(狐)の数(それぞれ$X$と$Y$とする)がどう増減するかを考える。狐は兎を食べるので、兎は狐と出会うと死ぬと考えよう。出会う確率は$X$と$Y$の積に比例すると考えると、兎の減少量も積$XY$に比例するだろう。

どうして$XY$に比例するんですか??
森の中に狐と兎が生きているところを想像してみてください。兎と狐がデタラメに動き回っているとすると、出会う(つまり二つが同じ場所に出てくる)確率は兎の数にも、狐の数にも比例すると考えられます。で、出会ったら、またいくつかの確率で「狐が兎を食べちゃう」というイベントが発生するわけです。

兎は草食で、草はなくならないとすれば、狐に出会わなければ今いる量$X$に比例して増える。よって、

\begin{equation} {\mathrm dX\over \mathrm dt}= AX -BXY\label{lwone} \end{equation}

という式で増減するとする($A,B$は比例定数)。

一方狐は、兎を食べないと生きていけないのだから、その増加はどれだけ兎を食べられるかによって決まり、それは$XY$に比例するのだったから、狐は$XY$に比例して増える。兎がいなかったら寿命が来て死ぬだけなので、それを$-CY$という形で式に入れて

\begin{equation} {\mathrm dY\over \mathrm dt}= -C Y + D XY\label{lwtwo} \end{equation}

という微分方程式に従うことになる($C,D$は$A,B$とは別の比例定数である)。この方程式はこの式を出した二人の数学者の名前を取って「ロトカ・ヴォルテラの方程式」と呼ばれる。

時間変化を考えるには、${\mathrm dX\over \mathrm dt},{\mathrm dY\over \mathrm dt}$に関する二つの微分方程式を連立させて解けばよいわけである。いきなり解けと言われるとどうしていいのか悩んでしまうところだが、ここでまず、「${\mathrm dX\over \mathrm dt}={\mathrm dY\over \mathrm dt}=0$となるのはどんなときか?」から考えるのがよい。これはつまり$X,Y$が時間変化しなくなる状況なので「固定点」と呼ぶ。固定点を求める方程式は

\begin{equation} AX-BXY = X(A-BY)=0,~~~~-CY + DXY=Y(-C+DX)=0 \end{equation}

である。

この方程式は$X=Y=0$という解を持つが、これは「兎も狐もいない」という「つまらない解」なので考えないことにする。つまり、$X={C\over D},Y={A\over B}$が意味のある固定点である。

固定点からずれた時の${\mathrm dX\over \mathrm dt},{\mathrm dY\over\mathrm dt}$の様子をグラフに表示すると下のグラフのようになる。これから$X$-$Y$平面内で反時計周りにぐるぐる回るような時間発展を行うということが予想される。

↑のグラフの中で、プリントでは${\mathrm dY\over \mathrm dt}$の後の不等号の向きが逆でした。修正しておいてください。

固定点からのずれを$x,y$とする。つまり、

\begin{equation} X= {C\over D}+x,~~Y={A\over B}+y \end{equation}

とする。こうして$x,y$の微分方程式を作ると、

\begin{equation} {\mathrm dx\over \mathrm dt}= -B \left({C\over D}+x\right) y,~~~ {\mathrm dy \over \mathrm dt}= D\left({A\over B}+y\right)x \end{equation}

となる。ここで$x,y$は${C\over D},{A\over B}$に比べて小さいと考えて、括弧内の$x,y$は無視して、

\begin{equation} {\mathrm dx\over \mathrm dt}= -{BC\over D} y,~~~ {\mathrm dy \over \mathrm dt}= {AD\over B} x \end{equation}

と近似する。第一式を微分して

\begin{equation} {\mathrm d^2 x\over \mathrm dt^2}= -{BC\over D} {\mathrm dy\over \mathrm dt} \end{equation}

にしてから第二式を代入すると

\begin{equation} {\mathrm d^2 x\over \mathrm dt^2}= -{BC\over D}\times{AD\over B}x=-{AC}x \end{equation}

という、単振動と同じ式が出てくる。解はすでに知っていて、

\begin{equation} x(t)=x_0 \cos \left(\sqrt{AC}t+\alpha\right) \end{equation}

と書ける($x_0,\alpha$は微分方程式からは決まらない)。${\mathrm dx\over \mathrm dt}=-{BC\over D} y$なので、

\begin{equation} \begin{array}{rl} -\sqrt{AC}x_0 \sin \left(\sqrt{AC}t+\alpha\right)= &-{BC\over D} y(t) \\ {D\over BC}\times\sqrt{AC}x_0 \sin \left(\sqrt{AC}t+\alpha\right)= &y(t) \end{array} \end{equation}

で$y$も求まる。

$X,Y$の時間変化を表すのが次のグラフである。

$x,y$と$X,Y$は定数を足しただけの違いなので、$X$(兎)の変化は$\cos$で、$Y$(狐)の変化は$\sin$で表されていると思えばよい。

グラフに示したように、狐のグラフが「山」である間は兎のグラフは右下がり、狐のグラフが「谷」である間は兎のグラフが右上がりとなる。もちろんこれは「狐が多くて兎が食われる時期は兎が減り、狐が少なくなると兎が増える」ということを示している。逆に「兎が多いと狐が増える(およびこの逆)」もわかる。グラフを見ながらそれを確認してみよう。

ここで求めたのは近似解なので、$X$-$Y$平面に描かれる図形は単純な楕円であるが、実際に微分方程式をちゃんと解いてみると少々複雑な図形を描く。

ここではコンピュータで数値的に計算させた。下に$A=B=C=D=1$にして、$X,Y$の初期値を変えてグラフを描くプログラムをつけた。X,Yを変更してから「初期値変更」ボタンを押せばその値を初期値としてグラフを描いてくれる。どのように時間変化していくかをじっくり見よう。

X=

Y=

この場合は$(X,Y)=(1,1)$が固定点であり、その周りをめぐる軌跡を描く。固定点からの外れが小さい領域では軌跡は円に近い(楕円でなく円なのは今の場合は${D\over BC}=1$だから)。

「狐が少ないと兎は急激に増える」「増えた兎は狐が食うことによって減る(この時同時に狐が増える)」「兎を食いつくすと狐も減る」という現象が起きていることが、グラフからも感じられる。

ここで出した式は$X,Y$という二つの従属変数に対する連立微分方程式になっている(以下では連立方程式として解く)が、割り算することで、
\begin{equation} {\mathrm dX\over \mathrm dY}={AX-BXY\over -CY+DXY} ={X-{B\over A}XY\over -{C\over A}Y+{D\over A}XY} ={X-bXY\over -cY+dXY} \end{equation} という$Y$を独立変数、$X$を従属変数とした微分方程式にすることもできる(独立変数と従属変数は逆でもよい)。以下では、${B\over A}=b,{C\over A}=c,{D\over A}=d$と書くことにしよう。この式を
\begin{equation} {\mathrm dX\over X}(-c+dX)={\mathrm dY\over Y}(1-bY) \end{equation} のように変数分離してから積分することで、
\begin{equation} -c \log X +dX = \log Y -b Y + E~~~(Eは積分定数) \end{equation} となり、両辺を$\exp$の肩に上げることで、
\begin{equation} {\exp(dX)\over X^c}=F Y \exp(-bY)~~~(F=\mathrm e^Eで比例定数) \end{equation} すなわち、
\begin{equation} X^c\exp(-dX) Y \exp(-bY)=一定 \end{equation} という式になる。$X$-$Y$平面の軌跡はこの式で表される。
懸垂線 受講者の感想・コメント

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受講者の感想・コメント

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

懸垂線のグラフと弱肉強食のグラフ、どちらも面白かった。数学でこんなものまでも解けるのかと思った。
解けるんです(まぁ、現実よりもかなり簡単化したものではあるのですが)。

たまに、うっかりと微分と積分を逆にしてしまいます。今日はなぜか左を積分、右を微分してました。
それはなかなかすごい計算になってますね。次数や次元を勘定するとか、計算チェックの方法を考えてみてください。

和製ゴジラが製作されているようです。先生は好きですか?
基本ゴジラは好きなんですが、「もうそろそろリメイクものはいいんじゃないの」という気分もちょっとあります。

自然の流れが微分で表されるのが面白いと思った。
だから微分を勉強する意味があるわけです。

チェーンの懸垂線の実演は、たいへん興味深く面白かったです。肉食・草食の食物連鎖も興味深かったです(微分方程式の有効性!!)
「数学がちゃんと役に立つ」というのは面白いところですね。

懸垂線について実際に見ることができたので、イメージしやすくてよかったです。弱肉強食について数式で表すことがわかった。
いろんなものが微分方程式で表せます。

最初は放物線かと思いましたが、計算結果がcoshになって面白いなと思いました。
計算してみると「お!」と思う結果が出てきて楽しいですね。

少しややこしかったけどとくのが面白かった。
一度自力で解いてみましょう。

放物線にみえるのに式を求めると別のもので面白いと思った。
最下部付近だけ見ると、まぁ放物線なんですけどね。上の方を見ると違いが見えます。

懸垂線のところは少し難しかったけど、こまかく力を分解とかしていくと理解できたので良かったです。自然現象を式にしてグラフにするのはおもしろかったです。式やグラフにできそうもないと考えていたから、すごいと思いました。
こうやっていろんな現象を微分方程式の力を借りて計算できていけるというのはすごいことですね。

予習をやる。
やろう!!

微小量の範囲を考えるときにどこまでを考慮するのかという判断の付け方が気になった。
微小量に関してオーダーを考えて、1次までなら2次以上は無視、2次までなら3次以上は無視というふうに考えていきます。

懸垂線、少し難しかったです。sinh,coshまだ慣れないです。
まぁ何度もお目にかかると、そのうち慣れます。

ロトカ・ヴォルテラの方程式って名前めっちゃかっこいいなと思ってました。
確かにかっこいいね。

兎と狐のXとYの積に比例するというのがよくわからなかった。
そのときに質問しなきゃ。これは「狐が兎を食う」という事件(イベント)がどれくらいの確率で起こるかというところから来てます。

生物の世界の微分方程式を解いて出た結果が現実でもそうなっているというのがすごいと感じた。
現実はもちろんもっと複雑(微分方程式もそれに応じて複雑にする)ではあるのですが、基本的なところは今日の話の通りです。

色々なやりかたがあり、すごいと思いました。
いやいや、まだまだ色々あります。

直観的にわかることを計算して、本当にそうなるか確かめることができてよかった。
直観と数式がつながると面白いですね。

うさぎときつねのやつ面白かった。生態系の問題を数式で考えるのは楽しいですね。
いろんなことが数式で表せるから、数学は楽しい。

連立微分方程式が例がわかりやすかったので理解しやすかったです。
計算とその中身と、じっくり理解しておいてください。

微分方程式は難しくなってきたけど、自然現象を考えることができるようになってきて、楽しい。
微分方程式を勉強したおかげで考えることができる現象が増えます。

微分方程式は生物の増減にも使えることを知った。本当に広く使うことができてすごいと思った。
もちろん! いろんな方面に使えます。

連立微分方程式はややこしいのでよく勉強しようと思いました。
じっくりと解いてみればそれほどたいへんでもないですよ(線形近似せずに解こうとすると大変ですが)。

例えが面白くてイメージしやすかったです。
そうですか、そりゃよかった。

今回は、肉食動物と草食動物の連立微分方程式がおもしろかった。
それはよかった。

始めは物理でとっつきにくかったのですが、生物の方は少し良かったです。復習します。
復習宜しく。

生物の弱肉強食がグラフで表すことができると知って驚いた。
そりゃ、いろんなものがグラフで表せますよ。

狐と兎の食う食われるの関係を微分方程式で解くことができたのでよかったです。
計算をじっくりやってみてください。

動物の増減の様子が微分方程式で表せるのを知って、関心を持った。
いろんな現象を表せるものですよ、微分方程式は。

うさぎときつねの連立微分方程式がおもしろかった。でも自分で解けと言われると解ける気がしない。
そこは一回自分で解いてみましょうよ。

けっこう面白く感じました、内容が。
面白いでしょ。

${\mathrm d^2x\over \mathrm dt^2}=-ACx~~\to~~x=x_0\cos(\sqrt{AC}t+\alpha)$、こんな感じで逆算して方程式を作るのが難しいと思いました。
このあたりは、「何度も出てきたおなじみの奴」という感じで処理したいところです。

うさぎときつねで説明をしていたのでとてもわかりやすかった。
「人間とゾンビ」で説明している本もあるそうです。

うさぎときつねの関係のグラフが楽しかった。
あのグラフの形と時間変化の様子はなかなか楽しいですね。

今日の講義はとても理解することができたと思います。ですが、来週まで理解できているか不安ですが、忘れないようにしっかりと復習したいと思います。
一個一個の計算をもう一度追いかけてみてください。

肉食動物と草食動物の連立微分方程式

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