琉球大学理学部物質地球科学科 前野 昌弘 / @irobutsu
もう少し説明文の長いバージョンはこちら
2013年のノーベル物理学賞は、アングレールとヒッグスという二人の物理学者の
という功績に対し送られた。
この理論の中心役者が
「ヒッグス粒子」
である。
「質量の起源」ってどういうことよ?
どうやってそんなことがわかるの?
それがあったら何か役に立つの?
と謎は尽きぬのですが...
知っておかなくてはいけないことはたくさんあって…
そこでまず「そもそも質量とは?」から始めましょう。
「重い」とはどういうことか?
間違った「常識」 重いものほど速く落ちる
間違った「常識」その2 動いている物はいつかは止まる
「質量に比例する重力」を選び、空気抵抗をOFFに。
重い物体の方が働く重力は大きい。
しかし、重い物体は「加速しにくい」ので落ちる速度は同じに!
「質量に無関係な一定力」を選び、空気抵抗をOFFに。
同じ力が働くと、重い物体の方が加速しにくく、遅くなる。
「質量に比例する重力」を選び、空気抵抗をONに。
空気抵抗(運動方向と常に逆に働く)があると、いつか物体は止まってしまう。
我々の普段の日常は、この状態が近い。
「無質量」を選び、空気抵抗をOFFに。
物体をつかんで投げてみよう。
壁に当たるまで、物体は同じ方向に同じ速さで運動を続ける。
(等速直線運動)
というわけで、ここまでが
古典力学での「質量」
の意味についてのお話。
では、次は量子力学、ミクロの世界へ。
ここからは、原子・分子の世界の話をします。
こんな小さい世界では、我々の常識は通用しません。
「物体」というものの考え方から変わってしまうのです。
では、次に「場」というものについて考えましょう。
もっともよく知られている「場」は「電場」と「磁場」です。(教科書によっては「電界」「磁界」になっていることもあるけど、方言のようなもので、同じ言葉です)
▼に、電場の図に関する説明があります。
正電荷は電場の「湧き出し口」、負電荷は電場の「吸込口」になります。こうして正電荷と負電荷は引き合います。
この場合、電場がぶつかりあい、正電荷どうしが反発します。
正電荷と負電荷がほぼ重なると、まわりの電場は消え去ります。
原子は電気を持っているのに、普段気づかないのはプラスマイナスが消し合っているからです。
ここまで説明した「場」は電場と磁場でしたが、実はこの世にあるもののほとんど(たぶん、全部)は「場」でできています。
我々の身体は分子や原子でできていて、原子はさらに小さい電子や陽子や中性子でできていますが、これらの粒子(と思われているもの)の正体は実は「電子の場」「陽子の場」「中性子の場」なのです。
と言ってもなんのこっちゃ?でしょうから、
まずは「粒子が場ってどういうこと?」というイメージを、場についてのアニメーションで見てみましょう。
物質がこういう「波」の性質を持っているということは、20世紀の初め頃に、原子・分子、そして光の研究をしていた物理学者達が気づきました。
それが量子力学です。
図に描いたような「原子核という粒の周りを電子という粒が回っている」というイメージは、実は正しくありません。
▼「よくある質問」が下にあります。
Q:じゃ、原子の中の電子が回っているというのも波なんですか?
A:そうです。あれも波です。ほんとは「回っている」んじゃなくて「周りに(たとえばぐるぐる回るような)波ができてます。
Q:波だとすると広がると思うんですが、物質の波ってのはどうして広がらないんですか?
A:ここのプログラムで見せている波ってのは、互いに力を及ぼしたり、エネルギー与えたりしないような波なので、広がる一方です。
しかし、たとえば原子核と電子だと、電磁力を及ぼし合っています。電磁力は古典力学では「力」として働きますが、量子力学では「波を曲げる(屈折)」作用のように働きます。その屈折作用により、電子の波は原子核の周りを回ってすすみ、広がりません。
水素原子は、陽子の場と電子の場が相互作用して互いを屈折させることで存在できるのです。
何もないように思える「真空」にも、それぞれの粒子に対応した「場」があります。
我々が「粒子」と呼んでいるのはその「場」が振動している状態(励起状態と言います)です。
粒子は言わば、
場にできた「さざ波」
なのです。
▼場と場の相互作用についての補足があります。
さっきのプログラムで波の二つの山
が、
と、
まるで「何事もなかったように」通り過ぎたのに気づいたでしょうか?―気づかなかった、という人はこのページを見て下さい。
これは波の持つ「重ねあわせの原理」という性質のおかげで、波と波はぶつかっても互いに知らぬふりして通り過ぎるからです。これが満たされてないと、例えば
あっちからお〜いと呼ばれた声が、こっちからのは〜いという声とぶつかってしまって両方聞こえない
とか、
テレビ局が電波を出しているせいでラジオの電波が邪魔されて届かない
ということが起こることになりますが、そんなことはありません。
我々の体を作っている物質もみんな「場」の作る波のようなものです。もし二つの波が出会っても、「何事もなかったように通り過ぎる」のならば、我々は何も触れません。
では、我々が何かを「触る」ことができるのはなぜでしょう??
今我々は素粒子の話をしているので、素粒子レベル(原子レベルよりももっと小さいところを見るようなレベル)で考えましょう。
実は、原子の大きさはだいたい10-10m、原子核の半径はだいたい10-15m、つまり、原子の芯である原子核は、原子全体に比べて10万分の1の大きさです(体積にすると、1000兆分の1!)。
そう考えると、原子なんて実は「すっかすか」なのです。「どうしてこんなにスカスカなの?」というのもまた、量子力学の面白い問題なのですが…。
「すっかすか」なのに物体と物体が「ぶつかる」理由は原子がマイナスの電気を持つ電子とプラスの電気を持つ原子核からできていて、それらが電場を介して電気的な力で反発するからです(外側には電子同士がいることに注意)。
さっきまで見せていた波は止まれない波
だったということに気づいていますか??
気づいてなかった人はもう一度アニメを見よう。
ここまで見せた「場」の波は、実は質量のない粒子に対応するものだったです。
質量は「加速しにくさ」なので、質量が小さいと
「ほんの少しの力でビュ〜〜んと加速してしまう」
ということになります。
質量が0だというのは、究極の状態で、「何もしなくても可能な最大の速度で走る」のです。
相対性理論から粒子の速度は光速を超えられないことがわかっているので、質量が0の粒子は「常に光速で走っている粒子」ということになります。
今日は相対性理論の話までする時間がありませんm(_ _)m
光の粒子である光子、重力場の粒子である重力子などが質量が0の粒子の例です。
逆に言えば、質量のある粒子は、止まれます。
これもアニメで見ましょう。違いは、バネです。
新しいアニメでは、●と●をつなぐバネ(水色)だけではなく、●を原点に戻そうとするバネ(緑色)が加わっています。
これがあることで、●の振動がすぐに隣に伝わらずに、「その場で振動」することができるようになります(つまり、粒子が止まることができる)。
この緑のバネが加わったことが、粒子に質量を与えます。
以下は、ものすご〜〜〜く大雑把な説明ですが。
ということは、現実の「この世にある粒子」に質量を与える別の「場」がある!←これがヒッグス場
ヒッグス場との相互作用が「●が原点に戻ろうとする作用(架空の方向への力)」を生み、「場」が表す粒子に「質量」が生まれます。
今日の話では、↑しか話しませんでしたが…
と同時に、「素粒子の持つ対称性」を破り、
この世界のバラエティを作ります。
そのためには、ヒッグス場は
「ありとあらゆる場所に一定量存在している」
という状態でなくてはいけません。
他の場は「励起状態」で相互作用する。励起してない場所では相互作用しない。
ヒッグス場は場所によらず一定になっているので、どこでも同じように相互作用する!
なぜヒッグス場は真空でも≠0なのか、という話はここでは省略(ごめんm(_ _)m)
宇宙のどこでも一定の値で存在しているヒッグス場は、他の場の「バネ振り子」である●に、どこでも同じような力を与えることができるのです。
×「粒子」に力を与えている(これは普通の意味での力で、粒子を「普通の方向」に動かします)
のではなく、
○「場」である●に「架空の方向」への力を与える
ということ、この二つは全く違うことに注意してください。
ニュースなどでこの二つをちゃんと説明せずに
×ヒッグス粒子が他の粒子の邪魔をするせいで他の素粒子に質量が生まれる。
という説明をしている場合が(残念ながらとっても多く)あるからです。実際にやっていることは
○ 他の場が励起状態を作る邪魔をする。
ということであり、しかもやっているのは
ヒッグス粒子ではなくヒッグス場です。
励起状態になった粒子はヒッグス場がないときとは全然違う飛び方をしますが、(ヒッグス場からは何の抵抗も受けることなく)飛んでいきます。他からも力を受けなければ、等速直線運動します(ヒッグス場は、ブレーキをかけるという意味での「邪魔」はしないのです)。
いえいえ、それは違うんです。
ヒッグス粒子は、ヒッグス場にできた「さざ波」です。ヒッグス場はそこらじゅうにある(定数の値を取っている)けど、そのヒッグス場は定数です。その定数になっている場に「さざ波」を起こすと「ヒッグス粒子」ができます。
しかしそのさざ波を起こすのに物凄いエネルギーがいるので、LHCという巨大加速器が必要だったわけです。
いくらここまで話したお話がうまくいったとしても、ヒッグス粒子(=ヒッグス場の振動)がみつからなかったら、「ほんとにヒッグス場のせいで対称性が破れたり、粒子が質量持ったりするの?」という点には自信が持てないままだったでしょう。
この発見がすぐに何かの応用に結びつくものではないかもしれませんが、世界を理解したいという人類の欲求を一つ一つ叶えるための一段階であったことは間違いありません。
そして、それがいつかまた応用に結びつくこともあるのかもしれません。
(少し自信がないので小さい字です)
しかし、マックスウェルが電磁波を「数式の上で」発見した時も、何の役に立つかなんて誰も知らなかったはず。
ここでは「質量」をキーワードに、
などを話しました(びっくりしましたか?)。でも、ヒッグス粒子の発見は、人類の宇宙の法則を知る旅の一里塚に過ぎません。
これから先も、科学の進歩による発見が、
我々を驚かせてくれるでしょう!