初等量子力学2006年度講義録第7回
←
第6回へ
目次に戻る
第8回へ
→
5.3
波動力学と古典力学の関係
光線の場合の屈折がなぜ起こるかを
アニメーションのアプレット
で解説した。
では、このような物質波のふるまいと、それを粒子として見た時のふるまいにはどのように関係がつくのであろうか。すでに説明したように、ド・ブロイの式 が成立していると、エネルギーの保存が
h
2
2mλ
2
+ V=一定
(5.4)
という形になる。
これは普通のエネルギー保存則にp=[h/λ]を代入したものである。すなわち、Vが大きいところではλが長くなり、V が小さいところではλが短くなる。つまり、ポテンシャル(位置エネルギー)の違いは波長を変化させるのである。
ある線を境に、上ではポテンシャルが大きく、下ではポテンシャルが小さくなっている時、何が起こるだろうか。上では波長が長く、下では波長が短くなるか ら、ちょうど空気中から水中に光が入射した時と同じ現象である。この時、光は屈折するが、屈折する理由は、上の部分の波(空気中の光)の波長が下の部分の 波(水中の光)の波長より長いからである。図のABが1波長(Aが山の時Bも山)になっているとすると、CDも1波長(Cが山の時Dも山)である。AB> CDであるために、上の部分では波面(山の連なり)がACと平行であったのに、下の部分では波面がBD と平行になってしまう。
この屈折現象を粒子の古典力学で考えると、上より下の方がポテンシャルが低いため、下の方にひっぱりこまれる、という現象である。つまり、古典力学で 「落ちる」という現象が波動力学では「屈折する」という現象にとって変わっているのである。
たとえば重力下での粒子(図ではボールにしてある)の運動を考えると、高いところほど位置エネルギーmghが大きいから、その分物質波の波長が長くなる (運動エネルギーが減る)。この場合はポテンシャルは連続的に変化していくが、図のように段階的に変化していくとしよう(図で書いた点線の境界面を上に超 えるごとにmg∆h ずつポテンシャルが高くなるとする)。
[問い5-1]
図の角度に関して、屈折の法則から、
sinθ
0
λ
0
=
sinθ
1
λ
1
=
sinθ
2
λ
2
=
sinθ
3
λ
3
=…
という式が成立する。一方エネルギー保存則
h
2
2
m
(λ
n
)
2
+
n
mg
∆
h
=
E
(
n
によらず一定)
も成立する(位置エネルギーの原点を
n
=0に取った。
n
が大きくなるごとに位置エネルギーが
mg
∆
h
ず つ増える)。これから、高さ
n
∆
h
と角度θ
n
の関係式を作れ(初期状態を表すθ
0
,λ
0
は 結果に使ってよい)。
[問い5-2]
最高点が(
x
0
,
y
0
) で
x
方 向の初速度が
v
0
x
であるような斜め投射の軌道は、
y
−
y
0
= −
g
2(
v
0
x
)
2
(
x
−
x
0
)
2
と書ける。この式から軌道の傾き[(
dy
)/(
dx
)]を計算して
y
で表し、前問で求めたθ
n
と
n
∆
h
の 関係式とを比較せよ。
落体の運動がどのように物質波の屈折として解釈できるかを
アニメーションのアプレット
で解説した。
境界線を上に超えるごとに波長が長くなっていくから、そのたび、波が下に下にと曲げられていく。上の問題を解くとわかるように、これは重力場中で投げ上 げられた物体が落下するという現象だと解釈できる。古典力学でも波動力学でも運動方程式が出てくるのだが、古典力学では力によって運動量が変化すると説明 し、波動力学では波長の差が波を曲げる、と説明するのである。従って、古典力学における質量mは、波動力学においては「位置エネルギーの変化に対して、波 長がどの程度変化するか」を示す量だということになる。波長変化が大きい場合は質量が小さい。つまり、同じ位置エネルギー変化に対してよく曲がる(上の問 題の場合、位置エネルギーも質量に比例しているので、曲がり方は質量によらなくなるが、それは重力という力の特徴である)。
一番上で波が水平になるとどうなりますか?
その時でも、 その波の上の方と下の方で波長が違うので、やはり曲がります。下の図のような感じです。
ボールをまっすぐ上に投げた場合はどうなりますか?
頂点で波が反射されることになります。後でちゃんと式を解きますが、そう いう場合はある高さより上では波が存在できなくなって減衰してしまい、反射するのです。
5.4
最小作用の原理と、波の重ね合わせ
次に、古典力学におけるハミルトンの原理との関係を述べる。ハミルトンの原理によると、作用の積分
∫
dt
(
p
dx
dt
−H
)
=
∫
(p dx − H dt)
(5.5)
が極値となるのが実現する運動であるということが言えた。ここでド・ブロイとアインシュタインの関係式を使ってp=[h/λ],H=E=hν と置き換えると、
∫
(
h
λ
dx −h νdt
)
= h
∫
(
dx
λ
−νdt
)
(5.6)
が極値になる運動が実現する、ということが言える。この積分の中身の意味を考えよう。波長λ、振動数νの波がAsin(2π([x/λ]−νt))のよう に書ける(x方向に波が進んでいる場合)ことを思い出せ。この式のsinの中身2π([x/λ]−νt)を「位相」と呼ぶ。時刻t、場所xでの波と、時刻 t+δt場所x+δxでの波の位相を比較すると、2π( [δx/λ]−νδt )だけ変化している。つまり、作用h∫( [dx/λ]−νdt )は、位相差×[h/2π]である。
今後よくこの[h/2π]という組み合わせが登場するので、hの上の方に横線を引っ張った記号を使って、
(「エッチバー」と読む)=[h/2π]と書くことにする。
よって、古典力学でのハミルトンの原理(「
作用の値が極値をとるべし
」)に対応するものは、波動力学では、「
波の位相が極値をとるべ し
」である。
なぜ波の位相が極値を取らなくてはいけないのであろう。今、ある時空点(x
1
,t
1
)から(x
2
,t
2
) へ、いろんな経路をたどって波が到達したとする。(x
2
,t
2
)において観測される波は、そのいろんな経路 をたどった波の和である。経路によって、波はいろんな位相を取る。そしてそのいろんな位相の波の足し算が行われることになるが、この時足される波それぞれ の位相差が大きすぎると、波が互いに消しあってしまう。位相が極値を取るというのが重要なのではなく、極値を取るところでは変化が小さい、ということが重 要なのである。変化が小さいところの足し算は、位相が消し合うことなく残る。それに対して位相が大きく変化しているところの足し算は、足し合わされて消え てしまうのである。
つまり、いろんな経路を伝わって波がやってくるが、実際にその場所にやってきた波の主要部分は、位相が極値を取っているような波だと考えることができる。 そしてそのような経路とはすなわち、古典力学での運動が実現する(作用が極値になる)経路である。古典力学的立場では、我々は粒子がニュートンの運動方程 式にしたがって運動していると考えていた。しかし、波動力学的立場では、進行していくのはたくさんの波の重なりあいである。たくさんの波の大多数は互いに 消し合うが、古典力学で計算される経路を通る波は消されずに残る。これが、我々がこの世界で古典力学が成立している(そして、最小作用の原理という物理法 則がある)と`
錯覚
'した理由なのである。
この波の重なる様子を具体的に考えるのは難しいので、だいたいのところどういう状況なのかを理解するために、簡単な積分の場合で変化のゆるやかな部分だ けが生き残る例を示しておく。右のグラフは(x
2
−2x+2)cos100x
2
のグラフである。この関数 は、x=0付近以外では非常に激しく 振動している(位相が100x
2
という式であることを考えればわかる)。この積分を行うと、 ほとんどx=0付近だけの積分と同じになる。つまり、x=0 付近以外の寄与は、結果にまったくといっていいほど影響されないのである。これと同様のことが、波動力学における波の重ね合わせでも起きている。ゆえに位 相が極値となるような経路(古典力学的にはEuler-Lagrange方程式の解となっているような経路)が主要な波の経路であると考えてよい。古典力 学と波動力学はこのようにつながる。
ド・ブロイが物質波というものを考えた背景には光学がある。光学においても幾何光学という立場と、波動光学という立場がある。幾何光学では「光線」を考 え、光線がどのように進んでいくかを計算する。一方波動光学では「波」を考え、空間の各点各点に発生する波の重ね合わせによって波の運動を計算する。この 二つのどちらを使っても光がどのように進行するかを考えることができる。
波動(光など)がどのように進行するかは、フェルマーの原理で考える(幾何光学)こともできるし、波の重ね合わせを使って考える(波動光学)こともでき る。考えているスケールに比べて波長が短い場合(日常現象における可視光の場合など)は幾何光学を使う方が簡単である。逆に考えているスケールに比べ波長 がcomparable
2
であるか大 きい場合は、波動光学を使わねばならない。
力学でも粒子の進行を、最小作用の原理を使って考えることができる。最小作用の原理に対応するのがフェルマーの原理すなわち幾何光学である。では波動光 学に対応するものは何か???-ド・ブロイはこのような考え方から物質の波動説に到達し、自身のこの考え方を「波動力学」と呼んだ。
波長が短い場合
波長が長い場合
光学の世界
幾何光学
(フェルマーの原理)
波動光学
力学の世界
古典力学
(最小作用の原理)
波動力学
ここで、量子力学を考える上で大切な一般的注意をしておく。何より忘れてはならないことは、現実の世界を司る法則は量子力学であって、「古典力学は量子力 学の近似にすぎない」ということである。我々は物理を勉強する時まず古典力学から勉強し、その後で「実はミクロの世界では古典力学が成立せず…」というこ とで量子力学を勉強する。しかし、物理を勉強する順番、あるいは物理の発展してきた歴史とは逆に、量子力学こそが本質であり、古典力学が成立するというの は錯覚にすぎない。「たまたま量子力学的現象が顕著でないような場合に限って古典力学を使ってもかまわない」
3
というのが正しい理解である。
ここまで、そしてこれからも、「どうして量子力学なんて妙ちくりんなものが成立するのか?」という疑問を感じることが多いと思うが、逆に「どうして我々 (の祖先)は古典力学なんてものが成立すると思ってしまったのか?」と考えてみて欲しい。上でも述べたように、量子力学は、考えているスケールが波動とし てみた時の波長よりも充分大きいような時には、古典力学と同じ結果を出す(波長の短い波に対しては幾何光学と波動光学が同じ結果を出すことと同様であ る)。普段は量子力学と古典力学は同じ結果を出す場合ばかりなので、量子力学の存在に、我々はなかなか気づかない。
同じようなことが相対論にも言えて、我々の"常識"は物体が光速の何万分の1でしか動かないような世界で作られている。それゆえに√{1−(
v
/
c
)
2
} (相対論におけるローレンツ短縮の因子)などという量は1としか実感できない。
我々は量子力学を実感するには大きすぎ、相対論を実感するには小さすぎる。別の言い方をすれば、我々にとってプランク定数hは小さすぎるし、光速度cは速 すぎる。だから我々の"常識"は古典力学やニュートン力学を「正しい」と感じてしまう。しかし、だまされてはいけないのである。
ド・ブロイもボーアもアインシュタインも、狭い知見で作られた"常識"から離れて大きな視点を持つことができたからこそ、この世界の真実を知ることがで きた。21世紀に生きる我々も、思考を柔軟にして量子力学を学んでいこう。
Footnotes:
2
comparable は「比較することができる」という意味。つまり同程度の大きさであることを表す言葉。
3
どっちを使ってもい い状況なら古典力学を使う方が楽なのは当然のことである。橋を設計する時に量子力学を使う人はいない。逆にミクロな話をする時には量子力学がどうしても必 要である。ICを設計するのは古典力学ではできない。
学生の感想・コメントから
これでもかというぐらいわからなかった。この場から逃げて夢の世界へ入りたかった。
あらら。 ショックが強すぎたでしょうか。でもこの世界の物理というものをちゃんと理解するには大事なことなのです。がんばってください。
今日の授業は、物理というより他ジャンルの勉強をしているようでした。難しいです。
なんかこの世の話じゃないように感じたのでしょうか。でも物理をつきつめ ていった結果わかったことが今日の話なのです。
解析力学を復習しなくちゃ/ラグランジアンやハミルトニアンってこんなところで役に立つのか /やばい、ハミルトニアンわからない(などなど、解析力学に関する感想多数)
実は量子力学ではこの後ハミルトニアンが主役と言っていいほどよく出てく るので、ぜひ解析力学の復習はしておいてください。
量子力学のおもしろさと不可解さに気づきました。目に見える物が波だなんて信じがたいです (同様の感想多数)。
その気持ちはよくわかりますが、ほんとにこれがこの世の真実なのです。
真上に投げたボールは頂点で反射すると言っていましたが、何かにぶつかって反射しているわけ ではないのですね?
はい。「何 か」と言えるような物体にぶつかっているわけではありません。ポテンシャルの大きい場所に入れないということです。
物質波の広がる速さはcですか?
一点に収束するときにも速さc?
実はここで勉 強している量子力学は相対論的なものではないので、「最高速度はc」という縛りがありません。つまり、どっちも「cより速い」ということです。現実を正し く記述するには「相対論的量子力学」というのがあって、そっちで考えなくてはいけません。ただしそれは3年ではやりません。
屈折の話で、水面に入った時に進む角度がいろいろあるという話を聞きました。
それは、回折 格子などによる回折ではないでしょうか???
水面の光なら屈折光は一つだけです。
どれくらいのスケールなら物質の波動性が問題になるんですか?
簡単には言え ませんが、(その物質の運動量の値)×(考えている範囲の長さ)がプランク定数程度になると波動性をちゃんと考える必要があります。日常ではこの量はプラ ンク定数より遙かに大きいのが普通です。
質量を持った波と質量を持たない波の違いって何ですか?
質量を持たな い粒子は常に光速で走るので、対応する波(電磁波とか)も光速で走るのが特徴です。
光が打ち消し合わなければ地球はもっと明るいんですか???
そうなりますが、光が打ち消し合うべき時にも打ち消し合わないというのは エネルギー保存に反します。
ハミルトニアンとはエネルギーそのもののことですか?
同じものと思っていいです。
力学と光学の学問体系が似ているということは、この世界に存在するあらゆるもの区別ってほと んどないということですか。
共通点はいっ ぱいありますが違うところもいっぱいありますよ。
物体が波の屈折によって曲がるなら、重力とは何?
高さによって、波の波長を変える作用ですね。実は一般相対論では、高さに よって時間の進み方が違うという話があって、それが屈折する理由になっています。
←
第6回へ
目次に戻る
File translated from T
E
X by
T
T
Hgold
, version 3.63.
On 2 Jun 2006, 13:06.