量子力学2006年度講義録

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3.1 分散と標準偏差（続き）

　不確定性関係と交換関係位置の不確定度∆xと運動量の不確定度∆pの間には、∆x∆p ≥ [ hbar

/2]という関係¹⁶があった。これを期待値および分散という考えかたから導こう。まず、不確定度を標準偏差（分散の平方根）であるとして、

(∆p)²

< (p－ )² > =

∫

ψ^* (p－ )² ψdx

(3.6)

(∆x)²

< (x－ < x > )² > =

∫

ψ^* (x－ < x > )² ψdx

(3.7)

としよう。これの積が一定値よりも大きいことを証明する。このふたつの量は、

ψ₁=(p－ )ψ, ψ₂=(x－ < x > )ψ

(3.8)

のような形の波動関数を考えると、

(∆p)² =

∫

ψ^*₁ ψ₁ dx=(ψ₁,ψ₁), (∆x)² =

∫

ψ^*₂ ψ₂ dx=(ψ₂,ψ₂)

(3.9)

と書ける。ただし(ψ,φ)=∫ψ^* φdxという、ベクトルの内積の真似をした記法を使って書いている(波動関数はベクトル的に扱うことができる)。記号(ψ,φ)は「ψの複素共役とφをかけてから積分する」という意味であるので、(ψ,φ)=(φ,ψ)^*という性質を持つ。特に(φ,φ) ≥ 0である(もちろん(φ,φ)は実数。等号が成立するのはφがいたるところで0である場合のみ)¹⁷。

波動関数ψに対し、√{(φ,φ)}のことを波動関数のノルム(norm)と呼ぶ。ノルムはベクトルの長さに対応し、規格化されているならば1である。

物理においてよく使われる空間ベクトルに関する公式として

(

→
a

)(

→
b

) ≥ (

→
a

→
b

)²

(3.10)

というものがある。この式は内積の定義→a·→b=|→a||→b|cosθからも導けるし、二つのベクトルを任意に実数αをかけて引いたベクトル→a－α→bの長さが、αの値にかかわらず常に0以上であること(式で書けば(→a－α→b)² ≥ 0)からも証明できる。すぐ後でこれの波動関数バージョンの証明をする。

[問い3-2] (3.10) を、任意のベクトル→a,→b と任意の実数αについて、 (→a－α→b)² ≥ 0が成立することを使って証明せよ。

上の問い3-2は授業中にやったので宿題ではありません。やり方は↓でやっている波動関数の場合の式と同様です。

　この式の左辺が二つのベクトルの長さの自乗の形になっていることに注意せよ。今求めたい∆p∆x も自乗すれば、(∆p)²(∆x)²=(ψ₁,ψ₁)(ψ₂,ψ₂) となって、(3.10)の左辺に似た形となる。この式の波動関数バージョンの式を使うと、∆x ∆pの最小値への手がかりが得られそうである。

　そこでまず、以下で(3.10)の波動関数バージョンとなる一般的な式を証明しよう。まずはψ₁,ψ₂を一般の波動関数として、ψ₁－αψ₂という波動関数を作る。α は複素数としよう。自分自身との内積(ノルムの自乗)は0以上になるということから、

(ψ₁－αψ₂,ψ₁－αψ₂)

≥ 0

(ψ₁,ψ₁)－α(ψ₁,ψ₂)－α^* (ψ₂,ψ₁)+αα^* (ψ₂,ψ₂)

≥ 0

(3.11)

になる。ここで、内積の定義から(ψ₁,αψ₂)=α(ψ₁,ψ₂) および(αψ₂,ψ₁)=α^*(ψ₂,ψ₁) が言えることに注意。すなわち、定数が内積の中から外に出る時は、後ろから出るならそのままだが、前から出るなら複素共役になって出てくる(定義(ψ, φ)=∫ψ^*φdx をよく見よ)。

　ここがよくわからない人がいたみたいだが、(ψ, φ)=∫ψ^*φdxだから、Ψ→αΨと置き換えた場合は(αψ,φ)=∫(αΨ)^*φdx= α^*∫ψ^*φdxとなる、ということ。

ここでα = kとしてkが実数であるとすれば、

(ψ₁,ψ₁)－k( (ψ₁,ψ₂)+ (ψ₂,ψ₁))+k² (ψ₂,ψ₂)

≥ 0

(3.12)

となるし、α = ikのようにαが純虚数だとすれば、

(ψ₁,ψ₁)－ik( (ψ₁,ψ₂)－(ψ₂,ψ₁))+k² (ψ₂,ψ₂)

≥ 0

(3.13)

という式が出る。

　どちらの式も、ak² + bk+c ≥ 0というkに関する二次不等式の形に書けた。双方とも、a=(ψ₂,ψ₂),c=(ψ₁,ψ₁) であり、bは上の式では、－ ( (ψ₁,ψ₂) + (ψ₂,ψ₁) )、下の式では－i( (ψ₁,ψ₂) －(ψ₂,ψ₁) )である。係数a,b,cは全て実数であることに注意せよ。だから実数係数の二次不等式での公式がすべて使える。

　これらの式はkの値によらず成立しなくてはいけないが、もし(左辺)=0 という方程式が二つの実数解を持つと、右のようなグラフが書けることになってしまって負になってしまう。それゆえこの式は実数解をせいぜい一つしかもたない。その条件は判別式が0以下であるということ、すなわちb²－4ac ≤ 0である。ゆえに

[－((ψ₁,ψ₂)+(ψ₂,ψ₁))]²－4(ψ₁,ψ₁)(ψ₂,ψ₂) ≤ 0

(3.14)

または

[－i((ψ₁,ψ₂)－(ψ₂,ψ₁))]²－4(ψ₁,ψ₁)(ψ₂,ψ₂) ≤ 0

(3.15)

という式が出る。一見二つの式のようだが、実は(3.14)で ψ₂→ iψ₂と置き換えを行えば(3.15)が出てくる。以下では(3.15)だけ計算する。

ここまでは一般式だったが、ここで(3.15)の中のψ₁,ψ₂に(3.8)で定義された波動関数を代入する。

第二項は－4(∆x)²(∆p)²となる。第一項を計算しよう。

[－i((ψ₁,ψ₂)－(ψ₂,ψ₁))]² =

[

－i

∫

ψ^*(p－ )(x－ < x > )ψdx－

∫

ψ^*(x－ < x > )(p－ )ψdx

]

[

－i

∫

ψ^*

[p－ ,x－ < x > ]

=－i

ψdx

]

[

－

∫

ψ^* ψdx

]

(3.16)

となる。ここで [ p－ ,x－ < x > ] を計算する時には、 < x > , はもはや数であって演算子ではないので、xやpと交換することを用いた。

　定義より、

[ p－ ,x－ < x > ] = (p－ )(x－ < x >)-(p－ )(x－ < x >)

であるが、や< x >は数なので順番を入れ替えても同じ。つまり、x=xだし、p< x >=< x >pである。これを使うと、

px-xp=[p,x]しか残らない。

よって、

² － 4 (∆x)² (∆p)² ≤ 0

(3.17)

である。これからただちに、厳密に証明された不確定性関係

(∆x)² (∆p)² ≥

すなわち ∆x ∆p ≥

(3.18)

が導かれる。

[問い3-3] 導出方法からわかるように、∆x∆pが最小値である[ hbar

/2]になる時は、ψ₁=(p－ )ψ,ψ₂=(x－ < x > )ψのような形の波動関数の間にψ₁ － ikψ₂=0 (kはある実数)が成立する時である(この時にのみ(ψ₁－ikψ₂,ψ₁－ikψ₂)= 0になる)。簡単のために < x > = =0の場合についてこの式を解いて、∆x∆pが最小になる時の波動関数がどんな形になるか、求めよ。この波動関数は、「不確定性が最小になっている」ということで、最小波束(minimum packet)と呼ばれる。

以上の導出方法からわかるように、別にx,pでなくても、演算子A,Bがあって、[A,B]=k(kは定数)であったならば、∆A∆B ≥ [|k|/2]を導くことができる。よって、量子力学において交換しないような二つの物理量の不確定度の両方をゼロにすることはできない。

たとえば二つの演算子を∧A,∧B として、

^
A

ψ = aψ,

^
B

ψ = bψ

(3.19)

(a,bは固有値であって、数である)になるような状態ψがあったら、このψは「演算子∧A と演算子∧Bの同時固有状態」と言う。

同時固有状態に関する定理

交換しない二つの演算子は同時固有状態を持てない。

(ただし、以下に示す例外を除く)

というのはたいへん大事な定理である。以下のように証明できる。

[∧A,∧B]=c(cは 0でない)とする。もし、同時固有状態があったとすると、

^
A

^
B

ψ =

^
A

(bψ) =

abψ

^
B

^
A

ψ =

^
B

(aψ) =

baψ

(3.20)

となる。数であるところのa,bは当然交換するので、この式から∧A∧Bψ = ∧B∧Aψとなってしまうが、これは[A,B]=cに反する(ただし、この証明には抜け道がある。下の問題参照)。

[問い3-4] [∧A,∧B]=∧C(∧Cは演算子)である場合は、∧A,∧B の両方の固有状態があってもよい。ただし、その状態は∧Cのゼロ固有値状態(つまり、∧Cψ = 0)でなくてはならないことを証明せよ。

　この抜け道の部分を除くと、交換しない演算子に対応する物理量は、同時に確定できないということがわかる。したがってこのような物理量の両方を同時測定するような実験は不可能だということになる。一方を測定して確定させると状態はその物理量に対応する演算子の固有状態となってしまい、その状態はもう一つの物理量に対応する演算子の固有状態ではないので、大きな不確定性を持つことになるのである。演算子の交換関係が0となるか否かは、大きな物理的意味を持っている。

3.2 演習問題

[演習問題3-1] 波動関数が

ψ =

(

)

¹/₄

e^{－¹/₂αx²}

である時、 xの期待値と分散を計算せよ。xの範囲は－∞ < x < ∞である。

(hint:公式∫_－∞^∞ dx e^－ax²=√{[π/a]})

(hintその２:上の公式をaで微分することで、∫_－∞^∞ dx x²e^－ax²がどうなるかを計算することが可能。)

[演習問題3-2] 演習問題3.1の波動関数にたいし、pの期待値と分散を計算せよ。∆xと ∆pの間にはどんな関係があるか？？

4章はざっと概観だけを説明しました。というわけで、４章の「問い」は宿題にしません。

第4章状態ベクトルとしての波動関数

　ここまでで何度か、波動関数ψをψ = [1/√{2π}]∑_k f_k e^ikxと「分解」したり、(ψ,φ)=∫ψ^* φdxのことを「内積」と呼んだり、まるで波動関数ψを一個のベクトルであるかのごとく扱ってきた。特に前章では波動関数（ベクトル）の自分自身との内積が0以上であるということを使って不確定性関係を証明した。波動関数をベクトルとみなす効用についてはおぼろげながらにも理解できると思う。この章では、もっと具体的に波動関数とベクトルの関連性を見ていこう。このような考え方に慣れると、量子力学の考え方が少しずつ見えやすくなるはずである。

4.1 波動関数をベクトルと見る

波動関数がなぜベクトルと考えられるか¹⁸がわかりにくいならば、関数ψ(→x,t)を

Ψ =

(

ψ(x₁,t)

ψ(x₂,t)

ψ(x₃,t)

ψ(x_N,t)

)

(4.1)

のような複素N成分を縦に並べたもの(列ベクトル)と考えてやればよい。ただしこのx₁,x₂,…,x_Nは今考えている空間内の全ての場所各点各点に1から順に番号を振っていったものと考える。実際にはもちろん、N=∞と考えなくてはいけない¹⁹。つまり、ψは無限個の複素数成分を持つベクトルであると考えてよい。

　この列ベクトルに対してエルミート共役であるような行ベクトルは

Ψ^†=(ψ^*(x₁,t),ψ^*(x₂,t),ψ^*(x₃,t),…,ψ^*(x_N,t))

(4.2)

である。３次元空間のベクトル→a=(a_x,a_y,a_z) と→b=(b_x,b_y,b_z) の内積は

→
a

→
b

(a_x a_y a_z)

(

b_x

b_y

b_z

)

=a_x b_x +a_y b_y +a_z b_z

(4.3)

と書けたことを思い出そう。これを「無限次元のベクトル」である波動関数の場合に拡張する。

この拡張により、x,y,zの各成分の足し算は、空間の各点各点の波動関数の和に変わる。

この二つの無限次元ベクトルの内積を取って、結果に空間の各点各点の間の距離∆xをかけてからN→∞の極限を取れば、

Ψ^†Ψ∆x =

N
∑
n=1

ψ^*(x_n,t)ψ(x_n,t)∆x →

∫

ψ^*(x,t)ψ(x,t)dx

(4.4)

という形になる。つまり、いつも計算している∫ψ^*ψdxは、ベクトルの内積と本質的には同じものなのである²⁰。だから、不確定性関係の証明の計算でも、二つの波動関数ψとφの内積を (ψ,φ) = ∫ψ^*φdx と内積であるかのように表記しておいたのであった²¹。

　なお、なぜ複素共役をとるのか不思議な人もいるかもしれないが、ψ = a+ibの時、ψ^*=a－ibであり、ψ^*ψ = a²+b²となることを考えると、複素数１個（ψ）を、実数２個のベクトル

(

)

と考えれば、

ψ^*ψ =

( a b )

(

)

と思って良い。ψ^*ψだけで実数２成分ぶんの行列計算をしているのである。

4.2 ベクトルと行列↔ 波動関数と演算子

　次に、ベクトルにかけ算される行列について勉強しよう。量子力学ではベクトルが波動関数に"出世"するので、行列が演算子へと出世する。

　線型代数を勉強した人は、「エルミート共役」とか「エルミートな演算子」などの言葉が、行列に関する言葉として出てきたことを覚えていると思う。ここで行列の場合のエルミート性の定義と、それからどのような結果が得られるかをまとめておく(そんなにややこしい話ではないから、線型代数を勉強してない人も心配しなくてよい)。量子力学でも行列的考えかたは役に立つからである。

　行列におけるエルミート共役とは、行と列を入れ換えた後で各成分の複素共役をとることを意味する。2×2行列なら

(

)

†

(

a^*

c^*

b^*

d^*

)

(4.5)

である。エルミート共役をとると自分自身にもどる行列を「エルミート行列」と呼ぶ。列ベクトルのエルミート共役は

(

)

†

= (x^* y^*)

(4.6)

となって、行ベクトルとなる。二つの列ベクトルX=

(

)

とU=

(

)

の内積(U,X)は

(U,X) =

(

)

†

(

)

(u^* v^*)

(

)

=u^* x + v^* y

(4.7)

のように、一方のエルミート共役をとってからかけ算したものと定義されている(もしベクトルの成分が実数ならば、これは普通の2次元ベクトルの内積である)。演算子に固有値や固有関数があったように、行列にも固有値や固有ベクトルがある。

(

)

(

)

= α

(

)

(4.8)

となるならば、αが固有値、

(

)

が固有ベクトルである。行列

(

)

をAと書くと、

(AU)^†=U^† A^† すなわち

[

(

)

(

)

]

†

(x^* y^*)

(

a^*

c^*

b^*

d^*

)

(4.9)

となることに注意しよう。左辺はベクトルUに行列Aをかけるという計算が終了したのちに、結果のエルミート共役を取るという計算を意味している。具体的に計算してみると、左辺

(

ax+by

cx+dy

)

†

となり、右辺は (a^*x^*+b^*y^* c^*x^*+d^*y^*) となり、等式が成立することが確認できる。

行列がエルミート行列であれば、(AU)^† X=U^† AX、すなわち

[

(

)

(

)

]

†

(

)

(u^* v^*)

(

a^*

c^*

b^*

d^*

)

(

)

[

(

)

]

†

(

)

(

)

(4.10)

が成立する。演算子の場合のエルミート性

∫

(Aψ)^* ψdx =

∫

ψ^* Aψdx

(4.11)

と、行列のエルミート性は同様の性質を持つ条件であることがわかる。

[問い4-1] このように定義されている時、これまで波動関数や演算子について成立していた性質が行列に対しても成り立っていることを確かめることができる。以下のことを証明してみよう。

列ベクトルの、自分自身との内積は常に0以上である。

任意のベクトルU,Xに対して、(U,X)=(X,U)^*である。

エルミート行列の固有値は常に実数である。

エルミート行列に対して固有値が異なる二つのベクトルが直交する。

このように行列的に考えると、座標xの演算子は

X =

(

x₁

…

x₂

…

x_N－1

…

x_N

)

(4.12)

という行列である。こうすれば、

XΨ =

(

x₁ψ(x₁, t)

x₂ψ(x₂, t)

x_Nψ(x_N, t)

)

(4.13)

となる。これまでの量子力学の表示において「ψにxをかけたらxψ」のように計算していたのは、実はこのような行列計算を暗黙のうちに行っていたのであった。

行列表示では、pすなわち－i(^h/_2p)[∂/∂x] は

lim
∆x→0

－i

∆x

(

－1

…

－1

…

－1

…

－1

…

)

(4.14)

となる。ただし、∆x(=x₂－x₁=x₃－x₂=… = x_N－x_N－1)は空間をN等分した一個の長さである。残念なことにこの行列Pはエルミートでないが、連続極限(∆x→0)ではエルミートである。

このような行列を(1)にかけると、

PΨ =

lim
∆x→ 0

－i

∆x

(

ψ(x₂)－ψ(x₁)

ψ(x₃)－ψ(x₂)

ψ(x₄)－ψ(x₃)

)

(4.15)

となって、これは確かに微分である(∆x→0の極限において)。この行列で表したxとpの間にも、交換関係[x,p]=i hbar

が成立している(実際に計算すると少しだけi hbar

×単位行列とはずれた形で出てくるが、その理由は本来連続的なものである微分を不連続に置き換えたせいである)。

演算子Aの場合でも、(Aφ,ψ)=(φ,A^†ψ)、すなわち、

∫

(Aφ)^* ψdx =

∫

φA^†ψdx

(4.16)

としてAのエルミート共役A^†を定義できる。エルミートな演算子の場合、A^†=Aである。A^† = －Aとなる演算子を反エルミートな演算子と言う。

[問い4-2] 演算子A,Bの積ABのエルミート共役(AB)^†は B^† A^†であることと、行列でもそうであることを証明せよ。

[問い4-3] エルミートな演算子の交換関係は反エルミートであることを証明せよ。

阿貿汎梓愎�ψ(x,t)を運動量の固有状態で分解すること(ということはすなわちフーリエ変換するということ)を行ったが、その手順の概略は以下のようなものだった。

運動量演算子の固有関数を求める。

運動量演算子はp= $-i\hbar{\partial\over\partial x}$ だから、固有関数は e^[i/ hbar

^]pxであった。

任意の波動関数を運動量の固有状態の和で書く。

運動量が離散的である時は

ψ(x)=

√L

(F₁ e^[i/

^]p₁x+F₂ e^[i/ hbar

^]p₂x+F₃ e^[i/ hbar

^]p₃x+…)

(4.17)

(Lは考えている空間の大きさ)であり、連続的であれば、

ψ(x)=

√

2π

∫

ψ(p)e^[i/

^]pxdp

(4.18)

と展開できる。

係数F_nを求める。

こうやって分解された波動関数に前からe^－[i/ hbar

^{]p_n x}をかけて積分すれば係数F_n(あるいはψ(p))を求めることができた。この積分によって運動量p_nを持っている成分以外は消えてしまうからである。

運動量の期待値を計算する。

任意の運動量の固有状態e^[i/ hbar

^]pxの和で書き表された状態に運動量演算子をかけると、

－i

∂

∂x

ψ(x) =

√L

( p₁ F₁ e^[i/ hbar

^]p₁x+p₂F₂ e^[i/ hbar

^]p₂x+p₃F₃ e^[i/ hbar

^]p₃x+…)

(4.19)

のように、各固有状態の波動関数に対応する固有値をかけたものになる。これにさらに前からψ^*をかけて積分すると、波動関数の直交性から、答えは

p₁ F₁^* F₁+ p₂ F₂^* F₂+ p₃ F₃^* F₃+…

(4.20)

に比例した形となる。つまり、F^*_nF_nのように同じ成分どうしの積になっているところ以外は、最終的な答えの中に入ってこない。

このような計算は、行列で見るとどのような計算をしていることになるのかを見ておこう。

行列の固有ベクトルを求める。

エルミートな行列 A =

(

)

に対して

(

)

(

x₁

y₁

)

=λ₁

(

x₁

y₁

)

(

)

(

x₂

y₂

)

=λ₂

(

x₂

y₂

)

(4.21)

のように、二つの固有ベクトルが見付かったとする²²。ここではλ₁ ≠ λ₂としよう²³。さらにこの固有ベクトルはともに規格化済みとする。

任意のベクトルを固有ベクトルの和で書く。

任意のベクトルは

X =

(

)

= k₁

(

x₁

y₁

)

+k₂

(

x₂

y₂

)

(4.22)

のように固有ベクトルに適当な複素数の係数k₁,k₂をかけて足し算することで作ることができる。

係数k₁を求める。

ベクトルの分解の係数k₁は、

(

)

の前から(x^*₁ y^*₁) をかけることで求めることができる。この行ベクトルは異なる固有値を持つ

(

x₂

y₂

)

と直交し、

(

x₁

y₁

)

との内積が1だからである。

行列を対角化する。

この二つのベクトルを並べて作った行列 U =

(

x₁	x₂
y₁	y₂

)

を作る。

Uのエルミート共役U^†は

(

x₁^*

y₁^*

x₂^*

y₂^*

)

であるが、U^† U=Iとなることは二つのベクトルの直交性と規格化から明らかである(行列を作っているベクトルが互いに直交して長さが1になっていることに注意)。一般にA^† A=I(単位行列)となる行列をユニタリ行列と呼ぶ。Uはユニタリ行列である。 Uを使って、U^† AUという新しい行列を作る。このような変換をユニタリ変換と呼ぶ。

(

x₁^*

y₁^*

x₂^*

y₂^*

)

(

)

(

x₁

x₂

y₁

y₂

)

(

λ₁

λ₂

)

(4.23)

となって、この行列は対角行列(対角要素以外は0になっている行列)になる。こうなる理由は、Uを $\left(\begin{array}{cc}\left(\begin{array}{c}x_1\\y_1 \end{array}\right)&\left(\begin{array}{c}x_2\\y_2 \end{array}\right) \end{array}\right)$ のように考えると、行列Aをかけると、 $\left(\begin{array}{cc}\lambda_1\left(\begin{array}{c}x_1\\y_1 \end{array}\right)&\lambda_2\left(\begin{array}{c}x_2\\y_2\end{array}\right)\end{array}\right)$ となることから納得できる。ここでも、 $-i\hbar{\partial\over\partial x}$ (F₁e^[i/ hbar

^]p₁x+F₂e^[i/ hbar

^]p₂x+F₃e^[i/ hbar

^]p₃x+…) が p₁F₁e^[i/ hbar

^]p₁x+p₂F₂e^[i/ hbar

^]p₂x+p₃F₃e^[i/ hbar

^]p₃x+… のようになることと同様の計算を行列でやっていることになる。

　結局、フーリエ変換(あるいはx-表示からp-表示への変換)というのは「無限行無限列行列を使ったユニタリ変換」ととらえることができる。

　ここではフーリエ変換の場合で話をしたが、量子力学では「何かの演算子(ハミルトニアンでもいいし角運動量でもいい)の固有関数」の形で任意の関数を分解して計算するという方法をよく使う。このような計算方法を「演算子を対角化する」という言いかたをする。演算子を行列と考えた時、

(

λ₁

λ₂

)

のような形に行列をユニタリ変換していることに対応しているからである。

　ベクトルに対して使える公式などが適用できるためには、その量が足し算および定数倍ができること、内積が定義できることが重要である。つまり、このようなベクトル的な計算ができるのは、量子力学的な状態を表す波動関数が「重ね合わせ」という形で「足し算」ができるおかげである。

　このため、波動関数で表される一つの量子力学的な状態を「状態ベクトル」という言葉で呼ぶ。状態ベクトルは無限次元のベクトルで、その一つのベクトルが、一つの波動関数ψ(x)を表現する。波動関数の重ね合わせψ₁(x)+ψ₂(x)は、状態ベクトルの和と考えることができる。

【以下長い註】この部分は、最初に勉強する時は理解できなくともよい。

4.3 直交関数系という考え方

波動関数を運動量の固有値で分類する時、結果的にフーリエ級数のテクニックを使っている。フーリエ級数は「直交関数系」というものの基本的な例である。直交関数系は今後も量子力学でよく使うので、その意味するところを説明しておく。

フーリエ級数の各成分にあたるcosmx, sinnxは違うもの同志をかけて積分すると0になるという性質を持っていた。これは、直交座標系の基底ベクトル→e_x,→e_y,→e_zが自分自身以外との内積が0であること

→
e

(4.24)

に似ている。そういう意味で、このような関数列を「直交関数系」と呼ぶ。

p→e_xは単位ベクトルであり、→e_x·→e_x=1 であった。直交関数系でも同様に考えて、「自分自身との内積が1である」という条件も満たしている直交関数系を作る。これを「規格直交関数系」と呼ぶ。たとえば上の1は∫₀^2π 1 dx=2πとなるので、規格化されていない。規格化するには√{2π}で割って[1/√{2π}]にする。同様にsinxは∫₀^2πsin² x dx = πとなって規格化されていないので、[1/√{π}]sinxとして規格化する。

規格直交系

√

2π

√

sinx,

√

sin2x,

√

sin3x,…,

√

cosx,

√

cos2x,

√

cos3x,…

(4.25)

が関数の「基底ベクトル」にあたるものなのである。

あるベクトル→A = A_x →e_x +A_y →e_y +A_z →e_z があった時、A_xを求めたいと思えば、

→
e

→
A

→
e

(

A_x

→
e

+A_y

→
e

+A_z

→
e

)

= A_x

(4.26)

のように、→e_xをかけることで求めることができる。→e_xをかけると→e_y,→e_zの部分(y成分とz成分)が消えてしまうおかげで、x 成分だけを取り出すことができるのである。

関数に対してもこれと同様のことが行ったのが、前節でF_nを求めた計算であった。

ここでは三角関数の列を「基底ベクトル」として用いたが、問題によっては他の関数列を使った方が計算が簡単になる場合もある。量子力学ではこのように関数を直交関数系を使って分解する、ということをよく行うが、フーリエ級数はその基本的な例である。

【よくある質問】 「p=－i hbar

[∂/∂x]やE= i hbar

[∂/∂t]を演算子扱いするのはわかるが、xは単に数だとして扱ってもいいのではないのか。なぜ演算子だと思わなくてはいけないのか」

こう思うのは我々が波動関数をψ(x,t)のようにxの関数として表しているため、xに関しては順序をどう入れ換えても問題ないからである。しかし、例えば、ψをフーリエ変換²⁴

ψ(x,t)=

√

2π

∫

ψ(p,t) e^[i/ hbar

^]px dp

(4.27)

して、pの関数ψ(p,t)を「波動関数」と考える立場もとれる。ψ(x,t)が決まればψ(p,t)は決まるし、この逆も真だから、この二つは同等なのである。

このような書き直しをすると、たとえばある演算子A(x)の期待値 < A > は

< A(x) > =

∫

ψ^*(x,t)A(x)ψ(x,t) dx

2π

∫

(

∫

ψ^*(p′,t)e^－[i/ hbar

^]p′xdp′

)

A(x)

(

∫

ψ(p,t)e^[i/ hbar

^]pxdp

)

(4.28)

のようにしてψ(p,t)を使った式に書き換えていくことができる。さらに後ろにe^[i/ hbar

^]pxがある時には

－i

∂

∂p

e^[i/

^]px = x e^[i/ hbar

^]px

(4.29)

となることを使って、A(x)→ A( －i[∂/∂p])と置き換える。ただし、ここの微分はe^[i/ hbar

^]pxにかかっている。つまり、

∫

ψ(p,t)

[

(

－i

∂

∂p

)

e^[i/

^]px

]

(4.30)

という形になっている。ここで部分積分をして、微分がψ(p,t)の方にかかるようにする。こうすると部分積分のおかげでマイナス符号が一個出て、さらに－i hbar

[∂/∂p]→ i

[∂/∂p] と置き換わる。これでe^[i/ hbar

^]pxには微分がかからなくなったから前にもっていくことができて、

< A(x) > =

2π

∫

(

∫

ψ^*(p′,t)e^－[i/ hbar

^]p′x dp′

)

∫

[

(

∂

∂p

)

ψ(p,t)

]

e^[i/

^]px dp

2π

∫

(

∫

e^[i/

^](p－p′)x dx

)

=2π

δ(p－p′)

ψ^*(p′,t)A

(

∂

∂p

)

ψ(p,t)dpdp′

∫

ψ^*(p,t)A

(

∂

∂p

)

ψ(p,t)dp

(4.31)

のようにx積分を実行して、pを変数とする表示に書き直すことができる。こうなってしまうと今度はxの方がpを微分する演算子となり、むしろpの方が「数」に見えてくる。ψ(x,t)を使うのはx-表示、ψ(p,t)を使うのはp-表示などと言うが、これ以外にも他の表示もあり、その時その時で便利な表現を使って問題を解くのがよい。一般的には(x-表示以外では)xも立派な演算子なのである。

【長い註終わり】

Footnotes:

¹⁶たいていの場合、 ∆x∆p > hと書いてあるが、正確にはこう。

¹⁷「場の量子論」と呼ばれる量子力学の無限自由度系バージョンにおいては、自分自身との内積が負になるような場合を考えなくてはいけない場合もある。量子力学では(φ,φ) ≥ 0と考えてよい。

¹⁸元々数学的には、足し算ができて定数倍できるものはなんでもベクトルである。「向きと大きさがある量」というのは高校生向けのベクトルの定義。

¹⁹念の為に補足しておくと、実際には空間内の点の数は連続無限個、すなわち数え上げることが不可能な無限大であるので、このように1から順番に数を割り振ることはほんとうはできない。

²⁰∆xをかけておく必要があるのは、そうしないと「無限成分の和」が発散するから。∆xはN→∞で0に向かうので、掛け算は収束し、それは積分と同じものになる。

²¹もう一つ有名な表記方法として、∫ψ^*φdx= < ψ|φ > というのもある。ディラックのブラとケットと言う。

²²2×2行列ならば、固有ベクトルは二つしかない。

²³λ₁=λ₂の時は、この二つのベクトルが直交するようにとるものとする。

²⁴ここで前についている係数に hbar

がついているのは、e^[i/ hbar

^]pxの方にも

がついているため。

学生の感想・コメントから

初等量子力学でやったことをたくさん忘れていた（同様の感想、悲しくなるほど多数）
　物理は上へ上へと積み上げていく学問なので、そんなにあっさり前やったことを忘れていると「二階があるのに一階のない家」みたいな不安定な状態になっちゃいますよ。

　ベクトルを甘く見ちゃだめだと思った。
　もちろん甘く見ちゃダメ。とっても大事です。

　関数をベクトルと考えるなんて、驚きでした。
　でも、こういう考え方は今や「ふつ～」なんですよ（量子力学に限らず）。

　足し算ができて定数倍ができるのがベクトルだとすると、ベクトルじゃないものって少ない？
　実数や複素数で表現されるものはたいていベクトルの資格があります。

　ただの数もベクトルですか？
　実数は１次元（１成分）のベクトルです。

　[A,B]って何の記号でしたっけ？
　あうあう(;_;)。[A,B]=AB-BAです。AやＢが数ならこれは 0ですが、演算子なら、0にならないこともあります。

　「同次固有状態を持てない」が理解できなかった。
　質問してください！　これからもバンバンでてきますから、わからないままだと困ります。

　(3.14)でΨ₂→i Ψ₂と置き換えれば(3.15)が出るというのがわからなかった。

　具体的に代入すればすぐできます。(Ψ₁,iΨ₂)= i(Ψ₁,iΨ₂)ということと、(iΨ₂,Ψ₁)= -i(Ψ₂,Ψ₁)（符号に注意）に気をつけて計算してみてください。

　未だに解析力学がわかってないので、どうしようかと思ってしまう。
　とりあえずは解析力学を理解しようとしなくてもいいので（後でゆっくりやる）、まずは「シュレーディンガー方程式を解けば粒子の運動が（ある程度）わかる」というところから出発してみてください。私が学生の時も、量子力学をある程度わかってから解析力学を勉強しなおすと、理解しやすかったです。

　波動関数はベクトル量を持つんですか？　波動関数の波はベクトル量を持つんですか？
　違う！！　波動関数そのものが「足し算したり、定数倍したり、内積をとったりできる」という意味で、紛れもないベクトルなんです。

　波動関数をベクトルと考えずに量子力学をやっていくと行き詰まりますか？
　やはり難しい問題を考える時のバックボーンとして「無限次元のベクトル」という考えは大事です。

　不確定性関係が数学的に示されたのには感動しました。
　前期で出てきた時は状況証拠を重ねていく感じでしたからね。

　今日は数学的に不確定性関係を示したわけですが、歴史的には前期にやったようなおおざっぱに示したのが先なんですか？
　まずはおおざっぱに示したのが先。少しずつ議論が精密になっていきました。

　[ p－ ,x－ < x > ] が [ p,x]になったのはなぜ？？
交換関係の中に数があっても、結果はゼロだからです。たとえば[p, < x >]=p< x > - < x > pですが、これは0です。

　無限次元空間というのはあらゆる方向に次元を持っているみたいですが、一つ一つの成分同志は直交していないように見えます。
　いえ、直交しています。３次元の図で書くと直交してないように思えるでしょうが、それは３次元図にムリヤリ書いているからで、無限次元には∞個の方向があるのです。

File translated from T_EX by T_THgold, version 3.63.
On 1 Nov 2006, 21:04.

量子力学2006年度講義録

3.1 分散と標準偏差（続き）

3.2 演習問題

第4章 状態ベクトルとしての波動関数

4.1 波動関数をベクトルと見る

4.2 ベクトルと行列↔ 波動関数と演算子

4.3 直交関数系という考え方

Footnotes:

学生の感想・コメントから

第4章状態ベクトルとしての波動関数