量子力学2006年度講義録第5回


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第5章 1次元の簡単なポテンシャル内の粒子

 前章までで、量子力学の基本的な事項の説明をした。以下では、より具体的な問題に量子力学を適用していく。この章では、1次元でポテンシャルの中での波 動関数を考える。現実(3次元)に比べ簡単すぎてつまらないように感じるかもしれないが、1次元に限っても量子力学にはいろいろと面白い現象がある。

5.1  箱に閉じ込められた粒子

 以下では一次元の箱(長さL)に閉じ込められた質量mの粒子の運動を量子力学的に考える。まずこの粒子の持つエネルギーをシュレーディンガー方程式を解 くことなしにおおざっぱに評価しよう。計算結果に現れる量はhbar,L,mのみのはずである。Lは文字通り[L]の次元を、mも[M]の次元を 持つ。hbarは時間で割る(振動数をかける)とエネルギー[ML2T−2] になるのだから、[ML2T−1]という次元を持っている。この3つの量からエネルギーの次元を持った量を 作ろうとすると、[T]を含むのはhbarのみだから、hbar2[M2L4T−2] に比例させなくてはいけない。後Lとmを適当にかけることで次元あわせをすると、[(hbar2)/(mL2)] でエネルギーの次元となる。実際に計算した結果はこれの数倍程度の量になるだろう。
この結果は不確定性関係を用いた考察からも出てくる。長さLの箱に閉じ込められているということは、位置の不確定性は最大でも∆x=Lである。一方∆x ∆p > hであるから、運動量は∆p=h/L程度の不確定性を持たなくてはいけない。この場合、エ ネルギーも[(p2)/2m] = [(h2)/(2mL2)] 程度を持っているはずである。



[問い5-1] ばね定数kのばねにつながれた質量mの粒子(エネルギーは [(p2)/2m]+1/2kx2と 書ける)について、次元解析および不確定性関係から、最小のエネルギーの値を予想せよ。



 以上の考察をした後、具体的にシュレーディンガー方程式を解いていってみよう。一次元の空間(0 ≤ x ≤ L)内に閉じ込められた、自由な粒子(V(x)=0)を考える。粒子の質量をmとする。
 解くべき方程式は
hbar2
2m

2
∂x2
ψ(x,t) = ihbar
∂t
ψ(x,t)
(5.1)
である。ここで、エネルギーが確定した値を取る(つまり、エネルギーの固有状態である)状態を考えることにすれば、
ψ(x,t)=φ(x)e−[i/(hbar)]Et
(5.2)
のような形に解を制限することになる。これを代入して、

hbar2
2m

2
∂x2
(φ(x)e−[i/hbar]Et) =
ihbar
∂t
(φ(x)e−[i/hbar]Et )
hbar2
2m

d2
dx2
φ(x)e−[i/hbar]Et =
Eφ(x)e−[i/hbar]Et
hbar2
2m

d2
dx2
φ(x) =
Eφ(x)

(5.3)
となるので、解くべき式はφ(x)に関する常微分方程式になる。このような定数係数の線型同次微分方程式の場合、解はeλxと置く ことができる。λの値を求めるためにこの解を代入すると、
hbar2
2m
λ2 eλx = E eλx
(5.4)
となるから、
hbar2
2m
λ2 = E
(5.5)
を解いて、λ = ±i[√[2mE]/hbar]となる。
 これから、境界条件を考慮しなければ、k=[√[2mE]/hbar]と置いて、
φ(x) = A eikx+ B e−ikx
(5.6)
という解が出る。
 ここで波動関数に境界条件を与えよう。粒子は0 ≤ x ≤ Lに閉じ込められているとしたのだから、この範囲の外側ではφ = 0である。その外側の波動関数とつながるためにはφ(0)=φ(L)=0でなくてはならない。これから、
A + B = 0,    A eikL+ B e−ikL=0
(5.7)
という式が出てくる。第一式よりB=−Aであるから、
A(eikL− e−ikL) = 2Ai sinkL=0
(5.8)
Aが0では波動関数が全部0になってしまうので、sinkL=0ということになる。ゆえに、
kL = nπ(nは自然数)
(5.9)
という条件がつく。

 ここでn=0が除かれているのは、n=0だとφ= 2Ai sin 0となってしまってどこでも0になってしまうから。n<0を除くのは、そもそもkの定義がk=[√[2mE]/hbar]だったということもあるし、sinは奇関数なので、nの時の-nの時は本質的に同じ 関数になり、両方考える必要はない。

 つまり、



  ___
2mE

hbar
L=

2mEL2
hbar2
=
n2π2
E=

n2π2hbar2
2mL2


(5.10)
のようにエネルギーが決まった(最初の予想と比較してみよう。多少数はずれているがだいたいの値は出ている)。結局波動関数は
φn(x)=2Aisin (

L
x )
(5.11)
となり、nの値に応じてEn = [(n2π2hbar2)/(2mL2)] というエネルギーを持つことになる。エネルギーが任意の値を取れず、何か整数nを使って表せるようなとびとびの値を取る(量子化される)ことは量子力学で よく現れる現象であるが、これは束縛状態(粒子が空間の一部に集中して存在している状態)の特徴である1
規格化条件∫φ* φdx=1を満たすようにAを決めよう。


L

0 
φ*φdx =

L

0 

( −2A*isin (
L
x ) )
( 2Aisin (
L
x ) ) dx
=
4A*A L

0 
sin2 (
L
x ) dx

(5.12)
 この式の積分はsin2θ = [1−cos2θ/2]を使って積分することもできるが、グラフを思い浮かべれば右のようになり、「山と谷が消し合う」ということを考えればちょうど底辺 L、高さ1/2の長方形の面積になることがわかって、答えはL/2に なる。これから、

2A*AL = 1
(5.13)

 よってA=[1/√[2L]]eとなる。A*=[1/√[2L]]e−iαな ので、A*Aという組合せの中には位相αは入っていない。つまりこのαは規格化条件をつけても決まらないのである。ここでは
φn(x)=  

2
L
 
sin ( nπx
L
)
(5.14)
となるように、つまり最初ついていたiが消えるように選んでおこう(こうしなくてもまったく問題ないが)。
  こうしてn=1に始まってn=∞まで続く、無限個の波動関数が得られた。各々は違う大きさのエネルギー固有値を持つ固有関数になっている。したがって、状 態をエネルギーの固有値で分類した、と考えることができる。
  今求めたエネルギー固有状態では、粒子の存在確率(φn*φn)は時間によらない。 つまり、粒子は動いていない。それはあたりまえで、エネルギーの固有状態であるということはψ(x,t)=φ(x)e−iωtとい う形で時間依存性e−iωtが空間依存性φ(x)と分離してしまっている。だから、ψ*(x,t) ψ(x,t)=φ*(x)φ(x)となって、時間がたったときに確率分布が変化しなくなっている。
 それでは、古典力学における`運動'はどこへ行ってしまったのか。これが気になる人のために、エネルギー固有状態でない状態ではどうなる のかを考えよう。一番簡単な例として、以上で求めた波動関数のうち、もっともエネルギーの低いものから二つ(φ1=√{[2/L]} sin([πx/L])と、φ2=√{[2/L]}sin([2πx/L]))を考えよう。

  なお、このような波の運動は、アプレットでアニメーションを見てもらいながら話した。このアニメーションでn=1とn=2の波が発生す るようにしてやれば、右のグラフが動く様子を見ることができる。

 普通の状態って、重ね合わせになっているんですか?
 何が「普通」かにもよるけど、特に注意せずに箱に粒子を放り込んだらいろんなエネルギー状態の重ね合わせになりそうだね。で、エネルギーを測定するとい う操作を行うと、特定のエネルギーの固有状態だけに「収縮」が起こるはず。

φmix=C1 φ1 + C2 φ2
(5.15)
のように二つの状態がまざった状態として作ることができる。このように二つの波が重なりあい、しかもφ1とφ2は 違うエネルギーを持っていて違う振動数で振動しているので、これらの和は状況によって左側が強め合ったり、右側が強め合ったりするのである(右の図参 照)。つまり、「いったりきたり」という現象が表れている。つまり、古典力学的な意味で動いている(期待値が振動している)状態というのは、エネルギー固 有状態でない状態(複数のエネルギー固有状態の重ね合わせ)として実現しているわけである。

 今更ここに書くのもなんだが、ここでφmixなんて書くのはよろしくなかった。「混合(mixed)」という言葉は量子力学では別 の意味がある(この授業では出てこないけど)。重ね合わせ(superposition)のつもりでφsupとか、あるいはいっそ φとした方がいいか。しかしsupだと上限値みたいだし、重だと重いみたいだ(;_;)。



[問い5-2] φmixが規格化されているためのC1,C2の 条件を求めよ。
[問い5-3] 時間発展を考慮して、
ψmix = C1  

2
L
 
sin ( πx
L
) e−[i/hbar]E1t +C2  

2
L
 
sin ( 2πx
L
) e−[i/hbar]E2t
とする。xの期待値 < x > を計算し、振動するような答えであることを確認せよ。
[問い5-4] エネルギーの期待値を計算してみよ。



 一般の波動関数は

Ψ=C1φ1 e−[i/hbar]E1t +C2φ2 e−[i/hbar]E2t+C3φ3 e−[i/hbar]E3t+C4φ4 e−[i/hbar]E4t+…

のようにいろんな固有状態の和で書くことができる。計算としては、最初に固有状態に限って計算したわけであるが、こ の式でt=0と置いた

Ψ=C1φ1 +C2φ2 +C3φ3 +C4φ4 +…

は、係数(Ci)を調節すれば、任意の関数を表すことができる(フーリエ級数を思い出そう。今の場 合、両端で0という境界条件を置いて考えているので、sinを持ってくれば任意の関数を表現できる)。

 ということは、任意の初期条件に対してその後波動関数がどう時間発展する かが計算できたことになるわけである。

 常に固有関数の和で任意の状態を表すことができるんですか?
 うーん。物理的にまともな問題なら、たいていできます。物理的に考えると固有値は観測の測定値だから、任意の関数が固有関数で表現できないとすると、そ の表現できない状態には、対応する物理量の観測値がない、ということになって、不自然。まぁ固有値方程式が解けないぐらい難しいという可能性はあるかもし れませんが。
 今日の場合は三角関数でしたが、シュレーディンガー方程式が複雑になるとその分関数も複雑になって、ベッセル関数だのエルミート多項式だの、複雑な関数 が出てくるんですが、この後出てくる関数系はみな、任意の関数を表現できるようになってます。


Footnotes:

^1量子力学だからといって、何がなんでも不 連続になるわけではない。エネルギーが不連続でとびとびの量になるのは、束縛されている場合だけである。


学生の感想・コメントから

 次元解析は計算の確かめだけではなく、事前の予測にも使えるんですね。
 そうです。いろいろと役に立つ局面はありますよ。

 量子力学の問題を解く場合、最初に次元をつかってエネルギーを考えた方がいいんですか?
 その辺は個人の好みの問題ですが、次元を考えておくと何かに気が付く、と いうこともあると思います。

 今日はk>0としてやりましたが、数学的にはkが虚数になる(E<0になる)こ ともあり得ますよね?
 あと2週間後 ぐらいにE<0になる場合が出てきます。ただし、今日やった状況では、E<0になるとφ=0という解になってしまうので、考えられません。

 固有値が離散的でない場合はありますか?
 連続的な固有値があることはいくらでもあります。その時は、一般の波動関 数は固有関数の和ではなく、固有関数の積分になります。

 eを勝手に決めましたが、αは重要なものではないということでしょうか?
 はい。重要ではありません。なぜなら量子力学では、観測可能量は常にΨ*AΨのようにΨとその複素共役がペアになって掛け算されているので、αはたとえあって も観測可能量を計算する時には消えてしまうのです。

 偏微分方程式を解くときって、たいてい変数分離を使って解いているんですが、変数分離が使え ないときってあるんですか?
 複雑な微分方 程式になってくると変数分離で解けない可能性ももちろんあります(そもそも微分方程式は常に解けるとは限らない。解けないものもたくさんある)。とりあえ ず、この授業で扱う偏微分方程式は全部変数分離で解けるタイプです。

 エネルギー固有状態では粒子が動いていないという状況が想像できないんですが、現実ではどう いう状況になっているんですか?
 上にも書きま したが、この箱の中の粒子のエネルギーの精密測定を行うと、エネルギー固有状態に波動関数が収縮します。
 その状態では、粒子は箱の中に広がってしまって、「この場所にいる」と一 点を特定できなくなります。たとえばn=4なら、4カ所に確率の山(定常波の腹)がある。
 こういう疑問が出るのは、普段「動いている粒子」を見慣れているせいだと 思いますが、逆に言えば、「動いている」と感知できるものはエネルギー固有状態ではないのです。つまり、我々は普通、エネルギー固有状態を見ることはあり ません。だから実感できなくてあたりまえ。

 n=1の波、n=2の波…が順々に存在するとして、番号順に入った時と、同時に全部入った時 で結果として、状態は同じになるのですか?
 重ね合わされてしまった結果が同じなら、入った順番は関係ありません。

 映画で見たんですが、絶対零度になると物体は光を反射しないってほんとですか?
 そんな話は聞いたことないなぁ。。。。反射じゃなくて「放射しない」の間 違いでは???


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 9 Nov 2006, 13:00.