量子力学2006年度講義録第6回

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5.2  有限の高さのポテンシャル障壁にぶつかる波

  前節で考えたのは、粒子が箱の中に閉じ込められている場合であった。そこでは「境界より外では波動関数が0になる」と考えたが、これはつまりそこに「無限 の位置エネルギーの、越えられない壁」があって、波動関数がそちらに侵入できないのだと考えられる。別の言い方をすれば、「壁」の部分では粒子に無限の大 きさの力が一瞬働いて、方向を変えてしまったと考えよう。
 「壁にぶつかったから跳ね返っただけのことじゃないんですか、なんでポテンシャルなんて出てくるんですか?」と疑問に思う人が時々いるが、そ もそも「壁にぶつかったから跳ね返る」という現象が起こるのは壁から力を受けるからであり、力が働く時には(その力が保存力であれば)必ずそれに対応する ポテンシャルが存在する。たとえば陽子と陽子が衝突する時、実際に粒子どうしが接触したりはしない。実際にぶつかるよりもずっと前にクーロン力による反発 で跳ね返る。また別の考え方をすると、粒子に力が働いて跳ね返るわけだが、その力が保存力であると仮定したら、力が働く場所にはポテンシャルに傾斜がある ということになる(上図参照)。
実際に起こる現象としては、おそらく位置エネルギーの差にしろ力にしろ、無限のエネルギー差や無限の力が働くとは考えがたい。そこで以下では、有限の高さのポテンシャルの障壁に波があたった時に何が起こるかを考えよう。
ただし、ポテンシャルの変化はある地点で急激に起こるとして計算を簡単にする(傾きを有限にしても解けないわけではないが計算が面倒になる)。結果として粒子には(古典的に考えれば)一瞬の間に力を受けることになる。その状況を右図のような
V(x)=

V0
x > 0
0
x < 0

(5.16)
という式で表されるx=0を境に階段状に増加するポテンシャルで表現する。この状況で、x軸負の方向から粒子を入射させてみよう(図ではV0 > 0として書いているが、場合によっては負であってもよい)。解くべきシュレーディンガー方程式はx < 0領域では
hbar2
2m

2
∂x2
ψ = ihbar
∂t
ψ
(5.17)
であり、x > 0領域では


hbar2
2m

2
∂x2
+V0
ψ = ihbar
∂t
ψ
(5.18)
である。とりあえず定常状態解(つまりエネルギー固有関数)を求めることにして、左辺をEψと置き換える。すると結局、
hbar2
2m

2
∂x2
ψ =

x < 0
(E−V0
x > 0

(5.19)
を解けばよいことになる。E−V0の符号に注意せねばならないが、まずはE−V0 > 0 だとするならば、解は
ψ =

eikx+Re−ikx
x < 0
Peik′x
x > 0

(5.20)
となる。ただし、[(hbar2 k2)/2m]=E,[(hbar2 (k′)2)/2m]=E−V0 である。ここで、x > 0の領域にいるのは、左からやってきた波eikxの 一部が壁を乗り越えてやってきているのだろうから、どれくらい透過したかを示す係数Pをつけて表した。一方x < 0では、壁のところで一部反射して左行きの波ができる可能性があるので、その波がRという係数をもっているとして足し合わせた。P,Rは一般に複素数でよ いが、その値はx=0における接続で決まる。|P|は透過波の、|R|は反射波の振幅に対応する。

 この時って右と左でエネルギー保存するんですか?
 します。波動関数において、エネルギーというのはhνなので、つまりは左と右で振動数が一致する、ということです。この状況で振動数が一致しなかったら、境界での波動関数がつながらなくなってしまいます。
 実際波が関与する現象では、ドップラー効果みたいなことが起きない限り、振動数は変化しません。

なお、係数を簡単にするために入射波の振幅を1にしたので、この波動関数は規格化されていないことに注意せよ。実際このように無限に拡がった波動関数を考える時、運動量の固有状態であるeikxを1に規格化することはできない。有限の体積であれば、




V 
ψ* ψdx =


V 
e−ikx eikxdx =


V 
dx = V
(5.21)
であるから、[1/√V]eikxと規格化しておくことができる。しかしV=∞ではこれは不可能である。
しかし我々が今計算したいのは、「入射してきた波のうちどの程度が反射し、どの程度が透過していくのか」という割合であって、割合を計算する分には規格化は必要ない。そこで以下では規格化はおこなわず、入射波の振幅を1として他の波の相対的な大きさだけを考えることにする2。この場合はψ*ψは確率密度を表さないが、確率密度に比例した量にはなっている。
(5.20)でx > 0とx < 0にわけてシュレーディンガー方程式の解を求めた。x=0では、この二つの解の、ψと[dψ/dx]が連続的になっているという条件を置こう。ψや一階微分がつながってなかったとしたら、シュレーディンガー方程式は絶対に満足できない3。一方、シュレーディンガー方程式を見るとわかるがV(x)が不連続なのだから、二階微分[(d2ψ)/(dx2)]は必然的に不連続となる(ということは三階以上の微分は定義できない)。ψ(x=0)の接続条件から、
1+R = P
(5.22)
という式が出る。また微分[dψ/dx]|x=0の接続から、
ik(1−R) = ik′P
(5.23)
が成立する。この二つを解く。ik′×(5.22)−(5.23)に より、
ik′(1+R) − ik(1−R)=0      →     R = k−k′
k+k′

(5.24)
が出るし、ik×(5.22)+(5.23) によって、
2ik = i(k+k′)P      →     P= 2k
k+k′

(5.25)
が出る。
 ここで、Pは常に正であるが、Rはk > k′なら正、k < k′なら負である。[(hbar2 k2)/2m]=E,[(hbar2 (k′)2)/2m]=E−V0なので、V0 > 0 ならばk > k′である。この場合はポテンシャル的には「壁を登る」ということになる。逆にV0 < 0の時k < k′となるが、この場合は壁を登るというよりは「階段を下りる」感じになる。この二つで反射の様子は大きく異なる。たとえば電子が金属内から空気中に飛び出す時などがV0 > 0の状況に値する。ポテンシャルは空気中の方が高い(金属は電子を引っ張りこもうとする)ので、飛び出した後、電子の運動エネルギーが減少する。もし十分な運動エネルギーを持たなければ空気中には出て行けない(光電効果の話を思い出せ)。
  まず、k > k′の場合のグラフを見よう。この場合、粒子はポテンシャルの高い方向に向けて入射・透過するので、透過後は運動エネルギーを減らして波長がのびる。そし て、反射波の位相はずれていない。このことを理解するには、「グラフの入射波が壁にあたらずにそのまま続いたとしたらどんな波ができたのか」と考えるとよ い。このグラフの場合、もし壁がなければ、境界のすぐ右には山ができていたはずである。実際には境界があって反射が起こったわけであるが、本来境界のすぐ 右にできるはずだった山は向きをかえて、境界のすぐ左に存在している。つまり、「山が山として跳ね返った」ということである。


 例 によってアニメーションあります。


k > k′の場合の反射と透過
 ここで、 k > k′のグラフをよく見ると、透過波の振幅は入射波の振幅より大きくなっている。これは透過波の振幅の絶対値[2k/(k+k′)]という式からもわかる。 しかし入射波が透過波と反射波に分かれると考えると、振幅が増えるのはおかしいような気もする。なぜ振幅が大きくなるのだろう?
 この理由は、古典的な場合と対応させてみるとわかる。古典的に考えると、k > k′ということは、透過後の方が粒子の運動量が小さくなっているということである。つまり図の左側の方が粒子の進む速さが速い。速さが速いということは、 ある範囲に存在している時間が短いということであり、それだけ「単位長さあたり、単位時間あたりの存在確率」は小さくなる。逆に遅くなれば、それだけ粒子 がある範囲にいる時間が長くなるから、存在確率密度は上がる。
 上のグラフで書かれている状況は、古典的に見ると「ボールが左から床を転がってきて、坂を登ってスピードが遅くなりつつ、また走っていく」ということで あるから、右の方が遅くなる分だけ、確率密度が大きくなっているのである。

 たとえて言えば、左側は高速道路で、右側は渋滞している一般道なのである。時間あたりに通り過ぎる車の数が同じでも、速度の遅い渋滞した一般道の方が車間距離が短くなり、つまり車の密度があがる。それは波動関数の振幅が大きくなることを意味しているのである。

 なお、「遅くなる」のは古典的運動あるいは群速度の場合であって、波長が長くなっているので位相速度の方は速くなっている。

群速度の変化のわかるアニメーションあります。アニメーションのうち、大事な部分だけ見せると、

↑こういう図になります。

 右に入 ると運動エネルギーが増える場合(右の方がポテンシャルが低い場合)の図です。この時、運動エネルギーが大きくなるので運動量が大きくなり、結果として波 長は短くなります。ということは、位相速度が遅くなります。ところがこの時、波束の幅が広がるので、むしろ群速度は速くなります。
 と同時に、粒子密度が(膨張により)下がるので、波動関数の振幅は小さくなる、というわけです。



k < k′の場合の反射と透過
k < k′の時Rは負の実数である。つまり、eikxとR e−ikxは、x=0において符号反転している。ei(θ+π)=−eであるので、このことを「位相がπずれる」という言いかたをする4。 グラフ上で符号が反転していることは次のように確認できる。このk < k′の場合も、グラフでは境界のすぐ左には入射波が谷になっている。もし壁がなかったとするならば、境界のすぐ右には山ができていたはずである。ところが 壁があるので波が反射された。反射波は壁のすぐ左で谷となっている。つまり「山が谷になって跳ね返って来た」のである。


k < k′で符号反転し、k > k′ではしない理由をおおざっぱに言うと以下のような説明ができる。

 透過波の微係数の絶対値k′P=[2kk′/(k+k′)]は、入射波の傾きの絶対値k に比べ、k < k′では大きくなり、k > k′では小さくなる。これは、k < k′では波長が短かくなり、波が圧縮された形になる(当然、傾きは増える)ということの反映である。入射波より透過波の方が傾きが急になっているが、合成 波(入射波+反射波)の傾きは透過波と同じでなくてはならない。そのため、反射波は入射波の傾きを強める波でなくてはならない。k > k′では逆に傾きを弱めなくてはならない。
 もう一つの説明は、k > k′では透過波は入射波より大きい振幅を持つことを使う。透過波と合成波はつながっているのだから、合成波が境界で強め合っていないと困る。つまり反射波 は符号反転せずに足し算されねばならない(なぜ振幅が大きくなるのかについては上で説明した通り)。

 入射波と反射波、透過波はつながってないけどいいんですか?
 いいんです。つながるべきなのは合成波と透過波。なぜなら、実在(波動関数を実在と言っていいのかどうかは微妙ですが)しているのは合成波(=入射波+反射波)であって、入射波とか反射波は人間がわけて考えているだけで実在しないので、別につながる必要はないのです。
 まとめると、ここで起こった現象は以下の表のようになる5

波数の関係 ポテンシャル 波長 位相速度 群速度 反射波の位相 境界で波は
k > k′ 高い方へ 長くなる 速くなる 遅くなる ずれない 強め合う
k < k′ 低い方へ 短くなる 遅くなる 速くなる πずれる 弱め合う



[問い5-5] x < 0、x > 0のそれぞれの領域でのψ*ψ を計算 せよ。これは確率密度に比例する。x < 0の領域において、ψ*ψが極大となるのはどんな点か。



 ここで、アプレットで少しずつ位置エネルギー差を大きくしていった。すると、どんどん右側(透過波)の波長が長くなっていく。あるところで、波長が∞の波ができる。↓のようなグラフになる。



 この状況は、運動エネルギーとポテンシャルの差がちょうど等しい場合であり、右側に透過したところでちょうど運動エネルギーが0になってしまった(つまり運動量も0になり、波長が∞になった)ということになる。

 ここで当然出てくる疑問が「ポテンシャルの差が運動エネルギーより大きかったら何が起こるのだろう???」ということである。
 それが次の節で考えること。

5.3 波動関数の浸み出し

 前節で問題を解く時、E−V0 > を仮定した。そうでないと[(hbar2(k′)2)/2m]=E−V0から決まるk′が虚数になってしまうからである。しかし、物理的状況としてはE−V0 < 0という状況だって有り得る。その場合どうなるのだろうか。もう一度シュレーディンガー方程式を解き直そう。
hbar2
2m

2
∂x2
ψ = (E−V0
(5.26)
であるがE−V0 < 0なので、この解は
ψ = D e−κx + F eκx
(5.27)
となる。ただし、κは

hbar2κ2
2m
= V0−E
(5.28)
を満たす正の実数である。二つの解ではあるが、F eκxの方は無限遠で発散してしまうので、物理的にこんな答えは有り得ないということで捨ててしまおう。すると、今度は接続条件として、

1+R
=
D

(5.29)

ik(1−R)
=
−κD

(5.30)
という式が出ることになる。
この式を解けば、
D= 2k
k+iκ
,    R= k−iκ
k+iκ

(5.31)
となる。この場合、D,Rが複素数となることに注意しよう。なお、結果だけを見ていると、E−V0 > 0であった時のP,Rのk′の部分を単純にk′→ iκと置き換えた形になっている。
まず、Rの位相を計算しておこう。一般の複素数a+ibは

a+ib=


  _____
a2+b2
 




a

  _____
a2+b2
+i b

  _____
a2+b2




=


  _____
a2+b2
 
(cosα+isinα)
=


  _____
a2+b2
 
e

(5.32)
のようにして絶対値√[(a2+b2)]と、位相部分eに分離できる。 ただしαは
cosα = a

  _____
a2+b2
,   sinα = b

  _____
a2+b2

(5.33)
によって決まる(この式はcos2α+sin2α = 1を満たしていることに 注意)。


浸み出しが起こる場合のグラフ


 滲みだしの場合のグラフでは合成波が定常波状態になってますが、さっきまではうねうねしつつも進んでました。違いは何ですか???
 さっきまでの場合、

入射波の振幅>反射波の振幅

だったのです。ところが今の場合、右側には古典的には入っていけないので、最終的には全部が跳ね返っています。だから

入射波の振幅=反射波の振幅

となり、定常波になります(入射波と反射が同じ振幅でないと定常波にはならない)。
 これは量子力学的に考えると、運動量の期待値の差です。入射波はhbarkの運動量を持ち、反射波はーhbarkの運動量を持ちます。二つの波の振幅が等しければ、期待値は0になって定常波になるわけです。

入射波の振幅>反射波の振幅

 


R=[k−iκ/(k+iκ)]の位相を求めるために、まず分母を
k+ iκ =

 

κ2+k2
 
e     つまり、cosφ = k




κ2+k2
,sinφ = κ




κ2+k2

(5.34)
とおく。すると、

k+iκ =



 

κ2+k2
 
e
k− iκ =



 

κ2+k2
 
e−iφ

(5.35)
となる。よって、Rは、
R =



 

κ2+k2
 
e−iφ




 

κ2+k2
 
e
= e−2iφ
(5.36)
つまりこの場合、反射波の位相は−2φだけずれることになる。定義からして、φは0 < φ < [π/2]を満たす角度(第一象限内)である。この計算でわかったように、E < V0の場合、反射波の振幅を表すRの絶対 値が1になる。つまり、結局は全部が跳ね返っていることになる。
同様に計算するとDは

D =

2k



 

κ2+k2
 
e

=
2cosφe−iφ

(5.37)
となる。Dの位相のずれは−φとなり、Rの位相のずれのちょうど半分である。複素平面上に図を書いてみると、1+R=Dという式が右のように書ける。 |R|=1を考えると、Dの位相がRの位相のちょうど半分であること、長さが2cosφであることの両方が、グラフ上でも理解できる。



[問い5-6] ψ*ψの値を計算し、極大になる点と 極小になる点がどこか求めよ(φを 使って答えてよい)。



D=0でないから、壁の内側でも粒子の存在確率はゼロにならない。ただし、その確率は壁の中に入るにしたがってどんどん小さくなる。「大きくなる方の解を 捨てたから、小さくなる解だけが残ったのではないか。大きくなる解が残ったらどうなるのか」と気にする人がたまにいる。しかし、ψ*ψが確率密度を表すことを思い出して欲しい。壁の内側でどんどん確率密度が大きくなってしまうとすると、∫ψ*ψdxが無限大になってしまう。相対的に考えると、入射波(振幅が1)の存在確率は0である。つまり、そんな粒子は入射してこれない。
 
 このようにシュレーディンガー方程式を解くと、古典力学的にはありえない、「運動エネルギー が負の状態」が解として出てきて、古典力学的には到達し得ないところにまで波動関数が浸み出してくることになる。節で考えた、波動関数が壁でぴったりと0 になるような場合というのは、ポテンシャルの高さVが無限大の極限になっている。この場合はκ = ∞であって壁に入るなり波動関数は0になる。
 ここで、古典的に見て運動エネルギーがプラスの時とマイナスの時の波動関数のグラフの違いを指摘しておこう。グラフ上の違いの話しなので、波動関数の実部の部分だけを考える。運動エネルギーがEという固有値を持っているとすると、
hbar2
2m

2
∂x2
ψ = Eψ    つまり、 2
∂x2
ψ/ψ = − 2mE
hbar2

という式が成立する。E > 0ならば、ψと[(∂2)/(∂x2)]ψの符号が反対になる。二階微分はグラフで書いた時、線の曲がり具合を表す(もし二階微分が正ならば傾きが大きくなっていくし、負ならば小さくなっていく)。つまりE > 0の時、ψは正の領域では傾きが小さくなる方向に曲がり、負の領域では傾きが大きくなる方向に曲がる。これは結局、ψがプラス側にある時はマイナス側に曲がり、マイナス側にある時はプラス側に曲がるということであるから、振動が起こることになる。
 E < 0ならば、この傾向がまったく逆になり、むしろ0から離れる方向に曲がる。結果として、もし最初に0から離れる方向へ変化していたとすると、ψはどんどん 0から遠い方へ離れて行き、最終的には発散する。もし最初に0に近付く方向へ変化していたなら、その変化がどんどん減るが、曲がり具合(二階微分)も0に 近付いて行くため、ψ = 0という直線に漸近的に近付いていくことになる。いずれにせよ、xの関数としてのψは振動しない。そういう意味では波動関数が「波動」であるのはE > 0の場合だけである。
  もともとシュレーディンガー方程式を作った時は、アインシュタインとド・ブロイの関係式(E=hν,p=[h/λ])を満たすような波動方程式として作っ たのだから、解として「波ではない関数」が出てきた時に、「こんな状況でもシュレーディンガー方程式を信用してもいいのか?」ということが気になるかもし れない6。実際のところこういう状況 でもシュレーディンガー方程式が成立してくれるのかどうかは実験で確かめるべきことである。なお、シュレーディンガーが最初にシュレーディンガー方程式を 使って解いた具体的問題は後で説明する水素原子の電子であるが、その解は、古典力学的には運動できないところまで波動関数が広がっていることを示してい る。この解が水素原子のエネルギースペクトルについて正しい答えを出すのであるから、シュレーディンガー方程式を「運動エネルギーがマイナスになる領域」 に使用することは間違いではなさそうである。

(追記)↑の説明で「運動エネルギー」という言葉をかなり乱暴に使ってしまっているので、ここで訂正と注意をしておく。ここで「運動エネルギー」と呼んでいる量は、

hbar2
2m

2
∂x2
ψ/ψ = E

のように計算される量である。これは「運動エネルギーの固有値」とは違う。固有値であるためには、↑の式が全領域で成り立たなくてはいけないが、今の場合はx>0とx<0で Eの値が違う。
 そういうわけで「運動エネルギーに対応する量」ではあるが、量子力学的に正しい意味での「運動エネルギー演算子の固有値」とは違うということに注意。ちょっとここは説明を急ぎすぎてしまった。
 なお、「この場所の運動量」という言い方をしている部分もあるが、それも同様に、「対応する量」であって「運動量固有値」そのものではないことに注意。


 こういう現象は「トンネル効果」という話につながる。トンネル効果は実際 にICなどの中を走る電子に起こっている現象なのである。だから半導体を使った電気回路を考える時には量子力学は必須なのである・・・・というわけで、こ の後、トンネル効果の話などへと続くのだが、ここで時間切れ。次回(再来週になる)は5.3節をもう一度復習してから始めることにする。

Footnotes:

2体積無限大でなんらかの規格化をしたい時は、デルタ関数を使って、∫ψ*kψk′ dx=δ(k−k′)となるように規格化(デルタ関数的規格化と呼ぶ)することが多い。
3シュレーディンガー方程式自体にδ(x)のような発散項が入っている場合は別。
4この場合は「反転する」というもっとわかりやすい言葉があるんだから、かっこつけて「位相がπずれる」なんて言わなくていいのになぁ、と思うかもしれない。こんな言葉を使うのは、後でπではない「位相のずれ(phase shift)」が出てくるからである。
5k > k′の場合を自由端反射、k < k′の場合を固定端反射と分類する場合もあるが、この場合はk < k′でも、端にあたる壁の部分の波は固定されているわけではない。
6というより、物理を やる人はこういうことを気にして欲しい。たとえ方程式が解けても、答えとして出てきたものが妥当ではない場合だっていくらでもあるのだから。


学生の感想・コメントから

 波長∞になっている時と、定常波に成っている時はどっちも運動量0ですが、何が違うんです か?
 波長∞になっている時は、運動量の固有値が0。定常波になっている時は固 有値はpとーpで、期待値は平均とって0。測定すれば、波長∞では常に運動量0という結果が出て、定常波では運動量がpになったりーpになったりする。

 ポテンシャル が下がる時は、力はむしろ引力なのに、なぜ反射するのでしょうか?
 という疑問を持つ人もいました。一方、
 ポテンシャルが下がる時でも反射が起こるのは、境界条件を満たすため、ということでいいので しょうか?
 と考えた人もいました。これが正解です。境界条件を満たすようにするため には、反射波が必要なのです。ここも、量子力学の古典的なイメージが通用しないところです。

 波動関数がしみこむ時は完全に反射されるという話でしたが、トンネル効果で電流が流れること があるのはなぜですか?
 電気素子でトンネル効果を使う時は、壁が有限の厚さで終わるようにしま す。つまり、減衰はするけど0になる前に壁が取り除かれるのです。

 コンピュータ のアニメーションを見ると、合成波のブヨブヨの動きが透過波とつながっていてびっくりした。計算だけではわからない動きだと思った。
 私も作ってみて初めて「なるほど、こういうふうにつながるのか!」と感動 しました。

 物があたって跳ね返すのはポテンシャルがあるからだとすると、固くてよく跳ね返すものはポテ ンシャルが高い?
 そう考えていいです。

 波動関数がしみ出すって面白い(多数)。
 不思議なことって、やっぱり面白いですね。

 運動エネルギーがマイナスになるなんて変だ!(多数)。
 変です。ですが(これ何度も言いましたが)「変だ」と思うのは我々が普段 古典力学の世界に生きているからです。そしてこの世を司る本当の法則は量子力学なのです。量子力学でも運動エネルギーがマイナスになるというのは希なケー スで、滅多に見れないので「運動エネルギーはプラス」という常識を我々は持っていますが、それは「古典力学が通用する、狭い世界における常識」でしかない のです。「感覚に合わない」という人もいましたが、合わなくて当然です。我々の感覚は古典力学向けにできています。
 しかし、物理をやるからには量子力学的感覚で物を見なくては。

 トンネル効果って、本来通らないところを通るんですか?
 「本来」というのが「古典力学的には」という意味ならその通りです。です が、勘違いしてはいけないのは、物理において「本来」なのは量子力学の方です。古典力学は量子力学の近似に過ぎません。だから古典力学的常識で「本来通ら ない」と言ってはいけないのです。

 運動量が虚数になるというのは、実数→虚数→実数の空間を通っているということですか?
 いいえ。空間はあくまで実数です。そのなかで、eikxという波ができていると実数の運動量を持っていることになるのですが、e-κxという関数になっている(波ですらない)と、虚数の運動量を持つことになるのです。
 これも勘違いしてはいけないことですが、実際に存在しているのは波動関数 であって、その動きを見て我々は「粒子が運動量を持って動いている」と解釈しているに過ぎません。だから、波動関数が波動にならないような状況では古典力 学的な意味の運動量は定義できなくなってしまっていると考えるべきです。

 入射波が全部反射波として返っている場合でも透過波が少しある、ということはエネルギーは保 存されるのか?
 その場合は透過波は「運動エネルギーが負の粒子」という観測されざる状態 にあるわけで、今日見せたグラフの場合ならけっして透過波は観測にかかりません。観測にかかる部分はちゃんとエネルギーが保存します。
 透過波が観測できるような状況を作ると、今度はちゃんと入射波より反射波 の方が振幅が小さくなります(また次あたりでやります)。

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On 16 Nov 2006, 18:18.