相対論講義録2005年度第6回

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第5章 光速度不変とローレンツ短縮

 19世紀の常識からすれば、マックスウェル方程式に基づく電磁気学は「ガリレイ変換で不変でな い」、別の言い方をすれば「特殊な座標系(エーテル静止系)でしか適用できない」という弱点を持つことになる。でははたして、地球はエーテルに対して動い ているのか否か?-これを判定するための実験が行われた。

5.1  マイケルソン・モーレーの実験

 ヘルツの考察から、ガリレイ変換が正しいとすれば、 電磁気の基本法則はマックスウェル方程式ではなくヘルツの方程式で表されることになる。このヘルツの方程式は結局は間違っていたわけであるが、間違ってい ると言っても理論的に間違っているわけではない。ヘルツの方程式は実験によって否定されるのである。ヘルツの方程式が正しいかどうか、あるいはエーテルが 存在しているのかどうかを確認する実験として、ここではもっとも有名で、かつ直接的な測定であるマイケルソン・モーレーの実験について述べよう。光の速度 がエーテルの運動によって変化するかどうかを確認した実験である。光の速さを測定しよう、というのであれば、一番単純な方法は「A地点で光を発射してB地 点で受ける。A地点とB 地点の距離をかかった時間で割る」というものであろう。原子時計などを用いて精密に時間を測ることができる現代であれば、まさにこの通りの実験ができる。 しかし、当時はまだそんな測定はできない。そこで干渉を用いて速度変化を検出しようというのがマイケルソン・モーレーの実験である21
マイケルソン・モーレーの実験
 マイケルソンは以下で説明する原理の実験を、1881年に最初に行っている。以後、1887年からはモーレーと協同で装置を改良し、実験精度を上げながら 実験を続けている。実験の目的は、南北方向の光と東西方向の光の速度を比較することである。地球が南北方向より東西方向に大きく動いているであろう(太陽 が静止していると考えて、太陽から地球の運動を見ていると考えればこれはもっともらしい)ことを考えると、速度には差が出てきそうに思える。また、たとえ そうでなく、たまたまエーテルの流れと地球の自転公転の速度が一致していたとしても、地球は1日の間に1自転し、1年の間に1公転する。したがって長い時 間実験を行えば、かならずどこか(いつか)エーテルの風が吹く場所がありそうである。
 マイケルソンとモーレーの実験では、図のように、同じ長さの腕2本の上を光が往復する。エーテルが静止している(あるいはエーテルと実験装置が同じ速度で動いているとしても話は同じこと)と考えると、どちらの方向に進んだ波も、帰ってくるまでにかかる時間はt=[(2L)/(c)]となるだろう。


静止している場合のマイケルソン・モーレーの実験
 このあたりの説明は、javaアプレットを使ってアニメーションを見せながら行った。

 起動すると、左のようなL字型の中を赤い●がいったりきたりする。このL字型がマイケルソン・モーレーの実験装置で、中央から同時に光が出て、端についている鏡で反射する。腕の長さは同じなので、この状態では光は同時に跳ね返って同時に同じ場所に戻ってくるだろう。

 アプレットの左下に地球(実験装置)の速度を調整するスライダーがあるので、これを調節して動かしながらの実験シミュレーションを見てみよう。今度は二つの●は同着しない。マイケルソンとモーレーはこの時間差を測定しようとした。

 アプレットのは光の広がる様子。右上にある「波面を描画」のチェックボックスを消せば消える。

 右上中央、「地球静止系」のチェックボックスをONにすると、地球が止まっていて、その代わりエーテルの風が吹いている、という場面になる。

 「ローレンツ短縮」に関する説明は後で書く。ここではOFFにしておこう。

 右下に3つのラジオボタンが並んでいるが、これの「光点連続」や「波」を選ぶと、光の干渉の様子がわかる。赤は山、青が谷だと思って欲しい。


MM2アプレットの別モード

 速度0の時は二つの波は赤同士、青同士が同着し、互いに強め合うことになるが、速度をあげていくとずれが生じ、場合によっては互いに消し合う(山と谷、谷と山)。このことを確認しよう。

 ではエーテルの風が図で左(西向き)に吹いている場合(あるいはエーテルが静止していて、観測装置が右に動いている場合)を考えよう。断っておくが、以下の計算はガリレイ変換が正しいと仮定した場合の 計算である(後でこう考えたのではいけない、ということがわかる)。この仮定のもとでは、2種類の計算ができる。一つはエーテルが静止して実験装置が右 (東)に動いているという立場であり、もう一つは実験装置が静止してエーテルの風が西向きに吹いているという立場である。

エーテルが静止している立場: まず、エーテルが静止している立場で考えよう。この立場では、実験装置が右へ動いている、ということになる。その立場で書いたのが上の図の中央と右の図である。実験装置がエーテルに対して速度vで東(図で右)に運動しているとして、南北方向へ進む光について考える。中央から棒の端まで光が進むのにt かかったとすると、ピタゴラスの定理により(ct)2=(vt)2+L2が成立する。光が往復にかかる時間はこの2倍なので、
t南北= 2L

sqrt(c^2-v^2)

(5.1)
となる。次に東西である。まず中央から棒の端まで光が進むのにt1かかったと する。その間に棒もvt1進んでいるので、光はL+vt1進まねばならない。逆 に棒の端から中央まで戻る時にt2かかるとすると、この時進む距離は Lvt2でよい。以上から

L+vt1=ct1

(5.2)

Lvt2=ct2

(5.3)
を解くことにより
t東西= L
cv
+ L
c+v
= 2cL
c2v2

(5.4)
が求まる。

実験装置が静止している立場 :この場合はエーテルの風に乗った方向(西行き)では光速がc+vになり、逆風の方向(東行き)では光速がcvになると考えて計算する。
エーテル風の中の光
 また、エーテルの風と直角の方向(北行きもしくは南行き)の光は、速度がsqrt(c^2-v^2)に減る(速さcで斜めに進んだ光が、速さvで東に流されると考えれば、ピタゴラスの定理でこうなることがわかる)。
 このように考えると、距離Lを速さc+v,cv,sqrt(c^2-v^2)]でそれぞれ割って足し算するという計算でt東西t南北が計算できる。結果は同じことになるのはすぐにわかる。
 以上、どちらの計算でもt東西t南北が得られる。そして、この二つには差がある。vcより十分小さいとして近似を行うと、
t南北 2L
c

( 1+ 1
2

( v
c
) 2

 
+…) ,     t東西 2L
c

( 1+( v
c
)
2

 
+…)
(5.5)
つまり、[(2L)/(c)]×1/2(v/c)2ぐらいの時間差が出ることになる。cが自転(秒速0.46キロ)や公転(秒速30キロ)に比べて非常に大きい(秒速30万キロ)ため、v/cは公転速度をとったとしても10−4程度の値になる。最初の実験ではL=3mほどだったので、時間差は
t = 2×3
3.0×108
× 1
2
(10−4)2 ≅ 10−16
(5.6)
となり、10−16s 以上の精度での時間の測定が必要となる。そこで実際の実験では時間を直接測定するのではなく、光の干渉を用いた。二つの光をハーフミラーなどを使って重ね てスクリーンなどにあてると、ヤングの実験やニュートンリングの実験などと同様に、二つの光の光路差によって干渉が生じ、スクリーン上に縞模様ができる (実際に使う光はある程度の広がりがある)。エーテルの風が吹いている時と吹いてない時では光路差が違うので、干渉の(強め合うとか弱め合うとか)の条件 が変化する。10−16という時間は短いが、光路差に直すとc=3.0×108がかかって3.0×10−8mとなる。光としてナトリウムランプを使ったとしたらその波長6×10−7mに比べ、だいたい20分の1 となる。
実験装置は90度回転できるようになっており、回転しているうちに南北と東西が入れ替わる。光路差はプラスからマイナスへと、この倍変化するので、波長の 10 分の1程度光路差が変化する。ということは明線から明線までの距離の10分の1 (明線から暗線までの距離の5分の1)の干渉縞の移動が見られるはずであった。ところが、実際にはそのずれが観測されず、エーテルの風は吹いていない、と いう結論になった。マイケルソンとモーレー、あるいは別の人々が実験装置を大きくしたり、光を何度も反射させてLを大きくしたりして、いろんな実験を行ったが、結果は常に予想される移動量よりも小さく出た(この移動は誤差の範囲内)。
いくつか、この実験結果への反論(および反論の反論)を紹介しておこう。
運動しながら光を出せばその光の速度はcではないのでは?
つまり「実験装置が動いている場合の計算で速度をcにしているのが間違いなの ではないのか」ということだが、例えば音の場合、音源が動いているからと言って音速は変化しない。音速が変化するとしたら、風が吹く(つまり媒質が運動す る)か、観測者が動くことによってみかけの音速が変化するか、どちらかである。今は媒質の運動しているかどうかを観測する実験をやっているのである。な お、t東西 の計算ではc+vcvが現れているが、これは光速が変化しているのを意味しているのではなく、棒の両端(光源ではなく、光を受ける方)が動いているために到達時間がのびたり縮んだりしていることのあらわれである。式(5.2)と式(5.3)の作り方をよく見てみよう。

たまたま、エーテルの移動と地球の移動が同じ方向だったのでは?
だとしたら、その6ヶ月後に同じ実験をしたら、公転速度の二倍分、エーテルに対して地球は移動しているはずである。しかし、そんなことはなかった。

エーテルが地球といっしょに運動しているのでは?
この実験だけを説明するのなら、「エーテルは地球表面といっしょに運動しているので、地球上で実験してもエーテルの運動は検出できない」という考え方でも 説明できる。しかし、そうだとすると地球表面でエーテルが渦巻くような流れを作っていることになり、外から地球にやってきた光は、地表面近くのエーテルの 流れに流されることになる。これでは、我々が見ている星の位置は、地上のエーテルの流れに流された分ずれることになってしまう。しかし、そんな現象は確認 されていない。また、マイケルソンとモーレーは屋外での実験も行っており、「部屋の中のエーテルは部屋と一緒に動いている」という考え方も正しくない。

実験の精度が悪かったのでは?
実 験というのは、「これを判定するためにはこれだけの精度が必要である。ゆえにこのように実験装置を組み立てる」という計画を持って行うものである。マイケ ルソンらも、上に書いたような「光の干渉縞はどれだけ移動するはず」という予想をもって、誤差の精度がその予想より小さくなるように注意して実験を行って いる。正しい実験家は、精度が確保できないような実験は最初から行わないのである。だから「古い実験だから精度が悪い」などということはない。また、この 実験自体は現在でも(光にレーザーを用いるなど、さまざまな改良をしたうえで)行われているので、「古い実験だから」などという反論は、そもそも成立しな い。

5.2  ローレンツ短縮

 マイケルソン・モーレーの実験でエーテルの速度が検出されなかったことは、物理学者たちに衝撃と困惑を与えた。ローレンツはt東西t南北sqrt(1-(v/c)^2)倍違うことから、「東西方向の棒の長さはsqrt(1-(v/c)^2)倍に縮んでいる」という説を唱えた。これが古い意味での「ローレンツ短縮」である。フィッツジェラルドも同じようなことを考えていたので「ローレンツ・フィッツジェラルド短縮」と呼ぶこともある。

 ここで、再びjavaアプレットを 使ってみよう。右上に「ローレンツ短縮」というチェックボックスがある。ここをONにすると、(速度が0でない限り)図全体が横に収縮する。そして、波 モードなり光点連続モードなどで見ると、常に山と山、谷と谷が強めあう状態になる。つまり、棒の長さを短くしたことで時間差がなくなったのである。
 ローレンツは、この短縮は観測できないと述べている。なぜなら、この短縮を観測しようとして物差しをあてると、その物差しも一緒に縮んでしまう。また、目 で見ようとしても、見ようとする目自体も横に短縮している。よって地上で、同じ速さで走っている我々がローレンツ短縮を測定することはできないのである。 地球の外から見れば見えるだろうが、その短縮の割合はsqrt(1-(v/c)^2)であり、v/cが10−4程度だから、縮む割合は10−8程度となる。そもそも、この精度で長さを測定すること自体が難しいだろう。
 本によっては、「ローレンツ短縮」を相対論の帰結である、と説明しているが、ローレンツはあくまで実験を説明するためにad hoc22にこの短縮を導入したのであって、相対論の帰結として理論的に導き出したわけではない。
 もう一つ注意しておく。このローレンツ短縮という考え方では、マイケルソン・モーレーの実験について説明することは可能だが、そのほかの実験を説明するに はこれでは足りない。「ローレンツ変換」はその一部として「ローレンツ短縮」と同様の現象を含んでいるが、より広い意味がある。
 「ローレンツ短縮」も「ローレンツ変換」も、アインシュタインではなくローレンツの名前がつ いている。どちらもアインシュタインより前にローレンツが提出しているからである。しかしローレンツは(同様にこのあたりの研究をしていたポアンカレもそ うなのだが)「ローレンツ短縮」を、例えば「エーテルの圧力によって物体が縮む」というような、力学的な意味での短縮だと考えていた。「ローレンツ変換」 に関しても「こう考えればうまくいく」という提案であって、その意義を理解してはいない。後で出てくるアインシュタインによる考え方とはその点が違うので 注意すること。
  ここでちょっとしゃべっておいたことは「特殊相対論はアインシュタイン一人で作ったというわけではない」ということ。ローレンツやポアンカレはまさに「あ と一歩」というところまで進めているし、他の物理学者もこの問題をいろいろと考えていた。アインシュタインは特殊相対性原理というきれいなまとめ方で最後 の一歩を担当したことになる。


[問い5-1] マイケルソン・モーレーの実験で、二つの腕の長さを変えたとしよう(東西はL、南北はL′)。 この時はエーテル風が吹いていない状態でも時間差がある。エーテル理論の立場に立ち(つまりガリレイ変換を用いて、光速は変化するという立場にたって) エーテル風が吹いていない場合の時間差と、エーテル風が吹いている場合の時間差を計算し、ローレンツ短縮が起こったとしても、この二つが違う値を持つこと を確認せよ。
(註:このような実験は1932年にケネディとソーンダイクによって行われている。「エーテル風の分だけ光速が変化して いるがローレンツ短縮が起こっているのでマイケルソン・モーレーの実験ではそれがわからない」という仮説が正しいなら、この時間差は測定できるはずである が、できなかった。ということは、ローレンツ短縮だけでは実験結果を説明することはできないのである。この実験も含めてちゃんと説明できるのは次で説明す るローレンツ変換である。)

↑この問題は宿題
[問い5-2] ローレンツ短縮という現象が起きているとすると、確かに二つの光はエーテル風が吹いていても吹いていなくても、同時に到着する。しかし、この立場で考えると、ある二つの事象が、エーテル風がない時には同時であるのに、吹いている時には同時に起こらない。それは何か???

 この問題はjavaのアニメーションを見ながら考えた。同時でないのは 「光が反射する」時間。南北方向の反射の方が東西方向の反射より先に起こる。これは観測者によって同時刻のものが同時刻ではなくなる、ということであり、 t=t'と考えるガリレイ変換ではもはや解釈できない。そこでローレンツ変換の出番となるわけである。



 以下は授業ではしゃべってない。読んでおいてください。来週ちょっとだけしゃべるかもしれませんが。
 

5.3  現代における光速度不変

 マイケルソン・モーレーの実験は100年以上前の実験であり、当時の実験技術の粋をこらして実行されたものとはいえ、現代の技術でならばもっと精密な実験 が可能である。もちろんそのような実験も行われており、マイケルソンとモーレーの実験に比べると精度は10万倍に上がっている23。もちろん、光速度不変の原理を疑うに足る証拠はまったくない。
 しかも、現代ではもっとシンプルな方法で光の速さを測定できる。「A 地点で光を発射してB 地点で受ける。A地点とB地点の距離をかかった時間で割る」という方法である。マイケルソン・モーレーの実験ではエーテル風の影響は(v/c)2のオーダーであったが、このような直接測定を行えばv/cのオーダーで影響が出る。一方、現在の原子時計が10−7 秒ぐらいの精度で時間を測ることができる。
 逆に、「光がこれだけの遅れで伝わってきたからA地点とB地点の距離はこれこれである」という原理で現在位置を測定する機械がある。カーナビなどで使われ ているGPS(Global Positioning System)である。GPSは複数の人工衛星からの電波を受信して、その電波が発信源からどれくらい遅れて到着したかということを計算して自分の位置を 測る。衛星Aからの電波が衛星Bよりの電波に比べてより遅れているのなら、自分は衛星Bの近くにいると判断する、という具合いである。このような機械がう まく動作するためには「光速が一定である」という大前提がなくてはならない。衛星は頭上2万キロぐらいの高さを回っている。カーナビの精度は数メートルぐ らいであるから、10−7の精度で距離が測定できていることになる(誤差の原因は、電波が大気中を通る時の速度変化と、軍事利用されないためにわざと混入されている誤差)。エーテルの風が吹くという考え方がもしも正しいならば、GPSの衛星から来る電波の速度が季節によって10−4ぐらい変化してしまうことになるので、10−7の 精度で距離を測ることなど、とてもできない。つまり、現在我々の生活に直接関係する部分でも、エーテルが存在しないことを前提とした機械が使われており、 しかも何の問題もなく動作しているということになる。すくなくとも現在の実験のレベルにおいて、光速度不変を疑うことはもはやできない。もちろん今後実験 精度がさらにあがった時に何か変なことが発見される可能性は零ではないが、それを言い出せば、もともと物理における全ての法則は実験精度の範囲内でしか保 証されていないのは当然のことである。

5.4  光の伝搬とガリレイ変換

 次の章でいよいよローレンツ変換を導いていくが、その前に、ガリレイ変換の考え方では「光は誰が見ても同じ速度である」という事実を説明できそうにない、ということを確認しておこう。
光円錐 
 光が一点からまわりに広がっていく、という現象は左側の図のように記述することができる。例によってz座標を省略している。これは円錐のように見えるので、光円錐(light-cone)と呼ばれる。光円錐の中に書かれている太線矢印はある粒子の軌跡を表している。
 この現象を、左に走りながらみたらどうなるだろう。ナイーブに考えると24、右側の図のようになると思われる。
光円錐
 しかし、光の速度は動きながらみても変わらないということが実験事実なので、光円錐の形は変化しないことになる。しかし、物体の運動に関しては変化している(これも実験事実!)。
 ちなみに、光の速度は変化しないが、その様子(波長だとか振動数だとか)はいろいろと変わって いる。どのように変化するのかについては今後の講義で話そう。とにかくここまでで感じて欲しいことは、「図Aを動きながら見たら図Bではなく図Cになると したら、図Aと図Cはどのような関係になっているのか」ということである。
 「動きながら見るということは時々刻々位置が変化していく、ということだから、超平面の位置 がこの図で見て水平方向にずれていくはずだ」という考え方(ガリレイ変換はまさにこういう変換なのである)をすると、どうしても結果は図Bになってしま う。図Aが図Cに変化するためには、この図の水平方向の動きだけではだめである。かならず「超平面を傾ける」というような操作が必要になる。実際にどんな 操作なのかは以後の講義を聞いてのお楽しみであるが、このような操作がすなわち「4次元的に考える」ということなのである。





学生の感想・コメントから

 (エーテルが静止して実験装置が動く場合)南北ではねかえる光は、斜めに進んでいる光を見ているということですか?
 そうです。地球の外から見たら斜めに進んで反射して斜めに戻ってくる光が、地球上から見ると南北の光ということになる。

 実験装置を動かしても、南北に進む光の速度はcなのでは?
 それはもちろんそうです。しかし、↑の質問への答をみてください。実験装置を動かしている時の「南北方向の光」は実際には斜めに進んでいる光です。だから、実験装置が止まっている時の「南北方向の光」より長い距離を進むはめになり、時間が長くなるのです。

 ローレンツ短縮を考えたのは、エーテルがあることを認めていたから?
 そうです。エーテルがある(絶対空間がある)、そしてガリレイ変換は正しい、とするためにはローレンツ短縮が必要だったのです。

 アインシュタインはエーテルなんてないと思っていたのですか。
 はい。だから相対論を作ることができました。

 すべてが短縮しているのに「短縮している」と判断できるのは、エーテルで測定しているということですか?
 エーテルの静止系で測定すれば縮んでいる、という意味ならそうです。

 マイケルソンとモーレーって根性ありますね。
 実験物理には根性が必要なのです。

 ローレンツ短縮は半分正しいが半分間違いという話でしたが、どこが正しくてどこが間違いなのですか?
 来週、正しい話であるローレンツ変換をちゃんとやるので、比べてみてください。

 マイケルソン・モーレーの実験装置を90度傾けると干渉縞が移動するというのがよくわからない。(多数)
 まず90度傾けると、これまで東西方向だったものが南北方向に、南北方向だったのが東西方向になります。エーテル理論が正しければ時間はt東西>t南北だから、大小関係が逆転します(45度の時は両方の腕が対等になるので時間差はない)。
 下に書いた図は、ある一点にやってくる光の時間変化を表したもの(横軸時間)です。赤で書いたのが南北方向の光、青で書いたのが東西方向の光です。この場所1では、東西方向と南北方向の光の時間差がなかったとき、明るくなるような場所だったとします。t東西とt南北のずれのせいで、二つの波が時間的にずれて、

時間差が違う場合の干渉パターン

(↑場所1での光の干渉)

のようになって干渉します(右の図にいくほど時間のずれが大きい)。上の図では時間差なしの時に ぴったり重なるとして図を描きましたが、この場所から少し離れた場所を考えると、東西を取ってきた光と南北を通ってきた光では距離自体が違ってくるので、 時間差なしでもずれています。その場所では、

その隣の干渉

(↑場所2での光の干渉)

のように、むしろ時間差がある場合の方がぴったりかさなります。もしエーテル風によって「ちょっと時間差」がついたとしましょう。すると、場所1は明るくなくなり、場所2は明るくなります。このようにして「干渉縞が移動する」わけです。
 90度倒した状態では、この赤で書いた光と青で書いた光の前後関係が逆になります。むしろ赤い波が左に動くように変化します。その場合、場所2は明るくなりません。つまり干渉縞の移動する方向が逆になります。

 なぜ、90度ずれた場合を測らなくてはいけないのでしょうか?
 ある角度の実験をしただけでは、t南北とt東西に差があるかどうかがわからないからです。マイケルソン・モーレーの実験では時間そのものは測れません(実際に測っているのは明暗だけ)。また、実験の結果ある地点が明るくなったとして、その場所では
t南北=t東西と は限りません(ちょうど1周期ずれていても明るくなります)。しかし角度を変えれば時間が変化して、明暗も一緒に変化するはずだと考えられました。ところ が結果はいくら角度を変えても明暗が変化してない(ということは時間も変化してない?)という当時としては不思議な結果が出たのです。


Footnotes:

21現在ならもっと直接的でシンプルな実験が可能だという意味では、マイケルソン・モーレーの実験を使って光速度不変を説明するという方法は、"古臭いやりかた"なのかもしれない。このテキストでは歴史的重要性を尊重して古臭いやりかたを踏襲する。
22「その場しのぎ」という意味の言葉。科学でなにかの現象を説明するために急ごしらえで作った説などを「ad hoc仮説」などと言う。
23むしろ、マイケルソン・モーレーの実験器具は干渉を用いて精密に距離を測定する方法として使われることも多い。光速が一定であることを逆手にとって利用して、距離をはかる手段に使うのである。重力波の観測機器にも使われている。
24「ナイーブ(naive)」という言葉は日本語だと良い意味にとられるが、英語では「だまされやすいばか」という意味にとられることが多い。特に物理で「ナイーブに考えると」という言葉は「間抜けが考えると」に近い。


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 31 May 2005, 11:02.