相対論講義録2006年度第11回

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第8章 相対論的力学

8.1  ニュートン力学を相対論的に再構成する

 ここまでの流れを整理しよう。

ガリレイ変換 ローレンツ変換 実験的検証
ニュートン力学(非相対論的) × 19世紀まで○
ヘルツの方程式(非相対論的) × ×
マックスウェル方程式(相対論的) ×
相対論的力学? ×
 相対性原理(絶対空間は存在しないということ)を一つの原理として考えてきた。そして、電磁気の基本法則であるマックスウェル方程式が相対性原理を満た していないように見える(ガリレイ変換で不変でない)ことから、マックスウェル方程式を破棄するか、ガリレイ変換を破棄するかの二者択一を迫られることに なった。マイケルソン・モーレーをはじめとする実験事実から、破棄されるべきなのはガリレイ変換であり、ローレンツ変換へと修正すべきであることがわかっ た。また、時間と空間を別物と考えるのではなく、合わせて4次元の時空を考えて、その4次元を混ぜ合わせるような変換としてローレンツ変換を捉えればよい ことがわかった。
 そこでもう一度元にもどって考えると、そもそも相対性原理が考えられたのは、ニュートン力学はガリレイ変換で不変であったからである。しかし電磁気に対 する考察からガリレイ変換はローレンツ変換へと修正されたのだから、今度はニュートン力学をローレンツ変換で不変になるように作り直さなくてはいけない。 この章で考えるのはローレンツ変換で不変になるように作り直された新しい力学、すなわち相対論的力学である。
 そこで、どのようにして相対論的力学を作るか、その概要を述べる。ニュートン力学の基本である運動方程式は

dpi
dt
=fi
(8.1)
という形をしている。piは運動量で、具体的にはpi=m[(dxi)/dt]であ る。ニュートン力学では、ある時刻tにおいて、物体の位置xi(t)を時間の関数として与え、時間がたつにつれてこれらがどのよう に変化していくかを運動方程式を使って追い掛ける。ニュートン力学では時間というものが特別なパラメータとなっている。しかし、時間というものを特別視し ていては、相対論的に不変な方程式にはならない。運動のパラメータとしては座標時間tを使うのではなく、固有時τを使うべきである。τは「その物体が静止 している座標系で測った時間」という定義になっているので、物体を決めれば一意的に決まり、ローレンツ変換しても変わらない。以下で、
  1. 座標時間による微分[d/dt]は全て固有時微分[d/dτ]に置き換える。
  2. 3次元ベクトルxi=(x(t),y(t),z(t))で表されている量は4元ベクトルxμ=(ct (τ),x(τ),y(τ),z(τ))に拡張する。
  3. 方程式の両辺はローレンツ変換した時に同じように変換される(共変性)ように作る。
という方針で相対論的力学を作っていこう。
 固有時τと座標時tの微分は物体が静止している時には等しい(dτ = dt)ので、このようにして作られた相対論的力学は、物体が静止している状況ではニュートン力学と同じ答を出す。あるいは、「物体の速度が光速cに比べ十 分小さい状況ではニュートン力学に近似できる」と言ってもよい。それゆえ、ニュートン力学は破棄されるわけではなく、相対論的力学の近似として生き残る41

8.2  4元速度

 まず、ニュートン力学における3次元速度[(dxi)/dt]をVμ=(c[dt/dτ],[dx/dτ], [dy/dτ],[dz/dτ])に置き換える。固有時τはローレンツ変換で変化しないため、xμがαμ νxνと ローレンツ変換される時、Vμ → αμ νVνと ローレンツ変換される。すなわちVμは4元ベクトルであり、「4元速度」と呼ばれる。 物体の4元速度の自乗を計算すると、

(
−c2 ( dt

) 2

 
+ ( dx

) 2

 
+ ( dy

) 2

 
+ ( dz

) 2

 
) = −c2
(8.2)
となる。つまり、4元速度は常に時間的(自乗がマイナスになるベクトル)であって、4元速度の自乗は一定値なのである。3次元的に見ると物体はそれぞれ固 有の速さを持って運動しているように見えるが、4次元的に見れば全て同じ速さで運動している、と考えることもできる。ただし、
(4元速度の自乗) = (空間的速度の自乗)−(時間的速度の自乗)
(8.3)
という形になっているので、空間的方向の速度が速くなると時間的方向の速度も速くならなくてはいけない。
 「時間方向の速度」というのは変な表現だが、今考えている「速度」というのは「単位固有時あたりの変化」という意味であるから、「τ(固有時) が1変化する間にt(座標時)はどれだけ変化するか」ということである。動いているとこれが速くなる。というのはどういうことかというと、「小さいτの変 化に対し、tが大きく変化する」逆に言えば「tが大きく変化しているのにτがあまり変化しない」ということである。つまり、「時間方向の速度が速くなる」 というのは、「運動物体の時間は遅れる」ということの別の表現だということになる。
 4元速度の第0成分であるc[dt/dτ]を3次元速度vi=[(dxi)/dt]を使って表そう。(8.2)より、

−c2 ( dt

) 2

 
+ (


dxi
dt

=vi 

dt


) 2

 
=
−c2
( dt

) 2

 
(
c2−|
v
 
|2 ) =
−c2

d(ct)

=

c

 

1 − |v|2
c2
 
= cγ

(8.4)
となって、ウラシマ効果の時間遅れの因子γにcをかけたものが出てくる。また、3次元速度viと4次元速度Vμの 関係は[(dxμ)/dτ]=[(dxμ)/dt][dt/dτ]となることから、
V0 = cγ,     Vi = γvi
(8.5)
となる。物体が静止している時、4元速度は(c,0,0,0)となる。そして、速度vがcに近づくにつれてVμは無限大へと発散す る。

【以下長い註】この部分は、最初に勉強する時は理解できなくともよい。
 速度の合成則(6.4)を、4元速度の考え方を使っても導くことができる。x′ 座標系で見ると4元速度V′μを持っている物体があったとすると、x座標系では、
V0 = γ(V′0+βV′1), V1 = γ(V′1+βV′0),V2=V′2,V3=V′3
(8.6)
と、ローレンツ変換と同じ変換を受けることになる。[(vi)/c]=[(dxi)/d(ct)]=[(dxi)/dτ][dτ/d(ct)]=[(Vi)/(V0)] ということを使うと、

v1
c
= γ(V′1+βV′0)
γ(V′0+βV′1)
= V′1+βV′0
V′0+βV′1
=
V′1
V′0

1 +β V′1
V′0
=
v′1
c

1 +β v′1
c
= 1
c

v′1+v
1 + vv′1
c2

(8.7)


v2
c
= V′2
γ(V′0+βV′1)
=

V′2
V′0

γ(1+β V′1
V′0
)
=

v′2
c

γ(1+ vv′1
c2
)

(8.8)
(v3も同様)として求めていくこともできる。

【長い註終わり】

8.3  4元加速度、4元運動量と4元力

 4元速度をさらに固有時τで微分したものを4元加速度と言う。式で書けばAμ=[(d2 xμ)/(dτ2)] となる。4元加速度は、3次元の加速度ai=[(dvi)/dt]とはだいぶ違う形になる。



[問い8-1] 4元加速度の4つの成分(A0,Ai) を、3次 元速度vi、3次元加速度aiを使って表せ。



 4元加速度の性質として、4元速度と(4次元の意味で)直交する。なぜなら4元速度の自乗が一定であることから、

0=

d


( ημν dxμ


dxν

)
0=
μν d2 xμ
2

dxν



(8.9)
となるからである。この式はすぐ後で使う。
 ここで、そもそも運動量やエネルギーというものが、ニュートン力学においてどのように導出されたものか、ということを思い出そう。まず運動方程式
m d2 xi
dt2
=fi
(8.10)
から出発する。この両辺を時間で積分(区間は[ti,tf])すると、
m d xi
dt

|

t=tf 
− m d xi
dt

|
t=ti 
= tf

ti 
fi dt
(8.11)
という式が出る。これは、運動量の変化が力積である、という式である。
 また、xiで積分すると、


xf

xi 
m d2 xi
dt2
dxi
= xf

xi 
fi dxi
m tf

ti 

d2 xi
dt2

dxi
dt
dt
= xf

xi 
fi dxi
m tf

ti 

d
dt

( 1
2

( dxi
dt
) 2

 
) dt
= xf

xi 
fi dxi

1
2
m ( dxi
dt
) 2

 

|
t=tf 
1
2
m ( dxi
dt
) 2

 

|
t=ti 

=
xf

xi 
fi dxi

(8.12)
という式が出る。xiは時刻tiでの粒子の位置(xf,tfも 同様)である。つまり、エネルギーは仕事fi dxiによって変化する量として定義されている。
 4元速度に質量42をかけたものを 4元運動量と呼ぶ。
Pμ = ( mc dt

,m dx

,m dy

,m dz

)
(8.13)
のようなベクトルで、これは3次元の運動量
pi= ( m dx
dt
,m dy
dt
,m dz
dt
)
(8.14)
と、
Pμ=( mc γ, γp1, γp2 , γp3)
(8.15)
のような関係にある。ここで、4元運動量の第0成分にはどんな意味があるのかを知るために、この4元運動量の微分dPμについて考 えてみる。
 4元加速度と4元速度が直交するという式にmをかけると、m[(d2 xμ)/(dτ2)]=[d/dτ](m[(dxμ)/dτ])=[(dPμ)/dτ] を使って、
ημν dPμ


dxν

=0
(8.16)
という式が出る。この式をさらに少し変形すると、

ημνdPμ dxν
=0
−dP0 d(ct) + dPi dxi
=0
dPi dxi
=dP0 d(ct)

dPi
dt
dxi
= c dP0

(8.17)
となる。つまり、[(dPi)/dt]とdxiの3次元的内積がcP0の変化量とな る。ニュートンの運動方程式と同じように、
fi = dPi
dt

(8.18)
のようにして力を定義43するなら ば、(8.17)はまさに
仕事(fi dxi)   =   cP0の変化(cdP0)
(8.19)
という式になる。これはcP0がエネルギーと解釈できることを示している。つまりエネルギーは「時間方向の運動量×c」なのであ る。量子力学で p = −ihbar[∂/∂x],E = ihbar [∂/∂t]のような対応になっているのは、エネルギーが時間方向の運動量だからであるとも言える。Eだけ符号が違うのも、もちろんημνが 時間的成分のみマイナスであることが関係がある。
 4元運動量の自乗はημνPμ Pν=− m2 ημνVμ Vν = −m2c2であるから、P0=E/cと おくと、
−m2 c2 = − ( E
c
) 2

 
+ |Pi|2
(8.20)
という式が成立する。上の式から、運動量の大きさが増えるとエネルギーも増加する(自乗の差が一定値なのだから)。
 cP0がエネルギーと解釈されるべき量であることを、vがcより小さいという近似で確認しよう。

cP0=c m cγ =
mc2 1




1−β2
=mc2 ( 1+ 1
2
β2+… ) = mc2 + 1
2
mv2+ …

(8.21)
となって、定数項mc2とβの4次以上の項を除けばなじみのある運動エネルギーの式1/2mv2が 出てくる。なお、相対論で有名な公式44で あるE=mc2はこの式のβ = 0にしたものである(つまり、特別な状況での式であることは忘れてはならない)。
 つまり静止している物体もmc2だけのエネルギーを持っているということを表している。しかし、通常の力学ではエネルギーの原点 には意味がない。取り出すことのできるエネルギーは結局はエネルギーの差であり、cP0の最小値はmc2な のだから、このmc2はこの一個の粒子の運動を考えている限りにおいては取り出すことのできないエネルギーということになる。この 「静止エネルギー」mc2の意味は、単にエネルギーの原点がずれているだけにすぎないのである。しかしこのmc2が ないとPμが4元ベクトルでなくなってしまうので、4元運動量として意味があるためにはmc2を消してしま うことはできない。
 この時点ではmc2は、実用的な見地からは深い意味はない。しかし、複数の物体が合体したり、あるいは逆に物体が分裂したりする 現象を考えると、この式に含まれる深い意味が明らかになる。これについては後で話そう。
 なお、ここで定義した力fi=[(dPi)/dt]は、その定義(t微分を使ったところ)からして4元ベ クトルになっていない。4元ベクトルになる力Fμ

dPμ

=Fμ
(8.22)
で定義すると、Fμ = [dt/dτ]fμという関係が成立する。このτは、今力が及ぼされている物体の 固有時であるから、その物体が速度uiを持っているならば、

dt

= 1

 

1− u2
c2
 

(8.23)
である。
 Fμを「4元力」または「ミンコフスキーの力」と呼ぶ。
 4元力は4元ベクトルであるから、その変換性は他の4元ベクトルと同様で、x方向に速度βで移動する座標系へ変換した時、
F′1=γ(F1−βF0),     F′0=γ(F0−βF1),    F′2=F2,    F′3=F3
(8.24)
となる。fμ=√{1−(u/c)2}Fμという式が成立している(uは今考えてい る粒子の速度である)ことを考えると、fμの方の変換も計算できる。ただしその時は、x座標系とx′座標系では、物体の速度uiも 速度の合成則に従って変換することに注意しよう。したがってfμの変換はFμに比べると複雑なものになって しまう。


Footnotes:

41というより、相対 論的力学は近似としてニュートン力学を含まねばならない。新しい理論は、古い理論が説明していた物理現象も説明できるものでなくては意味がないからであ る。
42相対論では質量と いう言葉にいろんな定義があるのだが、少なくともこのテキストに関しては、「質量」とは「静止質量」のことである。他の質量の定義は後で述べるが、基本的 な量は「静止質量」であり、これはローレンツ変換によって変化しない、定数である。
43この「力」fiは 4元ベクトルではないことに注意。
44意味はわからなく てもこの式だけは知っている、という人も多いので、もしかすると、物理の公式の中で一番有名かもしれない。


学生の感想・コメントから

 4元速度の自乗が常に一定というのには驚いた(多数)。
 なんか不思議な感じがしますよね。私も最初にこの話を聞いた時は「え?」 と思いました。

 物体が静止し ている時でもmc2のエネルギーを持っているということは、物体が静止している状態でエネルギーを取り出せるのでしょうか?
 取り出すためには、「それよりエネルギーの低い状態に変化させる」という ことが可能でなくてはいけません。もし、そういう状態があれば取り出せます。でも、それよりエネルギーの低い状態が存在しない場合が多いでしょう。

 なぜ固有時間の微分に直すのか、まだよくわからない(多数)。
 授業中に遠慮なく質問してください。固有時間にする理由は、座標時間tを 使うと、その特定の座標系でしか成立しない式になってしまうからです。相対論では、時間は人によって違うのですから、特定の観測者の時間tを基準にしてい ると、不都合が生じるのです。
 だから、「考えている物体にとっての時間」である固有時τを使います。

 相対論的エネルギーの原点は、m=0の時なんですか?
 むしろ、エネルギーの最低値がmc2なのだが考えましょう。つまり、最低値でも0より大きい。

 ニュートンが運動方程式作ったころはテンソルってあったんですか?
 ありません。ニュートンの時代では、微積分すらニュートン本人が作った ばっかりです。

 (8.21)の途中(βが小さい近似をする前)から、物体を光速で動かそうとすると無限のエネルギーが必要だというこ とがわかるのですか?
 その通りです。

 古典力学の運動方程式が書き換えられたのはすごいと思ったが、公式がまた一つ増えた。
 相対論的な公式だけ覚えて、ニュートン力学の式はその近似として導くよう にしましょう。そうすれば公式は増えません(ダメかな?)

 エネルギーが時間方向の運動量というのがまだわからない。
 運動量とエネルギーと、4成分合わせて一つの4元ベクトルになる、と考え てください。そして、ローレンツ変換するとエネルギーと運動量が(tとxのように)混ざり合うのです。

 静止質量mの 物体のエネルギーがmc2だというのは、物体の化学的エネルギーも含めてのことですか?
 そうです。それについては、また来週。

 やっと、E= mc2が出てきました。これって最低値だったのですね。
 そうです。動いている時はこれより大きくなります。

 3次元で直交 座標まではイメージできるのですが、4次元の直交座標ってどんな感じなのですか?
 図で書くと3次元とそんなに変わりません。ただし、眼で見た長さと4次元 的長さが一致しないという、こないだから何度も言っている問題があるので、図を見てイメージするのは難しいです。


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 11 Jul 2006, 10:59.