相対論講義録2006年度第9回

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第7章 ミンコフスキー空間

 ここまで学習した相対論的な考え方は「ミンコフスキー空間」と呼ばれる「時間 1次元+空間3次元の時空間」での幾何学としてまとめなおすことができる。こ の章でここまでの結果を"4次元的な視点"から考え直そう。

7.1  4次元の内積

 ここまででわかった大事なことはローレンツ変換によって移り変わる二つの座標 系(ct,x,y,z)と(ct′,x′,y′,z′)の間に、
−(ct)2 + x2 + y2 +z2 = −(ct′)2 + (x′)2 + (y′)2 +(z′)2
(7.1)
あるいは
ημνxμ xν = ημνx′μ x′ν
(7.2)
という関係が成立することである。
 もともとローレンツ変換を求める時においた要請1.は −(ct)2 + x2 +y2+z2 の値の不変性ではなく、「 −(ct)2 + x2 + y2 +z2 = 0ならば、 −(ct′)2+(x′)2+(y′)2+(z′)2=0 であれ」 という条件であった。しかし、これに要請2.(一様性)と要請3.(等方性)を加える ことで、 −(ct)2 + x2 + y2 +z2 が不変でなくてはならないことがわかっ た。
 この量 −(ct)2 + x2 + y2 +z2あるいはημνxμ xνを、「4次元 的距離の自乗」と呼ぶ。この式のうち時間成分を除いたx2+y2+z2は3次元 空間における距離の自乗である。3次元において、距離の自乗は回転(および反 転)という座標変換に対して不変であった。その4次元バージョンである −(ct)2 + x2 + y2 +z2は回転・反転だけ でなく、ローレンツ変換に対して 不変となっている。 物理において大事なのは「座標変換によって変わらない量」 である(座標は所詮、人間の都合で決めたものであるから、座標によらない量こ そが本質なのである)。そういう意味で、4次元的に考える時(つまり相対論的 に考える時)には3次元の距離よりも4次元的な距離の方がずっと物理的意味が 大きい。
 4次元的な距離の自乗を不変にする変換を(3次元的な回転や反転もひっくるめて)「ローレンツ変換」と呼ぶ場合もある。ローレンツ変換をテンソルを使っ て表現すると(x′)μμ νxνであるが、 この変換の行列αμ νはημν = ημ′ν′αμ′ μαν′ ν を満たす。このような行列αμ νで表される変換は、すべて広い意味でのローレンツ変換である。


広い意味のローレンツ変換
(−(ct)2+x2+y2+z2を 不変に保つ)
=
狭い意味のローレンツ変換

x′=
γ(x−βct)
ct′=
γ(ct−βx)
など
回転/反転
x2+y2+z2を不変に保つ

(7.3)
 狭い意味のローレンツ変換は「boost」と呼ばれることもある。
 次の図は、(x,y)面においてx2+y2=一定となる線と、(x,ct)面において−(ct)2+x2= 一定となる線を書いたものである。右の図は「等距離の点」には見えないが、4次元的な意味で「等距離の点」なのである。
 ローレンツ変換によって保存される量は3次元的な意味での長さであるところの√[(x2+y2+z2)] ではなく、4次元的な意味での長さである。ある点(t,x,y,z)と、それから(時間的にも空間的にも)微小距離だけ離れた点(t+dt,x+dx,y +dy,z+dz)との間の距離をdsとした時、
ds2 = −c2dt2+dx2+dy2+dz2
(7.4)
として、4次元的な微小長さ(「線素」と呼ぶ)を定義する。
 ds2はいろんな符号がありえる。符号によって

ds2 > 0
(cdt)2 < dx2+dy2+dz2
空間的 (space−like)
ds2=0
(cdt)2 = dx2+dy2+dz2
ヌル的 (null−like)
ds2 < 0
(cdt)2 > dx2+dy2+dz2
時間的 (time−like)

(7.5)
のように4次元距離を分類する。「ヌル的」は「光的(light-like)」と言う場合もある。
 本によって、上の式をds2 = c2 dt2 −dx2 −dy2 −dz2と定義する場合(timelike convention)と、ds2 = −c2dt2+ dx2+dy2+dz2と 定義する場合(spacelike convention) がある。前者は、通常の粒子の場合ds2 > 0となる点が好ましい。後者は、3次元部分だけを見るとユークリッド空間での線素の長さds2=dx2+dy2+dz2と 等しい点が好ましい。どちらを使うかはその人の流儀であって、どちらを使っても物理的内容に違いはない。ここではspacelike conventionの方を使う。
 このようにして距離が定義された空間をミンコフスキー(Minkowski)空間といい、この空間での距離の計算の仕方を示すημνと いう記号およびこの記号を使って測られる距離のことを「ミンコフスキー計量」と言う。
 ちなみに、普通の空間、すなわち距離が
ds2 = dx2 +dy2 + dz2
(7.6)
で定義された空間は「ユークリッド空間」(正確には「3次元ユークリッド空間」)と呼び、行列δij=
 1
0
0
0
1
0
 0
0
1
はユークリッド計量と呼ぶ。
  4次元的な考え方と言っても内容は変わっていない。アインシュタイン自身もミンコフスキーがこういう書き方を始めた時、「数学的な話で、物理の理解とは関 係ない」と思っていたらしい36。し かし、このような表示によって相対論を考えることが劇的に簡単になる(アインシュタインもすぐにそれに気づいて自分でも使い始めている)。
この「4次元的距離」という考え方をすると、ローレンツ短縮やウラシマ効果を別な形で理解することができる。ローレンツ短縮は、「動いている棒は長さが縮 む」という現象である。右の図は、棒が静止している座標系で、棒の先端と後端の軌跡を示した。図の水平矢印は、棒と同じ動きをしている人が観測する「棒の 長さ」である。
次に、棒に対して動いている人を考える。同時の相対性により、この観測者の同時刻は傾いている。この人が棒の長さを測る時には、自分にとっての同時刻を基 準に測るであろうから、「棒の長さ」は図の斜め矢印であると認識する。
水平矢印と斜め矢印は、グラフ上の見た目では斜めの方が長く見えるが、4次元的長さの自乗の定義がx2+y2+z2−(ct)2で あることを思い出すと、水平矢印の長さXに対し、斜め矢印は長さが√[(X2−(ct)2)]となる(普通 のピタゴラスの定理とは(ct)2の前の符号が変わっていることに注意)。
ウラシマ効果は、動いている方が経過する時間が短いという効果であるが、それは図の斜め線の方が垂直な線より短いということで理解できる。
 グラフを見ると斜め線の方が長く見える が、今長さの定義が4次元的距離で定義されていることに気をつけなくてはいけない。そのため、真っ直ぐな線の4次元的距離の自乗は−(cT)2で あり、斜め線の4次元的距離の自乗は−(cT)2+X2 となる。「距離の自乗」がマイナスになるのは「自乗」という言葉の本来の意味からすると奇妙であるが、今「距離の自乗」は−(cT)2+x2+y2+z2と 定義されているのでこれでよい。本来の意味とは違う使い方をしていることになるが、物理専用の用語なのだと思って納得して欲しい。
 マイナスになるのが気になるのであれば、「時間的な距離を測る時には距離の自乗は(cT)2−x2−y2−z2と 定義する」と決めておいてもよい。

7.2  世界線の長さと固有時

 粒子の軌跡(4次元時空中の曲線になる)を「世界線」と呼ぶ。世界線の長さを上で定義したdsを使って測定する。dsはローレンツ変換によって不変な量 である。適当なローレンツ変換をしても値は変らないのだから、計算しやすい座標系で計算すればよいことになる。そこで今考えている粒子がちょうど静止して いるような座標系を採用したとする。その座標系を(T,X,Y,Z)とすると、明らかに粒子の運動した線に沿っていけばdX=dY=dZ=0 であるから、
ds2 = −c2 dT2
(7.7)
となる。つまり、dsはその物体が静止している座標系で測った時間経過に比例する。比例定数はicである(iがついてしまうのは、ds2をspacelike conventionで定義したためである)。ds2=−c22と書くと、この τがまさに、その物体が静止している座標系で測った時間である。つまり、この物体が持っている時計の刻む時間であると考えて良い。そこでτを固有時と呼 ぶ。
2 = dt2 1
c2
(dx2+dy2+dz2)
(7.8)
となる37。固有時τに対し、座標系 に対して静止している人にとっての時間tは「座標時」と呼ばれる。この式の両辺をdt2で割って平方根を取ると、


dt
=  

1− 1
c2

dx
dt
2

 
+ dy
dt
2

 
+ dz
dt
2

 

 
=
sqrt(1-β^2)
 

(7.9)
となる。つまり、固有時の増加は座標時の増加のsqrt(1-β^2)倍である。
 固有時は、各物体ごとに違う進み方をする。上の式からわかるように、寄り道をするとdx2が多くなり、結果として固有時の進みは 遅れる(ウラシマ効果)。双子のパラドックスの計算なども、運動している物体の固有時が短くなる、と考えれば簡単である。
 我々の知っている粒子の世界線はtime-likeであるかnull-likeであるか、どちらかである。世界線がspace-likeだということは 超光速で運動している粒子であるということで、そんなものは見つかっていない。もし見つかったら、そのような粒子は見る人の立場によっては未来から過去に 向かって走ることになるので、因果律に抵触することになるだろう。
 世界線がnull-likeになると、固有時の変化dτは0になってしまう。よって光のように光速で動くものに対しては固有時が定義できない(あるいは 定義してもそれは変化しない)。



[問い7-1] 半径R、角速度ωで等速円運動している物体がある。座標時で は1周に[2π/ω]だけ時間がか かるが、固有時ではどれだけの時間になるか?





Footnotes:

36ちなみにミンコフ スキーはアインシュタインが大学時代の先生であり、ミンコフスキーの方はろくに講義に出てこないアインシュタインを出来の悪い学生と思っていたらしい。
37固有時の定義の符 号は常にこの形。座標時tの符号に合わせる。


学生の感想・コメントから

 4次元的に考えるって難しい(多数)。
 最初はとまどうことが多いと思いますが、慣れましょう。

 空間的に動く物体はあるんでしょうか?あるとしたら光より速く動くもの?
 そういうことです。現実にはなさそうです。

 空間的な距離は存在しないのでしょうか(多数)。
 粒子の軌跡としては存在しません。すくなくとも現在知られている限り、超 光速で動くものはないので。単に「2点間の距離」という意味なら、空間的な距離は存在します。

 広い意味の ローレンツ変換と狭い意味のローレンツ変換の使い分けがわからない。
 別に使いわける必要はないです。名前の付け方の問題です。実際に使うべき 式を選択する時に悩むことはないと思います。

 目で見て長い方が実は短いというのは、とまどってしまう(多数)。
 これまた4次元的な考え方に慣れてないせいです。慣れましょう。意外に、 簡単に慣れられますよ。

 ミンコフスキーがミノフスキーに見えてたいへん。
 これこれ。

 自分に対して動いている座標系のものさしが縮んで見えるのは3次元距離が短くなったのです か、4次元距離が短くなったのですか?
 短くなったというより、動いている人と止まっている人では「ものさしの当 て方」が違うのです。それぞれの人が、自分にとっての同時刻に沿ってものさしをあてて長さを測るので、長さに違いが出ます。そういう意味では「測るものが 違うのだから長さが変わって当たり前」なのであって、距離がのびたり縮んだりしているのではない(測るものが変わっている)のです。

 ds2 = −c2dt2+ dx2+dy2+dz2と考える場合に長さが短くなる のは理解できたのですが、ds2 = c2 dt2 −dx2 −dy2 −dz2の 場合はどう考えるのでしょう?
 そっちの定義の場合では、空間的な長さの場合のdsは虚数になるので、虚 数の絶対値をとってその大きさを比較することになります。ds2の符号がひっくり返るだけで、中身は同じです。
 


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On 27 Jun 2006, 11:05.