第11講 タイムマシンはできますか?


ここまでで「時間は誰でも同じように流れているわけではない」という話をしてきましたが、それで「タイムマシンはできるんですか?」という質問がちらほら出ているので、今日はタイムマシンってできるのかどうか、物理的にはどう考えられるのかを見ていきましょう。

キップ・ソーンがタイムマシンを``発明''するまで

まず、物理学者であるキップ・ソーンが考えたタイムマシンについて話しましょう。

カール・セーガンという天文学者の書いた「コンタクト」というSF小説があります。ジョディ・フォスター主演で映画化もされています。この小説の中で地球からヴェガ(地球から26光年離れている)へ、さらにその先の星へと瞬時に行くことができる機械が出てきます。セーガンはこの話を考える時、超光速で移動する方法について頭を悩ませ、友人のソーン(重力理論の専門家)に「コンタクト」の原稿を渡し、尋ねます。「この本の中の、瞬間的宇宙旅行の方法は科学的に正しいかな?」と。

セーガンの最初の原稿を読んだソーンは、ワームホールを使えばよいだろう、と答えました。ワームホールは宇宙に空いた穴で、3次元の宇宙を2次元で表して書くと左の図のようになります。

つまり通常の空間を通っていくと26光年かかる場所を、近道(ワームホール)を開ければよい、ということです。これはいわばドラえもんの「どこでもドア」に対応します。

このような宇宙が存在しうることは1916年(アインシュタインが一般相対論を作った直後)にすでにわかっていました。ただし、「存在しうる」からと言って作れるとは限りません。ソーンはこのワームホールが壊れないためには、そして中を安全に人間が通行できるためにはどのような条件が必要かを考えました。そして(当然のことですが)それが簡単ではないことを発見しました。

アインシュタインの一般相対論によれば、物質があるとそのあたりの時空間が曲がります。ワームホールを作るためには、ワームホールができるように空間を曲げてやらなくてはいけません。上の図だけ見ていると「ブラックホールの時も時空曲げてたから、うまいこと曲げてやればワームホールもできるんじゃない?」という気がしてきます。

ところが、ワームホールを維持して、かつ人間が通れるようにするために必要な物質はどのようなものかを計算してみたソーンは、普通の物質ではなく、エネルギーがマイナスであるような不思議な物質(エキゾチック物質と呼ばれます)が必要であることを見つけました。

なぜ普通じゃない物質が必要なのかを(3次元空間の場合で計算で示すのはたいへんなので)2次元の面の曲がりの場合で図解しておきます。3次元空間の中にある平面が曲がっていく様子を図で表現すると右のようになります。

もっと図形を単純化して描くと、面が曲がるというのは展開図で描くと右の図のように、「切り込みを入れて後でくっつける」ような操作をした結果だと考えてもよいです球面のようにするにはもっと複雑に切り込みを入れなくてはいけません。あくまで、イメージです。。切り込みを入れた結果、頂点の回りで「一周の角度」を測ると、360度より小さくなります(この360度より減った角度を「欠損角」と呼びます)。

ところが、通り抜けられるワームホールの場合、むしろ「角度を増やす」ことが必要になります。二つの平面に穴(簡単のために正方形にしましょう)をあけてつなげたとします(下の図で、ABCDがそれぞれA'B'C'D'と貼り合わされたとするわけです)。するとA点は270度、A'は270度の角度分の面が広がっていますから、AA'が一点になると、この点の周囲は「540度分」の広がりがあります。

授業ではボール紙を実際に切って張りながら角度が大きくなることを示しました。

こういう「(通常とは逆の)変な曲げ方」をするためには、通常とは逆、つまりエネルギーがマイナスの物質が必要になる、というのが一般相対論からわかる結論です(ソーンたちはもちろん厳密な計算で示しています)。つまりは時空を曲げることができたとしても、「どこでもドア」的なものを作るのは物理法則的に容易ではないわけですもう一つの問題は、ブラックホールの時、表面(事象の地平線)で時間が止まってしまうことです(ブラックホール的なものだと、通りぬけ不可能になってしまいます)。その意味でも、エキゾチック物質が必要です。

エキゾチック物質(エネルギーがマイナスであるような物質)はもちろん自然界には見つかっていません。カール・セーガンはそのような物質が存在していることにしてSF小説「コンタクト」を完成させました。

どこでもドア+ウラシマ効果=タイムマシン

ここまでは、ただの「どこでもドア」であって、まだタイムマシンになっていません。ソーンはここまでの話を論文にした後で、友人から「超光速で旅行ができるんなら、タイムマシンもできるんじゃないか?」と質問されました。ソーンはすぐに「もしワームホールの片一方だけを動かしたらどうなるだろう?」と考えました。すると、タイムマシンができます。つまりエキゾチック物質があればワームホールができ、タイムマシンができることになります(ただし、エキゾチック物質は存在してないわけです)。

上の図は動かす前のワームホールと動かした後のワームホールです。数字はワームホールにくくりつけられた時計の指す時刻です。ワームホールを動かす前は、二つのワームホールの時計は同期しています。つまり左の口に時刻0に入ると、右の口から右の口での時刻0に出てきます。時刻が二つ書いてありますが、これは時計が二つあるという意味ではありません。一個の時計がワームホールについているのですが、それを左右の口で見ていると思ってください(ワームホールがあるので、一個の物体が2個所で見えている)。

ワームホールの口の一方(右側)が動き出します。動くと時間が遅れる(ウラシマ効果)ので、右の口から見ると時計が遅れて進みます。そして、また右のワームホールの口が元にもどってきた時、左の口の時刻が5を指しているのに、右の口のワームホールの時刻は4になっています。くどいようですが、これは二つの時計ではなく、同じ時計なのですが、左の口からのぞくか右の口からのぞくかで時間がずれるのです。

この状態で、右の口での時刻が4になった時、ワームホールの右の口から飛込んだら、左の口での4のところに出てきます。これは過去に戻ったということですから、まぎれもなくタイムマシンができたことになります。

親殺しのパラドックス---SFの話題から

タイムマシンができないだろう、と思われる理由に「タイムパラドックス」の問題があります。

F・ブラウンという人のSF小説にこんな話があります。

ある科学者がタイムマシンを発明し、三人の友人にその話をする。友だちのうち一人が「もしそのタイムマシンに乗って、俺の父さんが生まれる前の過去に戻って、俺のお祖父さんを殺してしまったらどうなるんだろう?」と考え、それを実行する。彼は過去に戻り、彼のお祖父さんを殺してしまった。そして何年かの時が流れ、再び科学者はタイムマシンを発明した。そして、二人の友人にその話をした。

短いダイジェスト(本編も2ページくらいしかない、短い小説)ですが、意味がわかるでしょうか。お祖父さんを殺してしまったこの男は、結局この世に生まれでなかった。だから、科学者がタイムマシンの話をする友人が一人減ってしまった、というわけです。

この話、よく考えてみるとどこか変です。この友だちは結局生まれなかった。生まれない男は、お祖父さんを殺せない。お祖父さんが殺されないならば、お父さんは無事生まれる。そしてお父さんが無事生まれるならば、この男もちゃんと生まれるだろう。科学者がタイムマシンを発明したら、この男は過去に戻ってお祖父さんを殺すだろう---。論理が堂々巡りになってしまい、結局この男は生まれるのか生まれないのか、お祖父さんが殺されるのか殺されないのか、どっちにしても議論がなりたたない、ということになります。SF小説の中では、このような矛盾のことを「親殺しのパラドックス」と呼びます(上の例では祖父ですが)。この小説では、このパラドックスを、タイムマシンによって歴史の流れが変ってしまった---結果、歴史が二通りできた---ということで解決しています。よくある「解決法」を述べましょう。

1. 歴史の流れが二つできる。

上の小説のように、「三人の友人と科学者」がいる歴史と、「二人の友人と科学者」がいる歴史があって、タイムマシンが作動した結果、宇宙の歴史が二つに分かれてしまった、という状況です。

2. どんなに頑張っても歴史は変らない。

タイムトラベラーが親なり祖父なりを殺そうとしても、なんらかの形で邪魔が入って目的が達成できない、という結論です。

3. 歴史が変ったと思っていると、その変った歴史の方が本当だった。

祖父を殺したつもりでいたら、実はその男は祖父じゃなかった、という感じの落ちがつく。

などなどの解決がされていることが多いようですが、2や3のようにどうやっても結局歴史が変らないというのは、人間の自由意思を無視しているからか、いま一つ人気がないようです。

この「親殺しのパラドックス」の変形として、「タイムマシンは未来においても製作されない」という論理があります。もし未来においてタイムマシンを誰かが製作するのならば、「昔に戻ってみよう」と現代にやってくるはずだが、未来人がやってきたという話は聞いたことがない。だからタイムマシンは未来でも作ることができないに違いない、というわけです。

もっともポール・アンダーソンの「タイム・パトロール」というSF小説では、未来から来た人が地球の歴史を変えてしまわないように、やはり未来から来たタイム・パトロールが歴史を変えようとする犯罪者を取り締まっている、ということになっています。これは上の分類2.の変形でしょうか。

もしタイムマシンがあったら---ビリヤード問題

もしもタイムマシンがあったらいったいどんなことが起こるんだろうか、ということをまじめに考えた物理学者がいます。ソーンらのタイムマシンに対し、ポルチンスキーという物理学者は以下のような問題を考えました。

右の図の穴二つはタイムマシンになっていて、右の穴に入った物体が、5秒前に戻り、左の穴から出てくるとします。今、ビリヤードのボールを図のように右の穴に投げ入れるとします。5秒前にもどって帰ってきたボールが、なんとさっきの自分自身に衝突した、としましょう。

衝突したおかげで、ボールは穴(タイムマシン)には入りませんでした。ということは、左の穴から出てくるわけがありません。

では、ボールは無事穴に入りますから、左の穴から出てきて---と考えると、これが「親殺しのパラドックス」を単純化したものだということがわかると思います。

これに対し、次のような解決策が出されています。

穴から出てきたボールと最初のボールが、かするような弱い衝突をします。弱い衝突なので、ボールの進路は大きく変らず、ほんの少しだけ方向や速度が変ります。そのため、5秒前に戻ってきたボールの速度や方向もほんの少しだけ変り、結果として強い衝突をしなくなる、というわけです。SF小説などのパターンでいえば、「歴史が変ったと思っていると、その変った歴史の方が本当だった」があてはまるでしょうか。

しかしもし、このボールがボールでなく自動車だったとして、人間が乗っていたとしたら、いったいこの人の自由意思というものはどうなってしまうんだろう?---という疑問はわきます。タイムパラドックスを起こさないためには、人間の自由意思を制限する必要があるように思えてなりません。

解は一つではなく、さらに右の図のようなちょっと不思議な現象も解になります!!

このあたりのアニメーションバージョンはこちら

物理的な見地から見てのタイムマシンを考える重要性は、「物理法則はタイムマシンの存在を許しているのか?」という問いかけです。タイムマシンがあれば(あるいはタイムマシン的な現象があれば)「原因は結果に先行する」という因果律が破れてしまいます。よって物理法則はそんなことが起こらないように禁止するようなものであってくれた方がすっきりするわけです。

物理学者はなぜそんな「ありそうもないこと」を考えるかというと、そういう「ありそうもないこと」が物理法則の中で禁止されているのかどうか、を知りたいということもあります。たとえば永久機関はできないですが、何故できないかを考えることでエネルギー保存則があることがわかるように、「タイムマシンを作れなくしている物理法則はなにか?」を探求することは無駄ではないのです。

今のところ、タイムトラベルには負のエネルギーという存在しないものが必要で、物理法則はタイムトラベルを許してないように見えます。

感想・コメントへ
今日の問題
(1)作った時点よりは前にはいけない、過去向きタイムマシンができたとします。利用法を考えて下さい。
(2)時間旅行のルールを作るなら、どんなものがいいでしょうか。

タイムマシンの利用方法としては、

宝くじ、ロト6などの当たりを見ていって当選する。

というのが一番多い答。

失敗を取り消したい。

というタイプのも多かった。

犯罪を未然に防ぐ。
災害を防止する。

あたりも、前向きな願いです。

同時に二つのことをやりたい時、未来からきた自分と二人でできる。

というのもありました。学生さんに聞くといつもなんですが、

テスト問題を過去の自分に教える。

というズルを必ず誰か書いてきます。

(2)のルールですが、上の答を見ると、

・ギャンブルに使うな。

というルールがまず必要な気がします。

知り合いには近づくな。
過去の自分にあってはいけない。

というルールもありました。

歴史を変えてはいけない。

という答もありましたが、これは難しい、というか無理です。どんな些細なことでも、そこにタイムトラベラーがいた影響では過去は変わってしまうので。その影響がどうなるかはわからないので、「何がやってよくて何が駄目なのか」を実行前に判断することはできないでしょう。

人を殺してはいけない。

と書いてきた人がいたんですが(たぶん、親殺しのパラドックスの話を授業でしたからなんでしょうけど)、人を殺すのはタイムトラベルしなくても駄目です。

感想・コメントなど

青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

ワームホールの他に宇宙ひもによるタイムマシンを聞いたことがあります。
それもありますね。

質量がマイナスってどういう物質ですか?
「質量がマイナス」という以外は何もわかってない、架空の物質なので、どういう物質も何もないです。

エキゾチック物質は発見されそうにないですか?
今のところ全く無理っぽいです。

マイナスの質量の物体は重力中で浮くのですか?
と、思う人が多いんですが、浮きません。というのは、マイナス質量だと重力が「上向き」にかかりますが、マイナス質量なので上向きの力が働くと下向きに加速するのです!

ヘリウム風船は浮きますがあれはマイナス質量ですか?
いいえ。ヘリウムは重力の他に浮力(空気からの力)を受けて浮いてます。

パラレルワールドならば親殺しもパラドックスにならないのでは?
もちろん、そうです。その場合は「どうしてパラレルワールドが生まれるの?」というところの理論が必要になりますが。

アメリカのネット掲示板にジョン・タイターという自称タイムトラベラーが現れたそうですが彼の理論(タイムトラベルやタイムパラドックス理論)は科学的に正しいのでしょうか?
デタラメです。

タイムトラベルして自分にあったらどうなるんでしょう?
お互いびっくりしながら自分と会話できるんじゃないでしょうか。

タイムトラベルを使えば自分をどんどん増やせますか?
一度に自分をたくさん存在させることはできます。その場合後からきた自分ほど年を取ってますが。

ビリヤード問題の解決策の二つ目、同じ時間を何回も繰り返す人(球)はアホみたいではないか。
確かにそうです。人間じゃないのならまぁアホみたいではないですが。

同じ時間を何度も繰り返すと、球がだんだん壊れてきたりしないんでしょうか?
そういう細部まで考えるとあの解決法があやしくなってきますね。

ワームホールは入口一つで出口一つですか。
入口←→出口は一組ですね。どっちが入口でもいいんですが。


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