ニュートンが万有引力の法則を発見したのは有名な話です。しかし、ニュートンは「万有引力が働くからリンゴが落ちる」とは言っていますが、万有引力がなぜ働くのか?---については何も言ってませんむしろ「私は仮説を作らない」と言って、「なぜ」の部分には踏み込まないようにしている。。
特殊相対論を完成させたアインシュタインは、次に重力すなわち万有引力の問題について考えています。先に答を言ってしまうと、アインシュタインは「重力が働くのは、質量があると時間と空間が曲がるからだ」という仮説を立て、それがほんとうならどういうふうに時間や空間が曲げられるのか、ということを考えましたところでこれも先に言ってしまうと、アインシュタインはアインシュタインで、「どうして質量があると時間と空間が曲がるのか」については何も言ってません。今のところそれは「そういう物理法則があるから」としか言えないのです。。では「曲がった時空間」ってなんでしょう?
まず「曲がった空間」の話をしましょう---とはいえ、これもいきなり曲がった空間の話はたいへんなので「曲面」つまり曲がった面の話から始めます。
前回、「2つの数字で場所を指定できるのが2次元」と話しましたが、2次元と言っても平面とは限りません。我々は球面を見たら「曲がっている」と判断できますし、紙のような平らな面を見たら「平らである」と判断できます。これは面をいわば「外から」見ることができるからです。では、どのようにしたら2次元生物は自分達の2次元宇宙が曲がっているかを判断することができるでしょうか。
三角形の内角の和は180度---というのは小学校で習います。でもこれって本当でしょうか。左の図のように、球面(地球儀を思い浮かべてください)の上に「三角形」を描き、その三角形の内角を足すと---ほら、180度になりません。これはあたりまえで、「三角形の内角の和は180度」というのはあくまで平面の話で、球面というのは2次元(経度と緯度という二つの文字で場所を表すことができる)ではあるけれど曲がった面(つまり曲面)です。
同じように平面でないと成り立たない幾何学の法則はたくさんあります。たとえば(円周)=(直径)×(円周率)というのも、地球の表面で考えると成立しません(北極を中心に円を描いたとすると、その円周は北極からその円までの距離に円周率を掛けたものより小さくなります)。
もう一つ有名な「平面でないと成り立たない」法則は「平行線の公理」です。全ての幾何学の基本であるユークリッドの「原論」の中にはユークリッド幾何学の公理公理とは証明不可能な大前提のこと。たとえば「三角形の内角の和は180度」というのは証明可能だから公理ではない。が書かれていますが、そのうち一つに平行線の公理「平行な直線は交わらない」というものがあります。平行線の公理が他の公理から証明できるのではないかといろんな数学者たちが頭を悩ましてきました。
現在では、「平行線の公理が成立しないような幾何学も有り得る」ということがわかっています。実際、球面の上では平行線は存在しません。つまり、どんな``直線''も交わってしまいます。球面上の「直線」って何?---と思うかもしれませんが、こういう場合直線というのは「その線を通っていけば最も短い距離で移動できる線」(測地線と呼ぶ)と考えます。球面上の測地線は、伸ばしていけば(球を一周するのですが)必ず交わります。
このように曲がった面の上では普通の幾何学が成立しなくなってしまいます。2次元生物は一見しただけでは自分が曲がった世界の上にいるかどうか判断できないと前に書きましたが、幾何学がどのようになっているか(三角形の内角の和はどうか。円周の長さはどうなっているか、など)を測定することで、自分の住む世界の曲がり具合いを推測することができるでしょう。
なぜこういう話をしたかという実は我々の住んでいるこの「4次元時空」も曲がった時空になっていて、その事は我々にも検知可能だからなのです。
最初の話に戻りましょう。アインシュタインは重力の原因を「曲がった時空間」だとしました。アインシュタインが重力を考える手がかりにしたのが「等価原理」です。
エレベーターが発進したり停止したりする時、妙な感じがすると思います。これは加速や減速を体が感じているからです。エレベーターに限らず、車の発進またはブレーキなどの時、中に乗っている人は、加速の方向とは逆向きに力が働いているように感じます。この力を慣性力と呼びます。
慣性力と重力は、似た性質を持っています。それはどちらも、物体の質量に比例し、物体の種類には全く無関係に作用することです。アインシュタインは、以下のように考えました。
エレベーター内部だけを見ている限り、この二つは区別できない、とアインシュタインは考えました細かいところまで考えると、この二つは区別できます。なぜなら重力の場合「下」とは「地球の中心に向かう方向」であり、これは場所によって違います。一方、慣性力にとっての「下」は場所によって変化しません。。これが「等価原理」です。つまり重力とよく似た性質を持つ慣性力を考えることから重力の本質をつかもうとしたのです。等価原理が成立することは、あくまでアインシュタインの仮定でしかありません。しかし、実験・観測などを見る限り、等価原理は正しく見えますから、仮定として採用することに問題はないでしょう(ただし、その仮定が正しい結果を出すかどうかは吟味が必要です)。
次に、エレベーターの運動を、図とグラフで示してみます。グラフはエレベーターの加速を図にしたもので、縦軸が時間、横軸が空間です。
エレベーターはだんだん速くなっていくので、グラフもだんだん傾いていきます。ただし、光の速さより速くなることはありません。
特殊相対論によれば、運動する物体にとっての時間は運動しない物体にとっての時間とは傾いてしまいます。そのため、エレベーターにとっての``同時''は図のように、だんだん傾きを増してきます。
この同時刻線と同時刻線の間が広いところでは時間が速く経過し、間が狭いところでは時間が遅く経過するように、エレベーター内では見えます。
間が狭くなるのはエレベーターの移動方向の「後ろ」です。つまりエレベーター内の人にとっては、「下」ということになります。このことから、「重力がある場合、下の方ほど時間が遅く進む」ということが推測されます。上では逆のことが起こります。このように、エレベーターの上下で空間や時間の様子が変化してしまうわけです。エレベーター内で感じる重力はみかけの重力ですが、ほんとの重力とみかけの重力は同じものだ、というのが等価原理ですから、みかけの重力で起こることはほんとの重力でも起こるはずです(と、ここまでは「推測」に過ぎないのですが…)。
アインシュタインはこのような考察をリーマン幾何学という数学をつかって4次元の幾何学として考え、一般相対論を完成させました。一般相対論の中では、質量のある物体があるとその回りの時間と空間が(ちょうど加速するエレベーターの上下で時間や空間の様子が変化してしまうように)曲がってしまう、と考えられています。
一般相対論が行った数々の予言は、非常によい精度で確かめられています。実際、地球上においても、高いところと低いところでは低いところの方が時間がゆっくり進むことがわかっています。ただし、その差は非常に小さく、原子時計などで一億分の1秒程度が正確に測れるようになるまでは測定ができませんでした。今ではこの現象は日常の技術に応用されています。前に説明したGPSの衛星は、この「高いところほど時間が速く経過する」ということを計算した上で動いているのです!人工衛星の時間は、動いていることにより(ウラシマ効果)100億分の1程度遅くなりますが、高いところにいることにより20億分の1ぐらい速くなります。結果、GPS人工衛星の時間は100億分の4(25億分1)ぐらい、地上の時計より速く進んでます。
アインシュタインは一般相対論の中で、光線が重力によって曲げられることを予言しました。これもエレベーターの考え方で示すことができます。
止っている、または等速で動いているエレベーターに入ってきた光は、まっすぐ進みます。しかし、加速しているエレベーターに入ってきた光は(光はまっすぐ進んでいるんだけど、エレベーターが加速しているので)エレベーター内では曲がって見えます。つまり、慣性力によって光が曲がります。
重力と慣性力は同じものと考えれば、重力も光を曲げることになります。なお、上で説明した「高いところでは時間が速くなる」を使うと、これは「光の屈折」の一種だと考えることもできます。
アインシュタインは太陽の場合でどれくらい光が曲がるかを予言しました。エディトンが日食の時、太陽の近くに見える星の位置の変化を観測し、アインシュタインの予言を確かめました。もちろん、他にも多くの証拠が見つかっています。
アインシュタインが一般相対論を発表してすぐ、シュワルツシュルトが物質の回りの重力場を表す解を見つけています当時シュワルツシュルトは第一次世界大戦に従軍中で、塹壕の中で計算したという話もあります。。シュバルツシュルトの解は確かに質量が重力を作ることを示していました。さらにわかったことは、質量の近くでは時間の進み具合いが遅くなる、ということでした。これは前にグラフで考えたように、「下」では時間の進みが遅くなる、ということが計算上ちゃんと出てきたということです。
重力と時計の進み方をアニメーションで見るプログラムが、これです。
極端な場合として、天体に非常に近い場所では時間が止ってしまいます。この場所をシュワルツシュルトの壁と呼びます。さらにその壁より内側にはいると、二度と出てこれなくなります。光すら出てこないから真っ黒だ、というわけで「ブラックホール」と呼びます「ブラックホールは重力が強いから出てこれない」とよく本などに書いてありますが、出てこれない理由は「重力が強い」どころではなく「時間が止まるから」!なのです。。
ただし、太陽と同じ質量の星の場合でこのような壁が出現するには、半径3キロよりも小さくなくてはいけません(地球なら9ミリです!)。太陽のような大きなものを半径3キロに圧縮するのはかなりたいへん(というよりほぼ不可能)なので、太陽がブラックホールになることはまずありえません。より大きな星の場合、燃え尽きた後にブラックホールになるだろうと思われています。
なお、ブラックホールというとよく「重力が強くて光すら脱出できない」というように言われますが、実は重力の強さが問題なのではなく、この「時間が止まってしまう」ということが問題なのです(そりゃ、時間が止まったら光も出てこれませんよね)。この時間が止まってしまう面のことを(面なんですが)「事象の地平線」と呼びます。
>ブラックホールと思われる天体も最近いくつかみつかっています。我々の銀河の中心にも、このような巨大なブラックホールがあるに違いないと言われています。
ブラックホールに落ちるとどうなりますか、というのはよく聞かれる質問なのですが、まず確実に言えることは「事象の地平線をいったん越えてしまったら、もう帰ってこれません」ということです。生きているか死んでいるかは別として(潮汐力という力も強くなるので、死んでしまう可能性も高い)。
事象の地平線というのはここまでいくと帰ってこれないという意味では特別な場所ですが、もしその場所に行ったとしても、特に何かがあるというわけではありません。ブラックホールの近くでは時間が遅れるという現象があり、ちょうど事象の地平線のところでは(外から見ると)時間が経過しなくなります。しかし、その場所に行った人間にとっては時間が止まるなどという変なことはなく、どんどん中に入っていけます。外から見ていると、事象の地平線のところで人が止まってしまっているように見えます。そういうわけで帰ってきたいならば、事象の地平線を超えてはいけません。
ブラックホールの近くでは光が曲がるため、いろいろ不思議な物の見え方をします。その見え方については、CGのプログラムで授業で見せようと思います。
ブラックホールがあるとどのように風景が歪んで見えるかを見せるプログラムが、これです。
地球儀の模様のついたブラックホールを見るとどんなふうに見えるかを見せるプログラムが、これです。
ブラックホール付近に「住む」ことができたとすると(難しいんですが)、高いところに行くと時間が速く進む、という面白い(困った?)現象に悩まされることになりそうです小林泰三の「海を見る人」というSF小説は、そういう(もちろん架空の)世界の物語です。。
いろいろな利用方法がありました。まず多かったのが、
というもの。入れたら二度と出てきませんから、よいかもしれません。さらに、
ってのもありましたが、後で述べるように(実は授業中も言ったんですが)、ブラックホールで時間が遅くなる時は体感時間(その場にいる人の感じる時間)も一緒に遅くなるので、ブラックホールの近くにいると時間が遅くなりますが、その間に体験できることも遅くなります。そういう意味では、刑罰の体感時間も短くなってしまうわけです(出てきた時に浦島太郎的体験をしてたいへんだ、という罰にはなるのかもしれませんが)。
これは可能です。ただし、未来に行った後戻ってくる方法がありません。
というのがありました。これは時間が遅いのを使った例です。逆に
というのもあったのですが、これはブラックホールに近づくのでは駄目で、むしろ自分以外のもの(宿題を出した先生とか)をブラックホールに近づけておかなくてはいけないでしょう。同じ宿題でも
と答えた人もいました。こちらは正解です。
光が曲がるというのを使って、
などの案もありましたが、授業でも見せたように画像がグニャグニャに歪んでしまうので、これを見てもなかなかそこに何があるかわからないかもしれません。
というのもありましたが、これ「入れて」しまったら取り出せませんよ。それに重くなりそうだし。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。