世間一般で「次元」という言葉は、どうも実際の言葉の意味よりも大層な使われ方をしているようです。「おまえとおれとは次元が違う」というとずいぶん偉そうに聞こえます。また「4次元の世界」なんて聞くと、何やら恐ろしい化け物でも棲息していそうです。
では改まって「次元って何のこと?」と言われると、答えられない、という人が結構多いようです。我々の世界は3次元だとか、紙の上は2次元だとか言いますが、いったい何が2だったり3だったりするんでしょう。実は次元というのは説明するとがっかりするほど、簡単な話です。
この世界のどこでもいいんですが、場所を表すには最低、いくつの数字を指定すればいいでしょうか。例えば住所であれば、何々町の何丁目何番地、なんて指定をすればいいことになります。アパートに住んでいる人はさらに棟番号と部屋番号も指定しなくてはいけないかもしれない。でも実は、3つの数字さえちゃんと指定すれば場所は特定できます。たとえば、緯度、経度、そして高さの3つです。あるいは「私の家から北に何メートル、東に何メートル、上に何メートル」でもかまいません。とにかく3つの数字があれば、全ての場所は指定できるのです。
3次元において場所を指定するのに必要な3つの数字のことを「座標」と呼びます。よく使われる座標は直交座標(上の図)ですが、他にも極座標、円筒座標などがあります(直交座標が縦横高さを指定するとすると、極座標はまず角度を指定して、その後で距離を指定するという方法です)。
じゃあ2次元の世界ってどういうの、ってのはもうわかりますね。2個の数字があればどこにいるかが完全に指定できれば、それは2次元の世界です。紙の上がまさにこの条件を満たしています。方眼紙の場合を考えるとわかりやすいでしょう。2次元の場合の「場所の指定の方法」としては、図のような$(x,y)$(直交座標)か、$(r,\theta)$(極座標)がよく使われます。
1次元は数字1つ決めれば場所がわかってしまうような状況です。たとえばロープの上の位置は「端から何メートル」というだけでわかりますね。
「次元」というと難しい言葉のようですが、実は単純に「何個の数字で<場所>を表現できるか」という数のことなのです。
2次元の宇宙における物理法則は、どんなふうに3次元と違ってくるでしょうか。
たとえば3次元の宇宙では、光っている物体のみかけの明るさは、その物体から離れる距離の自乗に反比例します(2倍離れると4倍暗くなる)。これは、物体から出た光が球面状に広がっていくからです。2次元宇宙では、光は球面状ではなく、円周上に広がります。つまり、距離に反比例して弱くなります(2倍離れると2倍暗くなる)。もし4次元なら、距離の三乗に反比例することになるでしょう。同様の理由で、重力や電磁力などの力も、距離に反比例することになるでしょう。2次元の宇宙では物理法則から全く違ってしまいます。
「2次元の世界に生物がいたとしたら、その生物は口と肛門を持つことはできない」と言った人がいます---なぜかわかりますか??(図を描いてみよう)
3次元の宇宙というのは我々の生きているこの宇宙です。ただし、我々は場所を指定する時には3つの数字でOKですが、待ち合わせをする時などは時間も指定してあげなくては意味がありません(同じ場所で待ち合わせをしても、時間が違っていれば会うことはできません)。我々の世界で出来事を指定するには、4つの数字が必要なのです。そういう意味では我々の住んでいる場所は「3次元の空間と1次元の時間」あるいはまとめて「4次元の時空」と言えます。
右の図は、太陽と地球の運動を時間変化をおいかけながら図にしたものです。地球と太陽は平面上の楕円運動をするので、空間2次元、時間1次元の「3次元時空」の図になっています。
時間も立派な「次元」なのですが、普段は空間的な次元ほどに意識しません。一番重要な違いは、「空間方向は好きなように行ったり来たりできるけれど、時間方向はゆっくり行きたいと思っても速度調節できないし、昨日に帰りたいと思っても戻れない」ということでしょう。$x$座標は行って(増加して)帰って(減少して)元の位置に戻れませすが、時間はそうはいかないわけです。
実は上の「行ったり来たりできる」というのは4次元的にみると、正しくはありません。時間も1つの次元だと考えれば、我々が「同じ場所」だと思っているのは「空間的には同じ場所だが、時間が違っている」という状況です。
4次元時空で見ると、我々は「今」すら感知できていません。我々は光で物を見るので、まだ光が届いてないところは知らないし、何が起こっていたとしても関係ない(因果関係無し)なのです。時空の中のある場所ある時刻にいる「今の私」にとって、見えるものは光などで情報が自分に伝えられてきている「因果的過去」のみだし、「今の私」の行動によって変化させることができるのは、行動の影響が(最高でも光速度で)伝わることが可能な「因果的未来」だけです。因果関係のあるなしの境目は、図に描かれた「光円錐」(円錐に見えるのは空間方向を1つ省略しているから)です。
上で考えたのは時間を含めた4次元ですが、ここで「もし空間がもう一つ次元があったら」という「if」を考えてみましょう。もちろん4次元の空間というのは存在しないのですが、数学的に考えていくことはできます。こういう考察から面白い結果が出て後で応用される、ということもあるので、単に遊んでいるというわけではありません。
いきなり4次元を空想するのは無理なので、まず「2次元の図形と3次元の図形の関係」を考えて、それから4次元ではどんな図形があるかを考えてみます。
正方形と立方体の関係を考えます。正方形を1個持ってきて、その正方形の面と垂直な方向に正方形の一辺と同じ長さだけ正方形を動かします。
すると、動いた跡は立方体になります(右図参照)。正方形は辺が4つ、角が4つありました。動かした時にできた立方体の角や辺や面の数を考えてみましょう。
まず角ですが、移動前の正方形に4つ、移動後の正方形に4つあり、移動中に角はできません。ですから8つ。
次に辺ですが、移動前後の正方形に合わせて8つあります。正方形の角の動いた跡は立方体の面になりますから、移動中に辺は4つできます。合計で12本となります。
最後に面ですが、移動前後の正方形がそのまま2つ、立方体の面になります。また、正方形の4つの辺が移動した跡が4つの面になります。そこで立方体の面は合計8つ。
では、4次元立方体はどうやってつくればいいでしょうか。ひとつ次元をあげて、立方体を立方体のどの辺とも垂直な方向に動かせばよいのです。もちろん、どの辺とも垂直な方向と言われても、この世界にはありません(この世界は3次元なので)。しかし、4次元ならあります。
本来4次元を図に書くことはできないのですが、無理やりこの「3次元立方体の動いた後が4次元立方体になる」ところを絵にすると、左の図のようになります。
頂点 | 辺 | 面 | 立体 | |
正方形 | 4 | 4 | 1 | 0 |
立方体 | 8 | 12 | 6 | 1 |
4次元立方体 |
3次元の立方体は、展開図から組み立てることができます。
同じように4次元の立方体を展開図から組み立てるところを無理やり図で表現したのが上の図です。同じ記号が描かれた面どうし(AとA、BとB)をくっつけていきます。
「そんなこと、できないよ!」と思うのは我々が3次元空間の住民だからです。立方体を作るために「紙を折り曲げる」という操作だって、2次元の住人からすれば「できないよ!」と言いたくなることです。こんなふうにくっつけられた4次元の立方体の「表立体」(「表面」じゃない)に我々がいると、3次元の立方体の表面にいる蟻と同じで「どこまで行っても元に戻ってくる」という状況になってしまいます。こんなふうに4次元の家ができてしまったら、というSF小説に、ロバート・A・ハインラインの「歪んだ家」という短編があります。
なお、「4次元ポケットってどうなっているんですか?」という質問がよく出るので、ここで説明しておきましょう\footnote{と言っても、これが本当だとは限りません。漫画の話ですから。}。4次元ポケットを思い浮かべるのはたいへんなので、「3次元から見た4次元ポケット」の雰囲気をつかむために「2次元から見た3次元ポケット」を考えましょう。
図のような、「ポケットのついた2次元人」を思い浮かべます(2次元の人になったつもりで考えてください)。2次元人から見れば、このポケットにはの分しか物が入らなそうです。しかしもし、このポケットが(2次元の人には見えない)3次元方向に広がりを持っていたらどうでしょう?---と考えると「4次元ポケット」の仕組みもわかってきませんか。
この講では2次元や4次元の話をずっとしてきましたが、これは我々の住んでいる3次元の宇宙とはどんな関係があるのでしょうか。
アインシュタインは特殊相対論を発展させた一般相対論の中で、3次元の空間+1次元の時間を合わせた4次元の時空も曲がることと、その結果、重力が生まれることを示しています。この話は後でやりますが、4次元の時空の幾何学を考えることが重力(万有引力)の解明につながったのです。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。