第8講 相対性理論---新しい時間と空間の概念(その2)


 前回に続き、「相対性理論」についてです。特に「相対性」についてもう一度考えましょう。

 アインシュタインは、マイケルソン・モーレーの実験よりも前から、「この世は相対的なのではないか?」と考えていたそうです。その一つの根拠は、慣性の法則が示すように、力学の法則が相対的にできていることです。

 そして大きな根拠、特に「光」という不思議なものに関係する根拠が「電磁気学の法則」です。

電磁気学の相対性と、相対性原理

 アインシュタインは1905年、相対性理論の最初の論文の中で以下のようなことを述べています。

 電磁誘導という現象があります。アインシュタインの考察した現象とは少し違いますが、左の図のような現象を考えてみましょう。磁石にコイルを近づける(左図)、あるいはコイルに磁石を近づける(右図)、どちらを行ってもコイルには電流が流れます。二つの現象は「相対的に」考えるならば、全く同じものです。というのは、左図の状態を、コイルと同じ速さで同じ方向に動いている人がみれば、まさに右図の状態が見えるはずだからです。

 しかし実は、電流の発生する原因の解釈は(マックスウェルの理論では)同じではないのです。右図の場合、コイルに電流が流れる理由は、「(磁石の運動により)磁束密度の変化によって渦を巻くような誘導電場が発生したから」です。一方、左図の場合、電流が流れる理由は「(コイルの運動により)磁場中を電子が下向きに動いたので、磁場から受ける力による電子が動かされたから」です。こちらの場合では磁束密度の変化なんて起きていないのです(磁石は動いてないから)。これが、アインシュタインが電磁気の法則は相対的なはずだ、と判断した一つの理由です。

 もう一つ、光と関係した理由があります。マックスウェルという人が電気と磁気に関する物理法則から「電磁波の方程式」を見つけ、電磁波の速度が光速度(299792458m/s)実際にはマックスウェルの時代にはここまで厳密には測定されていません。であることを(電磁気の物理法則だけから)見つけました。電磁気学を勉強していたアインシュタインは光速度が誰から見ても一定でなかったとすると逆に変なことが起こることに気付きました。もし運動している人から見ると光速度が違って見えるとします。「光と同じ速さで飛ぶ魔女がいたとしてみたまえ」とアインシュタインは言いました。「その魔女は``止っている光の波''を見ることになる。でもそんな止った波なんて存在しそうにないじゃないか」と(これを言ったのはアインシュタインが高校生の時だとか)。光は電磁波という電場と磁場の波であることがわかっています。もしその波が止っていたとすると、波の形をした電場や磁場がじっとそこに存在していることになります。しかし、電磁場の方程式をいくら解いてみてもそんな``止った波''は存在できないことがわかります。

↑の図の動くバージョンがここにあります。

 そこでアインシュタインは、光速度が誰から見ても一定である、という奇妙な事実を事実として認め、逆にそのようになるためには宇宙がどのようになっていなくてはいけないかを考察しました。その結果がいわゆる相対性理論です。ここではアインシュタインの考察を式を使わずに図とグラフだけで説明してみたいと思います。

 まず、速さ$V$で走る電車を考えます。この電車の中にはAさんが、電車の外にはBさんがいます。AさんとBさんは立場が違いますが、実験の主張するところによれば、Aさんが測ってもBさんが測っても光速度は同じ値が出ます。Aさんは電車のちょうど真ん中に立っているとしましょう。そして、電車の先頭と後尾に、デジタル時計があるとします。Aさんは電車の中央で、この二つのデジタル時計を見て、「お、時間がちゃんとあっている」と感じているとします。ここでこの電車が長さ60万キロというすごく長い電車だったとします。すると電車の先頭および後尾からAさんのいるところまで光が伝わるのに1秒かかります。

↑の図の動くバージョンがここにあります。

 話を分かりやすくするために60万キロなんていう巨大な電車を考えましたが、電車の長さが60メートルだったとしたらこの時刻が1000万分の1秒になるだけで、本質的には違いはありません。こんな短い時間だと実感が湧かないので、わざと非常識な長さにしています。この「先頭と後尾から1秒かかって時刻を表す光がやってくる」というのを図にしてみたのが左の図です。左の図は縦が時間の経過を表しています(上が未来、下が過去)。

 では、同じ現象を電車の外にいるBさんが見たらどう見えるでしょうか。

 Bさんから見ると、電車は移動しています。Aさんに光が到達する時刻から、光線の来た経路を逆にたどってみます。すると(図を見るとわかるように)、後尾の方が先に光を出していないと、同時にAさんに光が到達しません。Aさんに到達した光はデジタル時計が「0:0:0」を指しているよ、という情報を運んできます。つまり、図に書き込んだ光が発射された時刻は「0:0:0」という``同時刻''だったはずです。しかし、Aさんから見たら確かに同時刻な2つの時計が、Bさんから見るとそうなっていません。不思議なことに、Bさんから見ると時計が合っていないことになります。この話を聞いた時のごく普通の感想は、「こんな変なことは起こるはずはない。同時刻は同時刻なんだから、光は図の1点鎖線のように進むんじゃないのか?」というものだと思います。ところが、1点鎖線の光は、速度が変ってしまっています。実験では「光速は不変である」ということが確かめられているのです!!

 電車の図をグラフで書き直すと図のようになります。左のグラフはAさんから見た図、右のグラフはBさんから見た図です。Bさんから見ると、Aさんにとっての「同時刻面」(図では2点鎖線で表した)が傾いた面になることがわかります。

 このように、同時刻という線がAさんが見た場合とBさんが見た場合で傾いてしまうというのがアインシュタインの出した結論です。このような座標軸の傾きを「同時の相対性」と呼びます。

 アインシュタイン以前は、時間と空間というのは全く別ものであり、見る立場を変えたからと言って混ざり合うようなものではありませんでした。ところが、相対性理論では空間軸が時間の方に傾いたり、時間軸が空間の方に傾いたりします。これは空間軸の二つ(xとy)を回転させることができるように、時間軸と空間軸を回転させることができるということを表します(ただし、傾き角度は45度を超えません)。

時間の伸び縮み---ウラシマ効果

 相対論では同時刻が相対的になる、という話はすでにしましたが、実は同時刻がずれるだけではなく、時間の尺度も同時に変化します。なぜこのような変化が起こるのかを、図で説明してみます。

↑の図の動くバージョンがここにあります。

 上の図は非常に速い速度で飛んでいるロケットを示しています。左の図はロケット内部の人が見たもので、ロケット内のA地点から光を発射し、ロケットの反対側にあるB地点の鏡に反射させ、またA地点に戻ってくるまでの時間を測定しています。

 同じ現象をロケットの外から見たとします。すると右の図のように、光は斜めに走って戻ってくることになります。ロケットの外の人とロケットの中の人では、光の進む距離が違います。

 日常的な、非相対論的考え方に立てば、「進んでいるロケットの中を光が進んでいるんでいるんだから、この光の速さは普通の光より速い。だからより長い距離を進むんだな」と思いたいところですが、どっこい、光の速さはどんなふうに観測しても同じなのでした。ではいったいどういうことでしょう?

 (距離)=(速さ)×(時間)であり、距離が長くなるのに速さが不変、ということは、時間の方が変化するしかありえません。つまり、ロケットの外で静止している人が測った「Aから出た光がAに戻ってくるまでの時間」の方が、ロケット内の人が測った同じ時間より、長い、ということです。逆に言うと、ロケットの中の方が時間の進み方は遅いことになります。これは見掛けのものではなく、実際にロケットの中の人の方が時間が遅く進みます。

このことも実験で確かめられています。人工衛星に精密な原子時計を積んで打ち上げ、その時間を地上の時間と比べたところ、ちゃんと人工衛星(地上から見るとすごい速度で動いている)の時計の進みの方が遅くなる効果がありました前回話したGPSはこの分も補正しています。また、別の理由で「速くなる効果」もあって、これらを合わせたものは理論的計算通りになってます。これを竜宮城で3日遊んでいるうちに村では100年経っていたという浦島太郎の話にちなんで「ウラシマ効果」と呼びます。実際に浦島太郎は亜光速で飛ぶ宇宙船に乗ったんじゃないか、ということを言う人もいます。

$E=mc^2$という式

 物理を知らない人にとって、「物理で一番有名な式」はもしかしたら$E=mc^2$という式かもしれません。この式は相対論(ここまでやったこと)から導かれる式で、物体の質量に光速度の自乗をかけたものがその物体の持つエネルギーになっている、という式です。さすがにこの式をどうやって導くかを説明するには数式がいるので、そこはこの授業では扱いません。しかし、この式についても誤解がよくあるので、そのような誤解について紹介しておきましょう。

誤解

この式は、原子力エネルギーの時に使われる式である。

 いいえ。相対性理論というのはこの世界の時間と空間に関する、一般的な法則なので、エネルギーが原子力か電磁力か化学的なものか、という区別には全く関係なく、$E=mc^2$という式は成立します。

 ただ、普段使っているエネルギーの場合、その差があまりに小さいのです。たとえばガソリン1リットルを燃やして得られるエネルギーは約8000キロカロリー、約3400万ジュールです。しかし$E=mc^2$の$E$に$3.4\times10^7$を入れても$c=3\times10^8$なので、$m\simeq 3.8\times 10^{-10}$kgとなります。つまりは1万分の4ミリグラムぐらいです。つまり、

 (1リットルのガソリン)+(燃やすのに使った酸素)

の質量より、排気ガスの質量のほうが1万分の4ミリグラム軽くなってます。この値があまりに小さすぎて、普段考えもしないだけのことなのです。

 この話をするとよく、「質量保存の法則って習ったけど、あれは嘘だったのか!」という人がいますが、普段の利用状況では全く考えなくて良い程度の小さな変化しかしないのですから、「(普段起こる反応の範囲においては)質量は保存する(と計算したって十分な精度で正しい)」と考えれば、間違っているわけではないわけですというより、知られている法則なるものは全てこういう「今測られている範囲においては」という注釈つきなのだと考えた方がいいです。

 同じく誤解として、「この式のおかげで原爆ができた」と思っている人がいますが、非常に一般的な式だから原子力エネルギーの説明にも使える、というだけのことで、この式を使って原爆を作ったわけではありません。歴史的には原子核のエネルギー自体は前から発見されていて、その説明として「$E=mc^2$の$m$が変化すること」でエネルギーが発生するのだという説明を与えた、というのが相対性理論がやったことです。

感想・コメントへ

今日の問題

光速が30km/時だったら何が起こるでしょう??
ヒントとして、
・ローレンツ短縮やウラシマ効果は$\sqrt{1-\left({v\over c}\right)^2}$という比率で起こる。
・物体は光速を超えられない。
という事実を考えてください。

「ローレンツ短縮やウラシマ効果が普段の生活で起こってしまう」

「物体が30km/時を超えられないので、移動がたいへんだ」

のような回答を予想しての問題でした。もちろんこの回答が一番多かったです。この方向と同じ感じの回答としては

「車が縮んでしまう」(←ローレンツ短縮)

「車によく乗る人は長生きできる」(←ウラシマ効果)

「動いている人がスローモーションに見える」(←ウラシマ効果)

などがありました。さらに想像を広げて、

「人によって経験する時間が違ってしまうので<年齢>や<生まれた年>の意味がなくなってしまう」

などの意見もありました。

 他に光が遅いということに関して、

「日の出が遅くなる」

「電気をつけた時にだんだん明るくなっていくのがわかる」

「向こうからくる車が見えるのが遅れるから、事故が増える」

「普通と逆で、花火の音の方が先にきて、後から見えるようになる」

などの意見もありました。なかなかおもしろかったです。
 他に$E=mc^2$という式を出したので、

「いろんなエネルギーが小さくなってしまうから、生きていけなくなるだろう」

というのもありました。これはいい指摘でした。あと、

「タイムマシンができる!」

というのもありました。未来行きのはウラシマ効果を使えばよいので簡単になりましたが、過去へはやっぱり無理ですね、多分。
感想・コメントなど

 青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

難しかった(非常に多数)。
さすがに今回のはいろいろと概念が新しいので、きつかったみたいですね。

同時が変わるのは何がなんだか。
という感想も多かったです。

「時間」が皆平等でないというのはびっくりした(多数)。
はい、実は平等でないのです。

光速に近いロケットに乗ると老化も遅くなりますか?
なるけど、人生経験もその分少なくなるので、得するわけではありませんよ(普通に生きている場合よりも未来のことを知ることができるのは嬉しいかもしれませんが)。

質量保存の法則はどうなったんですか?
相対論では質量保存の法則は成立しません。成立すると思ってたのは、日常においては質量の変化がとっても小さくて気が付かなかっただけのことです。

光の速度が速くてよかった。
そうですね、遅いといろいろたいへんそうです。

光速の100%を出すとどうなるんでしょう?
式で$v=c$にするとローレンツ短縮もウラシマ効果も0になります、つまり長さ0、時間も経たない。そんなことはおこらないので、物体は光速を超えられないのです。

前野先生は一般相対論を理解する人のうちの一人ですか。
はい。

$E=mc^2$の式を使ったものがこの世の中に存在しますか?
いや、今日まさに「どんな時もこの式が成立してますよ」という話をしたばっかりなんですが…。

アインシュタインは電磁気学のために相対性理論を作り始めたという話を聞いて、科学ってのはつながっていて、理論や実験がいろんな分野で使われているようになっていくんだなと思いました。
その通りです。

ウラシマ効果の逆に、一週間の経験を1日でやることってできますか。
それは一般相対論の方を使うと(理論上)できないこともないんですが、現代できるかというと、やっぱり無理。

この世は相対的なのに、化学や物理などの実験で「絶対ない」ってことはわかるんでしょうか?
これも「程度の問題」ってやつです。この世のあらゆることは「ある/ない」のどちらかではないです。そして、この先どんな実験が出てくるかはわからないんだから「絶対ない」は言えません。しかし、「絶対ないと言えない」と「ある」の間には大きな差が有り得るわけです。例えば「宇宙の始まりから終わりまで待っても一回も起きないぐらいの確率で起こる可能性がある」と言われても、そりゃ「起きない」のと同じでしょう。

もし光より速い物体があったらどうなりますか?
その時は「相対性理論の作り直し」をすることになるでしょう。それは相対論の前は成立すると思っていた「質量保存の法則」が実は成立してなかった、というのと同じです。でも質量保存の法則の破れが「普段気がつかない程度」なのと同様に、相対論が違っていたとしてもその違っている部分は「よほど注意しないとわからない部分」にしかないでしょう(なぜそう言えるかというと、これまで「かなり注意して」相対論の違っている部分をみんな探したけど、まだ見つかってないから)。だから、相対論を作りなおした後でも、今の相対論は「たいていの場合使えるもの」として残ります。

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