第13講 ミクロな世界と量子力学


「時間と空間」に関する話を続けてきましたが、ここで「ミクロな世界」の方に眼を向けてみましょう。相対性理論のおかげで「光速よりずっと遅い世界で育った我々の常識」が破られたように、ミクロな世界を調べていくと「原子よりずっと大きいサイズの世界で育った我々の常識」が破られていきます。今回は量子力学という、ミクロな世界の常識はずれな物理の話をしましょう。

原子の大きさはどうやってわかる

水18 gの中にはだいたい$6\times10^{23}$個の水分子が入っています高校の化学で「モル」とか「アボガドロ数」などを習った人は、この数字を覚えているかと思います。。18 gの水は18 ccですから、1cc(一辺1 cmの立方体)の中に${6\over 18}\times10^{23}$個の水分子が入っていることになります。これはざっと1 cmの一辺に$3.2\times 10^7$個の水が並んでいる計算になり、水分子一個分の幅は$3.1\times 10^{-8}$ cm、つまり$3.1\times10^{-10}$ m程度になります。というわけで、原子の大きさはだいたい$10^{-10}$ m(100億分の1メートル)です。

原子の小ささ、アボガドロ数の大きさがわかる動画がここにあるので、まず見てもらいました。

この大きさはどうやったらわかるでしょうか?

一つの方法は、水を電気分解する時に流さなくてはいけない電気の量です。電子2個で水分子一個が分解できるので、電子何個使って水18gが電気分解できたかを調べられます。電子が一個が$1.6\times10^{-19}$ Cの電荷を持つこれはまた別の「ミリカンの実験」で測定されています。ので、1 Aの電流は1秒で${1\over 1.6\times10^{-19}}$個の電子を運んできます。以上から、水18 gがどれだけの水分子を含んでいるかわかるというわけです。

もう一つの方法はブラウン運動です。ブラウン運動は最初は花粉の中から出た微粒子ときどき「花粉がブラウン運動する」と間違って書いてある本がありますが、花粉は水分子に比べて大きすぎてさすがにブラウン運動しません。が水中でランダムに動きまわるところから発見されましたが、小さな粒なら常に起こります。

ここで、2005年に公開講座した時に見せたブラウン運動の動画(←リンク先はwmvファイルです)を見てもらった。

アインシュタインは特殊相対性理論を完成させたのと同じ年の1905年この1905年に、同時に「光量子仮説」(光は粒子ではないか?という仮説)の論文も出している。に「ブラウン運動は、回りの水分子の不規則な衝突で起こる」と説明し、「ブラウン運動から分子の大きさを推定できる」という論文を書いています。ペランという人が実際にブラウン運動の観測から水分子のサイズを決定しました。

分子の大きさは、実は空の青さからもわかります。空の青さは「空気分子が波長の短い(比較的、青い)光をよく散乱する」からです。小さい分子による光の散乱の様子を研究したレイリーは、散乱の度合いが光の波長の4乗に反比例することを計算により示しています。この散乱の具合から、だいたいの分子のサイズを決めることができます。光の波長は約$4\times 10^{-7}$から$7\times10^{-7}$ mで、原子のサイズより100倍ぐらい大きくなります(レイリーの式はまさにそういう場合に使える式なのでした)。

分子の大きさは以上のようにいろいろな方法で測定できて、しかもそれらがちゃんと一致することから、「物質は分子でできている」ということが確かなものになったわけです。

光は波か粒子か

光は波であるか粒子であるか、というのはニュートンやホイヘンスの時代でも論争になった謎の一つでしたが、波と考えるのが妥当であろう、というのが20世紀までの考え方でした。

そのように考えられた理由の一つが、上の図にしめした複スリットの実験です。「光をこのスリットにあてると、上のスリットを通ってきた光と下のスリットを通ってきた光が干渉して、スクリーンに縞ができる」と考えます。つまり図の「明」の位置では波である光の山と山がぶつかりあい、明るい光になり、図の「暗」の位置では波の山と谷がぶつかりあって暗い光になる、と考えられたわけです。このような現象は波でなくては起らないはずです。

説明がなくて申し訳ないんですが、この二重スリットの実験のアニメーション(Javaが必要)があります。授業ではこれを見せながら説明しました。

授業では、二重スリットの実験だとなかなか光が明るくならないので、回折格子を持って行ってレーザー(測量用の赤いレーザーとレーザーポインタの緑色のレーザー)の光を当てて光が干渉により強め合うところにだけ出てくるところを見せました。下のような感じの回折像が見えます

この回折格子は1ミリあたり200本の線(縦横)が入れてあるもので、1ミリの間に200個のスリットがあって、それぞれを通り抜けた光が上で説明した二重スリットの場合と同様に干渉するため、通り抜けた光がこのような図形を描きます。
回折格子はその辺には売ってませんが、CDの反射光でも同様の現象が起きます。
回折格子を通して物を見ると結構面白い。だから授業終わったら前に見に来て、と行っておいたのだが数人しか見にきてくれなかった。だからここに貼っておきますが、回折格子を通して蛍光灯見ると、

のように見えます。

ところが20世紀になると、光が粒子でもある証拠が発見され始めました。光のエネルギーを測定してみると、常に(プランク定数)×(振動数)という単位の整数倍である、ということがわかったのです。つまり光は波であると同時に光子という粒子でもあり、その光子一個のエネルギーが(プランク定数)×(振動数)であること光子一個の運動量が(プランク定数)÷(波長)であることも。がわかってきました(後で同じ性質が光以外の物質にもあることがわかります)。

水が分けていくと最後に水分子${\rm H}_2{\rm O}$になりそれ以上分けられなくなるように、光にも「一粒」があることがわかったのです。この「一粒の光」を「光子(photon)」と呼びます。

光がやってくるということは実際には光子がやってくる、ということです。つまり、上の図のような実験でできている明暗の縞は、実は左の図のように、光子の当たる場所と当たらない場所ができている、ということになります。粒のようなものがやってくるのだと考えると、「光子は2箇所を同時に通らないはずなのに、なんで波と同じように干渉するの?」という疑問が生まれます。

この疑問について考える前に、もう一つの衝撃的なお話を次の節でしましょう。

全ては波動の性質を持つ

「衝撃的なお話」というのは、実は最初に話した「水分子」などの粒子も波動的性質を持つ、ということです。波だとばかり思っていた光が波動と粒子の二つの性質を持っていたように、粒子だとばかり思っていた「電子・陽子・中性子」などの素粒子現代物理では陽子と中性子は「素粒子」ではありません。クォークという素粒子がくっついてできたものです。が、やはり波の性質を持っている。これがわかるまでにはまた長〜〜〜い話がありますが、ここではその長い話はすっとばして、電子が波の性質を持っていることを明確に示す実験について述べます。

実験の概要は次の図のようなもので、電子を二通りの経路(上を通るか下を通るか)で的(電子の検出器)にあてます。古典力学的(ここでは、電子は粒だという考え)だと発生しないはずの干渉縞が、ちゃんと観測されます。

この実験の動画が実験を行った日立の研究所のサイトにあります。授業ではその動画も見せました。

この実験の素晴らしいところは「電子が一個一個やってくる」にもかかわらず最終結果を見ると干渉縞ができて、「波の性質がある」ということがわかるようになっているということです。では、一個しかないはずの電子がなぜ干渉するのか??---ここで電子は(光もそうなのですが)途中を通っている間は「波」として「山と谷が打ち消し合い、山と山なら強め合う」という性質を持って通過しつつ、検出器にあたったところでは「一粒の電子」として検出されるということになります。

ここで、電子がある形の波になってやってくるような実験を行ったとします(図に書いた「100個用意したこの状態」)。この状態に対して「電子は左側にいるか、それとも右側にいるか」をなんらかの方法で検出した、とします。検出の結果どっちかで電子が見つかるわけですが、図にあるように波は左側の方に大きな山があるので、左で見つかる数が多くなります。

この時電子の波(「波動関数」と呼びます)は、(古典力学的常識からすれば)非常に不思議なことですが、図に示したように、「片方にだけ粒子の存在確率があるような波動関数」へと変化します。観測前は二つの可能性があったのに、観測が片方の可能性を消してしまうことになります。この変化を「波動関数の収縮」と呼びます。

どうして原子は無個性か

量子力学が謎だ謎だと言ってきたので、ここで逆に「量子力学を知ったおかげで解けた謎」を話しましょう。右の図のような原子のイメージを見ると、「{\bf 太陽系に似てますね}」という感想が出てくることがけっこうある長岡模型と呼ばれる原子のモデルは、太陽系よりも土星の輪をその発想の原点にしている。。だが、原子と太陽系には、「サイズが違う」「働いている力が違う」という当たり前の違いの他に、大きな本質的違いがある。それは、太陽系は同じものは一つしかないが原子は同じものがたくさんあること---考えてみると不思議なことです。

量子力学ができる前から、物理学者は原子が出す光が特定のスペクトル(色)を持っていることに気づいていました。後でわかったことですが、原子が光を出すのは、原子の回りを回っている電子が(外から与えられた熱などにより)上の「軌道」に移り、また下に落ちてくるときに、上の軌道と下の軌道とエネルギー差の分が光になるからでした。水素なら水素の、酸素なら酸素の、特定の光を出すことが知られていますトンネルなどに使われるオレンジ色のナトリウムランプの光は名前の通り、ナトリウム原子の出す光。また花火の色は中に入れてある火薬の材料で決まる。。ではなぜ各々の原子は「同じ色の光」を出すのでしょう??

「恒星のまわりに惑星が回っている(恒星系)」という状況では、恒星系1個1個にはそれぞれに個性があり、全く同じ物は一つとしてありません。ところが水素原子は全部全く同じです(通常より少し小さい水素なんてないし、大きさ3割増の酸素もない)。だから原子が同じなら同じ光を出す。この謎は量子力学から判明したのです。それは右の図のように、水素原子の周りを回る電子(実は波!)がちゃんと一周回るとつながらなくてはいけない、という条件でした。

こうなるためには電子はどこでもいいから好きなところを回っていればよいわけではなく、決まった場所を回らなくてはいけないなります$n=1$が一番小さい円を描く時ですが、多くの水素原子はこの状況にあります。前ページの図に書いた「原子核の半径は原子半径の1万分の1くらいしかない」という謎(どうしてもっと近くを回らないの??)もこれで解けます。。電子が波であることからくるこの制限がなかったら、プラス電気を持った原子核とマイナス電気を持った電子は引っ張り合っていますから、エネルギーを放出することでどんどん「低い軌道」へ落ちていくことができます。そうすると原子は今のサイズではいられないことになります。原子がちゃんと存在できるのは、量子力学的性質電子が波であることのおかげです。

量子力学の「常識外」な点

我々はこういう「波」の波長(それは原子サイズぐらいになる)よりは遥かに大きい世界に生きています。そのため、「波の性質」というものを感じることがほとんどありません。実は我々が「電子が運動している」と思っているものは(大雑把な話としては)右の図のような「波の塊の移動」ですそういう意味では、前のページに書いた「原子核の周りを回る電子」の図も単なる「概念図」であって、実際には電子は波として存在しています。。「そんな馬鹿な」と思うかもしれませんが、それは我々がこの波の波長や、波の広がりに比べてあまりに大きな世界にいるからです。最初に示したように、原子や分子のサイズは人間にはあまりに小さいのです。

こうして実際には波であるために、量子力学で表現されるこの世界では「物体の位置と運動量は同時に決まらない」という(これも一般常識からすると)不思議な性質を持ちます。これは「位置を定める」ためには「コンパクトにまとまった狭い波」が必要ですが、それは必然的に「波長の短い波(つまり運動量が大きい)」をたくさん足さなくてはならないというところから来ています不確定性関係または不確定性原理と呼ばれます。

これも常識外ではありますが、もっと常識外なのはすでに説明した「波動関数の収縮」です。上で「70%の確率で左、30%の確率で右」のように観測結果が変わる、ということを言いましたが、このどちらになるかを予言する方法はありません波動関数の収縮は元に戻らないので、これも一つの「時間の矢」になっています。。古典力学では、最初の状態が完全にわかっていればもっとも「完全にわかる」ってことは実際には有り得ないのではあるが…。未来もどうなるかは確実にわかります。しかし量子力学では「波動関数がどっちに収縮するか」というポイントは実際に収縮するまでは(確率しか)わかりません。物理が進んだことが逆に(古典力学では原理的にはできることになっていた)「未来を完全に予測する」ことが不可能であることを示してしまったわけです。

感想・コメントへ
今日の問題
原子の半径が1mmなら、何が起こるでしょう?(真面目に考えると超難問ですが、難しく考えなくていいので気楽に書いてください)。
原子がピンセットで挟めるようになる。

というのがありましたが、さて、問題はその「原子を挟むピンセット」はやっぱり原子でできているんだろうな、というところで…。

すべてのものが大きくなります。

原子の数が変わらないと確かに、そうなる。

空気が透明でなくなって見えにくい。

う〜む。光の波長も長くなれば大丈夫(でもそれはそれでたいへんか)。

水飲むのたいへんそう。

ひっかかる、ってことかな。

ブラウン運動でぼこぼこにされる。

なるほど、確かにぶるぶる来そう。

原子を切断できる。

しかし切断するためのナイフも原子で作らなきゃいけないので…。

感想・コメントなど

青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。

原子が波だとは知らなかった。常識が崩れた。
授業中も言いましたが、皆さんの常識を崩すのがこの授業の隠れた目標なので、たいへん喜ばしいことです。

波で同時に粒子って、わかりにくい(←この感想が一番多かった)。
まぁこれはわかりにくくて当然だと思います。しかしまぁ、そこを理解していくところが現代科学を知るということです。

小さい世界の話すぎて、想像がつかない(←という意見も多かった)。
想像がつかないからとあきらめてしまうと科学の進歩はないので(ちなみに、量子力学を知らないとトランジスタとかも作れないので現代科学技術は全滅に近いです)、そこは考えていかないと。

電子が波のように動いていると知って驚いた。
う〜ん、「波のように動いている」と思ったとすると、それはまだ違います。最後の方でも図でも書いていますが、「電子が動いている」というのは波の塊が移動していることであって「電子が波のように動いている」のとは違うのです。

電子は円状じゃなくて波円状に動いているんですね。
というわけで(上にも書いた通り)これは違うのです。波が進行するのを我々は「電子が動いている」と感じるのであって、決して「電子が波の形に動く」のではないです(そんなことなら、「山と山」で強め合ったり、「山と谷」で消しあったりもしない)。

電子が波だということは、何かの集まりなんでしょうか?
これも多い誤解で。海の波が水の集まりでできているから、そういうイメージが出てしまいますが、一個しかない電子の存在が波で確率的に表されるんですね。不思議だが本当です。

回折格子を通して見た光がとても不思議だった。
光が波だというのがおくわかるでしょ。

なんで原子は無個性なのか?ということを疑問に思ったことがあるので、波の性質を持つからだということがわかってよかった。
そもそも原子が今の形で存在できるのも、波の性質があるおかげなんですね。

未来予測ができないことの証明が、ミクロの世界で行われていたことに驚いた。
現実的な意味で未来予測ができないのは「初期条件」を完璧に知ることができないから、ということになります。量子力学のびっくりなところは「初期条件を完璧に知っていた」としても、結果がわからなくなること。

ところで火って何ですか? 気体?液体?。
今日の話で「電子が原子核からいったん離れて(上の軌道に移って)また戻ってくる時に光を出す」という話をしましたが、それが繰り返し起こっている状況が「火」です。そういう意味では「気体」よりもさらに分離した(分離、合体を繰り返していますが)状態だと言えます。

原子や分子の存在はなぜわかったんですか?
今日の話のブラウン運動などが「最後の決め手」です。その前に「物体が原子という粒の組み合わせでできているとしたら、化学反応(炭素が燃えて二酸化炭素になるとか)が理解できる、ということから「原子ってものがあるんじゃないの?」と思われていましたが、決定打はありませんでした。ブラウン運動や電気分解など、独立に別々の方法で計算された原子のサイズが一致したことから「こりゃ、あるな」と見られた、ということです。原子そのものを「見る」という形で発見することはできません。

光が波動の性質を持っていることがわかる現象って例えば何がありますか?屈折や反射ですか?
屈折と反射も、波の性質を使って説明することができて、ちゃんとその法則どおりに光は反射したり屈折したりしてますね。

分子があんなに小さいとは思わなかった(ズームする奴)。
あんなに小さい世界のことが実験によりわかるってのはすごいことですね。

確率の問題で予測ができないというのは、実は未確認の要因が他にあるだけではないのか、と思う。
ということは昔からたくさんの人(あのアインシュタインも)言っていて、そういう理論を作ろうとしましたが、ことごとくうまくいきませんでした。

電子を波と考えた時の原子の話は、ライマン系列、パッシェン系列の話と似ているなと思いました。
いや、まさにそのライマン系列、パッシェン系列が出てくる話です。

光は波だったと驚いたのに、さらに粒子だったとは驚いた。結局わからないものをわかるためには計算が使われる。計算はこんなに役立っているのだから、何のために計算勉強するのか?という疑問の答がわかった。
数学を使わないとわからないことはたくさんあるもので、(数学も人間が作ったものなのに)数学のおかげで人間の理解が助けられることは多いですね。

中学で習った原子はほんとうのことではなかったのか。
まぁ、いきなり中学生に「波で粒子で」と教えるわけにはいかないので。

量子力学の世界だと死後の世界が存在することができるとありました。物質をあの世に運ぶ方法を量子力学的に説明できるということは、パラレルワールドが存在するということでしょうか?
どこでそんな話を聞いたのかわかりませんが、量子力学で死後の世界の存在がわかるというのはデタラメですから信用しないでください。量子力学は徹頭徹尾現実のこの世界を扱うものです。死後の世界もパラレルワールドもありません。「量子力学でそれが証明されている」と言う人がいたら、嘘をついているか誰かの嘘に騙されている人だと思って下さい。


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