「ゲージ粒子」or「ゲージ場」の表
光子 | 電磁力を媒介 |
W粒子 | 弱い力を媒介 |
Z粒子 | 弱い力を媒介 |
グルーオン | 強い力を媒介 |
重力子? | 重力を媒介 |
人類が一番最初に発見した『場』は電磁場でした。電磁場は「量子化」すると「光子」という粒子です。光子(電磁場)のように力を伝える役割をする粒子は、右の表に上げた分が知られていて最後の重力子については、「重力子」を記述するための「重力の量子力学バージョン」はまだできていません(現代物理に残る大きな謎の一つ)。、ひっくるめて「ゲージ場」と呼ばれています(力にはそれぞれ対応する『場』があるわけです)。
電子や陽子・中性子(←我々が目にする物質のほとんどはこの3つでできている)も『場』です。実は陽子・中性子はそれ自体が素粒子ではなくて、3つの「クォーク」と呼ばれる素粒子でできていることが知られています。クォークは6種類あると言われていて、名前は「アップ」「ダウン」「チャーム」「ストレンジ」「トップ」「ボトム」です。そのほかも含めて表をみましょう。
「物質粒子」or「物質場」の表
u(アップ) | c(チャーム) | t(トップ) |
d(ダウン) | s(ストレンジ) | b(ボトム) |
$e$(電子) | $\mu$(ミュー粒子) | $\tau$(タウ粒子) |
$\nu_e$(電子ニュートリノ) | $\nu_\mu$(ミューニュートリノ) | $\nu_\tau$(タウニュートリノ) |
ここまでで書いた「物質場」と「ゲージ場」以外に「ヒッグス場」というのがある、というのが1964年にピーター・ヒッグスが提唱した理論実際にはヒッグスとほぼ同時に同様の理論をブルーとアングレールも提唱しており、アングレールはヒッグスとともにノーベル賞受賞。で、そのヒッグス場が「物質場」と「ゲージ場」に最初の質量をもたらすという役割を果たします勘違いしている人が多いのですが、全ての質量がヒッグス場によるわけではありません。。
ヒッグス場が何をするのかというと、「●と原点を繋ぐバネ」の役割です。実際には、ヒッグス場は他の粒子たちと相互作用するのですが、その相互作用が、ちょうど「●と原点を繋ぐバネ」と同じ作用をして、結果として「ヒッグス場が他の粒子に質量を与える」という現象を起こします。
ヒッグス場も『場』であって、そのイメージは「空間の各点各点にバネ振り子が並んでいる」というイメージでいいのですが、ヒッグス場の「バネ」はちょっと変わったバネです。
次の図のような、とっても変な位置エネルギーを持った、「バネ」なのです。
こちらも、実際の「場」にはない「空気抵抗」が入れてあるので、最後にはエネルギー最低点で止まります(空気抵抗Offの時にエネルギーが保存しない場合がありますが、それはプログラムの欠陥のせいです)。
この『中心(原点)がエネルギー最低でない』というのがヒッグス場の最大の特徴です。逆にヒッグス場が「エネルギー最低の状態=真空」になった時、まだ0ではない値を持っていることになります。
これを『ヒッグス場の真空期待値が0ではない』と言います。「期待値」というのは確率・統計での「期待値」と同じ言葉です。量子力学ではいろんな現象が確率的にしか予言できない(この辺の話もここでは省略してます)ので「0だ」と言わずに「真空期待値が0だ」と言うのです。
実際のヒッグス場はこの形の位置エネルギーを持っていると考えられます(ただ、実はヒッグスの場合「架空の運動方向」が一方向ではないというのがちょっとややこしいなのですが、ここも説明は省きます)。ω型であるために真ん中が最低エネルギーにならなくなるのですが、そのことは大きな意味を持ちます。
ヒッグス場がωの形の位置エネルギーを持っているので、エネルギーが低くなると、左か右かどちらかのエネルギー最低状態に落ちます(実際は落ちる方向は二つに一つではない)。
その時、
・どちらに落ちるかは運任せ
であるという点と、
・どちらに落ちてもヒッグス場の値は0(原点)ではない
というのが大きな問題なのです。この「どちらに落ちるかは運任せ」であると同時に「位置エネルギーの形は左右対称なのに、落ちた後の解は左右対称ではない」という事が「対称性の自発的破れ」(南部陽一郎先生はこれの発見でノーベル賞受賞)の一つの例なのですが、まずは「ヒッグス場が0でない値を持つ」ということについて考えてみましょう。
「電子場」と「電磁場」が相互作用して「電磁力」が伝わるのと同様に、ヒッグス場も、他の粒子と相互作用します。ヒッグス場と他の場との大きな違いは、
他の場は真空では「場=0」なのでもう相互作用できないが、ヒッグス場は真空でも「場≠0」なので、相互作用できる!
ことです。他の場は相互作用する為には≠0の状態、すなわち「励起状態」でなくてはならないので「ある場所で相互作用するが、励起してない場所では相互作用しない」ということになります。しかし、ヒッグス場は場所によらず一定になっているので、どこでも同じように相互作用します。つまり、宇宙のどこでも一定の値で存在しているヒッグス場は、他の場の「バネ振り子」である●に、どこでも同じような作用を与えることができる、ということなのです。
ヒッグス場は
×「粒子」に力を与えている(これは普通の意味での力で、粒子を「普通の方向」に動かします)
のではなく、
ということ、この二つは全く違うことに注意してください。
と、注意するのは、ニュースなどの短い時間でヒッグス粒子について説明する時、この二つをちゃんと分けて説明せずに
×ヒッグス粒子が他の粒子の邪魔をするせいで他の素粒子に質量が生まれる。
という説明をしている場合が(残念ながらとっても多く)あるからです。この文章は二箇所、間違っています。まず質量を与えるのは「ヒッグス粒子(=ヒッグス場の励起状態)」ではなくて、「ヒッグス場の真空期待値」の方です。そしてもうひとつ、ヒッグス場の真空期待値は「他の粒子=(他の場の励起状態)」の邪魔をしたりはしません。実際にヒッグス場がやっていることは、
○ 他の場が励起状態を作る邪魔をする(つまり、他の場が励起して粒子を作る時にmc2だけ余分にエネルギーが必要になるようにする
です。できあがった粒子はヒッグス場がないときとは全然違う飛び方をしますが、(ヒッグス場からは何の抵抗も受けることなく)飛んでいきます。他からも力を受けなければ、等速直線運動します(ヒッグス場は、ブレーキをかけるという意味での「邪魔」はしないのです)。
ここで「では素粒子の質量の違いはどこから来るのか?」という点を疑問に思うかもしれません。ある素粒子の場(●)と、ヒッグス場との相互作用が強い(つまり前に書いたようなエネルギーのやりとりがよく起こる)と、その素粒子は質量が大きくなります。
さて、ヒッグス場がやることは「素粒子に質量を与える」ことだけではありません。もう一つの重大な役割があります。それは上で述べたように、「落ちる真空を選ぶ」ことで対称性を破ることです。ヒッグス場が真空期待値を持つ時「左に落ちるか」「右に落ちるか」で粒子に違いが生まれるのです。
これまでヒッグス場を1方向の(架空の方向への)振動のように話してきましたが、実はヒッグス場は「複素数2成分」の場で、もっと複雑です(複素数で2方向に振動している!)。
ヒッグス場も立派な『場』で、モデルとしては今日見せたバネのつながりで考えられるものです。ということは、この『場』に十分なエネルギーを与えれば、場を振動させ、その振動が伝わっていく様子を確認することができるはずです。その「ヒッグス場」の振動こそ、「ヒッグス粒子」です。
ヒッグス粒子はだいたい、陽子の130倍ぐらいの質量があるようです。大きい質量の粒子を作るには、それだけエネルギーが必要なので、それだけの大きな施設が必要になります。
最終的にヒッグス粒子を発見したCERN(欧州原子核研究機構)の実験装置は円型の粒子加速器で、LHC(大型ハドロン衝突型加速器)と呼ばれますLHCの中身はgoogleストリートビューでも見れます。。粒子を磁場を使って円運動させながら加速させて衝突させるものですが、この円の円周が約27 kmという巨大なものです。地下トンネルの中のチューブに陽子を走らせ、それに超伝導磁石で作られた磁場をかけつつ加速して、観測地点で陽子と陽子の衝突を起こして、新しい粒子を造るという実験装置です。
ヒッグス粒子発見にはどんな意味があったのでしょう?
いくらここまで話した「素粒子の質量がどこから来たか?」「対称性の自発的破れはどう起こったか?」のお話がうまくいったとしても、ヒッグス粒子(=ヒッグス場の振動)がみつからなかったら、「ほんとにヒッグス場のせいで対称性が破れたり、粒子が質量持ったりするの?」という点には自信が持てないままだったでしょう。人類が
粒子って何だ?---力って何だ?---真空って何だ?
と考え続けた末にたどり着いた結論が今の「標準理論」と呼ばれる理論で、ヒッグス粒子はその標準理論が正しいことの証明なのです。「ここまでの物理学の進歩の方向は間違ってなかった!」と自信が持てるほどの確証が得られた、ということです。
とはいえ、ヒッグス粒子の発見は、人類が続けている宇宙の法則を知る旅の一里塚に過ぎません「これが何の役に立つのか?」という質問をよく受けますが、直接に役に立つにはまだまだだいぶ掛かるでしょう。。人類はこれからも、この世界の法則は何なのか? を探求し続けていくことでしょう。人類がそういう存在であり続けて欲しい、と思います。
青字は受講者からの声、赤字は前野よりの返答です。