初等量子力学講義録2005年第7回
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5.2
電子波の確認
いかにド・ブロイの仮説がボーアの量子条件をうまく説明しても、それだけで電子もまた波であるという確証 は持てない。しかし、電子が波動としてふ るまう現象が、他のところでも見つかった。量子条件は原子内のような特別な場所でだけ課される条件ではなく、電子の波動性という、より一般的な現象の顕れ の一つに過ぎなかったのである。
エルザッサー(Elsasser)はド・ブロイの仮説を聞いて、「電子の波動性を示す実験はすでにある」と主張した。その一つは電子とアルゴン原子の衝突 に関する実験で、遅い電子の方がアルゴン原子と衝突しにくくなるという結果(ラムザウアー効果と呼ばれる)である。ド・ブロイの説が本当ならば、遅い電子 はすなわち波長の長い波であり、波長の長い波は散乱しにくい(一般に、波は自分の波長より短いものにはあまり散乱されない)。
たとえば空が青い理由(波長の短い光の方がよく散乱されるから)も、コウモリが超音波を使う理由 (普通の音では波長が長すぎて障害物を探知できない)も、ラジオの方がテレビより遠くまで届く理由も、みな「波長の長い光は散乱しにくい」という性質のお かげ。
電子の波動性をより直接的に示したのは1927年にダヴィッソン(Davisson)が 行った電子線回折の実験である。ダヴィッソンとガーマー(Germer)はド・ブロイが物質波の考え方を発表するよりも前から、ニッケルや白金に電子をあ ててその反射する方向を見るという実験を行っていた。すでに1923年の時点で、ダヴィッソンは電子線の数を角度を横軸にグラフにしてみたところ、奇妙な 凹凸があらわれることに気づいていたが、当時は原子の中にある電子がボーア模型のように殻状になっていることから来るのではないかと考えていた。1925 年、実験でちょっとした事故が起こった。そのためニッケル板が酸化してしまったので、酸化したニッケルを元にもどすために真空中でニッケルを加熱した。不 思議なことに、その後の実験では奇妙な凹凸が顕著になったのである。加熱してもまた冷却してから実験しているのだから、原子内の電子の運動が変化している とは考えがたい。これは高温状態を経たニッケルが再結晶化した、つまりニッケル原子が加熱前より規則正しく並んだ結果ではないかと考えられた。
そこでダヴィッソンらは1927年、ニッケルの単結晶板で実験を行い、電子が特定の角度に強く散乱されることを確認した。
規則正しく並んだニッケルの結晶表面に電 子の波がやってきて、原子一個一個によって散乱され る。特定の角度に散乱された場合に限って、となりの原子での散乱波との行路差が波長の整数倍になって互いに強め合うことになる(原子がきれいに並んでなけ れば、各原子ごとに強め合う条件が変わってしまうので、きれいな形で強弱が見えたりしない)。そのように波が強めあった場所にだけ電子が到達すると考える と、特定の角度にだけ電子が散乱されることが説明づけられ、奇妙な凹凸も理解できる。
これと似た、X線が特定の方向に強く散乱されるという現象は、ラウエによって1912年に発 見されていた。この現象はX線が波動であるがゆえに起こることである。全く同じような現象を電子が起こすということは、電子も波動としてふるまっているこ とになる。ダヴィッソンたちはいろんな運動量の電子をあててみて、運動量によって回折パターンが変化することを確かめ、その現象からド・ブロイの式
p
=[(
h
)/λ] を実験的に確認した。こうなると、電子が波としてふるまうことも、誰にも否定できない事実となったのである。
電子波の波長は可視光に比べて短くできる。波長が短いほど、その波を使って作った顕微鏡の分解能は小さくなる。光学顕微鏡では発見できないウィルスを電 子顕微鏡でなら見ることができるのは、電子波の波長の短さのおかげである。
原子を見ることってできないんですか?
これももう少し後で話しますが、原子を見るためには光をあてなくてはいけません。ところがさっき も言ったように光の波長が原子程度より長いと、その光は原子によって散乱されないので、原子の像を見ることはできません。じゃあということで波長の短い光 (X線とか)を使うと、その光が原子を破壊してしまったりして、結局見ることはできない。我々が「見る」というのはつまり、原子に当たった光の跳ね返りを 調べるということですから、原子を見るためにいちいち原子を破壊していては「見る」ことはできませんね。
5.3
波動力学と古典力学の関係
では、このような物質波のふるまいと、それを粒子として見た時のふるまいにはどのように関係がつくのであろうか。すでに説明したように、ド・ブロイの式 が成立していると、エネルギーの保存が
h
2
2
m
λ
2
+
V
=一定
(5.4)
という形になる。
これは普通のエネルギー保存則に
p
=[(
h
)/λ]を代入したものである。すなわち、
V
が大きいところでは λが長くなり、
V
が小さいところではλが短くなる。つまり、ポテンシャル(位置エネルギー)の違いは波長を変化させるのである。
ある線を境に、上ではポテンシャルが大きく、下ではポテンシャルが小さくなっている時、何が 起こるだろうか。上では波長が長く、下では波長が短くなるから、ちょうど空気中から水中に光が入射した時と同じ現象である。この時、光は屈折するが、屈折 する理由は、上の部分の波(空気中の光)の波長が下の部分の波(水中の光)の波長より長いからである。図のABが1波長(Aが山の時Bも山)になっている とすると、CDも1波長(Cが山の時Dも山)である。AB>CDであるために、上の部分では波面(山の連なり)がACと平行であったのに、下の部分では波 面がBD と平行になってしまう。
この屈折現象を粒子の古典力学で考えると、上より下の方がポテンシャルが低いため、下の方にひっぱりこまれる、という現象である。つまり、古典力学で 「落ちる」という現象が波動力学では「屈折する」という現象にとって変わっているのである。
つまり「力が働く」という現象も、波動的には「屈折を起こす」という現象であることになる。
先週、「物質が波なら質量
m
とは何なのか」という質問が出たが、
h
2
2
m
λ
2
+
V
=一定
という式を見ればその答がわかる。
V
が変化すればそれに応じてλも変化しなくてはいけない(他の文字は全部定数だから)。この時
m
が大きければλの変化は小さくてもよい。逆にmが小さければλが大きく変化しないとVの変化に対応できない。 λの変化が大きければよく屈折する。つまり「軽いものはよく曲がる」ということになる。質量mは波の屈折が起こる度合いを表しているのである。
光の屈折の場合に、ポテンシャルに対応する物は何ですか?
うーーーーん。対応しませんね。光の場合に屈折率が1でなくなるのは、光が水中に入ると、電磁波だから電気的、磁気的に水分子をゆさぶるんです。そして ゆさぶられた水分子から電磁波が出る。水中の光というのは元々の光にこういう二次的な光が重なり合うので、そのせいで波長が縮んで進行速度が遅くなる。だ から、単純にポテンシャルエネルギーの増減ではすまないものがあります。
たとえば重力下での粒子(図ではボールにしてある)の運動を考えると、高いところほど位置エネルギー
mgh
が大きいから、その分物質波の 波長が長くなる(運動エネルギーが減る)。この場合はポテンシャルは連続的に変化していくが、図のように段階的に変化していくとしよう(図で書いた点線の 境界面を上に超えるごとに
mg
∆
h
ずつポテンシャルが高くなるとする)。
[問い5-1]
図の角度に関して、屈折の法則から、
sinθ
0
λ
0
=
sinθ
1
λ
1
=
sinθ
2
λ
2
=
sinθ
3
λ
3
=…
という式が成立する。一方エネルギー保存則
h
2
2
m
(λ
n
)
2
+
n
mg
∆
h
=
E
(
n
によらず一定)
も成立する(位置エネルギーの原点を
n
=0に取った。
n
が大きくなるごとに位置エネルギーが
mg
∆
h
ず つ増える)。これから、高さ
n
∆
h
と角度θ
n
の関係式を作れ(初期状態を表すθ
0
,λ
0
は 結果に使ってよい)。
[問い5-2]
最高点が(
x
0
,
y
0
) で
x
方向の初速度が
v
0
x
であるような斜め投射の軌道は、
y
−
y
0
= −
g
2(
v
0
x
)
2
(
x
−
x
0
)
2
と書ける。この式から軌道の傾き[(
dy
)/(
dx
)]を計算して
y
で表し、前問で求めたθ
n
と
n
∆
h
の 関係式とを比較せよ。
境界線を上に超えるごとに波長が長くなっていくから、そのたび、波が下に下にと曲げられていく。上の問題を解く とわかるように、これは重力場中で投げ上げられた物体が落下するという現象だと解釈できる。古典力学でも波動力学でも運動方程式が出てくるのだが、古典力 学では力によって運動量が変化すると説明し、波動力学では波長の差が波を曲げる、と説明するのである。
放物線の一番上ではどうなるんですか?
図で書くとこんな感じです。波には広がりがあるので、上の方の波ほど波長が長くなってます。で、やっぱり下 に落ちる。
その図を見たら、上の方が速く進んでいるように見えますが??
するどい質問だなぁ。確かにそう見えるよねぇ。
でもそれは波の速さには「位相速度」と「群速度」の二つがあるからなんです。位相速度というのは 波の山の進む速さで、それで見ると確かに上の波の方が速い。
でももう一つの「群速度」というのを比べると、上の方が遅くなる。群速度というのは「波の塊」が 進む速さ。我々が古典力学的に現象を解釈して「あ、粒子が飛んでいる」と感じる時の「速さ」というのは群速度の方です。群速度については、しばらく後でま たアニメーション見せながら説明します。
ちなみに、ニュートンの後の時代に光の粒子説が旗色が悪くなった理由の一つは、粒子だとして、境界面で力が働くから曲がると考えると、水中の光速の方が 速くなりそうだから。実際には水中の方が光速は遅い。これは群速度と位相速度の関係が光と電子では違うからなんです。
このあと、5.4節として、解析力学(最小作用の原理)との関係の話があるが、それは来週に。
5.5
演習問題
[演習問題5-1]
5.2
節の図のように、電子波が結晶面の法線方向から入射したとす る。表面の原子で電子が散乱された時、どのような角度への反射波が強められるか。0度を除いて最も小さい強められる方向の角度θが30度であるためには電 子波の波長はいくらであればよいか。
[演習問題5-2]
電子の質量は9.1×10
−31
kgである。以下の表を埋めよ。
エネルギー(eV)
1
10
100
1000
運動量(kg・m/s)
波長(m)
電子線を結晶にあてて干渉の様子を見るためには、どの程度のエネルギーの電子 線を使えばよいか。表を見て判断せよ。
[演習問題5-3]
波の進む道は直線であって変化しないとしても、波長が変化することによって位相は変化する。自由粒子(粒子には何の力も 働いていない)の場合、波の振動数は
h
ν =
p
2
2
m
=
h
2
2
m
λ
2
で計算される。今、
x
=0から
x
=
L
まで、
t
=0から
t
=
T
まで の時間をかけて波長λの波が直線的に進行したとする。
t
=0,
x
=0で位相が0だったとすると、
t
=
T
,
x
=
L
で の位相は
2π
(
L
λ
−
(
h
2
m
λ
2
)
T
)
である。λの違ういろいろな波が重なったと考えると、この位相が極値となるような波長の波が消されずに残ると考えられる。位相が極値となる条件を求め、そ の時の[
h
/λ]を求めてみよ。その物理的意味は何か?
[演習問題5-4]
屈折の法則を、位相が極値になるという条件から導出してみよ。2次元平面を考え、(0,−
h
)から、(
L
,
h
) まで波が伝播するとする。上半面
y
< 0では波長がλ
1
、下半面
y
> 0では波長がλ
2
になっているとする。波が(
x
,0)において、下半面から上半面に入るとし、そこでは屈折するが、 それ以外の場所では直線的に伝播すると考える。出発点から到着点までの、距離による位相差2π×[距離/波長]を計算して、極値となる条件を求め、それを 角度の式に起き直すとよい。
[演習問題5-5]
屈折の法則を波を粒子と考えた時に持つ運動量に関する式で書き直してみよ。その式の物理的意味は何か?
[演習問題5-6]
図のように、ある物質波が円を描くように進行しているところを考えよう。内側(半径
r
)では波長がλに、外側(半径
r
+δ
r
) では波長がλ+δλになっているとする。このように物体が円運動する理由は、粒子として考えると、中心に向かう力があるために曲ったと考えらえるが、波動 として考えると、「中心に近いところほど波長が短いから曲る」と解釈できる。
粒子と考えた時、この粒子は半径
r
、速さ
v
の円運動をしている。この場合の加速度は[(
v
2
)/(
r
)] で中心向きであり、働く力は[(
dV
)/(
dr
)]でやはり中心を向くので、運動方程式は
mv
2
r
=
dV
dr
(5.7)
と書ける。この方程式を、波動としての関係式から求めることもできる。
波動と考えた時、図から波長λと半径
r
は比例すべきである。よって、 [(λ+ δλ)/λ] = [(
r
+δ
r
)/(
r
)] が成立する。運動量はλに反比例するので、 [(
p
)/(
p
+δ
p
)] = [(
r
+δ
r
)/(
r
)] となる。内側を通る波と外側を通る波の振動数が等しいという式から、
p
と[(
dV
)/(
dr
)]の関係式を導 き、それが運動方程式と同じ内容であることを確かめよ。
学生の感想・コメントから
空気中から水中に入ると波長が短くな るのは水分子を振動させるからだという話ですが、そうすると温度によって屈折率が変わってきそうですが、そうなんですか?
もちろん、変わります。空気の屈折率も温度で変わりますよ。陽炎とか蜃気楼とか逃げ水とかはそれによって起こる現象です。
夕日が赤いのも散乱の せいですか?
太陽の光のうち青い部分(短波長の部分)がなくなってしまって、太陽の光が赤くなったのが夕日です。昼と夕方では、夕方の方が、太陽の光は空気中を長い 距離走ることになるからです。
何もかもが波なんでしょうか?
(とっても多数)
はい、何もかもが波です(きっぱり)。
電子や光や物質が波であると考えるのは都合上の話ではないかと思った。そう考えるとわかりや すいから本当にそうなっているのかを抜きにしてそう考えているんですか?
いいえ。本当に波だと思ってください。都合上とかそういう問題じゃなく、そう考えないと現実は説明できないのです。
水中に光が入ると、水分子が振動するということですが、それは新しい光子が生じたということ でしょうか?
もはやこうなってくると、どれが最初からいた光子で、どれが新しく生じた光子だとか、区別する意味がなくなってしまいます。光子には個性はないので、区 別できないのです。
今まで考えていた古典力学が実は量子力学(の一部)だったということで常識がくつがえされて かなり驚いたのだけど、今まで古典力学で考えていたのが量子力学で考えるとどうなるのか、興味がわいた。
たぶん、勉強すればするほど、もっと驚くことに出会うと思います。
量子力学は古典力学とは別物だと思って聞いていたのに、古典力学が量子力学で説明できてしま うのには驚いた。
量子力学は現実をちゃんと説明する理論なので、古典力学は量子力学に含まれていないと困るのです。
重力のもとでは高いところほど波長が長いということですが、地球の周りを回る月なんかではど うなるのですか?
月(というより、月を構成している一個一個の粒子)も波なので、同じ理由で地球の周りを回ります。
原子核の方も波だけど、広がらないのは重いからですか?
そういうことです。
全てのものが波だとすると何か自分が存在していないような気がしてきます。
波だからといって存在してないと思う必要はないでしょう。波として立派に存在してください。
h
2
2
m
λ
2
+
V
=一定
のVは何のポテンシャルなんでしょう??
もちろん、考えている粒子の持つ位置エネルギーです。重力場中ならmgh、電位φの場所なら qφ、ばねがついているなら
1
/
2
kx
2
。
File translated from T
E
X by
T
T
Hgold
, version 3.63.
On 9 Jun 2005, 19:35.