量子力学講義録2005年第13回

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第16章 3次元のシュレーディンガー方程式

16.1  3次元極座標

 この章では3次元で球対称なポテンシャルV(r)が存在している場合のシュレーディンガー方程式を極座標で解いていくことにする。3次元直交座標での シュレーディンガー方程式は

[ hbar2
2m

( 2
∂x2
+ 2
∂y2
+ 2
∂z2
) +V(x) ]
ψ = ihbar
∂t
ψ
(16.1)
であるが、球対称性があるのだから極座標の方が解きやすいだろう。そこでまずシュレーディンガー方程式を極座標で表す。この時、ラプラシアン演算子
∆ = 2
∂x2
+ 2
∂y2
+ 2
∂z2

(16.2)
の極座標での表示が
∆ = 1
r2


∂r

( r2
∂r
) + 1
r2sinθ


∂θ

( sinθ
∂θ
) + 1
r2sin2θ

2
∂φ2

(16.3)
または
∆ = 2
∂r2
+ 2
r


∂r
+ 1
r2

( 2
∂θ2
+cotθ
∂θ
+ 1
sin2θ

2
∂φ2
)
(16.4)
となることに注意しよう。

【以下長い註】この部分は、最初に勉強する時は理解できなくともよい。←と書いて飛ばしていくつもりだったのだが結局半分以上しゃべった。
 この式を導出する方法はいろいろあるが、ここでは∆ = ∇·∇を使って計算する方法でやってみる。
3次元直交座標での∇は



 
=
e
 

x 


∂x
+
e
 

y 


∂y
+
e
 

z 


∂z

(16.5)
と書ける。図のように、3次元直交座標の基底ベクトルをex,ey,ezと し、極座標での基底ベクトルをer,eθ,eφと する。まず極座標での∇を求めよう。
er,eθ,eφという基底ベクトルとex,ey,ezと いう基底ベクトルの関係を出すと、



e
 

r 

=
sinθcosφ
e
 

x 
+sinθsinφ
e
 

y 
+cosθ
e
 

z 


(16.6)



e
 

θ 

=
cosθcosφ
e
 

x 
+cosθsinφ
e
 

y 
−sinθ
e
 

z 


(16.7)



e
 

φ 

=
−sinφ
e
 

x 
+ cosφ
e
 

y 


(16.8)
である。これは以下の図を見ながら考えると出てくる。
 まず左の図が、ある点におけるer,eθ,eφの 向いて いる方向を書いたものである。
 左図の点線で書いた部分の断面を書いたのが右の図である(eφは 断 面に垂直なので図には書かれていない)。erはz方向成分 cosθ、水平成分sinθであり、eθはz成分が −sinθ、水平成分がcosθであることがわかる。
 次に、上の左図を真上から見たものが右の図である。これから、eφ がx成分−sinφとy成分cosφを持つことがわかる。また、erお よびeθは先に求めて置いた水平成分にcosφをかけた x成分と、sinφをかけたy成分を持つこともわかる。以上をまとめて (16.6)から(16.8)までが出る。
 このベクトル演算子∇の意味するところは、
f(
x
 
+
a
 
)−f(
x
 
) =
a
 
·

 
f(
x
 
) + …
(16.9)
である(…の部分は、aの二次以上)。つまり、aの向いて いる方向に移動した時の関数f(x)の変化量が∇f(x)となるように定義されている。たとえばx方向に距離Aだけ移動するならば、a=(A,0,0)を上の式に代入して、
f(x+A,y,z)−f(x,y,z) = A ∂f(x,y,z)
∂x

(16.10)
である。
 極座標を使って同様に「ある方向に距離Aだけ移動して差を取る」という計算をすると、それぞれ、r方向、θ方向、φ方向にA移動した時の関数f(r, θ,φ)の変化は、
f(r+A,θ,φ)−f(r,θ,φ)=A ∂f(r,θ,φ)
∂r

(16.11)

f(r,θ+ A
r
,φ)−f(r,θ,φ)= A
r

∂f(r,θ,φ)
∂θ

(16.12)

f(r,θ,φ+ A
rsinθ
)−f(r,θ,φ)= A
rsinθ

∂f(r,θ,φ)
∂φ

(16.13)
となる。r方向は素直に考えればよいが、θ方向に関しては、「θがA/r増加すると距離A進む」という計算 になることに注意(φ方向に関しては「φが[A/rsinθ]増加すると距離A進む」と考えれば以上の結果は理解できる。

 このため、極座標で表した∇は



 
=
e
 

r 


∂r
+
e
 

r 

1
r


∂θ
+
e
 

r 

1
rsinθ


∂φ

(16.14)
となる。これの自乗(ベクトル内積の意味で自乗)を任意の関数ψにかけたものを計算してみる。ここでうっかりすると、
以下は間違い!!!





 
·

 
ψ =

(
e
 

r 


∂r
+
e
 

r 

1
r


∂θ
+
e
 

r 

1
rsinθ


∂φ
) · (
e
 

r 


∂r
+
e
 

θ 

1
r


∂θ
+
e
 

φ 

1
rsinθ


∂φ
) ψ
=

(
e
 

r 
·
e
 

r 

(
∂r
) 2

 
+
e
 

θ 
·
e
 

θ 

( 1
r


∂θ
) 2

 
+
e
 

φ 
·
e
 

φ 

( 1
rsinθ


∂φ
) 2

 
) ψ
=

( 2
∂r2
+ 1
r2

2
∂θ2
+ 1
r2sin2θ

2
∂φ2
) ψ

(16.15)

以上は間違い!!!
という間違った計算をすることになる。どこが間違っているかというと、 「er,eθ,eφは場所によって違う方向を向いている。 ゆえにこれらの微分は0ではない!1」 ということを忘れているのである。
 古典力学では座標rと運動量p はともに「数2」であるが、量子力学 では演算子となり、p が−i(h/2p)∇のようになる。ところがrと∇はたが いに交換しない。 上の間違った計算は、「もしrと[∂/∂r]が交換したら」 という仮定が成立していれば正しい。しかしそうではないのである。
 なお、左の括弧内の[∂/∂r]が右の括弧内のrを微分す るという可能性もある。しかしその結果は左の括弧内のベクトルはr、 右の括弧内のベクトルは(erの係数はrを含んでないので)eθ,eφに なり、ベクトルの直交性から0になり、関係ない。他の 可能性も同様なので、以下では単位ベクトルを微分した結果だけ考えればよい。
 たとえばer をθで微分すると、


e
 

r 

∂θ
= d sinθ

cosφ
e
 

x 
+ d sinθ

sinφ
e
 

y 
+ dcosθ



e
 

z 
= cosθcosφ
e
 

x 
+cosθsinφ
e
 

y 
−sinθ
e
 

z 

(16.16)
となり、これはeθそのものである。同様の計算をすると、



∂θ


e
 

r 
=


e
 

θ 
,


∂θ


e
 

θ 
=

e
 

r 





∂φ


e
 

r 
=
sinθ
e
 

φ 
,


∂φ


e
 

θ 
=
cosθ
e
 

φ 
,


∂φ


e
 

φ 
=
−sinθ
e
 

r 
− cosθ
e
 

θ 


(16.17)
という式が出る(これ以外の組み合わせは0)。
 最後の二つの式の符号が間違えてました。
 



[問い16-1] 上の式は計算によらずとも、ベクトルの変化を見て考えるこ とができる。図で説明せよ。



 このように基底ベクトルの微分が0でないせいで、(16.15)では出ていないよけいな項が出 る。以下ではそのような「おつり」の部分だけを計算する。そのために、左の括弧内がの微分演算子が基底ベクトルを微分した項がどのような結果を出すかを考 える。
 まず、基底ベクトルのr微分は0なので、er[∂/∂r]はお つりを出さない。eθ1/r[∂/∂θ] に関しては、微分の結果がeθと同じ方向を向いている成分だけが 残る。[∂/∂θ]er=eθという部分から「おつり」が出る。どれだけ出るかというと、


e
 

θ 
· ( 1
r


∂θ

(
e
 

r 


∂r
) ) ψ = 1
r


e
 

θ 
·

e
 

r 

∂θ


∂r
ψ = 1
r


∂r
ψ
(16.18)
である。おつりの部分だけを計算しているので、θ微分はψにかかっていないことに注意(その部分は(16.15) で計算済み)。
 次に左の括弧内の第3項eφ[1/rsinθ][∂/∂φ]の 部分である。


e
 

φ 
· ( 1
rsinθ


∂φ

(
e
 

r 


∂r
+
e
 

θ 

1
r


∂θ
) ) ψ = 1
rsinθ


e
 

φ 
· ( sinθ
e
 

φ 


∂r
+cosθ
e
 

φ 

1
r


∂θ
) ψ = ( 1
r


∂r
+ 1
r2

cosθ
sinθ


∂θ
) ψ
(16.19)
となる。失敗だった式(16.15)に、足りない部分である (16.18)と(16.19)を足してやると、(16.4)が出 てくる。

【長い註終わり】
 以上により、解くべきシュレーディンガー方程式は
hbar2


( 1
r2


∂r

( r2
∂r
) + 1
r2sinθ


∂θ

( sinθ
∂θ
) + 1
r2sin2θ

2
∂φ2
) ψ+V(r)ψ = Eψ
(16.20)
となる3
  これを解いて行きたいのだが、 まず運動エネルギーを動径部分と角運動量部分の二つにわけよう。
古典論では、以下のようにして運動エネルギーを動径方向(r方向)の運動エネルギーと角運動量に由来する運動エネルギーに分割することができた。
  まず、ベクトルの公式(B)·(D) = (C)(D)−(D)(C)を使って、角運動量pの長さの自乗を計算する。

(
r
 
×
p
 
) 2
 
= r2 |
p
 
|2−(
r
 
·
p
 
)2
(16.21)
  両辺を2μr2で割ってから整理して、

1

|
p
 
|2 = 1
2μr2

( |
L
 
|2 +

r
 
·
p
 
) 2
 
)
(16.22)
となる。pは運動 量のr方向成分であるから、[1/(2μr2)] (p)2が動径部分の運動エネルギー、[1/(2μr2)]|L|2が角運動量による運動エネルギーと考えられる。
 その類推から、3次元の自由粒子のシュレーディンガー方程式は
hbar2


1
r2


∂r

( r2
∂r
ψ ) + 1
2μr2
((Lx)2+(Ly)2+(Lz)2)ψ = Eψ
(16.23)
という形になるであろうと考えられる。Lx,Ly,Lzは3次元の角運動量を表す演 算子である。

16.2  3次元の角運動量

 古典力学においては、角運動量Lはpのように、原点からの位置ベクトルと運動量ベクトルの外積であった。2次元の角運動量はxpy−ypxの 一成分しかないが、3次元では角運動量は

Lx = ypz−zpy, Ly = zpx−xpz, Lz = xpy−ypx

(16.24)
の3つの成分を持ち、それぞれがx軸回りの角運動量、y軸回りの角運動量、z軸回りの角運動量である。ベクトル的に表現するならば、L = −ihbar x ×∇となる。
z成分であるLzについてはz軸まわりの角運動量ということはφを変化させるという回転に対応する角運動量であるから、この角運動 量はr微分やθ微分を含まないはずである。よってφ微分に関係する部分だけを考える。たとえば[∂/∂y]は


∂y
=
e
 

y 
· (
e
 

φ 

1
rsinθ


∂φ
+(r,θ微分の項) ) = cosφ
rsinθ


∂φ
+(r,θ微分の項)
(16.25)
と書ける((16.8)から導かれるey·eφ=cosφを使った)。同様に


∂x
= − sinφ
sinθ


∂φ

(16.26)
である。 これらを使うと、

x
∂y
−y
∂x
=



rsinθcosφ
x 

(


cosφ
rsinθ


∂φ
+(r,θ微 分)

[∂/∂y] 

)

rsinθsinφ
y 

(


sinφ
rsinθ


∂φ
+(r,θ微 分)

[∂/∂x] 

)
=

(


cos2φ+sin2φ
=1 

)

∂φ


(16.27)
という計算をする(2行目で、r,θ微分の項は最初からの予定通り、消えた)と、
Lz = −ihbar
∂φ

(16.28)
となることがわかる。z軸周りの角運動量ということは、φに共役な運動量なのであるから、この結果は当然である。
次に、Lx,Lyを計算しよう。角運動量は回転の運動量であるから、r方向へ の運動は関係ない。そのため、角運動量の中には[∂/∂r]は存在しないはずである。よってその部分は最初から計算しないことにして 考える。pz=−ihbarez·∇を使って計算すると、

Lx=
ypz−zpy
=
−ihbar ( y
e
 

z 
· (
e
 

θ 

1
r


∂θ
+
e
 

φ 

1
rsinθ


∂φ
+(r微分の項) ) −z
e
 

y 
· (
e
 

θ 

1
r


∂θ
+
e
 

φ 

1
rsinθ


∂φ
+(r微分の項) ) )
=
−ihbar ( rsinθsinφ ( sinθ
r


∂θ
) −rcosθ ( cosθsinφ
r


∂θ
+ cosφ
rsinθ


∂φ
) )
=
−ihbar ( −sinφ
∂θ
−cotθcosφ
∂φ
)

(16.29)
となる。同様に

Ly =
−ihbar ( rcosθ ( 1
r
cosθcosφ
∂θ
sinφ
rsinθ


∂φ
) −rsinθcosφ ( 1
r
sinθ
∂θ
) )
=
−ihbar ( cosφ
∂θ
−cotθsinφ
∂φ
)

(16.30)
と計算できる。
 角運動量の絶対値の自乗|L|2=(Lx)2+(Ly)2+(Lz)2を 計算してみよう。まず、

(Lx)2 =

[ −ihbar ( −sinφ
∂θ
−cotθcosφ
∂φ
) ] 2

 

=
hbar2 [ sin2φ 2
∂θ2
+sinφ
∂θ
cotθcosφ
∂φ
+cotθcosφ
∂φ
sinφ
∂θ
+cotθcosφ
∂φ
cotθcosφ
∂φ

]
=
hbar2 [ sin2φ 2
∂θ2
+2cotθsinφcosφ
∂θ


∂φ
sinφcosφ
sin2θ


∂φ
+cotθcos2φ
∂θ

                              
−cot2θcosφsinφ
∂φ
+cot2θcos2φ 2
∂φ2

]

(16.31)
となる。同様の計算により

(Ly)2=
hbar2 [ cos2φ 2
∂θ2
−2cotθsinφcosφ
∂θ


∂φ
+ sinφcosφ
sin2θ


∂φ
+cotθsin2φ
∂θ

                              
+cot2θsinφcosφ
∂φ
+cot2θsin2φ 2
∂φ2

]

(16.32)
である。よって、

(Lx)2+(Ly)2+(Lz)2 =
hbar2 [ 2
∂θ2
+cotθ
∂θ
+cot2θ 2
∂φ2
+
∂φ2
]
=
hbar2 [ 2
∂θ2
+cotθ
∂θ
+ 1
sin2θ

2
∂φ2
]

(16.33)
である。これから無事に、(16.23)を示すことができた4

 というところで本日は時間切れ。この調子だと、角運動量の固有関数を出す ところまでがせいいっぱいで、当初予定だった水素原子はプリントを配るだけになりそう。

16.5  演習問題(ここまでで関連する部分のみ)

[演習問題16-1] 古典的角運動量の式L=pに、 p=−ihbar ∇を代入して、Lを極座標で計算 せよ。
さらにその自乗|L|2を計算して、答えが
hbar2 ( 2
∂θ2
+cotθ
∂θ
+ 1
sin2θ

2
∂φ2
)
となることを示せ(基底ベクトルの微分が0とは限らないことを忘れないよう に!)。


Footnotes:

1直交座標の場合はex,ey,ezが全てどこでも同じ方向を向いているので、この点を心配する必 要はない。
2ディラック は、普通の数を古典的(classical)な数ということでc-数と呼び、量子力学で の演算子をq-数と呼んだ。
3mという文字を後で 別の意味で使うので、質量をμとした
4章末の演習問題で、 極座標の∇ を使って計算する方法(少し楽)を紹介しているので、元気のある人はやってみること。


学生の感想・コメントから

  なぜ[∂/∂θ]er=eθなのですか?(複数)
 数式で納得したければ、




e
 

r 

=
sinθcosφ
e
 

x 
+sinθsinφ
e
 

y 
+cosθ
e
 

z 





e
 

θ 

=
cosθcosφ
e
 

x 
+cosθsinφ
e
 

y 
−sinθ
e
 

z 


を見れば納得できるはず。
 それでは納得できないならば、右の図を見 てください。
 erは場所によって違う方向を向きます。図の、赤で書いたerと紫で書いたerは、rは等しいけどθがdθだけ違うので向きが少し違います。
 この二つのベクトルの差をとってやると、図の右側の黒で書いたベクトルに なります。この黒いベクトルは、eθと同じ方向を向き、長さがdθになっています。だから、θがdθだけ違う場所の二つの ベクトルの差をとって、dシータで割ると、eθになるわけです。

 長い計算だっ たので自分でもう一度やってみたいと思う(多数)
 ぜひ、一度は自分で手を動かして計算して、納得してください。

 量子力学では 演算子の順番を変えてはいけないことを痛感した(多数)
 そうなんです。ところが注意してても、ついついうっかりこの間違いをして しまうことが多いので、気をつけましょう。




File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 26 Jan 2006, 12:19.