量子力学講義録2005年第7回

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13.2  有限の高さのポテンシャル障壁にぶつかる波

 前節で 考えたのは、粒子が箱の中に閉じ込められている場合であった。そこでは「境界より外では波動関数が0になる」と考えたが、これはつまりそこに「無限の位置 エネルギーの、越えられない壁」があって、波動関数がそちらに侵入できないのだと考えられる。別の言い方をすれば、「壁」の部分では粒子に無限の大きさの 力が一瞬働いて、方向を変えてしまったと考えよう。
 「壁にぶつかったから跳ね返っただけのことじゃないんですか、なんでポテンシャルなんて出て くるんですか?」と疑問に思う人が時々いるが、そもそも「壁にぶつかったから跳ね返る」という現象が起こるのだってそこにポテンシャルがあるからなのであ る。今は量子力学をやっていることを忘れずに。たとえば陽子と陽子が衝突する時、実際に粒子どうしが接触したりはしない。実際にぶつかるよりもずっと前に クーロン力による反発で跳ね返る。また別の考え方をすると、粒子に力が働いて跳ね返るわけだが、その力が保存力であると仮定したら、力が働く場所にはポテ ンシャルに傾斜があるということになる(図参照)。
  実際に起こる現象としては、おそらく位置エネルギーの差にしろ力にしろ、無限のエネルギー差や無限の力が働くとは考えがたい。そこで以下では、有限の高さ のポテンシャルの障壁に波があたった時に何が起こるかを考えよう。
ただし、ポテンシャルの変化はある地点で急激に起こるとして計算を簡単にする(傾きを有限にしても解けないわけではないが計算が面倒になる)。結果として 粒子には(古典的に考えれば)一瞬の間に力を受けることになる。その状況を右図のような
V(x)= {
V0
x > 0
0
x < 0

(13.13)
という式で表されるx=0を境に階段状に増加するポテンシャルで表現する。この状況で、x軸負の方向から粒子を入射させてみよう(図ではV0 > 0として書いているが、場合によっては負であってもよい)。解くべきシュレーディンガー方程式はx < 0領域では
hbar.png2
2m

2
∂x2
ψ = ihbar.png
∂t
ψ
(13.14)
であり、x > 0領域では

(
hbar.png2
2m

2
∂x2
+V0 ) ψ = ihbar.png
∂t
ψ
(13.15)
である。とりあえず定常状態解(つまりエネルギー固有関数)を求めることにして、左辺をEψと置き換える。すると結局、
hbar.png2
2m

2
∂x2
ψ = {
x < 0
(E−V0
x > 0

(13.16)
を解けばよいことになる。E−V0の符号に注意せねばならないが、まずはE−V0 > 0 だとするならば、解は
ψ = {
eikx+Re−ikx
x < 0
Peik′x
x > 0

(13.17)
となる。ただし、[(hbar.png2 k2)/2m]=E,[(hbar.png2 (k′)2)/2m]=E−V0 である。ここで、x > 0の領域にいるのは、左からやってきた波eikxの 一部が壁を乗り越えてやってきているのだろうから、どれくらい透過したかを示す係数Pをつけて表した。一方x < 0では、壁のところで一部反射して左行きの波ができる可能性があるので、その波がRという係数をもっているとして足し合わせた。P,Rは一般に複素数でよ いが、その値はx=0における接続で決まる。|P|は透過波の、|R|は反射波の振幅に対応する。
 なお、係数を簡単にするために入射波の振幅を1にしたので、この波動関数は規格化されていないことに注意せよ。実際このように無限に拡がった波動関数を 考える時、運動量の固有状態であるeikxを1に規格化することはできない。有限の体積であれば、



V 
ψ* ψdx =

V 
e−ikx eikxdx =

V 
dx = V
(13.18)
であるから、[1/√V]eikxと規格化しておくことができる。しかしV=∞ではこれは不可能である。
 しかし我々が今計算したいのは、「入射してきた波のうちどの程度が反射し、どの程度が透過し ていくのか」という割合であって、割合を計算する分には規格化は必要ない。そこで以下では規格化はおこなわず、入射波の振幅を1として他の波の相対的な大 きさだけを考えることにする64。こ の場合はψ*ψは確率密度を表さないが、確率密度に比例した量にはなっている。
 (13.17)でx > 0とx < 0にわけてシュレーディンガー方程式の解を求めた。x=0では、この二つの解の、ψと[dψ/dx]が連続的になっているという条件を置こう。ψや一階微 分がつながってなかったとしたら、シュレーディンガー方程式は絶対に満足できない65。一方、シュレーディンガー方程式を見るとわかるがV(x)が不連続なのだか ら、二階微分[(d2ψ)/(dx2)]は必然的に不連続となる(ということは三階以上の微分は定義できな い)。ψ(x=0)の接続条件から、
1+R = P
(13.19)
という式が出る。また微分[dψ/dx]|x=0の接続から、
ik(1−R) = ik′P
(13.20)
が成立する。

 ここで質問が出なかったので、「普通はここで、『どうして2階微分は接続 しないんですか』という質問が出るんだけど、君らわかっているか?」と聞いてみた。わかっていなかったようだ(^_^;)。
 上にも書いてあるように、2階微分はシュレーディンガー方程式を使えば求 められるのだから、わざわざ条件を置いてつながなくても、ψとψの微分がつながっているなら、すでにつながっているのである。

 この二つを解く。ik′×(13.19)−(13.20) に より、
ik′(1+R) − ik(1−R)=0      →     R = k−k′
k+k′

(13.21)
が出るし、ik×(13.19)+(13.20) によって、
2ik = i(k+k′)P      →     P= 2k
k+k′

(13.22)
が出る。
 ここで、Pは常に正であるが、Rはk > k′なら正、k < k′なら負である。[((h/2p)2 k2)/2m]=E,[((h/2p)2 (k′)2)/2m]=E−V0な ので、V0 > 0 ならばk > k′である。この場合はポテンシャル的には「壁を登る」ということになる。逆にV0 < 0の時k < k′となるが、この場合は壁を登るというよりは「階段を下りる」感じになる。この二つで反射の様子は大きく異なる。たとえば電子が金属内から空気中に飛び 出す時などがV0 > 0の状況に値する。ポテンシャルは空気中の方が高い(金属は電子を引っ張りこもうとする)ので、飛び出した後、電子の運動エネルギーが減少する。もし十分 な運動エネルギーを持たなければ空気中には出て行けない(光電効果の話を思い出せ)。
 まず、k > k′の場合のグラフを見よう。この場合、粒子はポテンシャルの高い方向に向けて入射・透過するので、透過後は運動エネルギーを減らして波長がのびる。そし て、反射波の位相はずれていない。このことを理解するには、「グラフの入射波が壁にあたらずにそのまま続いたとしたらどんな波ができたのか」と考えるとよ い。このグラフの場合、もし壁がなければ、境界のすぐ右には山ができていたはずである。実際には境界があって反射が起こったわけであるが、本来境界のすぐ 右にできるはずだった山は向きをかえて、境界のすぐ左に存在している。つまり、「山が山として跳ね返った」ということである。
k > k′の場合の反射と透過

 このあたり、授業ではjavaア プレットのアニメーションを見せて説明した。また、下に書いているように群速度の変化もあるので、それが見えるように、wave packetの動きが見えるアニメーションも見せた。

 ここで、 k > k′のグラフをよく見ると、透過波の振幅は入射波の振幅より大きくなっている。これは透過波の振幅の絶対値[2k/(k+k′)]という式からもわかる。 しかし入射波が透過波と反射波に分かれると考えると、振幅が増えるのはおかしいような気もする。なぜ振幅が大きくなるのだろう?
 この理由は、古典的な場合と対応させてみるとわかる。古典的に考えると、k > k′ということは、透過後の方が粒子の運動量が小さくなっているということである。つまり図の左側の方が粒子の進む速さが速い。速さが速いということは、 ある範囲に存在している時間が短いということであり、それだけ「単位長さあたり、単位時間あたりの存在確率」は小さくなる。逆に遅くなれば、それだけ粒子 がある範囲にいる時間が長くなるから、存在確率密度は上がる。
 上のグラフで書かれている状況は、古典的に見ると「ボールが左から床を転がってきて、坂を登ってスピードが遅くなりつつ、また走っていく」ということで あるから、右の方が遅くなる分だけ、確率密度が大きくなっているのである。
 なお、「遅くなる」のは古典的運動あるいは群速度の場合であって、波長が長くなっているので位相速度の方は速くなっている。



[問い13-5] この波動関数の位相速度を計算し、右の方が速いことを確認せよ。
[問い13-6] いろんなkを持つ波動関数が重ね合わされて波束が作られたとして、群速度を計算し、右の方が遅 いことを確認せよ。



k < k′の場合の反射と透過
k < k′の時Rは負の実数である。つまり、eikxとR e−ikxは、x=0 において符号反転している。ei(θ+π)=−eであるので、このことを「位相がπずれる」という言い かたをする66。 グラフ上で符号が反転していることは次のように確認できる。このk < k′の場合も、グラフでは境界のすぐ左には入射波が谷になっている。もし壁がなかったとするならば、境界のすぐ右には山ができていたはずである。ところが 壁があるので波が反射された。反射波は壁のすぐ左で谷となっている。つまり「山が谷になって跳ね返って来た」のである。
k < k′で符号反転し、k > k′ではしない理由をおおざっぱに言うと以下のような説明ができる。
 
 透過波の微係数の絶対値k′P=[2kk′/(k+k′)]は、入射波の傾きの絶対値k に比べ、k < k′では大きくなり、k > k′では小さくなる。これは、k < k′では波長が短かくなり、波が圧縮された形になる(当然、傾きは増える)ということの反映である。入射波より透過波の方が傾きが急になっているが、合成 波(入射波+反射波)の傾きは透過波と同じでなくてはならない。そのため、反射波は入射波の傾きを強める波でなくてはならない。k > k′では逆に傾きを弱めなくてはならない。
 もう一つの説明は、k > k′では透過波は入 射波より大きい振幅を持つことを使う。透過波と合成波はつながっているのだから、合成波が境界で強め合っていないと困る。つまり反射波は符号反転せずに足 し算されねばならない(なぜ振幅が大きくなるのかは問い13.2の答えである)。
(ここの不等号、テキストでは逆を向いていたので訂正した)
 まとめると、ここで起こった現象は以下の表のようになる67

波数の関係 ポテンシャル 波長 位相速度 群速度 反射波の位相 境界で波は
k > k′ 高い方へ 長くなる 速くなる 遅くなる ずれない 強め合う
k < k′ 低い方へ 短くなる 遅くなる 速くなる πずれる 弱め合う

 javaアプレットでポテンシャルエネルギーを高くしていくと、右側の領域で減衰していく波動関 数が見える。この場合は古典的には粒子は右側に入っていかないはずなのだが、量子力学的には波動関数が少し浸み出す。来週はこの減衰、すなわち波動関数の 浸み出しについて、数式で考えていく。



[問い13-7] x < 0、x > 0のそれぞれの領域でのψ*ψを計算 せよ。これは確率密度に比例する。x < 0の領域において、ψ*ψが極大となるのはどんな点か。





Footnotes:

63量子力 学だからといって、何がなんでも不連続になるわけではない。エネルギーが不連続でとびとびの量になるのは、束縛されている場合だけである。
64体積無限大でなん らかの規格化をしたい時は、デルタ関数を使って、∫ψ*kψk′ dx=δ(k−k′)となるように規格化(デルタ関数的規格化と呼ぶ)することが多い。
65シュレーディン ガー方程式自体にδ(x)のような発散項が入っている場合は別。
66この場合は「反転 する」というもっとわかりやすい言葉があるんだから、かっこつけて「位相がπずれる」なんて言わなくていいのになぁ、と思うかもしれない。こんな言葉を使 うのは、後でπではない「位相のずれ(phase shift)」が出てくるからである。
67k > k′の場合を自由端反射、k < k′の場合を固定端反射と分類する場合もあるが、この場合はk < k′でも、端にあたる壁の部分の波は固定されているわけではない。


学生の感想・コメントから

 ポテンシャルが∞なら固定点で全反射になるということですが、実際の現象では量子の通れない 壁はないということですか?
 そうなりますが、通り抜ける確率密度(つまり壁の中に入っている波動関数から計算したψ*ψ)がものすごく小さければそんな現象 は宇宙の寿命以上待っても一回も起こらないことになり、「通らない」と考えてもいいわけです。

 
 ψが規格化不可能なことはわかったんですが、その場合は期待値を求めることはできないんです か?
 たとえば<x>は求められませんね。こういう場合は、いったん波動関数の定義域を(-L,L)に 限っておいて規格化して計算して、後でL→∞の極限をとるという計算をすることが多いです。

 x<0の領域のシュレーディンガー方程式は入射波と反射波の合成波の式と考えているん ですよね?
 そうです。入射波の式と考えても反射波の式と考えても、合成波の式と考えても全部成立します。特 に条件をおかずに解けば、合成波が出ます。

 Vが有限なら規格化できるんですか?
 できます。

 粒子がVにぶつかるとRとPに分かれるということは、粒子が反射されたり、透過されたりする ということですか?
 R2の確率で反射し、P2の確率で透過するということです。

 どのくらいの人が宿題出してますか?
 やっぱやっておいた方がいいですよね。
 みんながやっているかどうかということより、宿題をやって問題を解いていかないと、量子力学をわ かるようにはならないと思います。だから、やった方がよい。
 でも半分以下の人しか出していません。困ったものです。今回は(今回も)宿題やってない人は試験 で苦労するでしょう。

 コンピュータの映像を見ると波がどうなるかわかるんですが、式で表すとよくわかりません。
 こういうのは、「グラフと式を結びつけて考える」という訓練をふだんからやっておかないと。

 壁を越えていないのに、壁の先にも確率密度があるなんて、不思議だと思いました。
 不思議だが本当です(量子力学の授業ではこればっかり言っているなぁ)。

 壁で跳ね返っているのかと思っていた ら、透過している波もあって、しかも波長や振幅が変化していた。
 今日の範囲では古典的には全部透過します。むしろ「越えられるポテンシャルの時にも反射があるの はなぜ?」という点で悩む人もいます。

 ポテンシャルを高くしていった時に、粒子の速度が0になってしまうところの絵がありました が、速度0なのに横軸の遠方まで波があるのは不思議に思いました。


 ↑の状況ですね。この時の右側の状態は古典的 に言うと運動量0の粒子、量子力学的に言うと波長∞の波動です。で、速度0なのに無限の彼方まで波が伝わっているのは変だと感じたのでしょうが、今解いて いるのは定常状態の方程式で、ということは出てくる答えは「無限に長い時間待って、定常状態になっちゃった状態」なのです。ですから無限の時間をかけて波 が伝わりきってしまった後の図が↑のものだと思ってください。



File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 1 Dec 2005, 12:51.