2006年度初等量子力学講義録・第1回




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第 1章 量子力学の「あらすじ」-光の粒子性を中心に

 この章では、これから「初等量子力学」および「量子力学」で学ぶ量子力学のあらましをつかんでもらうために、まず光の 粒 子性ということについて概観を述べる。詳細な計算などは後で述べるが、まずは量子力学とはどのような学問なのかの「あらすじ」を知ってもらいたい。

1.1  光は波か粒子か

 19世紀頃、「物理はもうすぐ終わる」と言われていた1。 力学、電磁気学がほぼ完成し、天体の運動がニュートン力学で完全に予言されるようになった。ところが次の年から20世紀だという1900年、プランクは黒 体輻射に関する研究から量子力学が始まる。量子力学と直接関係はないが、20世紀の始まりには特殊相対性理論2も作られている。量子力学と相対論が、「終わる」はずだった物理の世界を一変さ せてしまったのである。
 光は波であるか粒子であるか、というのはニュートンやホイヘンスの時代(17世紀後半)でも論争になった謎であった。ニュートンは光が直進するというこ と を根拠に、光は粒子であると考えた。波なら広がるはずであり、「光線」という言葉で呼ばれるような形状にはならないと考えたのである。
 しかし、後に光が干渉現象を起こすということが明らかになり、「やはり光は波である」と考えられるよういなった。また、マックスウェルが電磁気学の方程 式 から光速で進む波動解(電磁波)を見つけたことも光が波であることを支持していた。つまり、光とは空間中の電場と磁場が振動して、それが伝わっていくもの なのである(演習問題2-3〜2-4を参照せよ)。
 ここで「光が波であることを示す物理現象って何でしょう?」と聞いてみた ら「屈折」という答えが出てきた。ちょうどいいので二つの説が屈折をどのように説明するのかを話した。ニュートンは光を粒子と考え、水面で水の中に引っ張 り込むような力が働いて光が曲がると考えた。ホイヘンスは水中の方が光の速度が遅いと考えて、波の速度変化が屈折を起こすと考えた。ホイヘンス説では水中 の方が光が遅いが、ニュートン説では水中の方が速いことになる。
 ところがニュートンやホイヘンスの時代には水中の光速を測ることなどでき なかったので、この点の決着はつかなかった。
 あとで物質波の屈折の話をするが、その時この問題がもう一度登場するはず である。

 このようにして19世紀までは「光は波である」ということで決着がついたと思われていた。ところが1900年、プランクが以下のようなことを主張する3
振動数ν を持った光が外界とやりとりするエネルギーは、hνの整数倍に制限される。
 ここでhはプランク定数で、SI単位系での値は6.62606876×10−34J·secである。プランクに続くいろんな研究 に より、光は一個あたり(プランク定数)×(振動数)というエネルギーを持った粒子(「光子」と名付ける)でできているとわかった(なぜこんなことがわかっ たのか、という点は、第3章でくわしく説明する)。プランク定数は非常に小さいゆえに、通常我々が目にする光は、たくさんの光子の集まりでできている。
 光のエネルギーが不連続とか、光が粒子だとか言われてもにわかに納得しがたいと思うが、同様に連続に見えて実は連続でない例として、コップの水を考えよ う。コップの水は見た目には連続的で、切っても切ってもいくらでも小さくなるように見える。けど、実際には水はH2O分子でできて いるのだから、切っていってH2O一個になったら、もう切れない。同じように、光を切っていったとすると、これ以上切れない単位が ある。たとえば向こうから光がやってくる時に、一瞬だけシャッター開けてすぐ閉める。シャッター速度を短くすればいくらでも小さいエネルギーの光を切り取 れそうだけど、そうはいかない。hνの整数倍というエネルギーの光しか作れないのである4

【補足】 この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は 読んでおいてください。
 ニュートンは直進することを光が粒子である理由としていた。では、光は波であるのに、なぜ直進する(ように見える)のだろうか。波動説にしたがえば、光 はいろんな方向に広がろうとするはずである。右の図のように、ある直線ABの上から出発した波が、ある一点Pにやってくるところを考えよう。直線AB上で は波の位相はそろっている(山なら全部山、谷なら全部谷)が、そこから離れた点にやってきた時、線上から点Pまでの距離の違いから、やってくる波の位相に ずれが生じている(あるところからきた光は山、別のところからきた光は谷)。図の上の方に書いてある波形は、AB上からP点にやってきた波がどのような状 態でやってくるかを書いたものである。
波は干渉するので、山と谷がぶつかると互いに消しあう。上のグラフのようになっていると、真ん中付近をのぞいてはほとんどすべての波が消しあって消えてし まう。真ん中付近は位相(つまり距離)の変化が比較的緩やかなので足し算しても消されずに残る。特に波長が短いと、この振動がより激しくなり、消しあう可 能性がより高くなる。結局、中央付近のあまり消しあわない波だけが、現実にこの場所にやってくる波だということになる。
 
単スリットを通り抜けた後の光を考えよう。右側にやってくる光はスリットを通り抜けた光の和であるが、スリットの幅より外にやってくる光は、上で説明し た、位相の変化の少ない部分を含まないので、互いに消しあってしまう。スリット幅より内側については光がある程度消されずに残る。実際に計算してみると、 波長が短い時には図の点線より外側での光の振幅はほとんど0になってしまうことが確認できる。
波長が長いかスリットの幅が非常に小さいかどちらかの場合は、やってくる光の位相変化が小さいので、波は広い範囲で消されずに残る。
上図は波長が長い場合と短い場合で、単スリットを通り抜けた光がどのように重なるかを描いたものである。短波長の場合、図に示した点にやってくる光はたく さんの山と谷が集まってできたものとなり、必然的に小さな振幅になってしまう。
長波長の場合には、光は波として広がることになる。光学の方では「波長とスリット幅が同程度の時よく回折が起こる」と言われるが、それはこういう理由であ る。
つまり、各点各点の波としての光は広がろうとするのだが、光全体の進む路から離れたところへ来た波は互いに消しあってしまうので、全体としての光は広がる ことができないのである。厳密に言うと、少し広がっているのだが、その広がりが小さくて見えない5。これは、後で出てくる「波動関数(これが何なのかはまだわからなくてよ い)で表される、波であるところの粒子が、なぜ直進するように観測されるのか」という疑問に対する答でもある。覚えておこう。

 こ のように単スリットを通り抜けた波の状態を見るアプレットはこちら。実際の波の広 がりの様子がシュミレートできます。

【補足終わり】
 実は光の粒子性は特殊な現象を見なくても、日常生活にも現れる。たとえば夏に太陽の光を浴びると日焼けするが、冬に電気ストーブにあたっても日焼けする こ とはない。得られるエネルギーは同程度であっても、紫外線と赤外線では質が違う。古典的に見るとそれは振動数の違いであり、「紫外線の方が振動数が大きい (振動が速い)から、人間の体に化学変化を起こさせるのだ」という考えもできないではないが、現実にはうまく行かない。光を光子の集まりとして考え、赤外 線(振動数が小さい)は一個一個のエネルギーが低い光子でできており、紫外線は一個一個のエネルギーが高い光子でできていると考えられた方が実験に合う。 人間の体に化学変化を起こさせるのは、この光子一個一個の衝突だと考えるとこの現象が理解できる6 (演習問題1-1を参照せよ)。

 ここで、太陽の光がだいたい化学変化を起こせるのにちょうどよい程度のエ ネルギーを持っているという話をした。だからこそ、植物が光合成することができて生物が生きていられる。

 例えば、夜空の星を見上げればすぐに星が見えるが、これも光が光子という塊で降ってくるおかげである。眼が見える(人間が光を感知できる)のは、眼の中 に ある化学物質が光に反応して化学変化を起こすからである。しかし、光が連続的にやってきて、エネルギーがたまって始めて反応が起こるのだとすると、長い時 間がたたないと感知できないことになる(演習問題1-4を参照せよ)。

1.2  二重スリットと波束の収縮

 光が波でありながら粒子である、ということは非常に理解しがたいことであろう。しかし今は「あらす じ」の段階なので、これをどう理解すべきかとい うことはとりあえず後に回す。ここではさらに別の例で光の粒子性がどのような現象を起こすのか、を見ていく。
 
 そこで、光の波動性を表す実験として有名なヤングの実験を考えよう。ヤングの実験では点光源(実際の実験では単スリットで点光源化することが多い)から 出 た光が、複スリットを通った後回折7し てスクリーンにあたり、そこに干渉縞が生じる。
二つのスリットからスクリーン上にやってきた光の電場をE0sin(k(r1−ct))およびE0sin(k(r2−ct)) としよう。電場の振幅E0は定数ではなくrが大きくなるほど小さくなるはずであるが、ここでは簡単のために定数とおいた。スクリー ン上にできる電場はこの二つの和なので、
E0(sin(k(r1−ct))+sin(k(r2−ct)))
(1.1)
とおける。xが変化すればそれに応じてr1,r2も変化していく。二つの項sin(k(r1−ct)) とsin(k(r2−ct))もそれに応じて振動していくが、うまく両方の位相がそろったところは強めあって振幅の大きい電場とな り、位相が反対になっていると弱めあって振幅が0になる。この和を具体的に計算すると、公式sinA+sinB = 2cos([A−B/2])sin([(A+B)/2])を使って、以下のように書ける。
E0
sin

(k(r1−ct))
=A 
+sin

(k(r2−ct))
=B 

= 2E0cos



k
2
(r1−r2)

=[A−B/2] 
sin



k
2
(r1+r2) −kct

=[(A+B)/2] 

(1.2)
この式から、cos( k/2(r1−r2) )=0となる点には光がこないことがわかる。
 この実験を、「光は粒子でもある」という知見のもとに考え直すと、いろいろ不思議なことが出てくる。左の図はこの実験の様子を、光が粒子であるという観 点を強調して描いたものである。粒子説にしたがえば、光がやってくるということは実際には光子がやってくるということである。つまり、ヤングの実験で発生 する明暗の縞は、実は左の図のように、光子の当たる場所と当たらない場所が発生しているということになる。

 ヤ ングの実験のアプレットはこちら
 ここで光源の光量を絞って、一度に一個の光子しか来ないようにしたとしよう8。この場合干渉は起こるだろうか。「干渉」というのは"常識"的な考え方からす れば、二つの波がぶつかっておきる。一度に一個の光子しか来ないなら、二つの光子はぶつかれないから干渉なんて起きないはず、と思いたいところだが、実際 にはこれでも左図のような干渉は起きる。極端な場合として、光子一個だけを送り込むという実験ができたとする。するとこの光子は、図の「明」のどこかにあ たる。けっして「暗」の部分にはあたらない。つまり、この場合"常識"は勝利しないのである。
 念のために注意しておく。この干渉によって光が消し合うという現象を「一個の光子と一個の光子がぶつかって消える」というイメージを持っている人がいた ら、さっさとそのイメージを消去してもらいたい。そんなことが起こったらエネルギー(光子一個につきhν)が保存しなくなってしまう。あくまで、一個ずつ やってきた光子は一個ずつ到着する。ただ「暗」の場所には来ないのである。
 以上の実験からわかることは、あたかも「一つの光子が二つのスリットを同時に通ってきた」と解釈できるような現象が起こっているということである。つま りこのスクリーンにあたった一個の光子は「上のスリットを通ってきた光子」でも「下のスリットを通ってきた光子」でもなく、いわばその重ね合わせとして存 在しているのである。
 たとえば上のスリットをふさいだとする。すると、光子は「暗」の場所にも当たるようになる。この場合、光子は確実に下のスリットを通ってきているはずな のだが、「上のスリットが空いているのか空いていないのか」ということを知っているかのごとく、それに応じて挙動が変化することになる。
 観測機器などの状況設定によって、光の粒子性が顕著になったり、波動性が顕著になったりする。ここでは詳しく述べないが、たとえばスリットの片側に光が 通過するかどうかの測定器をつけたりすると、この干渉縞は消失してしまう。このように、「何を観測しようとするか」によって観測される側の状態が変わって しまうというのが量子力学のややこしいところである9
 ここで、原子を使ったヤングの実験も今の技術ならできるんだよ、という話 をしたら、

 どれくらいの大きさのものまでが干渉を起こせるんですか?

という質問がきた。
 人間みたいな巨視的な物体だと、干渉は起こりませんね。人間を作る波はスリット幅ほどに広がれないというのが一つの理由。もう一つは光子や電子のような 構造のないものは「個性」がないので重ね合わせて消えることができるけど、人間のような構造のある物体は内部的状態が違っていると重ね合わせても消えない というのがもう一つの理由。
 でもこのへんの話は今やるのはちょっと難しすぎたかもしれない。

 だいたいここまで話したところで時間切れ。残りは読んでおいてください。


 ここで起こったことをもう一度よく考えてみる。二つのスリットを通る時の光子は、両方を通るような波として広がっている。そして通り抜けた後は、図で太 い線で表したような、二つの波の干渉の結果としてできあがる波がスクリーンに到達する。ところが、スクリーンに到着する光子は一個であって、ある一カ所に しか光子は存在しなくなってしまう。
 ここでスクリーンで起こっている現象を考えよう。スクリーンに当たる直前の光は、左図の上のような状態、つまり干渉を起こした波の状態であったはずであ る。ところがスクリーンに当たると、粒子性が顔を出して一点のみに光子がぶつかる。広がっていたはずの波がいっきに一点に縮まってしまう、ということで、 このような現象を「波束の収縮」と呼ぶ。
収縮が起こるメカニズムについてはよくわかっていないが、そういうことが起こっていると解釈しなければならないような現象が起こっていることは確かである10。大事なことは、どこに収縮するのか を決める方法がないということである。残念ながら量子力学で計算できるのは確率だけなのである。後でくわしく学ぶが、量子力学の計算を正しく用いれば波の 形が計算できる。波の振幅が大きくなっている部分(つまり「明」となる部分)に収縮する確率が大きく、振幅が小さい部分(「暗」部)に収縮する確率は小さ いのである。
 確率だけしか計算できない、ということについてはもちろん批判者も多く、量子力学は不完全であるとの主張がよくされてきた。その筆頭はアインシュタイン であって、彼の「神はサイコロ遊びをしない」という言葉は有名である。アインシュタインは「量子力学の計算の中には入ってこないだけで、粒 子がどこにいるかは最初から決まっているはずだ」という考え方をしていた。この考え方を「隠れた変数の理論」と呼び、アインシュタイン以外にも多くの物理 学者がこの立場をとっていたが、この隠れた変数の理論では説明できそうにない実験結果がある。どうやら光子の位置を観測するまでは光子の位置は決まってい ないと考えなくてはいけないらしい。

1.3  これからの学習で注意すべきこと

 この章では、量子力学の「あらすじ」を述べた。初めてこのような話を聞いた人にとっては、` 非常識'と感じられるだろう。しかし、我々の` 常識'は「光が粒子の集まりであることを実感することがあまりない世界(我々が見る光源はたいてい1秒に1020個以上の光子を出 している)」で作られたものである。実験が進むことによって知識が増え、世界が広がれば、常識というものは必然的に変わっていく。時には「常識」を吟味す ることも必要である11。「光は粒子 である」という実験結果が出た以上は、新しい「常識」を作らなくてはいけない。
ボーアは 「量子力学に衝撃を受けないとしたら、それは量子力学を理解してない証拠だ」 という意味のことを言っている。だから、この「あらすじ」を聞いて「そうか、量子力学ってそういうものなのか」とわかったような気がしたとしたら、

そ れは錯覚である。

 これからの1年間の講義の中で、量子力学に衝撃を受け、量子力学の不思議さを感じて欲しい。量子力学の不思議さはすなわち、我々の住んでいるこの世界の 不思議さである。我々の住んでいるこの世界は、量子力学を知らない人が漠然と思っているよりもずっとずっと、不可思議なからくりを持っている。それを解き 明かしていき、理解していくことこそが物理の勉強である。
 また、今回は概要だけを述べたわけであるが、物理を学ぶ者は、

自分で手を動かして納得するまでは、何事も信じ込んではいけない。
ということを肝に命じておこう。先生の説明を聞いてわかったような気になっただけでは、実はまだまだ何もわかってない12。まして概要をかいつまんで述べただ けの講義を聞いて納得してはいけない。
 次の章からしばらくは、歴史をたどりながら、この不思議な量子力学がどのように建設されていったかを学ぶ。

1.4  演習問題

[演習問題1-1] 紫外線(波長が5×10−8m)と赤外線(波長が1 ×10−6m)の一個の光子の持つエネルギー と、水素原子のイオン化エネルギー13.6eVを比較せよ。これは何を意味するか。
(注:1eVは1.6×10−19J)
[演習問題1-2] カップ焼きそばを一杯(150グラム)食べると、約750キロカロリーのエネルギーを摂取することができる。計算を簡単 にするためにすべて炭素(分子量12)でできているとする。炭素原子一個あたり、何Jのエネルギーをもっていることになるか。
(注:1カロリーは約4.2J。アボガドロ数は6.0×1023)
この値はだいたい、生物が生活していく上で起こる化学変化でやりとりされる分子一個あたりのエネルギーである。このエネルギーが光子一個になったとする と、振動数がどのくらいの光となるか。この振動数がおおむね可視光の振動数と近いことには、どんな意味があるか。
[演習問題1-3] 100Wの電球が波長5×10−7mの光を出しているとすると、この電球が1秒間に出している光 のエネルギーはhνを単位として何個分と考えられるか。光速は3×108m/sである。
また、この電球の1メートル向こうで断面積0.5cm2の瞳でこの光を見たとすると、瞳に飛込む光子は1秒に何個か。
[演習問題1-4] 0等星の照度は2.5×10−6ルクスである。1ルクスは1 平方メートルあたり[1/683]ワットのエネルギー流に対応する。人間の瞳の広さを0.5cm2として、瞳から入ってくるエネル ギーを考え、そのエネルギーが眼の水晶体(レンズ)によって視細胞一個(半径10−6mの球とする)に集められたとする。光を波動 と考えた場合、視細胞にある感光物質(ロドプシン)の1原子(半径10−10mとしよう)が化学反応するエネルギー(5×10−19J としよう) を得るには何秒かかるか。
[演習問題1-5] 「光が粒でやってきていて、連続的な波ではないから、星の光がまたたいて見えるのではないか?」と言った人がいる。これ がほんとうかどうか、つまり星のまたたきは光子の粒子性によるものかどうかを考察せよ。

Footnotes:

1物理を志していた学 生時代のプランクは先生から「物理なんてもうやることないから他のことやったら?」と勧められたらしい。そのプランクが20世紀の物理の扉を開くのだか ら、人生は面白い。
2勘違いしている人が 多いが、相対論は古典力学である。物理の世界で「古典力学」と言ったら「量子力学ではない」という意味。
3プランクがどのよう な根拠を持ってこの主張を行ったか、およびそれがどのように正当化されるかについては次の章で述べる。
4なお、水がH2O で出来ているとなぜわかるのか、というのもそれはそれで長い話なのだが、ここでは触れない。
5この広がり具合は波 の波長に比例するが、光の波長は10−7mのオーダーであるから、日常において広がりはほとんど見えない。一方、音の波長は1mの オーダーであるから、音の広がりは日常でもよくわかる。扉の陰にいる人でも部屋の中の話し声が聞こえるのは、音の広がりのおかげ。
6念のために書いてお くと、紫外線によって起こった化学変化が日焼けそのものではない。人間の体が紫外線によって起こされた化学変化に反応した結果が日焼けである。肌が黒くな るのは、人間の体の持っている防衛機構である。
7スリットの幅が狭い がゆえに通り抜けた光は直進せず、回折して広がる。
8可視光であっても弱 い光を使ってこの条件を満たすことはできる。また、エックス線をつかってガイガー管などで計測すれば、一個の光子を測定することも可能である。なお、現在 の技術であれば、光ではなく原子でこの二重スリットの実験を行うことも可能である。
9と書いたが、観測機 器によって状態が乱されるということ自体は、古典力学的状況であっても同様である。量子力学では少々劇的になっているというだけのこと
10この現象をどう解 釈するかについては諸説があるが、ややこしくなるのでここでは触れない。
11もちろん、何がな んでも常識を捨てればよいというものではない。その「常識」がどんな経緯で成り立っていると思われているのかを考えた上で、捨てるべきか守るべきかが決め られなくてはいけない。
12これはもちろん、 前野の自戒が込められた言葉である。


感想・コメントから


 真空中で、スリットなんかなくても光は直進するのでは?
 その考え方は 幾何光学といって、「光は直進する」ということを前提として考える考え方です。しかし、幾何光学は波長が長い時のスリットの通り抜け問題には使えません。 逆に「光は波であり、あらゆる方向に(波動方程式にしたがって)伝播する」というのが「波動光学」の考え方で、光がどう広がるかという問題には波動光学の 方を使わなくてはいけません。光学が2種類あるということは、実は量子力学での粒子説と波動説があることに対応しています。

 1時間以上話続けれる程、量子力学は奥が深いものだと思った。
 これから毎週 1時間30分しゃべり続けますけど??

 粒子なのに干渉が起こるというのは??なので、これから分かるようになることを期待します (同様のコメント多数)。
 今回は「あら すじ」なのでわからなくても心配ありません。とにかく疑問を持つことを大事にしながら進んでいきましょう。

 ホイヘンスは光の速度が水中で遅くなることで光が屈折すると言ったそうですが、なぜ水中で遅 くなることを知っていたのですか?
 そこは「仮定」です。逆にニュートンの粒子説では「水面で光が引っ張り込 まれて速くなる」と考えたわけですが、それも「仮定」です。二つの仮定がある時、どっちが正しいのかを決めるのが実験です。この場合は実験結果が出るのに だいぶ時間がかかりましたが。

 こんな問題があったんですが、解けますか?

(サインカーブが書いてある)

 これは、光を波で表した場合ですが、この図に粒子としての波を上書きしてください。
 答は「書けま せん」だと思います。これが一個の光子を表す図だとしたら、その粒子は波のあるところ全体に広がって存在しているので点を打つことはできません。
 たくさんの光子の集まりで作られている電場や磁場を書いているのだとする と、波の山や谷のところに光子が濃い密度で存在しているような図を書くことになりそうですが。ただし、そんなふうな図が無理矢理にでも書けるのは、レー ザー光線のように位相がそろった光の場合だけです。

 先生の話すスピードが速かった(複数)
 すいません。 ちょっと今日はペース速すぎましたね。反省して次から少しは聞きやすくなるようにします。

 電子には大きさがないのに、大きさがあるように教科書で書かれているのはなぜですか?
 うーん、理由 は私にもわかりませんが、点で書くと図が見にくいんじゃないでしょうか???

 電子は大きさゼロらしいんですが、質量があるというのはどういうことでしょう?
 目に見える物 体は皆質量があると同時に大きさがあるので、「大きさがないと質量もない」と思ってしまいたくなる気持ちはわかりますが、これも「日常生活で作られた常 識」であって、ミクロの世界では通用しないんです。物理的に言えば質量というのは運動方程式で定められている「動かしにくさ」であって、力Fを受けて加速 度aを持つような物体は大きさがあろうがなかろうがF/aの質量を持っているんですよ。

 光の波が打ち消し合うことは光の粒子が消えてなくなるものだと勘違いしていました。
 けっこうそう いう勘違いしている人は多いです。 

 光の粒は大きさがないくらい小さいのに、壁などをなぜすり抜けないのでしょうか?
 壁を作ってい る物質の原子核や電子が、光の粒と反応してしまうからです。電気のある物体は、光子を放射したり吸収したりすることができるのです。

 電子は質量があって波でもあるということから、光にも質量はあるんでしょうか??
 ありません。 質量については「相対論」の方でやる定義があります。それに光の場合を代入すると質量0になります。

 ボールは干渉が見えないだけで、波長とかを持っている波なんですか?
 ボールを一個 の物体として見てしまったら、すごく波長の短い波になります。
 しかし、実際にはボールを構成している原子一つ一つが波で、その波が集 まってできているのがボールだと思った方がいいでしょう。

 量子力学での現象というのは「理解」するというよりは「解釈」するものなんでしょうか?
 自分が既に知っている法則で動くものなら「理解」できますが、そうでない 現象が見つかった時は、その新しい現象を司る法則を作っていかなくてはいけません。そういう意味では「理解」よりは「解釈」に近いかな。

 相対論では光速が一定と言いますが、スリットを通り抜けた光が遅く到着するというのはどういうことでしょうか?
 スリットを通り抜けた後の距離が違うので、長い距離を走って来た方が遅く 到着します。長いから時間がかかっただけで、光の速さは同じなのです。

 ヤングの実験のアニメーションを見て床屋へ行こうと思いました。
 いってらっしゃ〜〜い。

 紫外線を人間の眼が見れないのはなぜでしょう?
 さて、私も正確なところは知りませんが、波というのは波長と物質のサイズによって違う反応をするものです。たとえばガラスは透明ですが、あれは可視光を 通すからですが、紫外線は通さなかったりします。それはガラスの物質の原子の並び方などで変わってきます。もしかしたらエネルギーが大きすぎると感光物質 が壊れてしまうのかもしれませんが。

 なんか難しそうです(多数)
 はい、難しいです(きっぱり)。計算が難しいということもありますが、そ れよりも概念が難しい。だからこそ、気をひきしめて、疑問に思ったことはどんどん質問するようにして授業を受けてください。


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On 14 Apr 2006, 14:13.