初等量子力学2006年度講義録第13回

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第9章 量子力学における演算子

9.1  演算子と物理量

 量子力学では、古典力学での物理量に対応するものはなんらかの形で演算子となり、古典力学的な量はその演算子の期待値に対応する。「物理量が演算子にな る」と言われると「いったいどういうこと?」と戸惑ってしまう人が多いと思うが、その意味はこういうことである。量子力学では、時間発展する力学変数は波 動関数1であって、観測によって得ら れる量(古典力学では力学変数だった量)は波動関数から得られる期待値や固有値に対応する。波動関数から期待値なり固有値なり、なんらかの値を取り出すた めに必要になる操作が今考えている「演算子」なのである。波動関数は空間の各点各点に値があるので、事実上無限の自由度を持っている。その無限の自由度の 中から、ある特定の情報( < x > だとか < p > だとか)を引き出すのが「期待値を取る」という演算である。
 よって量子力学ではいろんな演算子の性質、関係が大事になる。以下では、量子力学における演算子の性質のうち、特に計算に役立つものを見ていこう。
 二つの演算子A,Bが任意のψ,φに対して


ψ* Aφdx = (Bψ)* φdx
(9.1)
を満たす時、「BはAのエルミート共役である」と言い2、B=Afと記号fを使って表 す。たとえば、微分演算子は(表面項が無視できる場合)

ψ*
∂x
φdx = −
(
∂x
ψ ) *

 
φdx
(9.2)
が成立する。つまり、[∂/∂x]のエルミート共役は−[∂/∂x]である。これを記号では([∂/∂x]) = −[∂/∂x]と表す。
エルミートな演算子とは、エルミート共役が自分自身と等しい(A=A) 演算子である(微分演算子はエルミートではない)。
以下で証明する定理があるので、実数の観測値を持つ物理量に対応する演算子はエルミートでなくてはならない3



[問い9-1] 演算子がエルミートであれば、その固有値はかならず実数であ ることを証明せよ。
(Hint:∫(Aψ)* ψdx=∫ψ* Aψdxに、固有値方程式Aψ = aψを代入する。もしaが複素数だったらどうなるだろう?)
[問い9-2] 演算子がエルミートであれば、その期待値はかならず実数であ ることを証明せよ。
(Hint:期待値 < A > =∫∫ψ* Aψdxの複素共役をとってみればよい)



 ここまでは座標xや運動量pの期待値を考えてきた。特に運動量は演算子−ihbar[∂/∂x]だと考えることができた。関数eikx
−ihbar
∂x
eikx=hbar k eikx
(9.3)
という方程式を満たすから、固有値がhbarkであるような運動量の固有関数である。
 一般の波動関数は
ψ(x)= 1






dk ψ(k) eikx
(9.4)
のように、運動量の固有関数で展開することができた4。 展開係数ψ(k)は、「今考えている状態が運動量hbar kを持つ確率振幅」と考えることができる。つまり、この状態の運動量を観測すれば、hbarkからhbar(k+dk) までの間の値が得られる確率が|ψ(k)|2 dkである。
 波動関数をある物理量を表す演算子(今の例の場合は−ihbar[∂/∂x]) の固有関数(今の例の場合はeikx)で展開した時の展開係数の絶対値の自乗は、その物理量を観測した時にその値が得られる確率に 比例する。この考え方を量子力学の確率解釈と言う。この解釈が妥当かどうかは実験でチェックされるべきであるが、今のところはこの解釈を破棄しなくてはい けないような実験結果はない。
 確率解釈で考えるならば、たとえば最初ψ = F1 eik1 x+F2 eik2 x+F3 eik3xとい う規格化された波動関数があったとして、運動量を精密に観測すれば、
  1. 運動量 hbark1が 測定され、結果として波動関数は ψ = eik1 xへと変化(収縮する)。
  2. 運動量 hbark2が 測定され、結果として波動関数は ψ = eik2 xへと変化(収縮する)。
  3. 運動量 hbark3が 測定され、結果として波動関数は ψ = eik3 xへと変化(収縮する)。
のどれかが起こることになる。そして、これらが起こる確率の比は|F1|2 : |F2|2 :|F3|2である。
 波動関数で、 運動量 hbark3が 測定されたらeik3 x以外が消えてしまうというのは、波動関数が直交しているからですか?
 直交しているけど、ここでは直交どうこうが問題でなく、観測という行動が 波動関数を収縮させてしまうことが問題です。こういう収縮がどういうメカニズムで起こるのかはまだ明確な答のない疑問です。
  
同じようなことが、他の物理量に対しても起こる。エネルギーを測定すれば波動関数はエネルギーの固有関数へと収縮するし、角運動量を測定すれば角運動量の 固有関数に収縮する5
 ある物理量Aがあり、それに対応する演算子Aがあったとする。Aの固有関数になっているような波動関数ψ123,… があるとしよう。すなわち、

^
A
 
ψ1 = a1 ψ1, ^
A
 
ψ2 = a2 ψ2, ^
A
 
ψ3 = a3 ψ3,…
(9.5)
である。この時、
ψ = F1 ψ1 + F2ψ2 + F3ψ3+…
(9.6)
という状態があったとして、この状態で物理量Aの観測を行えば、|F1|2 : |F2|2 :|F3|2:…という比で、測定値a1,a2,a3,… が得られるのである。  そして、測定後の結果はどの測定値が得られたかに対応として、ψ123,… のどれかになる6。したがって、いっ たん観測値aを得た後で何度も観測を繰り返すと、以後ずっと同じ観測値aを得る(もちろん、波動関数が時間変化しなければの話)。つまりある演算子Aの固有状態というのは「物理量Aを何度観測しても固有値aが観測される状態」だと考えることがで きる。
 波動関数が時間変化するってのは??
 シュレーディンガー方程式に従って変化していきます。それで、ハミルトニ アンの形によっては、固有状態であったものが固有状態じゃなくなってしまうんです。

9.2  エネルギーの期待値と固有関数

 たとえばエネルギーの期待値はihbar[∂/∂t] あるいはハミルトニアンHをψ*とψの間にはさむことで計算できる(シュレーディンガー方程式があるので、どちらであっても結果は 同じ)。
 たとえば今ある波動関数を
ψ(x,t) = φ1(x) e−iω1 t2(x) e−iω2 t3(x) e−iω3 t+…
(9.7)
のように、各々がωiの角振動数を持った波e−iωi tの重ね合わせで表現したと する。
 これらの各項はシュレーディンガー方程式の解になっていて、

H φi(x)e−iωi t =
ihbar
∂t
i(x)e−iωi t)
H φi(x)e−iωi t =
hbarωi φi(x)e−iωi t

(9.8)
という式を満たしている。最後の式は両辺をe−iωi tで割ると
i = Eiφi
(9.9)
という形になる(ただしEi=hbarωi)。 この形の式は「定常状態のシュレーディンガー方程式」と呼ばれる。これの解は、エネルギーが固有値Eで確定している状態を表す。なぜe−iωtの ような振動している解なのに、「定常状態」と呼ぶかというと、波動関数がψ(x,t)=φi(x)e−iωi tという形をしていると、確率密度ψ*ψや、間に(tの微分を含まないような)演算子Aをはさんだψ* Aψなどの式の中には時間依存性が入らない(eit×e−iωi tと なって消し合う)からである。
 我々は波動関数そのものは観測できない。観測して実験と比較することができるのは∫ψ* Aψdxのようにして計算される期待値だけである。よって、たとえ波動関数がψ(x,t)=φ(x)e−iωtのように時間的に変 化していても、ψ* Aψと組み合わせた時にこの時間が消えてしまうのであれば、それは時間変化していないのと同じことである。それゆえ、波動関数がφ(x)e−iωtと いう形で書ける時は「定常状態」なのである。つまり、量子力学においては「定常状態」は「エネルギーの固有状態」と同じ意味になる。
 ψ(x,t) = φ1(x) e−iω1 t2(x) e−iω2 t3(x) e−iω3 t+… と書けている場合はもちろん定常状態ではない。この式の各項がいろんな振動数で振動するので、ψ* Aψと計算しても時間が消えずに残る。もちろん、我々が普段見る古典力学的な物理現象(つまりほとんどの物理現象)は「定常状態」ではない。
 このようにして展開した波動関数の各成分はhbarωiずつのエネルギーを持っている(そしてそれは演算 子であるハミルトニアンHの固有値でもある) 。このようなエネルギー固有値の違う波動関数の重ね合わせに対して、運動量固有値の違う波動関数の重ね合わせの場合と同様の計算ができる。
 運動量の場合、波動関数を
ψ(x) = 1






dk ψ(k) eikx
(9.10)
のように分解したとすると、その各成分eikxは、hbar kずつの運動量(演算子−ihbar[∂/∂x]の固有値でもある) を持っていて、それぞれの成分の前についている係数ψ (k)の絶対値の自乗が、運動量がhbarkになる確率となる。そして波動関数ψ*とψの間に −ihbar[∂/∂x]をはさんで積分することで期待値を計算できた。
 エネルギーの場合も同じように、波動関数の間にエネルギーの演算子をはさんで積分する。すなわち



ψ* ( ihbar
∂t
) ψdx
=

*1(x) e1 t*2(x) e2 t+…) ( ihbar
∂t
) 1(x) e−iω1 t2(x) e−iω2 t+…) dx
=

*1(x) e1 t*2(x) e2 t+…) (hbarω1φ1(x) e−iω1 t+hbarω2 φ2(x) e−iω2 t+…) dx
=
hbar ω1


φ*1 φ1 dx

E=hbarω1 となる確率 
+ hbarω2


φ*2 φ2 dx

E=hbarω2 となる確率 
+ hbarω3


φ*3 φ3 dx

E=hbarω3 となる確率 
+…

(9.11)
となって、これは期待値の定義通りのものとなる。
 最後の行では、運動量同様、Hの固有値が違うものどうしをかけて積分すると0になる(直交する) すなわち、

φ*i φj dx = 0    (i ≠ jの時)
(9.12)
という事実を使って計算を楽にしている。これは運動量やハミルトニアンでなくても、エルミートな演算子であれば成立する(下の問題参照)。波動関数に関す る計算を簡単にしてくれるありがたい法則である。



[問い9-3] 演算子Aがエルミートであるとする。ψ,φがAψ = aψ,Aφ = bφ(a ≠ b)のように、異なる固有値を持つ固有関数であった時、

ψ*φdx=0
となることを証明せよ。



 この問題は授業中にやった。Aがエルミートなので、

∫(Aψ)*φdx =∫ψ*Aφdx

となる。これにAψ=aψ、Aφ=bφを使うと、

a∫ψ*φdx= b∫ψ*φdx

ここで、aとbは違う数であることを考えると、

∫ψ*φdx=0

以外には解がない。
 (9.11)の最後の表現を見ると、エネルギーの値であるhbarωiに、 エネルギーがその値を取る確率∫ψ*i ψi dxをかけ、全ての場合で足し算されている。すなわちエネルギーの期待値を計算したものになっている。ここでも、ihbar[∂/∂t] なりHなりをψ*とψの間にはさむことでエネルギーの 期待値が得られた。

9.4  演習問題(関連するもののみ)

[演習問題9-1] ある演算子A(微分などを含んでいてよい)が任意の関数ψ,φに対し、

ψ* (Aφ) dx = (Aψ)* φdx
を満たすとき、エルミートな演算子であるという。
  1. 位置座標x
  2. 運動量p=−ihbar [∂/∂x]
  3. ハミルトニアンH=−[hbar2/2m][(∂2)/(∂x2)]+V(x)
がエルミートであることを証明せよ。ただし、xの積分範囲は(a,b)として、x=aとx=bではψ,φやその微分は0になっているという境界条件で考え よ。

Footnotes:

1なお、正確に言うと 「波動関数」というのは量子力学的「状態(state)」の表示方法の一つであり、実は他にも状態を表現する方法はある。だから『力学変数は量子力学的状 態である』とする方が正しい。しかもこれが成立するのはシュレーディンガー描像の場合であって、ハイゼンベルク描像(この講義では扱わない)の場合では演 算子の方を力学変数にする。
2「エルミート」はも ともとは人名。フランス人数学者でつづりは『Hermite』(フランス語なのでHが発音されない)。英米人は『ハーマイト』と読んだりするので注意。
 ちなみに、ハリー・ポッターのハーマイオニーはHermionie。フラ ンス人なら「エルミオーネ」か?
3もし古典的に複素数 で表されるような量を考えているのなら、それに対応する演算子はエルミートでなくてもよい。ただ、あまりそういう量を使う例はない。
4念のために書いてお くと、昔からの慣習で同じ文字をつかってψ(x),ψ(k)と書いているが、もちろん、ψ(k)は「ψ(x)のxにkを代入したもの」ではない。関数の形 は全く違う。
5というのはもちろ ん、理想的な観測が行われた場合であって、実際には観測の後もなおいくつかの固有状態の重なりが残っている可能性も多いにある。
6なお、なぜ波動関数 が収縮してしまうのかについては、統一した答が出ていない。答が出ていないという意味で量子力学は不完全なのかもしれない。しかし、それは「使えない」と いうことではない。量子力学はいろんな物理現象を正しく記述できている。


学生の感想・コメントから

 難しい。試験が心配(悲しくなるほど多数)。
 勉強してください。レポート出してない人も多いですが、今からでもがんば ること。

 宿題まとめて持って行くことになります、すみません(これまた多数)。
 遅くてもいいからとにかくやること。自分で問題解かないとなかなかわかり ませんよ。

 観測してφ3だったとして、最初からφ3なのか、φ1、φ2、φ3の重ね合わせだったものがφ1、φ2が消えたのか、判断できるんですか?
 観測が1回だけなら、できません。100個ぐらい同じ波動関数を用意して おけば、いろんな状態が入っていたことが確認できます。

 今まで意味もわからずに直交と言って0にしてました。証明できるものなのだとやっとわかりま した。
 簡単に証明できるわりに使い途の多い式ですね。

 なんで観測後 に他の波動関数が消えてしまうのか、わからない、納得できない(複数)
 これについては疑問に思うのは当然ですが、波動関数の収縮のメカニズムは わかってないのです。

  ψ = F1 ψ1 + F2ψ2 + F3ψ3+…で、ψ1とψ2は同じ関数ですか?
 違う関数です。同じ関数だったら、ψ = (F1+ F2)ψ2 + F3ψ3+…とまとめてしまえます。

−ihbar
∂x
eikx=hbar k eikx
という式がありましたが、関数が実数で表される場合、微分すると虚数が残りそうなんですが??
 それは、
−ihbar
∂x
ekx= -ihbar k ekx

ということですか?
 こういう関数はx→∞で発散してしまうので、演算子がエルミートだという 性質が成り立たなくなってしまうのです。ですから、そういう関数を入れてはいけません。

 今日の話ではないんですが、波動関数が超光速で収縮しても情報を含んでないからいいといいま すが、情報とは具体的にはどういうものなんですか?
 1点に集まるならエネルギーとかもそこに集まるってことですよね?
 広がっている状態ではエネルギーも広がって存在しているわけですが、まだ 誰も観測してないわけです。観測して一点に収束したとしても、それはエネルギーがどこか別の場所から移動してきたわけではありません。極端な話、観測する 前からずっと「見つかった場所の一点」にいたのか、広がっていたのかは判別不可能なのです。

 積分しなくても0になるとわかるとは、量子力学は便利な式がありますね。
 便利なのでどんどん使いましょう。でも便利な式があるのは量子力学だけ じゃないので、他の勉強でもいろいろ探してみてください。


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 21 Jul 2006, 12:59.