量子力学2006年度講義録第7回

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5.3  波動関数の浸み出し(続き)

 実際にこんな現象が起こっていることがいろいろな現象で確認されている。例えば原子核のα崩壊(原子核内部からα粒子すなわち24He の原子核が飛び出してくるという現象)は、古典的には起こり得ない。原子核の結合エネルギー(核力という力で陽子や中性子どうしが互いに引っぱりあう引力 による)を計算すると、α粒子は外に出ることはできない。しかし量子力学的な浸み出しによって外に出る。いったん外に出てしまうとα粒子と原子核(どちら もプラスに帯電)はクーロン斥力によって離れていくので、α粒子の放出が起こる(上の図参照)。

 「外に出る」というのは外で観測されるということですか?
 そう考えてください。アルファ粒子の波動関数は主に原子核内にあるが、一 部は外にも浸み出していて、外をうろうろしている確率も多少だがある。その「多少の確率」で言わば大当たりが出てアルファ粒子が外部で観測されてしまう と、波束の収縮が起こって中のアルファ粒子(の波動関数)が消え失せるわけです。
 実際には、一個の原子核のアルファ崩壊をじっと待つんじゃなくて、アボガドロ数ぐらいの原子核を集めておいて、何個アルファ崩壊するかを数えるというこ とになります。

 その崩壊は壁の高さや厚さで変わるんですか?
 変わります。壁(ポテンシャル)が高いほど、分厚いほど崩壊確率は減ります。
 じゃあ、逆に崩壊確率の方からポテンシャルの形を予想するということも??
 もちろん、やります。
 
 よりこの状況に近いモデルでのシュレーディンガー方程式を次の章で解く。このようにして古典力学では越えられない壁を量子力学的に越えてしまうことを 「トンネル効果」と呼ぶ。半導体などの中を走る電子のトンネル効果は現代のエレクトロニクスの基礎となっている。
 さらには、実は太陽が輝いていられるのもトンネル効果のおかげである。太陽内部では陽子(水素原子核)が衝突して核融合しているが、実は古典力学的に計 算すると陽子は衝突できない。プラス電気を持っているために反発して、衝突前に離れてしまうのである。この場合のポテンシャルの壁はクーロンポテンシャル [(ke2)/r]である。ところが、この場合も波動関数の浸み出しによって小さい確率だが陽子と陽子が接触することができて、核 融合が起こる。小さい確率なのに太陽があのように光輝いていられる理由は、その小さい確率を補うにあまりあるほど、太陽が多くの陽子を含んでいるからであ る。通常、ミクロな世界にだけ顔を出すと思われている量子力学だが、太陽の光という、目に見える恩恵をもたらしてくれるものでもあるのである1

 運動エネルギーが負だというのが、まだ納得できないんですが。
 それは頭が、というか我々の感覚が古典力学だからです。でも本当のこの世 は量子力学なんですよ。そして、波動関数こそが現実に存在している粒子の姿なんです。
 そして、波動関数は時には名前どうり波の形になることもあるし、expで 減衰する関数になることもある。波になって、しかもある程度局在している時は波動関数を「あ、粒子がいる」と実感できる。で、そのような場合に限って我々 は古典力学的な対応を見ることができるから「運動エネルギーがいくら」と測定できる。逆に言うと測定できないものだから「運動エネルギーがマイナスなんて ない」と思っている。でも波動関数はいろんな解があって、場合によってはexpで減衰することもあるわけです。我々が見たり、直感したりできる以上に世界 というのは広い、大きなバラエティがあるんだと考えてください。

【補足】 この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は 読んでおいてください。(←飛ばしました)

ここでは階段状のポテンシャルを考えた。もっと複雑な ポテンシャルの場合、シュレーディンガー方程式を解くのは難しくなるが、波動関数がどう減衰して行くかを近似計算することができる。


まず考えている空間x0 < x < xN をN等分して、∆x=[(xN−x0)/N] ごとに刻む。その一区画xn < x < xn+∆xの中ではポテンシャルV(x)が定数であ ると近似する(つまり、ポテンシャルを細かい階段状ポテンシャルで置き換える)。そうすれば波動関数の振幅は、その区画内でe−κn ∆x倍に減衰することになる。ただし、κn=[(√[(2m(V(xn)−E))])/
hbar]である。
x=x0からx=xNま ででの波動関数の減衰を考えると、
e−κ1 ∆x e−κ2 ∆x… e−κN ∆x = e−(κ12+…+κN)∆x
(5.1)
となるが、∆x→0とすれば


lim
∆x→ 0 
12+…+κN)∆x→ xN

x0 


  ________
2m(V(x)−E)

hbar
dx
(5.2)
と置き換えられる。すなわち、x0での波動関数はxNでの波動関数の
exp
1
hbar

xN

x0 


  ________
2m(V(x)−E)
 
dx

(5.3)
倍に減衰していることになる。expの肩の[1/
hbar ]という(日常の生活レベルにおいては)大きな数字が来ているおかげで、この減衰は非常に速い。
たとえば、E,m,Vやxの積分域がオーダー1の量 (1キログラムとか1ジュールとか1メートル)だったとすると、expの肩にはhbarの逆数である1033ぐらいの負の数が 載っていることになる。だいたい、e−1033ぐらいである。この確率はものすごく小さい。 0.0000000…と0を並べて書いていくと、1032個以上の0が並んだ後でやっと0でない数字が出てくるほどになる2
なお、今行った計算は近似計算であり、厳密解ではな い。一般にeF(x)のような関数を二階微分すると、


d2
dx2
eF(x)=

d
dx

( dF
dx
(x)eF(x) )
=

( d2 F
dx2
(x)+ ( dF(x)
dx
) 2

 
) eF(x)

(5.4)
という形になる。今の場合

F(x)
=
1
hbar

x

x0 


  _________
2m(V(x′)−E)
 
dx′

(5.5)


dF
dx
(x)
=
1
hbar


  ________
2m(V(x)−E)
 


(5.6)


d2F
dx2
(x)
=
1
hbar

m dV
dx


  ________
2m(V(x)−E)


(5.7)
となる。この[(d2F)/(dx2)]の項はシュレーディンガー方程式を成立させるにはじゃまな項にな る。シュレーディンガー方程式の左辺のψに e−[1/
hbar]∫x0x√[2m(V(x′)−E)]dx′を 代入すると、


( hbar2
2m

d2
dx2
+V(x) ) ψ =

( E+ 1
2

dV
dx


  ________
2m(V(x)−E)
) ψ

(5.8)
となり、答えはEψとならず、[dV/dx]に比例する項が残る。この項を無視する近似をすれば、これが解となるのである。つまり、以上のような計算はV (x)の変化が十分ゆっくりな時のみ使える近似である。



[問い5-0] 垂直投げ上げ運動を量子的に扱うと、そのシュレーディンガー 方程式は

( hbar2
2m

2
∂x2
+mgx ) ψ = Eψ
(5.9)
である。mgH=Eとする。古典力学的に考えるとx=Hが最高点である。その最高点より∆H上での波動関数はx=Hの場所の何倍になっているか? 上で説 明した近似計算で求めてみよ。
  hbarhbar= 1.05×10−34J・s、m=1kg、g=9.8m/s2、∆H=0.001m(=1mm)として、数 値を出してみよ。




【補足 終わり】

5.4  演習問題

[演習問題5-1]
 確率密度ρ = ψ*ψに対し、確率の流れ密度Jは
J= ihbar
2m
(∂x ψ* ψ− ψ*x ψ)
(5.10)
で定義される。シュレーディンガー方程式が成立する時、連続の式
t ρ+ ∂x J = 0
(5.11)
が成立することを示せ。
[演習問題5-2]
 5.2節で求めた波動関数について、前問で定義した確率の流れ密 度Jを計算し、入射波の流れが反射波の流れと透過波の流れに分かれているこ とを確認せよ。
[演習問題5-3]
 下のグラフで表したポテンシャルの中で、波動関数ψ(x)がさらにその下のグラフで表せるような定常状態ができあがっている。ψ(x)は実数であり、虚 数部はないとする。


  1. 波動関数の二階微分[(d2 ψ)/(d x2)]をψで割ったもの ([([(d2ψ)/(dx2)]) /ψ])の符号は、図の点Aより左では負、 右では正になっている。点Aは古典力学的に考えるとどのような点か。
  2. 点Oの右、点Aの左では、右へ行くほど波動関数の波長がだんだん長くなっ ているが、これはなぜだろうか。物理的解釈をのべよ。
  3. 点Oの右、点Aの左では、右へ行くほど波動関数の振幅がだんだん大きく なっているが、これはなぜだろうか。物理的解釈をのべよ。

[演習問題5-4] 太陽の中心部では、1.5×107K程度の温度になっていて、陽子と陽子の核融合が起こっている。単純に考えると陽子は一個あたり3/2kT (kはボルツマン定数1.38×10−23[J/K]、Tは絶対温度)ぐらいのエネルギーを持っているはず である。このエネルギーではたとえ二つの陽子がうまく正面衝突したとしても、(古典力学的に考えるかぎり)陽子どうしが接触できないことをしめせ。電荷e を持つ荷電粒子が距離rにある時、ポテンシャルエネルギーは[(ke2)/r]である。陽子の電荷eは1.6×10−19C、 クーロンの法則の比例定数kは9.0×109、陽子の半径はR=1.0×10−15mとする。
[演習問題5-5] 前問の状況では、陽子が接触する確率は(5.3節で使った近似を使って)
e−2 ∫r∆r [√[2m(V(x)−E)]/(hbar )]dx
となる。ただし、Eは陽子の持っているエネルギー、V(x)がポテンシャルエネルギーであり、rは陽子の半径、∆rは古典的な場合に陽子がもっとも近づく 距離である。
 この積分を計算するのはたいへんなので、V(x)=V(r)、すなわちV(r)は一定で、陽子の半径でのクーロンポテンシャルの値に等しいと近似する。 さらに、V(r)に比べてEは小さいので、これも無視する。こうすると、積分は
−2

  _____
2mV(r)

hbar
(∆r−r)
となる。以上の近似をして、だいたいの確率を計算してみよ。陽子の質量を1.7×10−27kgとする。



第6章 1次元の束縛状態と散乱

6.1  井戸型ポテンシャル:束縛状態

 2枚の有限なポテンシャルの壁にはさまれた領域での波動関数を考えてみる。この領域を「井戸の穴」と見て「井戸型ポテンシャル」と呼ばれることが多い3。具体的には、下のようなポテンシャル の中にある質量mの粒子に対しての量子力学を考える。

V(x)= {
V0
x < −d
0
−d < x < d
V0
d < x

(6.1)
 井戸内部の方が位置エネルギーが小さいので、粒子はこの井戸に引っ張り込まれるような力を受けることになる。井戸が十分深ければ粒子はこの井戸にとらえ られ、井戸から遠い場所には存在できない。このような場合を「ポテンシャルに束縛されている」と呼ぶ。井戸が浅い場合は束縛は起こらないが、その場合につ いては次の節に回し、まず束縛される場合を考えよう。その場合、|x|→∞でψ→0という境界条件で問題を解くことになる。
 解は|x| > dの範囲では
e±κx     ただし、κ =

  _______
2m(V0−E)

hbar

(6.2)
 |x| < dの範囲では
e±ikx      ただしk=

  ___
2mE

hbar

(6.3)
となる。遠方で減衰する、という条件を満たすためには、E < V0である(κ の式のルートの中が正になる条件)ことがわかる。またE > 0になっているとしよう。
 計算を簡単にするために以下の定理を証明しよう。
対称ポテンシャルのシュレーディンガー方程式の解に関する定理ポテンシャルが左右対称になっている時(V(−x)=V(x)の時)、シュレーディン ガー方程式の解は偶関数(ψ(−x)=ψ(x))であるか、奇関数(ψ(−x)=−ψ(x))であるか、どちらかである。
 この定理を証明するにまず、「ポテンシャルが左右対称になっている時、シュレーディンガー方程式の解ψ(x)が見つかったとすると、ψ(−x)も解であ る」ということを示す。そのために、以下のように方程式の中に出てくるxをすべて−xに置き換えた式を作る。

(
hbar2
2m

2
∂x2
+V(x) ) ψ(x)=Eψ(x)→ ( hbar2
2m

2
∂(−x)2
+V(−x) ) ψ(−x)=Eψ(−x)
(6.4)
仮定から位置エネルギーの部分は変化しない(V(−x)=V(x))。また運動エネルギーの部分は[(∂2)/(∂x2)] のように自乗の形になっているので、符号が変化しても変わらない。よって、ψ(x)が解ならばψ(−x)も解である。
 ψ(x)とψ(−x)が独立であるか独立でないかによって場合分けする。 「独立ではない」ということは、
ψ(−x) = Pψ(x)
(6.5)
のように、Pという係数をつけて比例しているという意味である。ここで、
ψ(−(−x))=Pψ(−x)=P2ψ(x)
(6.6)
のように、xの反転を2回行ったとすると、結果は元にもどるので、P2=1である。必然的に、P=±1となり、偶関数(P=1)か 奇関数(P=−1)かのどちらかとなる。
 もしψ(x)とψ(−x)が独立ならば、その和や差もやはりシュレーディンガー方程式の解であるから、
ψE(x)= 1
2
(ψ(x)+ψ(−x)),    ψO(x)= 1
2
(ψ(x)−ψ(−x))
(6.7)
という重ね合わせも解である。つまり、解は偶関数(ψE)であるか、奇関数(ψO)であるかのどちらかだと 考えてよい。
 この定理を使えば、最初から偶関数もしくは奇関数を仮定して計算をすればよいことになる。偶関数の場合、「波動関数は偶(even)のパリティを持つ」 あるいは「正のパリティを持つ」と言い、奇関数の場合は「奇(odd)のパリティを持つ」あるいは「負のパリティを持つ」と言う。Pの値(±1) をパリティと呼ぶ場合もある。
 ではまず偶関数の場合を考える。波動関数を
ψ(x) = {
Aeκx
x < −d
coskx
−d < x < d
Ae−κx
x > d

(6.8)
と置く。ここでも規格化は気にしないことにしたので、中央の波動関数をcoskxと、係数1に選んだ。x < −dではeκx、x > dではe−κxと選んだことにより、無限遠(x=±∞)で波動関数は0となる。また、この選び方により波動関数は確かに 偶関数である。
 接続条件として、x=dの両側で波動関数ψが一致しなくてはいけない(微 分[dψ/dx]に関しても同様)ないから、
Ae−κd = coskd,       −κA e−κd = −ksinkd
(6.9)
の二つの式が出る(x=−dでの接続は上と同じ式になるので改めて要求する必要はない)。辺々割り算すると、


−κA e−κd
Ae−κd
=

−ksinkd
coskd

κ =
k tankd

(6.10)
という式が成立しなくてはいけないことがわかる。kもκもエネルギーEで決まる量なので、この式が成立するのかどうかはちゃんと計算する必要がある。エネ ルギーの関係式から、 [(hbar2 k2)/2m]=E,    [(hbar2 κ2)/2m] = V0−E であるから、

hbar2 k2
2m
+ hbar2 κ2
2m
= V0    すなわち   k22 = 2mV0
hbar2

(6.11)
となる。
 結局我々が求めるべきはκ = k tan kdとk22 = [(2mV0)/hbar2)] という連立方程式の解である。質量mやポテンシャルの深さV0が与えられれば、この式からk,κが計算でき、つまりは許されるエネ ルギーEが決まることになる。
とはいえ、この連立方程式は解析的に解を求められない(式変形で答えは出せない)ので、グラフか数値計算に頼ることになる。左の図はκ = k tan kdとk22=[(√[(2mV0)])/hbar] の両方をグラフに書き込んだもの(もちろん、k22=[(√[(2mV0)])/hbar] が円の方)で、少しスケールを変えて横軸はkd、縦軸はκdになっている。タンジェントの性質により、kd=mπ(mは整数)ではκ = 0となる。グラフではκ < 0の部分も書いているが、実際にはもちろんκ > 0でなくてはならない。
  図に二つの円が書いてあるが、これはV0がいろんな値をとっている場合でののk22 = [(2mV0)/hbar2] を表している。小さい円ではκ = k tan kdとの交点は一つしかない。一方、大きい方の円では交点は二つある。円の半径が大きくなれば(V0が 大きくなれば)交点の数はどんどん増えて行く。この交点の位置のエネルギーだけが許されるわけであるから、やはりエネルギーが量子化されていることにな る。それゆえ、束縛されている状態の時「離散スペクトルを持つ」とか「離散的固有値を持つ」というふうに言う。グラフの形から、かならず一つは交点がある ことになるが、いくつあるかはdやV0など、問題設定によって変わる。
  エネルギーが離散的な値を取るという現象は、そもそも量子力学の始まりのころに考えられたボーアの原子モデルで「量子条件」として提出されていた。ボーア の時代にはその意味するところがよくわからなかった量子条件が、このような波動関数が境界条件を満たすための条件として出てくる、というのはシュレーディ ンガー方程式の大きな勝利なのである。ここで解いたのは井戸型ポテンシャルという、水素原子に比べればかなり簡単な系であるが、それでも「エネルギーの量 子化」がちゃんと式に出てくるところは面白い。



次に奇関数の場合を考えてみよう。
ψ(x) = {
−Beκx
x < −d
sinkx
−d < x < d
Be−κx
x > d

(6.12)
とおけばよい。
[問い6-1] 接続条件を式で書け。
[問い6-2] kとκのグラフの概形を書いてみよ。
[問い6-3] 偶関数解と違って、V0の値によって は一つも解がない場合がある。一つ も奇関数解がない条件を求めよ。
[問い6-4] 奇関数解の中に、偶関数解と同じエネルギーを持つものがない (縮退がない) ことを示せ。
[問い6-5] ポテンシャルの高さV0が無限大の 時、偶関数および奇関数の場合のエネ ルギー固有値が5.1節の答えと同じになることを示せ。



 下の図はエネルギー固有値の低い方から3つ(偶関数二つ、奇関数一つ)の解をグラフで表したものである。真中の薄く塗られた部分が井戸の穴である。この 中ではE > 0となっている(グラフの曲がり具合を確認しよう)。井戸の外ではE < 0となり、波動関数は急速に減衰せねばならない。エネルギー固有値の大小はkの大小、つまりは運動量の大小で決まる。これより運動量の大きい、つまり波長 の短い波は、この井戸の内部に閉じ込めることはできない。
  この時、偶関数の最低エネルギー状態と奇関数の最低エネルギー状態では、偶関数の方がエネルギーが低い。こうなる理由としては中に入る波の山&谷の数が、 偶関数の場合1個から、奇関数の場合2個から始まるということが効いている。必然的に奇関数の最低エネルギー状態の方が短い波長の波となるのである。自然 はエネルギーの低い状態に落ち着こうとするという観点からすると、この場合では偶関数になりたがることになる。このような、エネルギーと波動関数の偶奇性 の関係から、原子どうしの結合の時の電子の配置などに影響を与える。
 不確定性関係を使って見積もると、井戸の幅が2dなので、この中に入る波は最小でも∆p = [h/2d]ぐらいの運動量の不確定性をもたなくてはいけない。そのために[((∆p)2)/2m]=[(h2)/8md] ぐらいのエネルギーはもってしまう。そのエネルギーが井戸の深さよりも大きいと、波は外に拡がってしまうわけである。基底状態(偶関数解で、もっともエネ ルギーが低く波長の長いもの)は、井戸の外まで拡がるような波の形になっているおかげでこの制約をまぬがれていると言える。上の図は、狭い井戸に束縛され た粒子の基底状態を示している。波の∆xが井戸の幅よりもかなり大きくなっている。

 井戸の幅、高さに対応した波動関数の状態するアプレットを見せて、今日は 終了。

Footnotes:

1さらには宇宙の始ま りすら「"無"からトンネル効果で産まれた」などと言う人もいる。何年か前に「虚数の時間で考えれば、宇宙には始まりも終わりもない」と言うホーキングの 言葉がCMで使われていたが、あの「虚数の時間」というのはトンネル効果を意味している。ここまでの式でも、k→ iκと波数(運動量)を虚数にするとトンネル効果が記述できている。これは虚数の時間を使っていることに対応する。もっとも、ほんとうに宇宙がトンネル効 果で始まったのかどうかはまだわからない。
2私が学生の頃、「掌 に指を何度も何度も何度も突き刺せば、そのうちトンネル効果で向う側に突き抜ける」という話を聞いて、何度も何度も試してみたことがある。しかし、この確 率では宇宙の始まりから最後まで突き続けても無理そうである。
35.1で考えたようなポテンシャルは「無限に深い井戸型ポテンシャル」と呼ばれる。



学生の感想・コメントから

 半減期の式がe-ktと開けるのは、トンネル効果での波動関数が同じ形で書けることと何か関係がありますか??
 どちらも、x なりtなりが1増えるとなんとか倍になる、という性質を持ってます。性質が共通なので同じ形になる、ということが関係といえば関係かな。

 実際、原子核に束縛されている電子を計算するには井戸型ポテンシャルが3次元的に何個かある と考えていいということになりますか?
 一個の原子核 と一個の電子の場合、ちゃんとクーロンポテンシャルで3次元で計算することが可能なのでそうやります。
 金属の中の電子の運動なんかは、連なった井戸型ポテンシャルで近似するこ ともあります(厳密に解くのはとても難しいので)。

 井戸型ポテンシャルでE=V0ではどうなるんですか?
 今日求めた形では、その場合は「解なし」です。後でやる「束縛がない場合 の井戸型ポテンシャル」の場合が該当します。外には∞の波長の波がいることにな ります。

 井戸の幅が広くなり、深さがとても浅い場合は、波動関数はたくさんみつかるのですか?
 幅が十分広ければ、みつかります。

 井戸型ポテンシャルって形だけ見ると簡単ですが、いろんんた要素がつまっているんですね。
 量子力学の基 本が集約されてますね。後はポテンシャルが複雑になった時にどう考えていくか、これにつきる。

 1500万度Kでも陽子と陽子がくっつくには足りないという話でしたが、クーロン力F= ke^2/r^2はr→0で∞になるのでは?
 rが陽子の半 径になればくっつくので、  r=0まで行く必要はないのです。

 波動関数が収縮するのは、ポテンシャルに原因があるのでしょうか?
 いいえ。波動 関数の収縮は、シュレーディンガー方程式などで記述される力学の枠外にあります。「なぜ収縮するのか?」は今のところまだ解らない問題の一 つです。

 ψ(x)とψ(-x)が独立とか独立でないとか、何で区別するのかわからない。独立なら何な んですか? 独立じゃなかったら何なんですか?
 数学の世界で二つのものが「独立」と言ったら、「一方を定数倍してももう 一方にならない」ということを意味します。つまり「この二つは独立だ」ということは、シュレーディンガー方程式の解として、全く違う二つを見つけたよ、と いうことです。逆に「この二つの解は独立じゃない」ということは「その解はさっき見つけた解の定数倍だから、新しい解じゃなかったよ、残念」という意味で す。

 偶関数で出た解と奇関数で出た解の和が、実際に現実にある波動関数なのですか?
 偶関数だけが 現実な時も、奇関数だけが現実な時も、両方混ざったのが現実の時も、そりゃいろいろあります。

 波動関数の浸み出しは、E<V0の時しか生じないのか?
 E>V0なら、普通に波は進行します。浸み出しとは言わない。

 浸み出しが起きた時、Eの値は変化するのか?
 しません。今は定常状態(つまりEが変化しない状態)だけを計算してま す。


File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 30 Nov 2006, 15:47.