量子力学講義録2005年第9回


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第14章 1次元の束縛状態と散乱

14.1  井戸型ポテンシャル:束縛状態

  今度は、2枚の有限なポテンシャルの壁にはさまれた領域での波動関数を考えてみる。この領域を「井戸の穴」と見て「井戸型ポテンシャル」と呼ばれることが 多い。具体的には、下のようなポテンシャルの中にある質量mの粒子に対しての量子力学を考える。

V(x)= {
V0
x < −d
0
−d < x < d
V0
d < x

(14.1)
  井戸内部の方が位置エネルギーが小さいので、粒子はこの井戸に引っ張り込まれるような力を受けることになる。井戸が十分深ければ粒子はこの井戸にとらえら れ、井戸から遠い場所には存在できない。このような場合を「ポテンシャルに束縛されている」と呼ぶ。井戸が浅い場合は束縛は起こらないが、その場合につい ては次の節に回し、まず束縛される場合を考えよう。その場合、|x|→∞でψ→0という境界条件で問題を解くことになる。
  解は|x| > dの範囲では
e±κx     ただし、κ =

  _______
2m(V0−E)

hbar

(14.2)
  |x| < dの範囲では
e±ikx      ただしk=

  ___
2mE

hbar

(14.3)
となる。遠方で減衰する、という条件を満たすためには、E < V0である(κ の式のルートの中が正になる条件)ことがわかる。またE > 0になっているとしよう。
計算を簡単にするために以下の定理を証明しよう。


ポテンシャルが左右対称になっている時(V(−x)=V(x)の時)、シュレー ディンガー方程式の解は偶関数(ψ(−x)=ψ(x))であるか、奇関数(ψ(−x)=−ψ(x))であるか、どちらかである。


この定理を証明するにまず、「ポテンシャルが左右対称になっている時、シュレーディンガー方程式の解ψ(x)が見つかったとすると、ψ(−x)も解であ る」ということを示す。そのために、以下のように方程式の中に出てくるxをすべて−xに置き換えた式を作る。


hbar2
2m

2
∂x2
+V(x)
ψ(x)=Eψ(x)→
hbar2
2m

2
∂(−x)2
+V(−x)
ψ(−x)=Eψ(−x)
(14.4)
仮定から位置エネルギーの部分は変化しない(V(−x)=V(x))。また運動エネルギーの部分は[(∂2)/(∂x2)] のように自乗の形になっているので、符号が変化しても変わらない。よって、ψ(x)が解ならばψ(−x)も解である。
ψ(x)とψ(−x)が独立であるか独立でないかによって場合分けする。 「独立ではない」ということは、
ψ(−x) = Pψ(x)
(14.5)
のように、Pという係数をつけて比例しているという意味である。ここで、
ψ(−(−x))=Pψ(−x)=P2ψ(x)
(14.6)
のように、xの反転を2回行ったとすると、結果は元にもどるので、P2=1である。必然的に、P=±1となり、偶関数(P=1)か 奇関数(P=−1)かのどちらかとなる。
もしψ(x)とψ(−x)が独立ならば、その和や差もやはりシュレーディンガー方程式の解であるから、
ψE(x)= 1
2
(ψ(x)+ψ(−x)),     ψO(x)= 1
2
(ψ(x)−ψ(−x))
(14.7)
という重ね合わせも解である。つまり、解は偶関数(ψE)であるか、奇関数(ψO)であるかのどちらかだと 考えてよい。
この定理を使えば、最初から偶関数もしくは奇関数を仮定して計算をすればよいことになる。偶関数の場合、「波動関数は偶(even)のパリティを持つ」あ るいは「正のパリティを持つ」と言い、奇関数の場合は「奇(odd)のパリティを持つ」あるいは「負のパリティを持つ」と言う。Pの値(±1) をパリティと呼ぶ場合もある。
ではまず偶関数の場合を考える。波動関数を
ψ(x) = {
Aeκx
x < −d
coskx
−d < x < d
Ae−κx
x > d

(14.8)
と置く。ここでも規格化は気にしないことにしたので、中央の波動関数をcoskxと、係数1に選んだ。x < −dではeκx、x > dではe−κxと選んだことにより、無限遠(x=±∞)で波動関数は0となる。また、この選び方により波動関数は確かに 偶関数である。
 接続条件はx=dで波動関数ψとその微分[dψ/dx]が一致しなくてはいけないから、
この書き方では ψ=[dψ/dx]という意味にとられる、と感想に書かれていた。「接続条件は、x=dの両側で、ψの値が一致しなくてはいけない([dψ/dx]も同 様)。」と訂正する。
Ae−κd = coskd,       −κA e−κd = −ksinkd
(14.9)
の二つである(x=−dでの接続は上と同じ式になるので改めて要求する必要はない)。辺々割り算すると、


−κA e−κd
Ae−κd
=

−ksinkd
coskd

κ =
k tankd

(14.10)
という式が成立しなくてはいけないことがわかる。kもκもエネルギーEで決まる量なので、この式が成立するのかどうかはちゃんと計算する必要がある。エネ ルギーの関係式から、 [(hbar2 k2)/2m]=E,    [(hbar2 κ2)/2m] = V0−E であるから、

hbar2 k2
2m
+ hbar2 κ2
2m
= V0    すなわち   k22 = 2mV0
hbar2

(14.11)
となる。
 
 結局我々が求めるべきはκ = k tan kdとk22 = [(2mV0)/(hbar2)] という連立方程式の解である。質量mやポテンシャルの深さV0が与えられれば、この式からk,κが計算でき、つまりは許されるエネ ルギーEが決まることになる。
 とはいえ、この連立方程式は解析的に解を求められない(式変形で答えは出せない)ので、グラフか数値計算に頼ることになる。左の図はκ = ktankdとk22=[(√[(2mV0)])/(hbar )]の両方をグラフに書き込んだもの(もちろん、k22=[(√[(2mV0)])/(hbar )]が円の方)で、少しスケールを変えて横軸はkd、縦軸はκdになっている。タンジェントの性質により、kd=mπ(mは整数)ではκ = 0となる。グラフではκ < 0の部分も書いているが、実際にはもちろんκ > 0でなくてはならない。
図に二つの円が書いてあるが、これはV0がいろんな値をとっている場合でののk22 = [(2mV0)/(hbar2)] を表している。小さい円ではκ = ktankdとの交点は一つしかない。一方、大きい方の円では交点は二つある。円の半径が大きくなれば(V0が大きくなれば)交点 の数はどんどん増えて行く。この交点の位置のエネルギーだけが許されるわけであるから、やはりエネルギーが量子化されていることになる。それゆえ、束縛さ れている状態の時「離散スペクトルを持つ」とか「離散的固有値を持つ」というふうに言う。グラフの形から、かならず一つは交点があることになるが、いくつ あるかはdやV0など、問題設定によって変わる。



次に奇関数の場合を考えてみよう。
 ψ(x) = {
−Beκx
x < −d
sinkx
−d < x < d
Be−κx
x > d

(14.12)
とおけばよい。
[問い14-1] 接続条件を式で書け。
[問い14-2] kとκのグラフの概形を書いてみよ。
[問い14-3] 偶関数解と違って、V0の値によっ ては一つも解がない場合がある。一つ も 奇関数解がない条件を求めよ。
[問い14-4] 奇関数解の中に、偶関数解と同じエネルギーを持つものがな い(縮退がない) ことを示せ。
[問い14-5] ポテンシャルの高さV0が無限大の 時、偶関数および奇関数 の場合のエネルギー固有値が13.1節の答えと同 じになることを示せ。



 下の図はエネルギー固有値の低い方から3つ(偶関数二つ、奇関数一つ)の解をグラフで表したものである。真中の薄く塗られた部分が井戸の穴である。この 中ではE > 0となっている(グラフの曲がり具合を確認しよう)。井戸の外ではE < 0となり、波動関数は急速に減衰せねばならない。エネルギー固有値の大小はkの大小、つまりは運動量の大小で決まる。これより運動量の大きい、つまり波長 の短い波は、この井戸の内部に閉じ込めることはできない。
 不確定性関係を使って見積もると、井戸の幅が2dなので、この中に入る波は最小でも∆p = [h/2d]ぐらいの運動量の不確定性をもたなくてはいけない。  
そのために[((∆p)2)/2m]=[(h2)/8md]ぐらいのエネルギーはもってしまう。そのエネル ギーが井戸の深さよりも大きいと、波は外に拡がってしまうわけである。基底状態(偶関数解で、もっともエネルギーが低く波長の長いもの)は、井戸の外まで 拡がるような波の形になっているおかげでこの制約をまぬがれていると言える。上の図は、狭い井戸に束縛された粒子の基底状態を示している。波の∆xが井戸 の幅よりもかなり大きくなっている。

 なお、例によって上の波動関数のグラフを書くJavaアプ レットが作ってあります(今回は動かないからつまらないかも)。


学生の感想・コメントから

 井戸の中の波動関数のcos kxの前の係数が1なのはなぜですか?(別 の人から)奇関数の場合、sin kxであって i sin kxじゃないのはなぜですか?
 どっちも同じ理由で1になってます。それは、今解いているのが線形の微分方程式で、しかも規格化 をしていません。こういう場合、一つの解ψがあれば、その定数倍kψも解になります。いくら定数倍してもいいのなら、なるべく計算が簡単になるようにすれ ばよい、ということで、波動関数の係数のうち、一つは1にすることができます。

 数式で解けずグラフでしか解けないのは不思議です。それだと正確な値が出ないのではないです か?
 こういう数式で解けないような場合ってけっこうあるんですよ。正確な値は出ませんが、精密に数値 を計算すれば、いくらでも正確な値に近づくことはできます。物理で使う数位は測定値ですから、測定値の精度より高い精度で計算してもしょうがありません。

 ポテンシャルが無限に大きくなれば、グラフの交点は無限個になるんですか?
 なります。その場合は、第6の最初でやった計算と一致する答えが出ます。

 井戸型ポテンシャルと原子の殻との関係はどうなっているのだろうかと思った。
 井戸型ポテンシャルはおもいっきり単純化した原子模型だと思ってもいいでしょう。後で出てきます が、やはり束縛状態の波動関数になります。計算はもっともっと複雑です。

 実際に存在している波動関数は、解を足しあわせたものなのですか、それとも解の中のどれか一 つなのですか?
 足しあわせです。どういうふうに足しあわされているかは時と場合によります。

 偶関数と奇関数のエネルギーの違いは 振幅に関係するのですか?
 いいえ。波長です。偶関数に比べ、奇関数の方が最低エネルギーでの波長が短いのです。

 ポテンシャルが階段状に繰り返すとどうなりますか?
 前回やった計算を何度も繰り返す感じになります。

 E>V0の時は束縛されずに飛び出るん ですか?
 はいその通りです。

 存在できないようなエネルギーをもっ た波がはいってしまったらどうなるんでしょうか?
 その場合は、定常状態にはならないということになります。

 ポテンシャルが高くなるとそれだけ粒子を束縛できるということですが、反射波と入射波の合成 波がうまく定常状態になっていなくてはいけないということでしょうか?
 そっちよりも、井戸の外に出たとき、十分エネルギーを消耗してないといけないということが重要で す。

 井戸が深さに対していろいろな波があるんですか?
 深いほど増えます。

File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 15 Dec 2005, 13:13.