量子力学2006年度講義録第3回


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2.2 もっとも極端な局在-デルタ関数

 粒子を局在させるためには、たくさんの波を重ね合わせる必要があった。この節では、もっとも極端な局在状態-つまり、粒子はある一点にのみ存在し、そこ 以外の場所(ほんの少し離れても)存在確率が0になるような状態-を考えよう。
 この場合の確率密度ψ*ψはデルタ関数(「ディラック(Dirac)のデルタ関数」とも呼ぶ)で表現される。

デルタ関数の定義

デルタ関数とは、任意の関数f(x)とかけて積分することにより、

x2

x1 
f(x) δ(x) dx = = {
f(0)
(x1 < 0 < x2の 時)
−f(0)
(x2 < 0 < x1の 時)
0
(それ以外)

(2.12)
となるような関数である。
 配ったテキストでは0のところがaになってましたが、間違いです。

 単純に考えると「x=0以外では0になっていて、x=0でだけ無限大の高さを持っているが、積分すると1になるような関数」ということになる9。よって、積分範囲の中にx=0が入っ てなければ結果は0になる。また、逆方向の積分の時には符号がひっくり返る。

 f(x)ってどんな関数でもいいんですか?
 かまいませんが、f(0)が存在しないような関数は困ります。たとえばf (x)=1/xだと、∫f(x)δ(x) dxは+∞かー∞か、よくわからない数になってしまいます。積分の結果を見ると、f(x)がどんな関数かということはほとんど関係なく、x=0の時の値だ けで結果が決まります。



 だから、上のような関数が二つあったとして、どちらもδ(x)をかけて積分したとすると、答は同じになります。x=0以外の場所でどんな値を取っている かは、デルタ関数をかけた時点で意味なくなっている


 f(x)=1/δ(x)とかどうですか?
 それはやっちゃいけません。δ関数はほとんどの場所で0ですから、1/δ (x)はほとんどの場所で1÷0という、禁止された計算をやることになってしまうからです。デルタ関数は関数のようで関数ではない超関数なので、1/δ (x)としたり、[δ(x)]2としたりしてはいけません。上の(2.12)でような形でのみ、定義されているものです。

 デルタ関数にはいくつかの表現がある。もっとも単純な表現は

階段関数によるデルタ関数の表現
 
δ(x)=
lim
∆→ 0 

θ(x+∆)−θ(x−∆)
2∆
= dθ(x)
dx

(2.13)

 である。ただし θ(x)は階段関数と呼ばれ、 その定義は 階段関数の定義
θ(x)= {
1
x > 0
0
x < 0

(2.14)
である。
 この関数のグラフは図のようになるので、∆→0ではx=0でのみ(無限大の)値を持ち、0を含む範囲で積分すれば答えは 1である(グラフの四角形の面積を計算することになるから)。任意の関数f(x)をかけてから積分すればf(0)が出てくることも確かめることができる (ただし、それが成立するためには、limx→0f(x)が有限で確定した値を持たなくてはだめ)。
デルタ関数は「関数」という名前はついているものの、本来の意味での関数とは言い難く、何かと積分されて始めてちゃんとした数学的意味があるものである。 そういう意味で「関数」とは呼びがたいものなので、「超関数」10と 呼ぶ。
デルタ関数を平行移動したδ(x−a)に対しては、

x2

x1 
f(x) δ(x−a) dx = {
f(a)
(x1 < a < x2の時)
−f(a)
(x2 < a < x1の時)
0
(そ れ以外)

(2.15)
が成立することに注意しよう。他にも デルタ関数の性質
(a) δ(−x)=δ(x)
(b) δ(cx)=[1/|c|]δ(x)(cは定数)
(c) δ((x−a)(x−b))=[1/|a−b|](δ(x−a)+δ(x−b))
のような性質がある。これらの性質は、両辺に任意の関数f(x)をかけて積分したとして、どちらも同じ結果になるということを使えば証明できる。



[問い2-2] 上のデルタ関数の性質のうち、(a)と(b)を証明せよ。



 量子力学でよく使われるデルタ関数の表現は

フーリエ変換によるデルタ関数の表現

1




−∞ 
eikx dk=δ(x)
(2.16)

である(これ以外にもデルタ関数の表現方法はたくさんある!)。
 この関数は、eikxという単色波を、いろんな波数について足し算していった結果である。その結果、いろんな位相の波を足し算す ることになるので、ほとんどの場所で答は0となる。ただし唯一、x=0でだけはkの値に関係なくeikxの位相が0である。この点 に関してだけは無限個の波が同位相で足されることになり、結果として発散する。具体的証明については演習問題を参照せよ。
 波動関数が
ψ(x)=δ(x)= 1




−∞ 
dk eikx
(2.17)
のようになっているとする11と、こ れはすなわちある一点x=0に波動関数が集中した状態であるから、∆x=0である。そのかわり、kが−∞から∞までの全ての値を、同じ係数で積分されてい るということは、p=hbar kが全く決定できないということになるので、∆p=∞になっている。
 逆に∆p=0になるのはpの固有状態であるψ(x)=eikxの時であるが、この時はψ*ψ = 1という定数になって、粒子がどこにいるのか全くわからず、∆x=∞である。このように、不確定性関係は波の性質と深く結びついている。

 フーリエ級数については物理数学IVという別の授業でやることになってい るので、ここでは細かい計算には触れていない。

2.3  演習問題(既出のものを除く)

[演習問題2-2] デルタ関数の微分[d/dx]δ(x)をどう定義すればよいかを考えよう。そもそもデルタ関数も何か関数をかけて積分しないと定義できなかった。ので、 ∫f(x)[d/dx]δ(x) dx のような量を考えなくてはいけない。部分積分ができるとすれば、

b

a 
f(x) d
dx
δ(x) dx = [f(x)δ(x)]ab b

a 

df
dx
(x)δ(x) dx
となる。これから、∫f(x)[d/dx]δ(x) dxを求めよ。
[演習問題2-3] デルタ関数に関する公式
δ(f(x))= 1
|f′(x)|
δ(x−x0)
を証明せよ。ただし、x0はf(x)=0となる点で、今考える積分範囲ではこの一点しかないものとする。 また、これを使って「デルタ関数の性質」の(c)を証明せよ。
[演習問題2-4] (2.13)と(2.16)が同じ意味を持つ ことを、以 下の手順で示せ。
  1. (2.13)の極限∆→ 0をとらずに、フーリエ変換F(k)=[1/√{2π}]∫−∞ f(x) e−ikx dx する。
  2. フーリエ変換の結果の、∆→0の極限をとる。
  3. 逆フーリエ変換f(x)=[1/√{2π}]∫−∞ F(k) eikx dkで戻す。

第3章 分散と不確定性関係

 前章の最後で、波を局在させるには波数(運動量)の違うたくさんの波を重ね合わせなければいけないことを述べ、それが不確定性関係と関連する、というこ とを述べた。この章ではより具体的に、波の局在と不確定性関係の間の関係を述べよう。そのためにまず、前に考えた時にはあいまいに定義していた∆x,∆p を明確に定義するところから始める。

3.1  分散と標準偏差

 さてここまでで、波動関数あるいは存在確率は、座標の期待値 < x > の回りに広がって存在することを述べてきた。
 左の図のように、おなじ < x > を持っていても、拡がりかたが全然違う波動関数もある。このような波動関数の拡がりの目安となる数字を計算する方法を考えよう。
 このような目安が必要になるのは量子力学に限ったことではない。たとえば、

97,95,101,103,99,105,103,98,101,98
という数列も、

82,98,125,76,131,110,87,82,103,106
という数列も、平均値を取るとどっちも100になるが、後者の方が「ばらつきが大きいなぁ」と感じるであろう。そのようなばらつきの違いを数字で表してお きたいのである。
 そこでまず、ある値xと平均値 < x > とのずれ(x− < x > )を考える。しかし、単純にx− < x > の平均を取ると0になってしまう。
 平均値からのずれはプラスとマイナスが均等に表れるので足し算するとゼロになるのは当然であるし、
< x− < x > > = < x > − < x > =0
(3.1)
という計算をしてみても、これがゼロになるのは自明である。そこでずれを自乗して(プラスになるようにして)から平均をとる。つまり、下の表のような計算 をする。
 まず、(ずれ)そのものではなく、(ずれ)2の平均の大きさでばらつきの度合いを表すことにする。これが「分散 (distribution)12で、 式で書くならば、 < (x− < x > )2 > となる。つまり、「xと、その期待値 < x > の差を自乗して、それの期待値をとったもの」である。
結果を表にすると、











平均値
97 95 101 103 99 105 103 98 101 98 100
ずれ -3 -5 +1 +3 -1 +5 +3 -2 +1 -2 0
(ずれ)2 9 25 1 9 1 25 9 4 1 4 8.8
のようになる。分散は8.8ということになる。
 「ばらつき具合の目安にする」という条件だけならば絶対値|x− < x > |の平均でもよいし、自乗でなく4乗にしてもよさそうである。しかし計算する時は自乗平均が一番楽であるし、昔から使われているので、この計算をする。分 散を計算するには、 分散の計算式
< (x− < x > )2 > = < x2 −2x < x > + < x > 2 > = < x2 > −2 < x > < x > + < x > 2 = < x2 > − < x > 2
(3.2)
という計算をした方が簡単にできることもある。
 なお、分散の平方根を標準偏差(standard deviation)と言う(さっきの例の場合、√[8.8] ≅ 2.966)。標準偏差はxと同じ次元になり、xの拡がり具合と直接結び付いた量となる13。量子力学の世界では分散を(∆x)2 と書いて、標準偏差にあたる∆xをxの不確定性(uncertainty)を表す数字として使う14。実験などの結果を整理するときに値の広がり具合を示すときにも標準偏差がよ く使われる。
 期待値( < x > )や分散( < (x− < x > )2 > または < x2 > − < x > 2)あるいはその平方根である∆xは、波動関数 が含んでいる情報のうち、ほんの一部分にすぎない。古典力学においては、位置xと運動量pがわかり、運動方程式を知っていればその系について全てを予言す ることができた。しかし量子力学では < x > や < p > がわかっただけでは、全体がわかったとは言えない。しかも観測できるのは固有値およびその平均としての期待値だけ15であって、波動関数ψそのものは我々 には見えない。つまり、我々が「見ている」世界というのはその裏に隠れている波動関数というものの、ほんの一部に過ぎないのである。「物理量に対応する演 算子をもってきて、その期待値を取る」という計算は、波動関数という非常にたくさんの情報を含むものの中の一部分の情報を引き出す計算であるということを 心にとどめておくべきである。
 さて、ここで、
ψ(x)= {

1




δ

a < x < a+δ
0
そ れ以外
         
(3.3)
のような単純な矩形波の場合で分散や標準偏差を計算しておくと、

dx ψ* x2 ψ = 1
δ

[ x3
3
] a+δ

a 
= 1

((a+δ)3 − a3) = 1

(3a2 δ+ 3aδ2 + δ3) = a2 + aδ+ δ2
3

(3.4)
となり、分散はこれから( < x > )2=(a+[δ/2])2を引くので、
∆x2 = a2 + aδ+ δ2
3
( a+ δ
2
) 2

 
= δ2
3
δ2
4
= δ2
12

(3.5)
となる。∆x=[δ/2√3]ということで、波の幅に比例した答えが出てくる(あくまで目安なので、ぴったりδにならないからと目くじらをたてることはな い)。



[問い3-1] 確率密度ψ*ψが以下のようなグラフ で表される波動関数がある。それぞ れについて、hの値を規格化条件に合うように決めたのち、期待値と分散を計算せよ。
計算の前に各々の分散の大小関係を予測し、結果と比較すること。
(Hint:馬鹿正直に計算しようとすると、ちょっとたいへんかもしれない。こういう時は、計算に都合がいいような座標系を自分で設定してから計算するの が楽である。たとえば、上の(2)であれば、x=aが原点になるような座標系x′=x−aを使って計算するとよい。)




Footnotes:

9デルタ関数δ(x) は、クロネッカーデルタδijの連続変数バージョンであると考えても良いだろう。
10英語では distributionで、「分散」と区別がつかなくなるが、もちろん意味は違う。
11実はこれでは規格 化されていないが、それについては後で述べる。
12位相速度と群速度 の話で出てきた分散関係の分散とは別。あっちの分散はdispersion。
13受験で悪名高い偏 差値というのは、平均(期待値)を偏差値50と定め、平均点から標準偏差分だけ外れたら偏差値が10違う、というふうに決めた数字。平均点が72点で標準 偏差が15という分布があったとすると、87点取った人が偏差値60、57点取った人は偏差値40ということになる。平均点が同じだったとしても、標準偏 差が小さい分布の時の方が「平均より10点だけ高得点を取る」ことの価値は大きい。それを示すのが偏差値の役割。
14不確定性関係の話 をする時、特に厳密な定義を与えずに∆x,∆pを用いたが、厳密には分散で定義するべきであった。
15実際に「観測」を 行う時を考えると、我々はある粒子の位置だの座標だのを、また別の粒子に対する反応で測っている(たとえば、粒子の運動量を知るには別の粒子にぶつかった 時にどれだけその粒子を跳ね飛ばすかで測る)。厳密な意味では、固有値や期待値そのものさえ、観測しているとは言えない。

学生の感想・コメントから

 超関数にはδ関数以外にはどんなのがあるんですか?
 δ関数以外は難しいのであまりでてきませんが、ホワイトノイズ 関数なんかもそうだそうです。

 デルタ関数にf(x)をかけて0を含む範囲で積分すると、なぜf(0)になるのかがわからな い。
 「なぜ」と言われると困るなぁ。そういう関数を(なかばムリヤリに)作っ て、デルタ関数と名付けたのです。

 デルタ関数って変な関数ですが、実際に使う時不都合は生じないんですか?
 いいかげんな使い方をすると、どんどん符号が生じます。δ関数が出てくる 計算は、慎重にやらなくてはいけません。

 (2.15)のf(x)は規格化されている必要があ るんでは?
 いえ、規格化されていなくても大丈夫です。たとえばf(x)=x,f (x)=c(定数)。どっちも規格化されていませんが、f(x)δ(x)で積分すると、前者は1、後者はcです。

 デルタ関数の数学的意味がわからないのにδ(-x)=δ(x)と言われてもよくわからない。
 定義(2.15)だけあればわかりますよ。この式の左辺の積分で、x → -x と置き換えてみてください。

 f(x)は何でもいいのか?という質問で



というグラフを書いてましたが、x=0で決まった点を通らなくてはいけないのですか?
 いいえ。上のグラフは「∫f(x)δ(x) dxが同じ値になったとしても、関数はまるで違ってもいい」ということを表すための図です。f(0)はいろんな値を取ってかまいません。



 
ψ(x)=δ(x)= 1




−∞ 
dk eikx
の、1/2πが気になります。なぜ2πで割るのでしょう???
 これはフーリエ変換と逆フーリエ変換から来るものです。フーリエ変換の理 論からすると、上の式でxを-∞から∞まで積分すると1になることがわかります。任意の関数F(x)を

G(k)=


−∞ 
dx F(x) e-ikx

として積分してG(k)を求めてから、
F(x)= 1




−∞ 
dkG(k) eikx
のように積分すると元の関数に戻ることが知られています。

 この関数にtが含まれないのはなぜですか?
 今日考えたのはある瞬間の波動関数です。時間が経ったらもちろん変化して いきます。

 ボームのパイロット波解釈というのはどういうものなんですか?
 実は詳しいことは私も勉強したことありませんが、波動関数がいっきに収縮 したりするように見える現象は、パイロット波と呼ばれる超光速で伝わる波が(我々の見えないところで)伝播しているからだ、という考え方です。今の物理で は主流にはなってない考え方です。

 矩形の問題はa〜a+δなのでΔxはδとわかりそうなのになぜ計算するのですか?
 Δx(標準偏差)の定義は、単純に「はば」じゃないからです。定義は上に 書いたとおり、分散の平方根。だから、a〜a+δだからδとは限りません。

 分散の式で < (x− < x > )2 > = < x2 −2x < x > + < x > 2 > = < x2 > −2 < x > < x > + < x > 2 = < x2 > − < x > 2の2項目のxが<x>に変わるのはなぜですか?
 x(これは実験するごとにいろんな値を取る)の平均を取った結果が<x> なのです。-2x<x>という量の平均を取ると、-2と<x>は最初から定数な ので変化せず、平均をとってもやっぱり-2<x>なのですが、xの部分は平均取ると<x>に変わってしまうというわけです。

 章末の演習問題の答を配ることはありますか?
 今のところ、答え自体を用意してないんで、配る予定はありません。わから ないところがあったら聞きにきてください。授業が終わるころに、リクエストが多ければ考えます。

 偏差値ってあんな計算法だったんだ・・・(多数)
 みんな意外と知らないんですよねぇ。数字は知ってても中身は。

 実験でよく使っていた分散や標準偏差がこんなところに出てくるとは(複数)。
 確率的にちらばってしまうような数値を使う時には、共通して使う概念なの です。

 自乗平均(分散)以外に広がりを表す量ってあるんですか(複数)
 4乗して平均とってから4乗根を取るとか、いろんなのがありますが、自乗 平均以外が使われることはあまりありません。

 平均値と期待値って同じ物ですか?
 この場合同じだと思ってくれていいです。期待値というのは「波動関数の形 から確率を考えるとこんな値になるだろう」という値。平均値は実際に測定を何回も繰り返した平均の値と考えればいいでしょう。予想(期待値)と結果(平均 値)というところです。

File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 26 Oct 2006, 15:20.