量子力学2006年度講義録第2回

第1回へ 目次に戻る 第3回へ
 

第2章 波束とデルタ関数

2.1  波束

 
  この講義の中でもずっと、「物質には波動と粒子の二重性がある」ということを言ってきた。量子力学では全ての物体の運動を波動関数で表す。では、我々が 「ここに粒子が存在している」というふうに認識している状態は、どのような波動関数に対応しているのであろうか?
  特定の波長を持った波(「単色波」7) を考えると、式で表現すればeikx(これは波数k、波長[2π/k]の波)となるが、この波は空間のどこでも同じ振幅を持ってい る。振幅の自乗が粒子の存在確率だから、eikxという波動関数で表される粒子は、空間のどこでも(宇宙の端から端まで!)同じ確 率で存在していることになる。そんなことは有りそうにない。eikxは、我々がとても出会うことがなさそうな波動関数なのである。
  では「特定の場所にのみ存在する(局在する)波」はどのようなものかというと、いろんな波長を持った波が重なったものと考えることができる。右の図のよう に、いろんな波長の波を、ある場所に波の「山」が集中するように重ね合わせると、結果としてその場所が大きくもりあがった「波の塊」ができる。

 こんなふうに波を重ねることで波の塊を作ることができるのを、このプログラムで示した。
  このように波の重なりによってできた「波の塊」が我々が「局在する粒子」として感知する波動関数であろうと考えられる。この「波の塊」を波束(wave packet) と呼ぶ。
[

 波束はどのように進行するであろうか?-今、単色波の足し算で波束を作ったわけであるが、この一個一個の単色波が同じ速度で進むなら、波束も その形を保ったまま、単色波と同じ速度で進む。しかし、各々の単色波の速度が違えば、波束は形を変えながら進むことになる。
 なお、ここでは抽象的に「山」と表現したのは、eikxという関数でkx=[π/2]+2nπ(nは整数)と表現でき るところのこと。逆に「谷」はkx=−[π/2]+2nπである。波が強め合う場合は、左のような複素平面上で同じ方向を向いている関数どうしが足し合わ された状態である。「複素平面上で同じ方向を向いている」ことを「位相がそろっている」と表現する。
以下で、時間が経つと波動関数がどのように変化していくかを考え、波束の運動を考える。先に答を述べておくと、「一個一個の単色波の速度と、その集 合体である波束の速度は一致しない」のである。

2.2  波の群速度と位相速度

2.2.1  単色波の位相速度

 この節では波の進行を考えるが、まず単色波(1種類の波長の波しか入っていない場合、つまりeikx)について考えよう。今、波 数(定義は[2π/波長])がkで、角振動数(2π×振動数で定義される)がωであり、x軸正方向に進行している波を考えると、その波はeikx−iωtの ような式で表すことができる。

 左の図の、アニメーションバージョンであるアプレットはこちら。 
 この式の形から、時間が∆t増加すると位相(eのθの部分)がω∆t減少すること、x軸正方向に∆x移動すると位 相がk ∆x増加することがわかる。波の同位相の点は、k∆x = ω∆tを満たす場所に移動する。つまり、[∆x/∆t] = [ω/k]である。

 テキストでk/ωとなってましたが間違いです。
 すなわち、波の「同位相の点」は速度 位相速度の公式
vp= ω
k

(2.1)
で移動することになる。vpは「同位相の点がどのように動いていくかを示す速度」なので「位相速度」(phase velocity)と呼ぶ。そしてこれは  「波束(あるいは「粒子」)の動く速度」とは一致しない。そもそも、eikx−iωtと いう波は、宇宙の端から端まで(x=−∞からx=∞まで)常に同じ振幅1で振動している波であって、波の「塊」になっていない。つまり単色波の速度を考え ても、波の塊の速度はわからない。いろんな波長の波(いろんなkの波)を足し合わせて「塊」を作ってその速度を考えなくてはいけない。
 波長λ(=[2π/k])と振動数ν(=[ω/2π])を使って書くと、vp=λνとなる。これは「一個の波の長さが λで、これが単位時間にν個通り過ぎる。すると波が単位時間にλνだけ進行する」というふうに考えるとわかりやすい式である。
 なお、位相速度が[ω/k]であることをなっとくするために、もう一つの考え方を示しておく。まず時刻t=0で波動関数eikxと いう形をしていたとしよう。tだけ時間が経過すると、波がvp tだけ動くことになる。それは数学的には「関数をvp tだけ平行移動させる」ということである。関数f(x)をaだけ平行移動させると、関数f(x−a)になる(よくある間違いだが、f(x+a)ではな い!)。つまりeikxはeik(x−vp t) = eikx − ikvp tに変化する。この式とeikx−iωtを比較すれば、vp=[ω/k] が確認できる。

2.2.2  二つの波の重ね合わせ

 次に単色波ではない簡単な例として、2種類の波長の波の和を考えよう。波数k−∆kで角振動数ω−∆ωの波と波数k+∆kで角振動数ω+∆ω の二つの波を重ねてみる。この二つの波を同じ振幅として足すと、

ei((k−∆k)x−(ω−∆ω) t) + ei((k+∆k)x−(ω+∆ω) t) =
ei(kx−ωt)(e−i(∆k x− ∆ωt)+ei(∆k x− ∆ωt))
=
2ei(kx−ωt)cos(∆k x− ∆ωt)

(2.2)
となる。ここで、[(e+e−iθ)/2]=cosθを使った。
この結果は二つの波2ei(kx−ωt)とcos(∆k x− ∆ωt)のかけ算である。この波の実数部分をグラフ化して示したのが次の図である。
 この波はいわば、平面波ei(kx−ωt)の振幅が2cos( ∆k x− ∆ωt ) に応じて変化していると考えることもできる。そしてこの振幅の変化は[π/∆k]の幅の「波のこぶ」を作る。そのこぶは[∆ω/∆k]という速度で進行し ていくことになる。このこぶの速さは、位相速度vpとは一般には一致しない。
 この「波のこぶ」の進む速度をvgと書こう。vgの事は、「波の塊(グループ)の速度」という 意味で、群速度(group velocity)と呼ぶ。
 今、二つの単色波を足したわけであるが、それぞれの位相速度は[ω−∆ω/k−∆k]と[(ω+∆ω)/(k+∆k)]である。この二つの位 相速度が違う場合、群速度はどちらとも一致しない。

 群速度と位相速度が違ってくる理由は、上の図を見るとわかる。まず、今「こぶ」になっているところ、つまり山と山が重なって高い山が出現して いる場所を考えよう。二つの単色波の位相速度は違っているから、次には違う場所で山と山が重なることになる。
 波長の短い光の方が位相速度が速い場合(これはつまり、kが大きいほど位相速度が速い場合)、次に重なる山は今重なっている山よりも前(図の 右)にある。ということは、単色波が動くよりも速く、波のこぶ部分が動くことになる。つまり群速度の方が位相速度より速い。
 逆に波長の長い光の方が位相速度が速い場合は、次に重なる山は今重なっている山よりも後ろであり、群速度は位相速度より遅くなる。

 以上のような波をアニメーションで見せるのが、このプログラム

2.2.3  たくさんの波の重ね合わせと群速度

 もう少し一般的に、二つ以上のたくさんの波が重なって波束を作っている場合を考えよう。ある波の塊が

dk f(k)eikx − iω(k)t
(2.3)
のように、いろんなkを持つ波の和で書かれているとしよう。f(k)は、いろんなkの波をどの程度の重みをもって足し算していくかを表す関数である。ここ で、ωをω(k)と書いてkの関数であるとした。ω とk にはなんらかの関係があるのが普通である。ωとkの関係を「分散関係(dispersion relation)」と呼ぶ8
 この波がk=k0を中心としたせまい範囲でだけf(k) ≠ 0であるような波だとする。そのような時は
ω(k)=ω(k0)+
dk
(k−k0) + …
(2.4)
と展開して、…で示した(k−k0)2のオーダーの項は無視できる。それを(2.3) に代入すると、
eik0 x − iω(k0)t


dk f(k)ei(k−k0)x − i[dω/dk](k−k0)t

x−[dω/dk]tの関数 

(2.5)
となる。この後ろの部分はx−[dω/dk]tの関数になっているので、これをF(x−[dω/dk]t)と書くと波は
eik0 x − iω(k0)t F(x−
dk
t)
(2.6)
と書ける。 さっきやった二つの波の足し算の式で言うと、2cos( ∆k x− ∆ωt ) に対応する部分がF(x−[dω/dk]t)である。
 つまり、今考えた重ね合わされた波は、場所によって違う振幅(F(x−[dω/dk]t))を持っている、eik0 x − iω(k0)tで表される波であると近似して考えることができる。
 この振幅の部分はF(x)という関数をx方向に[dω(k)/dk]tだけ平行移動させたもの、と考えることができる。ゆえに、この振幅は 群速度の公式
vg = dω(k)
dk

(2.7)
という速度をもって移動していることになる。ω(k)=ckという単純な比例関係の時は、群速度と位相速度もcとなって一致し、波の形は進行しても変化し ない(こうなる例は、真空中の光)。
 古典力学と量子力学の対応を考えた時に、「波動関数の位相が極値を取るときが古典的運動である」と考えたが、群速度を考える時も同様にして考 えることができる。波の位相がϕ = kx − ω(k) tだとする。群速度というのは「波の振幅が大きくなっている部分」の進行速度であるが、振幅が大きくなるためには、その波束を構成している一個一個の波eの 位相がそろっていればよい。よって位相ϕをkで微分して0になる点では「位相変化が0になって、波が強め合っている点」だと考えることができる。この条件 から、群速度を求めても同じ結果が出る。
 自由なド・ブロイ波の場合、k=[2π/λ]でhbar ω = [(h2)/(2mλ2)] であるから、ω(k) = [(hbar k2)/2m]となり、位相速度は
vp =
hbar k2
2m

k
= hbar k
2m

(2.8)
であり、群速度は
vg = d
dk

(
hbark2
2m
) = hbar k
m
= h


(2.9)
である。つまり、vg = 2vpである。群速度の方が位相速度より速くなったが、すでに述べたように、こ れは波数kが大きいほど(波長が短いほど)位相速度が速くなる時の特徴である。
 この式からmvg = [h/λ]が成立していることがわかる。つまり、波束を粒子と見た時の運動量mvgが[h/λ] に対応する。このように波の伝わる速度には2種類あるが、古典力学での粒子の運動と対応しているのは群速度の方である。
落体の運動を量子力学的に考えると物体が落ちていくほど波長が短くなる(=運動量が大きくなる)ことによって屈折が起こると考えることができた。この時、 波長が縮むと位相速度vp=[ω/k]=λνは遅くなる。しかし、群速度の方は古典的な速度と同様、速くなっていく。(テキストで「遅く」になってましたが間違いです)


 授業中 も強調したつもりですが、上の図は物質波の場合に起こっていることです。光の場合はωとkの関係が物質波とは違うので、、物質中に入ると群速度も位相速度 も真空中に比べて遅くなります。

 なお、屈折現象のアニメーションはこちら。群速度の変化も見えるようにしてあります。



[問い2-1]
落体の問題は解くのがたいへんなので、位置エネルギーが不連続に変化する場合 で、位相速度と群速度の変化を考えよう。
図の上側では角振動数ωと波数kの間に、
hbarω = hbar2k2
2m

(2.10)
という関係式が成立しているとしよう。一方、下側では、
hbarω = hbar2K2
2m
−V
(2.11)
という式が成立するだろう。上下で波はつながっているので、ωは等しい。波数はk < Kで違う)。
このような場合の位相速度と群速度をそれぞれ計算し、上下どちらの場合が大きくなるかを考えよ。




 第2章はまだ続くが、今日はここまで。

2.3  演習問題(関連する問題のみ)

[演習問題2-1]
相対論的粒子の場合、エネルギーと運動量の関係はE=√[(p2c2+m2c4)] である。E=hbarω, p=hbar kはこの場合でも成立するので、ωとkの関係は hbarω = √{hbar2k2c2+m2c4} である。この場合の位相速度vpと群速度vgを波数kの関数として求め、vpvg=c2で あることを確認せよ。vpとvgのうち一方は光速を超えることになるが、それはどちらか。これは物理的に許 される結果だろうか?


Footnotes:

7「特定の波長の波」 ということは光で考えると「特定の色」なので、光でない場合でも「単色」という言葉を使って表現する。
8なぜ「分散」関係な のかというと、関数ω(k)の形によって、進行していく波がどう変形するかが決まるからである(この変形は、広がることが多い)。後で出てくる「波動関数 の分散」などの「分散」とはまた別もの。


学生の感想・コメントから


 光の場合、水中の方が群速度は速いのですか、それとも遅いのですか?(複数)
 上で述べたのは物質波の場合の屈折なので、光の場合とはだいぶ違います。
 光の場合、真空中の位相速度は波長(あるいは波数k)によらず、cです。 一方、位相速度は水中の方が遅くなるんですが、その遅くなる度合いは、波長が短いほど(あるいは波数kが大きいほど)大きい。つまり、波長の短い光ほど水 中では遅くなります。
 これは、上にある「位相速度より群速度の方が遅い場合」(この図の右側)に対応します(波長の長い光の方が位相速度が速い)。よって、位相速度が遅く なる上に、群速度はさらに遅くなるのです。
 物質波の場合は波長が短いほど位相速度が速いので、群速度の方が速くなり ます(この図の左側)。

 波動関数の無数の重ね合わせが物体を存在させているといったイメージでいいんですか?
 現実に存在する物体の波動関数は、多かれ少なかれ局在しています(宇宙全 体に広がった波動関数なんてありません)。波を局在させるには、どうしてもいろんな波長の波を重ね合わせる必要があるのです。

 波をたくさん重ねると群速度も速くなるんですか?
 重ねる波の数はあまり関係ありません。vg=dω/dkなので、kが変化することによって大きくωが変化するような波があると、 群速度は速くなります。

 vp、vgのpとgは何の略ですか?
 pは「phase(位相)」、gは「群(group)」です。

 量子力学では群速度の方が重要だということはわかったのですが、位相速度の方が重要な場合っ てどんなものがあるんでしょう??
 うーん、基本的には群速度の方が大事です。エネルギーやら運動量やらの伝 達速度も群速度の方で決まります。

 どれくらいまで局在した波束なら群速度を計算できるのでしょうか?
 計算だけなら二つ以上の波があればできそうですが、「局在」が見て取れる ようなまとまりがないと物理的意味がない計算になりそうです。

 アニメーションで理解しやすかった(複数)。
 と言ってくれる人がいると作った甲斐があります。もっとも、

 いまいち見てもわからなかった(複数)。
 という人もいるので悲しい。質問してください。前に出てきて、じっくり見 てくれてもいいし。あと、このページの中のアプレットも飽きるまで実行すべし。

File translated from TEX by TTHgold, version 3.63.
On 19 Oct 2006, 15:08.